Another chapter10 Aqua side‐2
アクア達が出て行って少し経った頃。
部屋の一室で眠り続けていたルキルに、一つの動きが見られた。
「ん…」
僅かに瞼が震えると共に、シーツ越しに指先が動く。
ゆっくりと瞼から水色の瞳が見え、ルキルは目を覚ました。
「ここは…?」
横になりながら周りを見ながら、最後に自分が倒れた場所と違う部屋に気づく。
上半身を起こすが、無性に身体が怠く感じて思わず頭を押さえる。
少しずつ固くなっている体の筋肉を解すように、腕や首を回してベットから立ち上がる。
それから窓に近づいてカーテンを開ける。外の景色を見ながら、自分のいる場所を確認していた時だった。
「あれは…?」
不意に、道沿いの端の方で黒い人影を見つける。
遠くからなのでよく分からないが、黒い何かで全身を覆い、建物の影に消える様に間を歩いて行く。
すぐに追いかけようと、ルキルは窓から目を離し部屋を飛び出した。
「何処に行ったんだ? 確かにこの辺りに…」
自分のいた建物を飛び出し、トラム広場へと差し掛かったルキル。
しかし、あの人物を完全に見失い、キョロキョロと辺りを見回していた。
「まいどクポー♪」
そんな時、何処か陽気な声がルキルの耳に入る。
目を向けると、一つの店のカウンターでモーグリが笑顔で去って行く客にお礼を言っている。
この何気ない光景に、何故かルキルの足はまるで引き寄せられるように店に近づいていった。
「いっらしゃいクポ」
近づいてきたルキルに、モーグリは挨拶をする。
すると、ルキルの中で変な違和感が心に過る。
だが、それを思う暇もなく勝手に口が動いた。
「えっと…ここって、アイスあるのか?」
「お店の看板見たクポ? ここはもう合成屋になったクポよ?」
「わ、悪い…」
モーグリにジト目で見られ(表情は変えないから分からないが)、ルキルは謝るとそそくさと合成屋から離れる。
そうしてある程度距離を置くと、疑問を浮かべながら唇に指先を当てた。
「何だ…? 俺、どうしてあんな事…?」
外装はともかくとして、モーグリがそんな物を売る筈ないのは知識にある。それに、アイスを食べたいとも思っていない。
なのに、どうしてあんな事を口走ってしまったのだろうか。自分の意思と関係なしに。
湧き上がる疑問を浮かべていると、幽霊屋敷に続く横穴が目に入った。
「そうだ…あそこに、行かないと…」
無意識の内に震える声で呟くと、ルキルは横穴へと足を進めていった。
「この屋敷…どうして、また…」
自分が倒れた場所でもある屋敷の前に辿り着き、建物を見上げる。
年季が入っていて所々崩れてはいるが、別段おかしな所はない。ルキルは空いている門を潜り、中へと入っていく。
中も同じように荒れていて、目の前の大きな窓から入る夕日の光しか明かりが無いため全体的に暗い。だが、ルキルは構う事なく奥へと進んでいった。
(引き寄せられているのか…? 誰に? 何で?)
