Fragment10-3
城の中に潜入してしばらく歩き回っていると、シャオは薄暗い礼拝堂へと足を踏み入れた。
「どこにいったのさ…!?」
なかなか追いつけない人物に、さすがのシャオも焦りを感じて苛立ちを見せる。
その時、シャオの後ろで微かに足音が聞こえた。
「っ!?」
すぐに振り返ると、なんとあの人物が影に紛れる様に隠れながらダブルセイバーを上段に構えている。
こちらを見るシャオに気づいたのか、男はそのまま武器を振り下ろすと赤黒い衝撃波を飛ばしてくる。
シャオはどうにか転がる様に衝撃波を避ける。すると、衝撃波は後ろの壁にぶつかり大きな音を立てて部屋一帯に振動が襲った。
「奇襲を避けるだけの能力はあるようですね…それに、その手に持っているのはキーブレードですか」
「あんた、誰!?」
「まずはそちらから名乗るのが礼儀では?」
シャオが叫ぶなり、男は何処か優雅に意見を返してくる。
これにはシャオも冷静さを取り戻すが、警戒心は無くさずに男を睨みながら答えた。
「…シャオ」
「シャオ、ですか…私はエンとでもお呼びください」
そうしてエンも笑いながら自己紹介すると、シャオがキーブレードを握る手を強めた。
「それで、どうしてノーバディを使ってボクを襲ったのか…――洗い浚い、ぜーんぶ吐いて貰うよっ!!! 第一段階、『スピード・モード』!!」
腕をクロスさせ、もう片方の手に光の長剣を具現化させる。
そうして二刀流にすると、素早いスピードでエンに双剣を振るう。
だが、エンはダブルセイバーを横に構えてシャオの双剣を防御した。
「くっ!!」
「やれやれ、挨拶もそうそう突っかかってくるとは…まあ、いいでしょう」
ギチギチと耳障りな金属音が互いの間で鳴り合うと、エンが間合いを取る様に弾き返す。
これによりシャオは吹き飛ばされるが、すぐに体制を整えて構える。すると、エンもダブルセイバーを軽く振るった。
「計画開始まで、まだ時間がありますからね。それまでお付き合い願いましょうか?」
「計画…――っ!?」
シャオが聞き返すが、エンは答える気が無いようでダブルセイバーを振るってくる。
この攻撃をシャオが双剣で受け流す様に防御していると、不意にエンが手を翳した。
「『サンダラ』」
「ぐあぁ!?」
エンが魔法を発動させると、広範囲に巨大な雷が落ちる。
さすがに避ける事が出来ず、シャオは中級とは思えぬ強力な攻撃に巻き込まれる。だが、痛みを堪えて風の力をキーブレードに纏わせた。
「『ガーレストローク』!!」
そのままキーブレードで突きを放つが、エンは見切ったのか横に避ける。
「甘い。『グラビラ』」
続けざまに魔法を発動させると、今度は重力の球体が落ちてくる。
これを見て、シャオはキーブレードに氷の力を宿して横に振るった。
「『氷壁破』!!」
そうして氷の壁を前方に高く打ち出すと、先端に重力の球体が当たる。
すると、球体はそこで広がる様に破裂するが、ギリギリの所でシャオに当たらずに済んだ。
「その技は…!?」
「『ラストアルカナム』!!」
何故か驚くエンに、シャオはチャンスとばかりに双剣を振い猛攻撃を行う。
ただでさえ素早く力強い攻撃だ。二本で行えば、大きなダメージを与えられる。
しかし、あれだけの猛攻を喰らったにも関わらずエンは僅かに怯んだだけで平然と手を振るった。
「『エアロラ』」
「ううっ…!!」
エンを中心に風が大きくうねりを上げ、引き寄せるように一点に集約する。
さっきの『サンダガ』と同じ中級とは思えぬ暴風に、シャオは地面に二つの剣を突き刺して堪えようとする。
だが、エンの周りの風が弾けると勢いのまま真空の刃がシャオを襲った。
「あぐっ!! 第二段階――…『ダーク・モード』!!」
ダメージを受けるシャオだが、腕を交差させて闇を纏う。
