Another chapter10 Aqua side‐3
「ルキル!! 何処ですか、ルキルっ!?」
大声で呼びながら、町の至る所に繋がる地下通路を駆け巡るウィド。
表情には焦りを浮かばせ、何も見逃すまいと神経を尖らせる。
やがて地下通路の中央に差し掛かると、後ろから追いかけてきたアクアが腕を掴んだ。
「ウィド、落ち着いて!!」
「そう神経質になってたら、探せるものも探せなくなるよ!!」
アクアに続いて追いついたゼロボロスも声をかけると、落ち着きを取り戻したのかウィドがゆっくりと頭を下げた。
「…すみません、二人とも」
そうして謝るものの、ウィドの中にある不安はまったく拭い切れていない。
その心の内を見据えた二人の視線に気づいたのか、ウィドは何処か苦しそうに胸に手を当てた。
「さっきから、妙な胸騒ぎがするんです。あの子がいなくなってしまうような…そんな気がしてならないんです」
「ウィド…」
今にも不安で押し潰されそうなウィドに、アクアも顔を俯かせる。
妙な胸騒ぎは、アクアも何度か経験がある。巡る世界で、時折テラが闇の者達に力を貸していた話を聞き、どうしようもなく心がざわめいたし、不安に陥る時もあった。
そう言えば、テラと一緒にいたクウと言う人物。よくよく思い出してみれば、彼も闇の気配を…。
「――姉が行方不明になった時も、そうだったんです。妙に心がザワザワして、不安で落ち着けなくて……でも、まだ幼かった私はそれが何なのか分からなくて、病気だって思い込んで…」
ここでアクアは一旦思考を中断させ、再びウィドを見る。
すると、顔を歪ませながら胸の辺りを鷲掴みしていた。
「神経質になっているのなら、それでいいんです……この胸騒ぎが的中するよりも、遥かにマシですから…」
「…気持ちは分かるよ。でも、焦って行動しても失敗を生むだけだ。とにかく、手分けしてルキルを探そう」
「そうね! 私はあっちの商店街の方に行ってみるわ!」
ゼロボロスの提案に、アクアはトラム広場の道へと指差す。
「じゃあ、僕は駅の方面に! ウィドさんはそっちの住宅地方面を!」
「分かりました!」
こうしてそれぞれの分担を決めると、アクアとウィドが駆け出した。
「あ、待って!!」
だが、すぐにゼロボロスが二人を引き止める。
思わず二人が足を止めて振り返ると、ゼロボロスは三枚の黒い羽根を取り出して魔方陣を刻み込んでいく。
やがてそれを終えると、二人に向かって一枚ずつ黒い羽根を投げる。ヒラヒラと舞う羽根を二人は片手を広げて受け取ると、ゼロボロスが羽根を見せながら説明した。
「これに念を送れば、羽根を通じて声が届く様にしてるから。見つけたらこれで連絡を取り合おう」
「ありがとうございますっ!」
「じゃあ、そっちは任せるわっ!」
二人は羽根を握りながら頷くと、割り当てられた場所に向かって走り出す。
それを見送ると、ゼロボロスも駅の方へ続く道を駆けだした。
時計台の前…いや、上空と言った方がいいだろう。
割れたガラスのような輝きが映る見えない床と壁の空間。その中に、ルキルはいた。
「はぁ…はぁ…!!」
すでにその手にはソウルイーターを取り出し、荒い息で前方を見る。
そこにいるのは、黒コートの人物ではない。全身が無機質な機械の人形で、顔にはあのノーバディの印も付いている。
腕や膝などは銀色。だが、足は黄色のブーツのようで、手の部分も白い手袋のようなもの。その上、身体は太腿や袖部分まで赤い。
そう、これはまるで…。
「何で…ソラの形を…!?」
一年前のソラの服装と似た人形。その証拠に、手にはキーブレードのようなものも持っており構え方までそっくりだ。
そんな事を考えている間にも、人形はキーブレードを振るってくる。
どうにか防御して距離を取ると、ルキルは足元に広がる街並みに目を向ける。
「こんなに目立つ場所で戦ってるのに…何で、人がいないんだ…!?」
時計台は町の至る場所から見えるオブジェだ。そんな所で戦っていると言うのに、誰も来る気配が無い。
もはや増援は当てにできない。自分一人でどうにかするしかない…ルキルが覚悟を決めた時、人形に光が宿り始める。
突然の事に警戒していると、何と人形に無機質な翼が生えて上空へと浮かんだ。
「姿が変わった…!」
驚くルキルに、不意に何かの記憶が脳裏に浮かぶ。
星も見えない夜の空、そこに浮かぶハート型の月。
それと同時に、何かが塗り潰される感覚が頭に過り…。
「見せてあげる!!」
直後、人形の声で我に返るとこちらに向かってキーブレードを構えて突進してきた。
「ぐぅ!?」
「これで終わり? もっと本気で来てよ!!」
不意の出来事にルキルが避けきれないでいると、人形は続けざまに突進攻撃を喰らわせる。
『ソニックレイヴ』の猛攻にダメージを受けるが、攻撃が終わった隙を見計らうようにルキルは片手に闇の力を溜めた。
「…舐めるなぁ!!」
そうして闇の気弾を放ち、人形にぶつける。