この中へは初めて来たと言うのに、何処に向かって行けばいいのか分かる様に自然と足は進んでいく。
そうして二階の階段を上り終えると、足音を響かせながら奥の部屋の前で止まり扉を開けた。
「なっ!? この絵は…!?」
瞬間、白に染まった部屋の壁に貼ってある絵に、ルキルは目を見開き急いで中へと入る。
屋敷には不似合いすぎる、忘却の城と同じ白い部屋。そして、クレヨンで描かれた風景やさまざまな人物の絵。
未だに記憶に残っている“彼女”の物だと、ルキルは瞬時に理解した。
「ナミネ…ナミネなのか!? お前が俺を呼んでいるのかっ!?」
部屋を見回しながらルキルは叫ぶが、声は虚しく部屋の中で反響するばかりだ。
「いるんだろ!? 返事をしてくれ!! ナミネっ!!!」
記憶にある彼女の声が返ってくれる事を信じて、ルキルは必死で呼びかける。しかし、どれだけ呼びかけてもあの懐かしい声は帰って来ない。
顔を俯かせると、床にソラとナミネ、そして黒い自分の絵が落ちていた。絵の中の少年はリクか、それとも自分なのかは分からない。
思わずその絵を手に取っていると、下にもう一枚紙が重なっている。すぐに横にずらすと、ある風景が描かれていた。
「時計台…?」
丁度その頃、町を回っていたアクア達が宿に戻る道を歩いていた。
「ふぅ…楽しかったわね」
「ええ、なかなか面白い物も売ってましたね」
街の調査である程度地形を把握していたおかげで、いろんな所を迷う事なく巡る事が出来た。
そうしてアクアとゼロボロスが笑い合う中、後ろを歩いていたウィドも出かける前よりも少しだけ笑みを浮かべてお礼を述べた。
「二人とも…ありがとうございます。私の為に、こんな事を…」
「気にしないで。それより、気分転換にはなった?」
「ええ、おかげさまで」
ゼロボロスの問いに、ウィドは笑いながら頷く。
そうこう話している内に、宿の前に辿り着く。すると、宿で働くおばさんが三人を見て声をかけてきた。
「ああ、お帰り。あの子、目が覚めたよ」
「本当ですか!?」
「良かった、ルキルも目が覚めたようで」
おばさんの思いがけない良報に、ウィドだけでなくアクアも嬉しさを浮かべる。
そんな二人に、何故かおばさんは居心地が悪そうに目を逸らした。
「ただ…」
「ただ?」
その雰囲気を感じ取ったのかゼロボロスが首を傾げると、目を逸らしたまま正直に告白した。
「さっき、何処かに出かけちゃってね…彼此経つけど、まだ戻って来てないんだ」
「出かけた? 何処にです?」
「さあ? 急ぐように飛び出したから、場所までは…」
そうウィドに答えつつ、申し訳なさそうに表情を歪めている。
だが、起きたばかりのルキルの行動にアクアも首を傾げていた。
「どう言う事…?」
「とりあえず、僕達もルキルを探そ――」
冷静にゼロボロスは言うが、途中で言葉を止めてしまう。
ウィドが一人、わき目も振らず駆け出して行ったのだから。
まるで導かれるように、ルキルは一歩一歩上へとのぼっていく。
そうして時計台の頂上に上り終えると、待っていたのは夕日が町を照らす光景だった。
「眩し…」
照らされる夕日の輝きに思わず目を細め、腕で影を作る。
そうして下に落ちないよう、ゆっくりと足場を歩いていく。
そんなルキルの脳裏に、夕日に照らされた誰かと笑い合う光景が浮かんだ。
「そっか…ここで、二人と一緒に…?」
呟いている途中で、我に返る様に足を止める。
そして、突然頭痛が走ったような痛みを感じて頭を押さえ出す。
「な、んだ…? さっきから、知らない記憶が…!?」
膝を付きそうになるが、どうにか壁に手を付けて阻止する。
脳裏に巡る知らない記憶、この頭痛。何もかも、彼女によってあの城で経験した事。
「ナミネっ!! 何処にいるんだ!! どうしてこんな記憶を見せるんだっ!!?」
大切な記憶を植え付け、自分を“リク”として仕立てた少女の名を叫ぶ。
だが、先程と同じように声は返って来ない。
「なあ…ナミネ…」
悲しそうに顔を俯かせ、ルキルは今残る記憶に思いを巡らせる。
幼い頃から島で一緒に過ごし、守ると誓った流星群の夜にパオプの実のお守りを貰った。でも、それは全て偽りの記憶。それでも、守りたいと願った。ナミネによって“リク”としての記憶がバラバラになって心が壊れても、そう感じられた。
