Fragment10-2
イライラは落ち着いたが、未だに不機嫌そうにシャオがテーブルに肘を立てて座っている。
その隣ではユフィも座って苦笑いを浮かべ、レオンもどうにかシャオに目を合わせようとしていた。
「ユ、ユフィとシドが失礼な事を言ったな…」
「内心、レオンおじさんもボクが女だって思ってたんじゃないよね?」
すぐにシャオが疑いの目を向けると、レオンは無言で目を逸らす。
更にジト目になっていると、奥からシドが大きな土鍋を持って現れた。
「ほれ!! 出来たぞ、ボウズ!!」
そう言ってテーブルの上に用意された敷物に豪快に置くので、一旦疑心を沈めて中を覗く。
すると、中は美味しそうな匂いが漂う出汁に浸された野菜や肉。その他にも魚や何か分からない食材などがグツグツと煮込まれている。
この料理に目を丸くしていると、シドは笑いながら鍋の物を小さな器に取り分けてシャオに差し出した。
「これがシド様特製の腹一杯鍋だ!! お詫びと言っちゃなんだが、たーんと食ってけ!!」
「ア、アリガト…イタダキマース…」
どうにかお礼の言葉を紡ぐと、シドから器を受け取る。
取り分けた分を見る限り、特に変わった食材は入ってない。あるとしても、骨だけの魚ぐらいだろう。
念の為レオンやユフィを見ると、嫌がる事も無くシドが取り分けた鍋の具を受け取っている。少なくとも、どこぞの教師のように不味くは無い筈だ。
シャオは覚悟を決めて箸を握り、煮込んでいる肉を掴むと口に含んだ。
「ん…おいしい!!」
「でしょ!? これ、シドの得意料理だからねー!!」
あまりの美味しさに顔を綻ばせるシャオに、ユフィは笑いながら取り分けた分をかき込む様に食べる。
対してレオンも静かに食べるので、シャオも再び食事を再開する。
それから少し経った時、シャオが向かい側に座るシドを見ると、何処か不審げにこちらをじっと見てるのに気付いた。
「…な、なに?」
「いや…お前さんの顔、どーっかで見たような気がしてならなくてなぁ…」
「ブフーッ!?」
シドの言葉に、シャオは口に含んでいた食材を噴き出してしまう。
これにはユフィとレオンも驚きながらシャオから離れるように椅子を動かした。
「ちょ、いきなり噴き出さないでよ…!? 何かハズレでも出たの?」
「え!? あ、うん…アハハハハ…」
若干顔を引き攣らせながらシャオが笑っていると、レオンも訝しげに眉を寄せた。
「だが、シドの言う通り誰かに似てるな…」
「あ、それあたしも思った! でも誰なんだろうなー?」
二人に賛同するようにユフィも頷くものだから、シャオは全身から冷や汗を掻いて目を逸らした。
「ヘー、ソウナンダー。タニンノソラニッテスゴインダネー、アハハハハ…」
「シャ、シャオ? 何か片言になってない?」
「シド…変な材料入れてないよな?」
「失礼な事言うな!! 俺が入れたのは冷蔵庫の中身だけだぁ!!」
こうして食事の場が騒がしくなる中、玄関のドアが開く。
そこから、ピンクと白のワンピースに茶髪の女性―――エアリスが入ってきた。
「ただいまー」
「あ、エアリスお帰りー!」
「むごぉ!?」
出迎える様にユフィが手を振ると、シャオが再び咽てしまう。
そんなシャオに気づいたのか、エアリスは四人に近づきながらユフィに首を傾げた。
「ねえ、その子は誰?」
「この子はシャオ。ソラ達と同じ、キーブレードの勇者なんだって!」
「げほっ、ごほ…!! だから、勇者じゃないって…!!」
咳込みながらもどうにか言うと、エアリスが笑みを浮かべてこちらを見た。
「シャオって言うんだね。私はエアリス、よろしくね」
「ハ、ハイ…よろしく…」
そんなエアリスに、シャオは顔を引き攣らせながらも頭を下げる。
何せ、自分の世界のエアリスは怒らせたら怖いのだ…いろんな意味で。それゆえ、どうしても苦手意識が出てしまう。
シャオがその事を思い出していると、エアリスも思い出したように顔を上げた。
「そうそう。オパールがね、さっき帰ってきたの」
「ホントか!?」
「うん。今はソラ達と一緒に研究所で例の調べ物をしてくれてるよ」
エアリスの報告にシドが驚くと、ニコニコ笑いながら現状を説明する。
この説明に、思わずシャオも喰い付いた。
「例の調べ物? ねえ、どう言う事!?」
突然興味を持ったシャオに、エアリスは困惑の表情を浮かべるがすぐに説明した。
「実はね――」
そうしてエアリスは今の状況の事、そしてソラ達が戻って来て今はコンピューターのデータを調べてくれている事を話す。
こうしてエアリスが説明し終えると、シャオは考えるように顔を俯かせた。
「そんな事が…」
ようやく目的に近づいたのを実感し、そのまま思考を巡らせる。
(でもそうなると、具体的な世界の危機についてはまだ誰も知らないって事だし……ここは、いっその事――)
シャオがある決意をすると、顔を上げてユフィを見た。
「ねえ、ユフィさん。その研究所って何処にあるの?」
「え? 城壁広場の先にあるお城の中だけど…」
「ありがと! ボク行ってみるよ!」
