Fragment9「始まりを紡ぎし者達」
とある世界の、さまざまな町のシステムがあるコンピュータールームの奥。かつて、賢者の名を語った弟子によって作られたハートレスが製造されていた場所。
その中央に、足元まである長い銀髪に銀色の目をした少女が立っていた。
「――近づいておるの」
白と銀の装束を揺らしながら、天井を見上げ目を閉じる。
そうして、脳裏に世界を巡る彼らを思い浮かべる。
「準備も終わったし、後はあやつらに賭けるしか我は出来ぬ…」
この世界では勇者と呼ばれる人物。あちらの世界では自分を守ると誓ってくれた者。そんな彼らについて行くと決めた人。例え世界が違っても、その心は一緒だった。
と、ここで少女の脳裏に一人の女性の姿が浮かび上がる。
捕まえられる自分をこの世界へ逃がし、単身で彼に立ち向かい―――負けてしまったであろう彼女の事を。
「スピカ…お主は無事なのか?」
風に揺れて囀る木々の中にある、色取り取りの花畑。
その中央に、金髪の女性が座り込んでいた。
「――これも、あの人の優しさかしら…?」
何処か寂しげに呟くと、青く澄み渡っている空を見上げる。
この空も、周りの風景も、記憶にある昔の光景と同じ。でも、今いるこの場所が幻の世界なのは分かっていた。
そんな時、背後に一つの気配を感じ、ゆっくりと立ち上がると振り返った。
自分を“閉じ込めて”いる、銀髪の少年に。
「こんにちは…それとも、こんばんはがいいかしら?」
女性―――スピカが笑いかけると、少年―――ルキルは困惑しながら辺りを見回した。
「この夢…――俺、寝てるのか?」
「ええ。放課後にあなたのお友達に振り回されて、家に帰ってすぐに寝ちゃったじゃない」
「ハハ…そうだった。あいつらに無理やり商店街に連れていかれて、シオンのお見舞いの品探し回ったんだっけ…」
ルキルが笑みを浮かべるが、心から笑っていない事は手に取る様に分かっていた。
彼の身体を借りてあの男に戦いを挑んで負け、しばらく経った頃に起こった事件。それが、彼から―――周りの人達から笑顔を奪ってしまった。
全ては、彼の友達―――いや、今では大切だと思っている少女と私達が原因。何年も前に犯した私達の罪が、少し前に少女の中で目覚め―――まるで浸食するように、二人の友達を生命の危機に追いやった。
少女が生きれば、二人は記憶も生命力も奪われ人形となって死んでしまう。しかし、二人を助けるには少女を消すしかない。そんな未来許せなくて、皆が方法を探した。
その甲斐あって、どうにか三人が存続出来る未来は手に入れたものの、少女は眠りについてしまった。そう…“彼”の手によって。
「大丈夫。あの子は強いから…きっと、目を覚ますわ」
「そう、だといいけど…」
両手で肩を叩いて励ましの言葉をかけるものの、ルキルの表情は冴えない。
少女が消えるか、生き残るか。彼らが見つけたのは、本当に一か八かの方法だった。ルキルだって分かってはいるが、納得はしたくないのだろう。
スピカもこれ以上の言葉が思いつかずに沈黙が過っていると、ルキルが話しかけてきた。
「あの…これって、夢なんだよな?」
「ええ、これは夢よ。どうしたの、急に?」
「いや…こうして何度も話していると、どうもここが夢に思えなくて…」
ルキルが顔を逸らすと、スピカは思わずクスクスと笑ってしまう。
ここは自身の過去の記憶で作られた世界だが、自分自身まで幻ではないのだ。
だが、その事を説明すると他の知識まで教えなければならない。なので、話を進める事にした。
「でも、これは紛れもない夢の世界よ。時が来るまで覚める事を許されない、深淵の眠りで見ている私の夢…」
「まるで、眠り姫みたいな話だな」