そして、赤と黒のスーツ姿に変えてキーブレードも黒く染める。闇に特化したシャオに、エンは眉を潜めた。
「また変わった…」
訝しげに見るエンに、シャオはキーブレードに闇を溜めた。
「『ブラッティ・ウェーブ』!!」
「っ!? 『ブラッドクロス』!!」
シャオがキーブレードを振るって大きな黒い衝撃波を出すなり、エンは大きく目を見開く。
しかし、それも一瞬でエンもダブルセイバーを振るい先程の衝撃波をぶつける。
結果、二つは中間地点で大きくぶつかりあい相殺された。
「そんな…全力で撃ったのに…!」
肩で息をしながら悔しがるシャオに、エンはダブルセイバーを握る腕を下ろしながら何処か呆れた目をした。
「まったく…その変化する能力と言い、人マネといいどんな戦い方ですか?」
「これもボクが受け継いだ能力なんだから、文句言わないでくれる!?」
「受け継いだ能力?」
エンが訝しげに眉を潜めると、シャオは戦闘中にも関わらず得意げに胸を張った。
「そう! ボクは人々の記憶を吸収しつつコピーする能力があるんだ! その集大成がこの『モード・スタイル』!! 自分の能力を変化出来るし、他の人の技だって使う事が出来る素晴らしい能力さ!! まあ、段階が上がれば前の段階に戻れないから解除してやり直さないといけないけど……って、ちょっと聞いてるの!?」
何処か威張りながら詳しく教えるが、エンが話を無視するのでシャオが怒鳴りつける。
しかし、エンは文句を言うシャオの言葉も耳に入れずに思考を巡らせた。
(異世界の未来から来た…見覚えのある顔…――これなら納得はいく、しかし…)
アルガやティオンの会話を思い出しながら、エンはパズルのピースを組み立てるようにシャオについての情報を整理する。
そうしてある程度の謎を解くが、同時に幾つもの矛盾が生まれてしまう。
彼の言う受け継いだ能力。両親は誰なのか。自分の知識だけでは、どうしても矛盾が解決できない。
そこで、エンは現時点で確かな答えをシャオにぶつけた。
「…何処かで見た事あると思えば、あなたは『あの人達』の子供ですか」
エンから発せられた言葉に、シャオの表情が強張る。
だが、それも一瞬の内ですぐさま表情を消してエンを睨みつけた。
「あの人達って誰? せめて、もっと具体的に言ったら!?」
「ハッタリは効きませんか…まあ、いいでしょう」
やれやれと肩を竦めるエンに、シャオはキーブレードを握り締め闇を引き攣れて斬り込もうとする。
だが、その途中でシャオの足元から黒い魔方陣が不気味に光りながら現れ、やがて部屋全体を覆った。
「なに、これ…!?」
「どちらにせよ、あなたはここで消えます…誰にも知られる事なく、一人で!! 『ダークパニッシャー』!!」
エンが上に手を翳すと共に、シャオのいる魔方陣を中心に闇の光線が上空から幾つも落ちてきた。
ランダムで落ちる予想できない攻撃に、逃げる事も避ける事もままならぬ状況に陥られる。だが、シャオはニヤリと笑っていた。
「…悪いけど、消えるのはそっちだよ!!」
キーブレードを掲げると、シャオを中心に巨大な闇の光線が湧き上がる。
威力はこちらが上なのか、バリアの代わりとなってシャオに落ちてくる光線を打ち消していく。
「リズ、アレンジさせて貰うよ!!」
別の世界にいる友達に向かってシャオが叫ぶと、エン目掛けて闇の力を纏ったキーブレードを振るった。
「『ミッドナイトアワー』!!」
キーブレードを振り上げるシャオに、エンは後方に飛んで避ける。
だが、顔に巻いている布の一部がキーブレードの先端に絡め取られた。
「避けられ…――えっ…!?」
手ごたえを感じずにシャオが悔しがる中、ビリッと布が避ける音が響く。
エンの顔に巻かれた白い布が、キーブレードによって二つに切り裂かれる。
そうして、エンの素顔が露わになった途端、シャオは大きく目を見開いた。
