Another chapter9 Terra side‐4
パオプの木がある小島の中央で煙が上がる。
男性―――エンがその様子を見ていたが、ゆっくりと橋の方を振り返る。
橋の下の砂浜で、攻撃した筈のレイアは無傷で座り込み、その前で炎産霊神が守る様に立っていた。
「っ…どうして…!?」
突然の攻撃に困惑を浮かべるレイアに対し、炎産霊神はじっとエンを睨みつけた。
『いきなり攻撃するなんて、ちょっと卑怯じゃないかな?』
「卑怯でも何でもいい…あなたが“あいつ”と関わっているのなら、阻止するまで」
そう言いながら、手に闇を纏ってダブルセイバーを取り出すと跳躍して砂浜まで降り立つ。
もはや敵意すら感じられるエンに、レイアは炎産霊神を押しのけて前に出た。
「ま、待ってください!? どういう事なのか、説明を――!!」
『レイア、駄目だ。もう相手は聞く耳を持っていない』
「そんな…!?」
炎産霊神の言葉に反論しかけるが、エンが手をこちらに翳し魔力を高め始める。
魔法を使うのだと理解し、炎産霊神はすぐにレイアの前に出て叫んだ。
『とにかく、戦うよ!! レイア、僕がある程度サポートするから構えて!!』
急いで炎産霊神が指示を出すが、レイアは堪える様に拳を握って首を横に振った。
「それでも…あの人は悪い人じゃありません!! なのに、戦うなんて…!!」
こうして自分に敵意を見せているが、ついさっきまで夕日を見ながら語り合っていた彼と一緒なのだ。自分に優しくしていた彼と戦うなんて、レイアには出来なかった。
そんな二人に、無情にもエンは魔法を発動させた。
「邪魔をするな。『フリーズゼロ』」
『うわぁ!?』
「カグツチさ…っ!?」
足元から一気に氷漬けになる炎産霊神に、レイアが手を伸ばす。
だが、それよりも早くエンがレイアの首元にダブルセイバーの冷たい刃を突きつける。
目の前にある刃に完全に身動きが取れなくなったレイアに、エンは何処か冷たい視線を送る。
「ここであなたが消えても、元に戻るだけ…分かっているのでしょう?」
「わ、わた…私、は…っ!!」
今の状況か、放った言葉か。レイアは顔を青ざめてエンを見つめる。
その目に一瞬だけエンが揺らぐが、まるで押し込めるようにダブルセイバーを振り上げた。
「『ダークヘイズ』!!」
その時、闇を纏った突進がエンに襲い掛かる。
不意打ちの攻撃にエンはよろめくが、攻撃はそれだけでは終わらない。
「レイアから離れろぉ!!」
一つの怒鳴り声と共に、足元に黒い羽根が突き刺さる。
すると、羽根を媒介にエンに黒い雷が轟く。
さすがのエンも『ダークサンダガ』の攻撃に対処出来ず一旦距離を取ると、レイアの前に一つの人影が立った。
「レイア、無事か!?」
「クウさんっ!!」
羽根を握り締めながら心配するクウに、レイアは満面の笑みを浮かべる。
先程攻撃したテラもエンの後ろでキーブレードを構えていると、氷漬けになっていた炎産霊神の所で火柱があがる。
見ると、氷が溶かされて自由になった炎産霊神の隣で、無轟が刀に炎を宿しながらエンを睨んでいた。
「炎産霊神を閉じ込める程の氷を作り出すとは、なかなかやるようだな」
『無轟、遅いよ!!』
魔法の氷を溶かした無轟に、炎産霊神は気くさに笑いかける。
そんな中、クウはエンを睨みながら何時でも羽根を投げれるよう構えた。
「レイア狙うなんて…お前、何を考えている?」
「知る必要はない…――お前達はここで消える」
冷たく言葉を放つと、エンもダブルセイバーを構える。
それと同時に、エンを取り巻く空気が肌を刺すほどに冷たくなる。これを感じながらテラは二人に目配せした。
「クウ、無轟…!!」
「分かってる…こいつ、相当な強さ持ってる」
「だが、それほど戦い甲斐があると言うものだ」
二人もジワリと手に汗を浮かべつつ、戦闘の体制に入る。
今にも戦闘が始まってもおかしくない状況に、レイアは困惑の表情を浮かべた。
「皆さん…」
『レイア、下がって。あいつに迷いを抱える君には、戦う資格はない』
そうしていると、炎産霊神から厳しい言葉がかけられる。