「そうね。魔法にかけられて、目覚める事なく眠らされてる…――でも、一つだけ違う所があるわよ」
「それって?」
ルキルが聞くと、スピカの脳裏に白い服を着た男性を思い浮かべる。
契約を交わした少女を助ける為に、レプリカである彼に乗り移った。この世界で何年も前に死を迎え、霊体となった自分には誰かの身体を借りないと接触すら出来ないからだ。
そうして男性と戦うが最後は敗れ、死んでいる自分の魂を乗り移ったルキルの中に完全に閉じ込めた。優しい眠りの魔法と共に。
「眠りの魔法をかけたのは、王子様なの。だから目覚めるのに、王子様は必要ない。言ったでしょ、時が来れば目を覚ませるって…そんな魔法、白い王子にかけられたから」
「でも、その時はまだ先なんだろ? 辛くないのか…?」
心配してくれるルキルに、スピカの中でちょっとした悪戯心が芽生え出した。
「そうねぇ……じゃあ、あなたとキスしてみようかしら? そしたら目覚めるかも」
「キッ!? キ、キキキキスゥ!!?」
「ぷっ…ふふ…――冗談よ、だからそんなに強張らないで」
顔を真っ赤にして狼狽えるルキルに、スピカは笑いながら手を振る。
この甲斐あってルキルが落ち着いていると、ふとこちらを見てきた。
「なあ、思ったんだが…白い王子って、どんな奴なんだ? それに、どうしてそんな魔法をかけられたんだ?」
「白い王子については、分からない。ただ、彼は強くて優しかった…――あの人と同じ…」
何処か遠い目になりながら、その王子と同じである“彼”を思い浮かべるスピカ。
かつて、自分を殺す事で苦しみや嘘から解放して永遠の眠りに就かせた“彼”。そして、あの戦いで乗り移ったルキルの身体に負担をかけ、彼の心を消そうとした所で眠りに就かせる事で阻止した王子。
違うようで何処か同じ二人を思い浮かべていると、ルキルが再び疑問を上げてきた。
「ここはあなたが見てる夢の世界なのに、どうして俺がここに来れるんだろ? 俺、出会った事なんて一度もないのに…」
「さあ…もしかしたら、あなたの友達の言う心の繋がりかもしれないわね。夢同士は繋がってるって言うでしょ?」
スピカが友達の一人であるソラの言葉を使って差当りの無い答えを言うと、ルキルは苦笑してしまった。
「心の繋がり、か…――ホント、能天気でお人好しなソラらしい言葉だよな」
「そう? 良い言葉だと私は思うけど…それより、そろそろ目を覚ました方がいいんじゃないかしら? もうすぐウィドが帰って来る時間よ?」
そう言うと、スピカは首を傾げながら未だに真っ青な空を見る。
空は何にも変化はないが、体内時間ではもう夕日が沈んで星が輝きだしている時間なのだ。
すると、スピカの言葉に反応して、ルキルは顔を真っ青にさせた。
「マズイ…!? この前も夜まで熟睡してたら、先生が勝手に夕飯を作って…!! は、早く起きろ俺ぇぇ!!!」
一緒に住むウィドの作るゲテモノ料理を思い浮かべたのか、頭を押さえ必死で夢から覚めようとするルキル。
この様子に、スピカは少しだけ寂しそうに笑いつつも溜息を吐いた。
「ちょっと寂しいけど、仕方ないか…――ねえ、起こしてあげるの手伝うわよ?」
「お、お願いしますっ!! また食中毒で寝込みたくない!!」
「じゃあ…そこに立って、歯を食い縛ってなさい。ふふっ…久々だから、腕が鳴るわ」
「え? あ、はい…何だ、この嫌な予感は…!?」
全身にザワリとした感覚が過るも、ルキルは言われた通りにスピカから離れた位置に立つ。
すると、スピカはルキルに向かって手を翳すなり足元に魔方陣が浮かび上がらせた。
「――故に我は命ず、命ずは我なり…――来なさい、覇者を司る気高き竜よ」
ブツブツと呪文のようなものを唱えていくと、青かった天空が次第に曇り出す。