やがて城での戦いが終わり、自分の事を知った後はソラやナミネの中には入れずに逃げ出した。その後はアクセルの手引きで力を手に入れても、虚しいままで…――全てを手に入れようとリクと戦い、負けて、それから…。
こうして一つ一つ記憶を巡らせていると、不意に背後に気配を感じて急いで振り返った。
―――そこには、黒コートを纏った人物がこちらを見るように立っていた。
「――え…?」
背は自分よりも低いが、明らかにナミネではない。だが、向かい合っていると言うのに男か女かさえも分からない。
思考が上手く働かず固まっているルキルに、コートの人物は口を開いた。
「初めまして…ううん、久しぶり」
ナミネ…いや、何処かカイリに似た声で話しかける少女に、ルキルは目を細めて睨みつけた。
「お前…誰だ?」
「忘れたの? あの時までずっと一緒にいたのに?」
「一緒に…?」
少女の言葉に、ルキルは思わず反応してしまう。
しかし、少女はルキルの反応に目もくれずに淡々と話を続けた。
「その個体の姿で定着してるんだ――…あの時のあなたはナンバーすら無かった出来損ないだったのに、姿や能力をコピーする力はあったんだね」
「お前は、一体…!!」
何もかも見据えたような少女の言葉に、ルキルの中で恐怖が芽生える。
ナンバーを貰えない人形(レプリカ)。それは開発者であるヴィクセンしか知らない事実だ。アクセルもナミネも知らない筈なのに、どうしてこの少女は知っているのか。
ソウルイーターを取り出そうとすると、少女は不思議そうに首を傾げた。
「まだ分からない?」
その言葉と共に、ルキルに先程よりも酷い頭痛が襲い掛かった。
「っ…!!」
「あなたとあたしは、一緒に作られた存在。存在しない者から作られた、存在しない人形」
膝を付いて頭を押さえるルキルに、少女は淡々と説明していく。
それと同時に、ルキルの中で人形としての記憶が甦る。
「でも…あたしと違い、あなたはナンバーも貰えなかった欠陥品。そうだよね?」
「う、あぁ…!!」
少女の声が耳に届いているのかいないのか、ルキルは頭を押さえて声を絞り出す。
何処かの暗い研究部屋。顔も姿も無機質だった自分。そんな自分と同じ幾つもの人形。自分達を作った製作者が一際気に入っていた一つの人形。
自分と言う存在が生まれる以前の記憶―――自我を持つ前のレプリカとしての記憶が次々とフラッシュバックする。
「あたしは個体の記憶を吸収する事で、能力さえも完璧に力として見た目も人に応じて変わる。でも、あなたは記憶を植え付けている事で姿や能力をコピーしている。だから、能力は中途半端なままになってしまう」
尚も少女が説明する中、ルキルはゆっくりと頭痛のする頭を上げ口を開く。
ヴィクセンが付けた、最高傑作としての証であるナンバーを。
「…『No.i』、なのか…!?」
「やっと気づいてくれたんだ」
少女が笑うが、ルキルは驚く様に目を見開く。
今まで忘れていた…いや、自我を持つ以前の記憶など思い出せなかったにしろ、最高傑作であるレプリカが何故こうして自分の前に立っているのか。どうして、自分をこの場所に導いたのか。
頭痛は引いたが、今度は疑問の波が頭に押し寄せる。そんなルキルに、『No.i』は時計台から一歩踏み出し、まるで見えない床を歩いて行くように距離を取る。
「でも、今ここいるのはあたしじゃない。あたしは完全になろうとしたのに、記憶を吸収する個体である“ロクサス”に消された…これは、今までの記録を元に実体化した思念に過ぎない」
「ロクサス…?」
聞き覚えのない人物に、ルキルが訝しる。
しかし、『No.i』が答える気が無いのか再びルキルと向かい合った。
「でも、この中に何の記憶も無い状態では同じ存在であるあなたにしか認識出来ない。あたしは記憶によって、実体を生み出せる。だからこそ――」
そう言ってルキルに手を広げると、『No.i』の周りで黒い闇が包み込むように溢れ―――宣言した。
「あなたを構築する記憶・能力を抹消して、記憶が無くとも存在出来る『No.i』へと書き換える…」
■作者メッセージ
今までと比べるとどうにも展開が早い早い。書いてる自分がビックリしました。
え? これシオンのキャラじゃない? 当たり前です、あくまでも『No.i』ですから。詳しくは後程本編で。
え? これシオンのキャラじゃない? 当たり前です、あくまでも『No.i』ですから。詳しくは後程本編で。