「行くって…ちょっとシャオ!?」
食べ終わった器をテーブルに置くなり、そのまま外に出るシャオ。
慌ててユフィやレオン、シドとエアリスも外に出ると、シャオはキーブレードを握っていた。
「――やっ!!」
四人が見る中、シャオはキーブレードを上空に投げる。
キーブレードをハンググライダーに変えて、降りてきた乗り物をシャオは掴んで機上する。
この一連の動作に、四人は目を丸くした。
「うそぉ!?」
「キーブレードが…!!」
「乗り物に、なっちゃった…」
ユフィだけなくレオンとエアリスも茫然とする中、空中に浮かんだシャオが大きく叫びながら手を振った。
「シドさん、鍋ごちそうさまー! じゃあねー!!」
それだけ言うと、シャオは遠くにある城に向かってハンググライダーで飛んでいく。
そんなシャオを、四人は声をかける事も出来ず見送った。
「行ったな…」
「あいつ…本当に何者だ?」
「変わった戦い方するし、キーブレード乗り物にしちゃうし…」
未だにレオンが茫然とする中、シドとユフィは思った事を言い合う。
やがてレオンが顔を戻すと、エアリスが難しい顔で考え込んでいるのに気付いた。
「エアリス、どうした?」
「うん…あの子、男の子なんだよね?」
「あ、もしかしてエアリスも間違えた? あの子、女の子にも見えるよねー」
シャオの男にも女にも見える中性の顔立ちを思い出し、ケラケラと笑うユフィ。
しかし、エアリスは何処か不安げにシャオの去った空を見ていた。
「気のせいだったのかな……一瞬だけ、長い銀髪に水色の目をした女の子に見えたの…」
「あれか…」
本部であるマーリンの家からライダーで飛んで数分後、ようやく城の前へと辿りつく。
そして、目の前の城に入れる場所を探す為に周囲を回り始める。
「この世界のソラさん達について行けば、きっと危機に出会う筈。でも…」
あのカードやイエン・シッドの事を思い浮かべると、顔を俯かせる。
例え異世界とは言え、過去のソラ達と行動するとリスクが大きいのだ。未来の住人である自分が干渉すれば、少なくとも何らかの過去を変える可能性もある。
何より、自分はこの世界では異質の存在でもある。
(あなたは異世界にしてみれば貴重な…――それこそ《奇跡》に部類されるぐらいの存在なんです。本来ならば――)
旅立つ前に聞かされたジャスの言葉を思い出しながら、寂しそうに小さく呟いた。
「ボクは、どの世界にも存在しない…――だからそこ、悟られちゃいけないんだよね…」
ノーバディが存在しない者なら、自分は存在してはいけない者。特に、自分の“両親”に関して知られれば混乱が起きかねない。
思わず手に力を込めていると、突如シャオの周りで空間の揺らぎが起こる。
急いで顔を上げると、そこには鈍い銀色の翼を生やし長剣を持った天使のようなノーバディが取り囲むように現れた。
「――えっ!?」
予想もしない敵の登場に目を見開くシャオ。
その間に、ノーバディは剣を構えてシャオに襲い掛かってきた。
「何あれ!? 新種のノーバディ!?」
ウィドから教えられた話でも、自分の世界でも見た事がないノーバディに、シャオは乗り物を動かして攻撃を避ける。
少なくとも、統制力は取れているし中には魔法の光弾を飛ばしたりしている。強さのランクからすれば、上級に部類される。
逃げながらノーバディを観察している間にも、羽の部分が剣に切り裂かれ全体がグラついた。
「くっ…!! ライダーの状態じゃ不利だ…一旦、何処かに――!!」
空中で撃墜される前に、どうにか地上に降り立とうとするシャオ。
そうして城を見ると、頂上付近のバルコニーで白い影が目に入った。
そして、その人物は城の中へと進んでいく。
「今のは…?」
怪しい人物にシャオが眉を潜めるが、思考に耽る事をノーバディは許してくれないようで尚も襲いかかる。
これにはシャオも苛立ちを露わにして羽の部分を光らせた。
「いい加減に…離れてよぉ!!」
そうやって素早く回転すると、光の起動となって周りのノーバディを吹き飛ばした。
「どう!? 『ウィングライン』の威力もバカにならないでしょ!!」
ニッと笑いながら叫ぶと、すぐにあの人物がいたバルコニーに降り立つ。
そうして乗り物をキーブレードに戻すと、上空のノーバディを見ながら腕を交差した。
「第一段階…『ヒート・モード』!!」
そうしてキーブレードに炎を力を宿すと共に、ノーバディが急降下するように突っ込んでくる。
それを見て、シャオは身体に炎の力を纏わせながらキーブレードを回転した。
「燃え尽くせぇ!! 『ファイヤウォール』!!」
回転するキーブレードをバッと横に構えると、シャオの周りから炎の壁が現れて周囲に大きく広がる。
結果、空中のノーバディは避ける事が出来ずに炎の壁に呑まれて消滅してしまった。
こうして自分を襲ったノーバディを全滅させると、軽く息を吐いた。
「さてと、急がないと…!! モード・解除」
身体の負担を出来るだけ無くすために【モード・スタイル】を解除すると、シャオはあの白い人物を追う為に城の中へと入っていった。