そして、上空に巨大な魔方陣が出現すると、中央から何かが落下してスピカの後ろにぶつかり砂埃が起こる。
思わずルキルが腕で顔を覆い、砂埃が収まるのを待ってゆっくりと目を開けた。
直後、信じられない光景をルキルは目にする。
「ナ!? ナナナナナ…!?」
「さあ、この世界を壊すほど思いっきりぶちかましなさい…【バハムート】っ!!!」
スピカが翳していた手を振るうと、後ろにいる巨大な黒い竜―――バハムートが雄叫びを上げて飛び上がる。
すると、口を開いてルキルに向かってにエネルギーを溜めていく。この光景に、夢だと言うのにルキルの全身から冷や汗が噴き出した。
「ちょ!? ま、え!? こ、こここれが起きる方法!? 俺を殺す方法と間違ってませんっ!!?」
「大丈夫、ここは夢だから死ぬ事はないわ。だから安心して♪」
「安心なんて出来ませんっ!!!」
ニコヤカに言うスピカにツッコミを入れていると、バハムートが溜めていたエネルギーを収縮し始めた。
「終わったみたいね…放ちなさい、『メガフレア』っ!!!」
「本当に待ってくれぇ!!! せめて心の準備を――!!!」
そんなルキルの言葉を待たず、バハムートは『メガフレア』を放つ。
直後、世界が真っ白に染まり上がった…。
バハムートの攻撃が止み、少しずつ世界が白から黒に染まっていく。
前を見ると、周りの風景と共にルキルも消えてしまっていたが、スピカは特に表情を変えなかった。
この世界から消えたのは、夢から覚めた証拠だからだ。
「――まだ、この“力”は使える…シルビアは無事なようね」
スピカは掌を見つめ、安心するように呟く。
『召喚』の力は、元より“彼女”から与えられたもの。もし別世界にいる彼女がいなくなれば、この力さえも使えなくなってしまう。
そして、夢の世界から現実の世界へと戻って行ったルキルに心の中で語りかける。
「ね、心の繋がりって凄いでしょ? 繋がっていれば、こうして相手の事が分かるんだから」
何処か誇らしげに言って後ろを振り向くと、丁度バハムートが天空に去って行っていた。
最後まで見送ると、黒に浸食されていく世界を見渡す。
身体の持ち主であるルキルが目を覚ましたのだ。そうなれば、こうして夢が消えて行くのは定めだ。
そして、自分はまた眠りに戻される。彼がまた夢を見てくれるまで。
「何も出来ず、眠らされてるけど…こうして、あの子達を思ったり幸せを願う事は出来る」
段々と消えゆく夢の世界の中で、スピカはまるで祈る様に両手を握りしめた。
「あなたがシルビアとアウルムを使ってまで、叶えようとする願いは分からない。でも、その為に沢山の人が犠牲になるのは分かる」
かつて、教師である彼らと生徒達が仲違いになる前に起きた、シルビアとアウルムを巡る戦い。あの時は被害は少なく済んだが、次もそうとは限らない。それほど、ルキルに語った王子は途方もない力を秘めている。
だが、あの世界で本当に悪なのは、王子でもアウルムでもシルビアでもなく―――何の面識もない異世界に送りつけた自分だ。
「あの世界に混沌を押し付けた私が願う事ではないけど…それでも、何もせずにはいられないから…」
罪の意識を感じつつも、自分達のいる別の世界を思いながらスピカは祈り出す。
犯した罪に、一つの希望を抱いて。
「お願い…どうか最後まで、誰一人として光を失わないで」
もう間もなく、夢が消えて眠りへと誘われる。
最後に、意識が黒に塗り潰される寸前でスピカは彼を思い浮かべる。
同じだけど違う。違うけど、きっと同じ“彼”の事を。
「そして、あの人を止めて…――本当の…かれ、を…」
その言葉を最後に、夢の世界が消えて彼女は再び深淵の眠りの中に沈んだ。
心からの願いが、異世界の勇者達に届いてくれる事を信じて…。
