Another chapter10 Aqua side‐1「黄昏に眠りし歪んだ人形」
トワイライトタウンの商店街から離れた場所にある、とある建物の中。
少々狭いがキチンと整理された部屋の中で、ゼロボロスは一人机の上で数枚の紙にペンを走らせていた。
「――ふぅ…」
ペンを止めると、椅子の背に凭れかかり大きく背伸びをする。
ある程度身体を解すと、ゼロボロスは机の上に乱雑になったレポートを纏め始めた。
「趣味で書くレポートも、ここ最近は量が多いですね…」
トントンとレポートを叩いて綺麗に纏めながら、ふと思い出す様に呟く。
今までは、気ままに世界を巡る旅をしては光と闇のバランスを取るために差当りのない干渉で世界を均衡に保ってきた。しかし、アクア達と出会ってからはどうも自分が表舞台に立ってきているようにも感じられる。
しかし、今書いたレポートは重要な事項だけでなく、彼女達の旅の内容を客観的に見て書いているし、敵対する人物も纏めている。線引きはそれとなくしているつもりだ。
別に彼女達が嫌いな訳ではない、寧ろ旅は純粋に楽しい。だが、自分は世界を見守る【管理者】でもあるし、何より自分の中には未だに“奴”が潜んで――。
―――コンコン
物思いに更けていると、ドアがノックされる。
同時に、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「ゼロボロス、入るわよ?」
「はい、どうぞ!」
持っていたレポートを机に置いて声をかけると、アクアが部屋の中に入ってきた。
「アクア、どうしたの?」
「食事の時間だから、呼びに来たわ」
「ありがとう。もうそんな時間か…」
窓の外を見るが、相変わらず夕日によって空が赤く照らされている。
夜も朝も訪れない風景を眺めていると、ある事を思い出した。
「そう言えば、ルキルは?」
ゼロボロスの問いに、アクアは表情を曇らせそのまま首を横に振る。
この意味に、ゼロボロスもまた心配そうに顔を俯かせた。
「そっか…まだ…」
二人のいる部屋から、二つ分離れた所にある部屋。
そこで、ウィドは窓から外の景色を眺めていた。
「今日でもう三日…」
疲れたように呟くと、そっとカーテンを閉めて夕日の光を遮る。
そうして振り返ると、部屋の真ん中にあるベットに近づき横になって眠るルキルを見た。
呼吸さえも静かで、まるで固まったように微動だにしない身体。もう目覚めないのではと思う程、ルキルは深い眠りについている。
「ルキル…何時になったら、目覚めてくれるんですか…?」
眠るルキルの頭を優しく撫でながら、ウィドは彼を見つけた時の事を思い出し始めた。
テラ達と別れ、一人苛立ちながら駅前通りの坂を下りるウィド。
やがて路地裏に差し掛かった所で、後ろから追いついたアクアが声をかけた。
「ウィド、待って!」
「…ほおって置いてください」
「そう言う訳にはいかないよ。とにかく、少し落ち着いて――」
「あなた達に何が分かるんですかっ!!?」
ゼロボロスも一緒に宥めようとするが、ウィドは振り向くと大声で怒鳴りつける。
これに二人が怯んでいると、我に返ったのか居心地が悪そうに頭を下げた。
「す、すみません…」
「いえ…私も、少し口煩かったですし…」
思わずアクアも謝っていると、ウィドがポツリと呟いた。
「折角…」
そこで一旦言葉を切ると、何処か悔しそうに拳を握りしめた。
「折角、姉さんの手がかり見つけたのに……すぐ近くにあるのに、手を伸ばしてもまったく届かない…――これでは、何の為に旅に出たのか分かりませんよ…」
「ウィド…」
ゼロボロスが声をかけるが、すぐに口を閉じてしまい三人に沈黙が過る。
何年も前に行方不明になった姉―――スピカについて知る人物が現れた。なのに、一人は敵で、もう一人は味方であるにも関わらず何も教えてくれない。
何故、彼らはそうまでして教えてくれないのか…。
「ん…? 何か騒がしくない?」
その時、ゼロボロスが顔を上げて奥の方に目を向ける。
すぐに二人も耳を澄ませると、空き地方面の方が何やら騒がしい。
興味が湧いたのか三人が足を進めると、階段を下りた所で何やら空き地の一角に人だかりが出来ていた。
「サイファー。お前が何かした訳ではないんだな?」
「当たり前だ!! さすがの俺でも初対面の奴を気絶させたりはしない!!」
「そうだもんよ!! 屋敷の前まで見回りに行ったら、こいつが勝手に倒れてたもんよ!!」
「免罪御免」
その人だかりの中央で、一人の大人が三人の子供に確認を取る様に聞いている。
それにサイファーと呼ばれた少年を中心に反論していると、人だかりの中にいる金髪の少年が訝しげに腕を組んだ。