「うそ…何で…!?」
驚きを隠せずに動きを止めるシャオに、エンは焦りを浮かべてダブルセイバーを構えた。
「くっ…『テラーバースト』!!」
「うわぁ!!?」
黒い暴風をシャオにぶつけると、茫然としていた所為もあってかそのまま壁に激突する。
あまりの衝撃に力なく倒れると、エンは後ろを振り返って叫んだ。
「クォーツ!! 閉じ込めろ!!」
「――はい」
闇の中から別の声が響くと、シャオの足元に闇が湧き上がる。
出現した闇の回廊に、シャオは成す術もなく呑み込まれていく。
「う、うわぁああああああああっ!!?」
やがてシャオが闇の中に完全に呑まれると、エンは悔しそうに顔を押さえた。
「油断した…!!」
素顔を隠しているようにも見えるエンに、後ろで待機していたクォーツは恐る恐る声をかけた。
「それにしても、あなたは一体…?」
「前にも言った筈です。私はあなたと同じノーバディだとね」
それだけ言うと、エンは口を閉ざす。それ以上は語りたくないと言わんばかりに。
仕方なくクォーツも黙っていると、エンが振り向いた。
「ただ、今は時じゃない。その時になれば全てを話しますよ」
そう言って笑うエンの姿に、クォーツの中で妙な違和感が走る。
今のエンと、敵対する中にいる一人の人物。違う筈なのに、どうしても重なってしまう。
そんなクォーツの心情を知ってか知らずか、エンは顔を逸らしながら指示を出した。
「それより、あの子は危険です。早急に手を打ってください」
「ええ、ご安心を」
クォーツはそれだけ言うと、背後に闇の回廊を作り出し中へと入っていく。
こうして闇が消えて一人になると、エンは地面に落ちた切り裂かれた布を見て歯を食い縛る。
先日戦ったスピカ、そしてシャオの驚いた様子を思い浮かべながら。
「…私は、何時まであの“男”に縛られるんだ…!!」
闇の回廊に呑み込まれ、闇の中を必死でもがく。
しかし、突然視界が晴れるとシャオは地面へと落下した。
「いったぁ…!!」
そんな声を上げながら、シャオは頭を擦る。
痛みのまま辺りを見回すと、まるで白い靄のかかった空間の中にいた。
「ここは…?」
「特殊な空間、と言っておきますよ」
背後から聞こえた声に、シャオは飛び上がって振り向く。
そこには、先程自分を閉じ込めた人物が水晶を持って立っていた。
「おじさん、さっきの!!」
シャオがキーブレードを構える中、クォーツは不敵な笑みを浮かべながら話しかけた。
「それにしても、あなたの記憶を覗かせて貰いましたが…――これはすごいですね」
「記憶…っ!?」
クォーツの言葉に敏感に反応するシャオに、満足そうにほくそ笑みながら話を続ける。
「フェンの言う通り、あなたの中にはさまざまな記憶がある。それも、この世界とは明らかに別の世界の記憶が」
「…で、知って何する気? そんなの知った所で――」
ここで言葉を切ると、シャオは軽く跳躍した。
「ボクは動じないよ!! 『グランドクロス』!!」
キーブレードを振るい、十字の衝撃波を作ってクォーツに飛ばす。
しかし、何者かが中間に割り込むとその攻撃を上空へと弾き飛ばした。
その人物に、シャオは茫然としながら目を丸くした。
「え…?」
それは、灰色の髪に青い目の少年。
彼の手には、純白のキーブレードが握られている。
トレードマークでもある茶色のニット帽に、赤いマフラー。さらに、黒の長ズボンに青いハートのマークが書かれた白いシャツ、黄色の裾の無いジャケット。
彼の服装、そして顔も身長もキーブレードも…『ダーク・モード』でなければ、何もかも自分と瓜二つだった。
「残念ながら、あなたの相手は私ではありませんよ。あなたの相手は――」
自分と同じ少年に守られながら、クォーツは笑みを浮かべて宣言した。
「――あなたです」