その中央に、足元まである長い銀髪に銀色の目をした少女が立っていた。
「――近づいておるの」
白と銀の装束を揺らしながら、天井を見上げ目を閉じる。
そうして、脳裏に世界を巡る彼らを思い浮かべる。
「準備も終わったし、後はあやつらに賭けるしか我は出来ぬ…」
この世界では勇者と呼ばれる人物。あちらの世界では自分を守ると誓ってくれた者。そんな彼らについて行くと決めた人。例え世界が違っても、その心は一緒だった。
と、ここで少女の脳裏に一人の女性の姿が浮かび上がる。
捕まえられる自分をこの世界へ逃がし、単身で彼に立ち向かい―――負けてしまったであろう彼女の事を。
「スピカ…お主は無事なのか?」
風に揺れて囀る木々の中にある、色取り取りの花畑。
その中央に、金髪の女性が座り込んでいた。
「――これも、あの人の優しさかしら…?」
何処か寂しげに呟くと、青く澄み渡っている空を見上げる。
この空も、周りの風景も、記憶にある昔の光景と同じ。でも、今いるこの場所が幻の世界なのは分かっていた。
そんな時、背後に一つの気配を感じ、ゆっくりと立ち上がると振り返った。
自分を“閉じ込めて”いる、銀髪の少年に。
「こんにちは…それとも、こんばんはがいいかしら?」
女性―――スピカが笑いかけると、少年―――ルキルは困惑しながら辺りを見回した。
「この夢…――俺、寝てるのか?」
「ええ。放課後にあなたのお友達に振り回されて、家に帰ってすぐに寝ちゃったじゃない」
「ハハ…そうだった。あいつらに無理やり商店街に連れていかれて、シオンのお見舞いの品探し回ったんだっけ…」
ルキルが笑みを浮かべるが、心から笑っていない事は手に取る様に分かっていた。
彼の身体を借りてあの男に戦いを挑んで負け、しばらく経った頃に起こった事件。それが、彼から―――周りの人達から笑顔を奪ってしまった。
全ては、彼の友達―――いや、今では大切だと思っている少女と私達が原因。何年も前に犯した私達の罪が、少し前に少女の中で目覚め―――まるで浸食するように、二人の友達を生命の危機に追いやった。
少女が生きれば、二人は記憶も生命力も奪われ人形となって死んでしまう。しかし、二人を助けるには少女を消すしかない。そんな未来許せなくて、皆が方法を探した。
その甲斐あって、どうにか三人が存続出来る未来は手に入れたものの、少女は眠りについてしまった。そう…“彼”の手によって。
「大丈夫。あの子は強いから…きっと、目を覚ますわ」
「そう、だといいけど…」
両手で肩を叩いて励ましの言葉をかけるものの、ルキルの表情は冴えない。
少女が消えるか、生き残るか。彼らが見つけたのは、本当に一か八かの方法だった。ルキルだって分かってはいるが、納得はしたくないのだろう。
スピカもこれ以上の言葉が思いつかずに沈黙が過っていると、ルキルが話しかけてきた。
「あの…これって、夢なんだよな?」
「ええ、これは夢よ。どうしたの、急に?」
「いや…こうして何度も話していると、どうもここが夢に思えなくて…」
ルキルが顔を逸らすと、スピカは思わずクスクスと笑ってしまう。
ここは自身の過去の記憶で作られた世界だが、自分自身まで幻ではないのだ。
だが、その事を説明すると他の知識まで教えなければならない。なので、話を進める事にした。
「でも、これは紛れもない夢の世界よ。時が来るまで覚める事を許されない、深淵の眠りで見ている私の夢…」
「まるで、眠り姫みたいな話だな」
「そうね。魔法にかけられて、目覚める事なく眠らされてる…――でも、一つだけ違う所があるわよ」
「それって?」
ルキルが聞くと、スピカの脳裏に白い服を着た男性を思い浮かべる。