「どうかなぁ?」
「何だと、ハイネ!? 俺を疑うのか!?」
「サイファーは悪くないもんよ!!」
ハイネと呼ばれた少年の目に、サイファーと取り巻きであろう少年が怒りを露わにして突っかかる。
この様子に、三人は一旦顔を見合わせると人だかりに近づき声をかけた。
「あの、一体何が?」
「ん? 実は、この町の外れの幽霊屋敷で人が倒れていたんだよ。見つけたのがサイファーだから、気絶させたんじゃないかと疑ってて…」
アクアの問いに男性が答えると、やれやれと言った感じで肩を竦める。どうやら、あの少年はちょっとしたトラブルメーカーでもあるらしい。
三人が再び騒ぎの元に目を向けると、少年達が言い合っている後ろのベンチで横になる人物が目に入った。
「――ルキルっ!?」
直後、ウィドが大声を上げて人ごみを掻き分ける。
いきなり大声で叫んだからか周りの人達が困惑する中、アクアとゼロボロスも人ごみを掻き分けてルキルに近づく。
どうにか人ごみから抜けると、ウィドが真っ先に傍に来て身体を揺さぶった。
「ルキル、どうしたんですか!? ルキル!!」
必死で声をかけるが、ルキルはどう言う訳か目を閉じたまま起きない。
見る限りは、気を失っているようにも眠っているようにも思える。アクアとゼロボロスが立ったまま二人を見ていると、先程サイファーに質問していた男が声をかけた。
「えーと、この子の保護者の方ですか?」
「…ええ、まあ。あの、ルキルは一体…」
「だから、俺達が来た時にはそいつは倒れていたんだって!! もしこれが俺の所為なら、ここまで運んだりしない!!」
ゼロボロスが聞くなり、サイファーは思いっきり怒鳴りつける。おそらく、何度も質問攻めにあっていたからだろう。
とにかく、この様子から彼が嘘を言っていないのは分かったが、何も解決はしない。
「ルキル…!!」
それ以来、ルキルは目を覚まさないのだから…。
その後、町の人達によって宿を借り、ウィドは目覚めないルキルの看病をする事になり、アクアとゼロボロスは町の調査を行う事にした。
ウィドがそこまでの記憶を思い出していると、ドアをノックする音が響いた。
「入ってもいいですか?」
「はい…」
アクアの声に、ウィドはどうにかドア越しに言葉をかける。
すると、扉が開いてアクアと一緒にトレイに食事を乗せたゼロボロスが部屋に入ってきた。
「ご飯、持って来ましたよ」
「すみません…」
「そんな顔では、ルキルが心配しますよ。彼のためにも笑顔でいないと」
「…そうですね」
未だに落ち込むウィドに、アクアが笑いながら励ます。
それにより少しだけ元気を取り戻すと、ゼロボロスからトレイを受け取って机に乗せた。
「調査はどうですか?」
ルキルを看病している間の二人の行動を問うと、何処か困ったようにゼロボロスが苦笑した。
「ここ数日いろいろ調べたけど、特に目ぼしい物はなかったよ」
「ですから、彼が目を覚まし次第『レイディアントガーデン』に行こうと思っています。きっと、テラやヴェンも来ていると思いますから」
「そうですか…」
アクアが今後の方針を付け加えると、ウィドが顔を俯かせる。
二人もルキルが何時か目を覚ますと信じている。だが、もしかしたらこのまま目覚めない可能性も…。
そんなウィドの心境に気づいたのか、二人は顔を見合わせると大きく頷いた。
「ウィド、ちょっと僕らと付き合わない?」
「え?」
急なゼロボロスの誘いに、ウィドは困惑の表情を浮かべる。
しかし、ゼロボロスはお構いなしとばかりに腕を掴んで部屋の外へと引っ張り出した。
「ささっ、早く! アクアも一緒に!」
「そうね」
「ちょ!? 待ってください!! 私はルキルの傍に――!!」
「大丈夫ですよ。少し目を離しただけで、彼は起きるとも限りませんし」
「そう言う問題じゃ――!!」
そんな会話をしながら、ウィドは部屋の外へと連れ出されてしまう。
最後に部屋を出たアクアがドアを閉めようとした所で、未だにベットに眠るルキルを見る。
何時しか『旅立ちの地』へと来て眠り続けていたヴェンの姿と重なるが、アクアは優しく笑いかけた。
「あなただって、ちゃんと目覚めてくれる…そうだよね?」
目覚めない眠りなど存在しない。ヴェンや旅で出会った人達の事を思い出しながら、アクアはゆっくりと部屋のドアを閉めた。
■作者メッセージ
10月に差し掛かり、後半編スタートいたしました。
それにしても、一年ももうすぐ終わり。秋から冬に近づき少しずつ肌寒くなってきているとは思いますが、体調は崩さないよう心掛けましょう。
それにしても、一年ももうすぐ終わり。秋から冬に近づき少しずつ肌寒くなってきているとは思いますが、体調は崩さないよう心掛けましょう。