だが、エンと戦う事に戸惑いを持つレイアには打倒とも言える言葉だろう。戦いにおいて、迷いは自身の全てを狂わせる。
レイアは顔を俯かせるが、すぐに武器である杖を取り出して強く握りしめた。
「や、やっぱり無理です!! クウさん達が戦うなら…わ、私も、戦いますっ!!」
(自分の気持ち抑えつけてまで、戦いに加わるなんて…こんな子、見た事ないよ)
今持つ感情よりも、共に戦う事を選択するレイアに炎産霊神は思わず関心を寄せる。
こうして全員が戦闘態勢に入ると、無轟が背を向けながら呟いた。
「炎産霊神、戻れ」
『…そうだね、無轟』
すぐに炎産霊神の姿が炎となると、そのまま無轟を取り囲むように包み込む。
無轟は凛音を握り締め、一気に振り払うと轟々と燃える炎を纏わせる。
それが、開戦の合図だった。
「行くぞ、テラ!!」
「もちろんだ!!」
テラとクウが同時に駆け出し、エンを挟み撃ちの状態に持ち込む。
この二人に、エンは布越しに笑いながら両手でダブルセイバーの柄を握った。
「いいでしょう…“この世界”でのお前達の力、試させて貰う」
「何ごちゃごちゃと言ってんだ!! 『ナックルフィスト』!!」
「『ファイアストライク』!!」
クウが素早く拳を叩き込み、テラは炎を纏ったキーブレードで回転斬りを行う。
だが、エンは柄を外して双剣に変えるとそれぞれの攻撃を受け止めた。
「甘い…『テラーバースト』!!」
「うわっ!?」 「ぐあっ!?」
回転するように弾き返すと同時に、エンを中心に放たれた黒の暴風が二人を襲う。
二人が遠くに吹き飛ばされていると、入れ替わる状態で無轟が灼熱の炎を纏った刀を構えて近づいた。
「『炎産霊神』!!」
炎を纏った刀を振り下ろし、エンに斬りかかる。
すると、エンを中心に巨大な火柱が起こり灼熱の奔流が余波として辺り一帯に爆せた。
「これほどの熱さが伝わってくるとは…」
「何て熱の量だよ、オッサン…」
その熱を肌で感じたのか、テラとクウも額に汗を浮かべながら起き上がる。
しかし、斬りつけるだけで自分達にまで灼熱が伝わる程の強力な攻撃だ。最低でもあいつも大ダメージは負っただろう。誰もがそう思った。
「ええ。とっさに『マイティガード』していなかったら、さすがの私も黒焦げでした」
未だに燃え上がる火柱の中から聞こえた声に、無轟以外の三人は目を見張る。
すると火柱を掻き消す様に突風が吹き上がり、炎が収まるとエンが魔法の障壁に包まれて悠然と立っていた。
「嘘だろ…!?」
「効いてない…」
「ならば、力づくで打ち破るまで!! 『火之夜藝』!!」
攻撃を防いだエンに臆する事も無く、無轟は連続で斬りつける。
刀身に炎を纏わせたまま斬りつける攻撃に、エンは防御をするがその炎に呑まれる。
仕方なくエンが攻撃を素早く弾き返すと、避ける事に集中する。
「斬られるだけでなく防いでも炎に呑まれ、避ければその刃の炎が蝕む……それでも、私の魔法を打ち破るには一歩届かないようですね」
「だが、無傷ではないだろう」
無轟は笑い返すと、エンも苦笑を浮かべる。
障壁で傷や火傷は防御出来ても、炎の熱までは防御出来ない。おかげで、嫌でもエンの体力は灼熱によって蝕まれていく。
「ええ…でも、攻撃する余裕はある!! 『ブラッドクロス』!!」
障壁に守られながら攻撃の隙を見つけ、エンは双剣を振り下ろしてクロス上の衝撃波を無轟にぶつけた。
「ぐぅ!!」
「無轟!?」
「『シャドウサークル』!!」
吹き飛ばされる無轟にテラが駆け寄ろうとするが、その前にエンが無轟の足元に黒い魔方陣を出現させる。
そして、魔方陣から湧き上がる闇が無轟を包み込むように掻き消した。
「舐めるなぁ!!」
だが、闇を掻き消す様に紅蓮の爆発が起こる。
それと同時に、爆風がエンだけでなく三人にまで襲い掛かった。
「きゃあぁ…――あれ…?」
その爆風にレイアは踏ん張れずに吹き飛ばされそうになったが、急に威力が弱まる。
顔を上げると、何とクウが自分を抱きしめて翼で包み込むように爆風から守ってくれている。
その状態で、クウがこちらを見るので胸がドキリと鳴ってしまう。