契約を交わした少女を助ける為に、レプリカである彼に乗り移った。この世界で何年も前に死を迎え、霊体となった自分には誰かの身体を借りないと接触すら出来ないからだ。
そうして男性と戦うが最後は敗れ、死んでいる自分の魂を乗り移ったルキルの中に完全に閉じ込めた。優しい眠りの魔法と共に。
「眠りの魔法をかけたのは、王子様なの。だから目覚めるのに、王子様は必要ない。言ったでしょ、時が来れば目を覚ませるって…そんな魔法、白い王子にかけられたから」
「でも、その時はまだ先なんだろ? 辛くないのか…?」
心配してくれるルキルに、スピカの中でちょっとした悪戯心が芽生え出した。
「そうねぇ……じゃあ、あなたとキスしてみようかしら? そしたら目覚めるかも」
「キッ!? キ、キキキキスゥ!!?」
「ぷっ…ふふ…――冗談よ、だからそんなに強張らないで」
顔を真っ赤にして狼狽えるルキルに、スピカは笑いながら手を振る。
この甲斐あってルキルが落ち着いていると、ふとこちらを見てきた。
「なあ、思ったんだが…白い王子って、どんな奴なんだ? それに、どうしてそんな魔法をかけられたんだ?」
「白い王子については、分からない。ただ、彼は強くて優しかった…――あの人と同じ…」
何処か遠い目になりながら、その王子と同じである“彼”を思い浮かべるスピカ。
かつて、自分を殺す事で苦しみや嘘から解放して永遠の眠りに就かせた“彼”。そして、あの戦いで乗り移ったルキルの身体に負担をかけ、彼の心を消そうとした所で眠りに就かせる事で阻止した王子。
違うようで何処か同じ二人を思い浮かべていると、ルキルが再び疑問を上げてきた。
「ここはあなたが見てる夢の世界なのに、どうして俺がここに来れるんだろ? 俺、出会った事なんて一度もないのに…」
「さあ…もしかしたら、あなたの友達の言う心の繋がりかもしれないわね。夢同士は繋がってるって言うでしょ?」
スピカが友達の一人であるソラの言葉を使って差当りの無い答えを言うと、ルキルは苦笑してしまった。
「心の繋がり、か…――ホント、能天気でお人好しなソラらしい言葉だよな」
「そう? 良い言葉だと私は思うけど…それより、そろそろ目を覚ました方がいいんじゃないかしら? もうすぐウィドが帰って来る時間よ?」
そう言うと、スピカは首を傾げながら未だに真っ青な空を見る。
空は何にも変化はないが、体内時間ではもう夕日が沈んで星が輝きだしている時間なのだ。
すると、スピカの言葉に反応して、ルキルは顔を真っ青にさせた。
「マズイ…!? この前も夜まで熟睡してたら、先生が勝手に夕飯を作って…!! は、早く起きろ俺ぇぇ!!!」
一緒に住むウィドの作るゲテモノ料理を思い浮かべたのか、頭を押さえ必死で夢から覚めようとするルキル。
この様子に、スピカは少しだけ寂しそうに笑いつつも溜息を吐いた。
「ちょっと寂しいけど、仕方ないか…――ねえ、起こしてあげるの手伝うわよ?」
「お、お願いしますっ!! また食中毒で寝込みたくない!!」
「じゃあ…そこに立って、歯を食い縛ってなさい。ふふっ…久々だから、腕が鳴るわ」
「え? あ、はい…何だ、この嫌な予感は…!?」
全身にザワリとした感覚が過るも、ルキルは言われた通りにスピカから離れた位置に立つ。
すると、スピカはルキルに向かって手を翳すなり足元に魔方陣が浮かび上がらせた。
「――故に我は命ず、命ずは我なり…――来なさい、覇者を司る気高き竜よ」
ブツブツと呪文のようなものを唱えていくと、青かった天空が次第に曇り出す。
そして、上空に巨大な魔方陣が出現すると、中央から何かが落下してスピカの後ろにぶつかり砂埃が起こる。
思わずルキルが腕で顔を覆い、砂埃が収まるのを待ってゆっくりと目を開けた。