気弾が爆発したのを見て、ルキルは剣を握って大きく跳躍した。
「まだだ!! 『インパルス』――!!」
剣に地面に叩きつけるように、人形を斬りつけようとする。
だが、まるでさっきの攻撃が効いていないかのように、人形は平然と全身から衝撃波を出した。
「ぐあっ!?」
下降していたルキルはモロに喰らい、そのまま後方へと吹き飛ばされる。
それでもどうにか受け身を取って地滑りを起こすように体制を戻す。そんなルキルに、人形は何処か呆れたような声を上げた。
「その程度? 一度あなたのコピー元となった本人と戦った事があるけど…――全然だね」
「うる、さい…そっちだって、負けてるだろっ!!」
リクより下だとハッキリ言われ、ルキルは苛立ちを露わにして言い返した。
「そう、負けた。吸収はあと少しで完了したのに、記憶の補完も完璧だった。全ては、この中にあった『自我』と言う存在の所為」
何処か自傷気味に話す人形に、思わずルキルは訝しむ。
だが、すぐに人形に先程の光が宿り出した。
「それでも…あなたを倒せる力はある!!」
「うっ…!!」
眩い光が人形から発せられ、ルキルは目を覆う。
それと共に、今度は大理石のような白い部屋の情景が脳裏に駆け巡る。
やがて光が収まると翼は消え、代わりに一回りボディや武器が大きくなっていた。
「また…!?」
「これはどう!?」
再度姿が変わった事に驚いていると、人形が宙に浮かんで切先に光を溜める。
どうにか阻止しようと駆け出すが、その前に光は弾けて螺旋状の光弾となってルキルへと向かった。
「くそっ!!」
『ラグナロク』の攻撃に、即座にルキルは『ダークシールド』を展開させる。
こうして光弾を防御するものの、まるで喰らいつくように襲い掛かり次第に障壁に亀裂が出来た。
「耐えられな…があぁ!!」
やがて障壁は破られ、消えなかった光弾が一気にルキルに喰らい付く。
一気に体力を削られたルキルに、人形は巨大なキーブレードを振るって襲い掛かる。
続けざまの攻撃に避ける事もままならず、ルキルは成す術も無くキーブレードに吹き飛ばされた。
「う、ぐっ…!」
「ハッキリさせてあげる!!」
こうして傷だらけとなったルキルに、人形は再びあの光を宿す。
次に浮かぶのは、ここと同じ夕日の景色。そして、何かが塗り潰される感覚。
そうこうしていると光が収まり、人形を見ると盾と剣のようなものに身を囲んでいる。
すると、それぞれが前後左右に分かれ、四本の刃となってこちらに構えた。
「う、腕が四本!? そんなのありか!?」
「ええ!! これがあなたとあたしの差よ!!」
何でも無いように返すなり、人形は剣に光を宿して舞うように斬りかかる。
今の状態であの攻撃を受けたら一溜りもない。ルキルは必死に『ラストアルカナム』の猛攻を避けながらポケットに手を入れた。
「考えろ…何か、何か手があるはず…!!」
少しして攻撃が収まると、ルキルは『ポーション』を取り出して一気に飲み干し削られた体力や傷をある程度治す。
そうだ。戦いは攻撃や防御するだけではない、考える事も大切だと教わった…そう――?
(え…? 俺、誰に教えて貰ったっけ…?)
そこから先…いや、それ以前に大事な記憶が思い出せない。この事実に、ルキルの肩が震える。
教えて貰った内容、一緒に住んでいた、大事な人。それは分かるのに、どんな人だったのか何も思い出せない。
その時、人形が飛び上がり四本の刃を構えて急降下した。
「やあぁ!!」
「くっ!?」
思考を中断し、どうにか転がる様に避けると突き刺した部分から衝撃波が起こる。
それだけ強力な攻撃だったからか人形の動きが若干止まり、チャンスとばかりにルキルは剣に闇を込めた。
「そこだぁ!!」
間合いを詰める様に斬りかかると、空中に飛び上がる。
そこで一旦静止すると、無数のソウルイーターを周りに出現させた。
「『ダークバラージュ』!!」
手を振り下ろすと共に、人形にソウルイーターを次々とぶつけていく。
現時点でルキルが使える強力な攻撃だ。ダメージも半端ではないだろう。
しかし、人形は怯みもせずに静止しているルキルに向かって四本の刃に光を込めた。
「え!?」
「はあぁ!!」
その状態で再び『ラストアルカナム』を放ち、ルキルは避ける事も防御も出来ず怒涛の剣舞に思いっきり斬り裂かれた。
「がはぁ…!!」
全身を切り裂かれ痛む身体ではどうする事も出来ず、空中に吹き飛ばされるルキル。
そうして地面に全身を打ち付けられる。どうにか苦しそうに目を開くと、人形がこちらに向かって走っている。
攻撃は効いていない訳ではない。恐らく感じないのだろう。だから、あれだけの攻撃をしても簡単に反撃が出来る。
人形が止めを刺そうと迫ってくる。だが、ここまで傷だらけにされては、もはや立ち上がる気力すら湧き上がらない。ルキルはボンヤリと迫ってくる人形をスローモーションのように見ていた。
―――負けないでっ!!
突如脳裏に響いた声が無ければ。