「レイア。俺の合図と一緒に、あいつの守護の魔法打ち消せ。出来るよな?」
「………」
「レイア、聞いてるのか?」
「ハ、ハイィ!! わ、分かりました!!」
まさか見惚れていたとは言えず、ビクリと身を震わせながらレイアは頷く。
そうこうしていると爆風が収まったのか、クウは翼を広げて防御を解く。
すると、近くでキーブレードを砂浜に突き刺してやり過ごしていたテラが声をかけてきた。
「俺はどうすればいい?」
「テラ、お前は一瞬でもいいから遠くから足止めしてくれ。今のオッサンに近づけば、俺達にダメージがくる」
「…分かってる」
何処か悔しげな表情で浮かべると、テラはキーブレードに魔力を注ぐ。
レイアも魔法の準備をするが、ある事に気づいた。
「ちょっと待ってください、クウさんは!?」
レイアの言葉にテラも気づいて顔を上げると、クウは笑いながらこちらに背を向けた。
「決まってるだろ。後で回復頼む」
それだけ言うと、翼を広げて戦いを行っている二人の方に飛び上がった。
「クウ!?」
「もう、クウさんはいつも無茶ばっかり…!」
思わずテラが叫ぶと、レイアは苛立ち混じりに詠唱を始める。
そんな三人のやり取りなど知らず、無轟とエンの戦いはヒートアップしていた。
「なかなかやりますね…これだけ強い方、他にもいたとは驚きです」
「それはこちらのセリフだ…本気でないのに、これだけの力を持っているとは」
そんな会話をしながら、互いに刀と双剣を鳴らし合う。
それにより、金属同士の火花はもちろん紅蓮の火の粉が周りに飛び交う。
あまりにも激しく、もはや誰にも立ち入る隙が無い。だが、黒い羽根が二人の間を過った事でその均衡は終わりを告げた。
「戦ってるとこ邪魔するぞ、オッサン!! 『エアリル・アーツ』!!」
その叫び声と同時に、上空からクウが重力も合わせた蹴りを放つ。
二人の近くにクウが落ちると同時に、衝撃と一緒に地面の砂が辺りに思いっきり飛び散る。
無轟はともかく、エンも顔全体を布で巻いているが目の部分までは隠していない。二人は砂から目を守る為とっさに腕でガードした。
「『ブレイズ・ローカス』!!」
こうして作られた隙を、クウは逃さないとばかりに足を振り上げて炎の衝撃波をエンにぶつけた。
「こんなもの、まったく――」
だが、クウの攻撃は魔法の障壁に憚られ、エンは腕を下ろして笑い―――目を細めた。
「今だ、レイア!!」
「――『デスペル』!!」
クウの合図と共に、レイアが魔法を発動する。
すると、エンに魔法の煌めきが走り、纏っている障壁を打ち消した。
「『フリーズレイド』!!」
更に、守護の魔法が消えるのを見計らうようにテラがキーブレードを投げつける。
氷の力を宿したキーブレードがエンに当たるが、何故か凍らない。それでも、チャンスを逃すまいとクウは無轟に叫んだ。
「オッサン!! さっきの技使えぇ!!」
「『火之夜藝』っ!!」
クウの意図が伝わり、無轟はエンに怒涛の連撃を喰らわせる。
攻撃が入ったのか、立ち上った火柱から炎が次々に噴き上がり大きくうねり出す。
遠くにいたテラとレイアが固唾を呑んで見ていると、巨大な火柱の中から無轟がゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。
「どうにか、上手く行ったようだな…」
遠くにいたテラが安堵の息を吐くと、よろよろと光の障壁を纏ったクウが肩を押さえて近づいてきた。
「その分、こっちも若干炎に巻き込まれたけどよ…あとレイア、サンキュな」
「もう、先に『シェル』をかけてなかったらどうなってたと思ってるんですか…」
ダメージを受けたクウに『ケアルガ』をかけながら、レイアは頬を膨らませる。
『デスペル』をエンにかける前に、あらじかめクウに『シェル』をかけておいたのだ。本当なら『プロテス』もかけたかったが、さすがにそこまでの暇は無かった。
ともかく、これで戦いは終わり。三人はそう感じてお互い顔を見合わせて笑顔を浮かべた。
「――お前達、戦闘の構えを解くなっ!!!」
この一言がなければ。