直後、信じられない光景をルキルは目にする。
「ナ!? ナナナナナ…!?」
「さあ、この世界を壊すほど思いっきりぶちかましなさい…【バハムート】っ!!!」
スピカが翳していた手を振るうと、後ろにいる巨大な黒い竜―――バハムートが雄叫びを上げて飛び上がる。
すると、口を開いてルキルに向かってにエネルギーを溜めていく。この光景に、夢だと言うのにルキルの全身から冷や汗が噴き出した。
「ちょ!? ま、え!? こ、こここれが起きる方法!? 俺を殺す方法と間違ってませんっ!!?」
「大丈夫、ここは夢だから死ぬ事はないわ。だから安心して♪」
「安心なんて出来ませんっ!!!」
ニコヤカに言うスピカにツッコミを入れていると、バハムートが溜めていたエネルギーを収縮し始めた。
「終わったみたいね…放ちなさい、『メガフレア』っ!!!」
「本当に待ってくれぇ!!! せめて心の準備を――!!!」
そんなルキルの言葉を待たず、バハムートは『メガフレア』を放つ。
直後、世界が真っ白に染まり上がった…。
バハムートの攻撃が止み、少しずつ世界が白から黒に染まっていく。
前を見ると、周りの風景と共にルキルも消えてしまっていたが、スピカは特に表情を変えなかった。
この世界から消えたのは、夢から覚めた証拠だからだ。
「――まだ、この“力”は使える…シルビアは無事なようね」
スピカは掌を見つめ、安心するように呟く。
『召喚』の力は、元より“彼女”から与えられたもの。もし別世界にいる彼女がいなくなれば、この力さえも使えなくなってしまう。
そして、夢の世界から現実の世界へと戻って行ったルキルに心の中で語りかける。
「ね、心の繋がりって凄いでしょ? 繋がっていれば、こうして相手の事が分かるんだから」
何処か誇らしげに言って後ろを振り向くと、丁度バハムートが天空に去って行っていた。
最後まで見送ると、黒に浸食されていく世界を見渡す。
身体の持ち主であるルキルが目を覚ましたのだ。そうなれば、こうして夢が消えて行くのは定めだ。
そして、自分はまた眠りに戻される。彼がまた夢を見てくれるまで。
「何も出来ず、眠らされてるけど…こうして、あの子達を思ったり幸せを願う事は出来る」
段々と消えゆく夢の世界の中で、スピカはまるで祈る様に両手を握りしめた。
「あなたがシルビアとアウルムを使ってまで、叶えようとする願いは分からない。でも、その為に沢山の人が犠牲になるのは分かる」
かつて、教師である彼らと生徒達が仲違いになる前に起きた、シルビアとアウルムを巡る戦い。あの時は被害は少なく済んだが、次もそうとは限らない。それほど、ルキルに語った王子は途方もない力を秘めている。
だが、あの世界で本当に悪なのは、王子でもアウルムでもシルビアでもなく―――何の面識もない異世界に送りつけた自分だ。
「あの世界に混沌を押し付けた私が願う事ではないけど…それでも、何もせずにはいられないから…」
罪の意識を感じつつも、自分達のいる別の世界を思いながらスピカは祈り出す。
犯した罪に、一つの希望を抱いて。
「お願い…どうか最後まで、誰一人として光を失わないで」
もう間もなく、夢が消えて眠りへと誘われる。
最後に、意識が黒に塗り潰される寸前でスピカは彼を思い浮かべる。
同じだけど違う。違うけど、きっと同じ“彼”の事を。
「そして、あの人を止めて…――本当の…かれ、を…」
その言葉を最後に、夢の世界が消えて彼女は再び深淵の眠りの中に沈んだ。
心からの願いが、異世界の勇者達に届いてくれる事を信じて…。
■作者メッセージ
今回の断章は特に書く事もありませんので、あとがきは無しです。
それでは、このまま後半へと続きます。
それでは、このまま後半へと続きます。