第一章 永遠剣士編第六話「火種/孔」
一方の睦月、皐月はエレボスの塔を攻撃する男を止めに仕掛けたが、アバタールとジェミニにより足止めを食らっていた。
「くそっ、塔に攻撃してる奴を止めてえってのに!」
「邪魔しないでくれ、ジェミニ!!」
「……」
歯噛みする睦月、呼びかける皐月の声にジェミニは仮面に残された半分だけの素顔に小さく表情を強張らせる。
「ハッ、無駄無駄。無駄な足枷は敗北を招くぞ!」
睦月、皐月はアバタールとジェミニの所為で攻撃を邪魔されてばかりだった。
それに、二人はジェミニに刃を向けても迷いの余りに気を緩めてしまう。そこを狙って、アバタールが割り込んでくる。
「くそっ、ジェミニがたてついてこなけりゃあ……!」
「―――なら、ボクが楯突くよ」
「フェイト!?」
ジェミニに黒い鎖が全身を締め上げる。そして、鎖を握り締めたフェイトは一気に急上昇していった。
それに驚くアバタールへ睦月は渾身の一振りを振り下ろす。
「はああっ!」
「く!」
剣を防いだのは鏡の様な円盤。睦月を円盤から発した波動で押し返し、構えを直した。
「フェイトの奴……ったく、『ありがてえな』。…皐月、お前は当を攻撃している奴を狙え」
「解った!」
「それを通すとでも?!」
「そうともさあ!」
阻もうとするアバタールの剣閃を、睦月の左腕に拵えた鉄甲が弾き飛ばした。その隙に皐月は塔を攻撃している男に挑んだ。
「それ以上の攻撃はやめてもらうよ!」
「―――邪魔者は、斬る」
斬りこんできた彼に、鉄色の髪をした男は金色に縁取られた同じ髪色の鉄色の剣で受け止める。そして、巨大な雷光が刀身を纏い、皐月を押し返す。
「っ……強い」
男は佇む姿勢の凛然さ、剣の力も相まって、皐月は唯の雑魚でない事を再認識した。
「なら、遠慮は無用だね。キミを止める」
「うおおおああ!!」
闘気の咆哮を上げ、男は皐月に斬りかかった。
「くっ……」
遥か上空まで引き上げられたジェミニ、そして、引き連れてきたフェイトは腰に挿した白く拵えた刀を抜き取った。
「お前は、フェイト……あのまま、倒れていればいいものを」
「遠慮してくれて結構。この程度の切傷なら大して問題ないし―――それにしても、ダメだなあ。二人共」
「睦月と皐月の事か」
呆れるように笑っているフェイトに、訝るジェミニは問いただした。フェイトは嘆息を是として返して言った。
「不甲斐無いよ、全く。永遠剣士として僕よりうん百年は生きているくせに、たかが仲間の一人が敵として前に出ただけで動きが鈍ってしまうなんて」
「……お前はまるで『自分なら私を躊躇いなく殺せる』と自信満々に言っているようだ」
「ああ、そのつもりで言ったんだけど」
「……」
それがどうしたと言わんばかりの清清しい顔色で首を傾げた彼に、流石のジェミニも驚きを浮かべた。
その様子に再び、嘆息を一つ吐き出した。
「―――僕はね、一度死んだ人間なんだ。理解しないでいいけどね。
死んだ後、僕は「虚」と言う悪霊になり、永い時間をかけて生きてきた。そして、その上位たる「最上大虚」として果ては仮面を引き剥がしたもの「破面」としてこの姿に至った」
フェイトはそういい終えると、服をゆっくりと解いた。そして、曝け出された胸元には真円の『孔』が存在した。
「ほら、僕の身体に「孔」があるのは、「死んだ証」でもあり「心を失った証」でもあるんだ」
「心を失った……ノーバディの様な、ものか?」
「ふふ。アレみたいに完全になくなったわけじゃないよ。――無くなったって言うのは『人間』としての心って意味さ。喰らい合いの末に僕は生き残った。
そう言う意味では睦月や永遠剣士の様な「喰う」行為には不思議な親近感を抱いていた」
「……」
「――――僕は君を倒す為にあの二人に代わって戦う」
「…そう……か」
ジェミニも同じく灰色の永遠剣――『八ノ剱』を握り締めて、構える。フェイトはそれを見て、微笑んだ。
「大丈夫。殺しはしないさ、殺してもしまったらアビスに殺されるし。―――でも、加減はするつもりはないさ」
ゆっくりと掌を広げ、そのままジェミニへと向ける。そして、赤い光が掌の内に収束し、彼へと放つ。同時にジェミニは八ノ剱を振り下ろした。
「――っ、この技は」
相殺された両者の攻撃。深い煙が立ち込めるが、構えを崩さずに場に踏み止まった。すると、刀風(たちかぜ)が煙を引き裂いた。
放ったのはフェイトで、左手には先ほど放った『虚閃』の二発目の光が籠もっている。
「僕たち「破面」の十八番技さ。―――さて、行くよ」
再び、掌を彼に向けて、笑んだフェイト。ジェミニは無言のまま、構えを取る。
一方、別々に住人を避難しているチェルたち。こうしている間も、町の所々で大きな爆発が垣間見えた。
より明るくなっているタルタロスの市街。チェルは忌々しげに爆発した箇所を見据えていた。
「―――チェルさん、此処は私たちに」
「ああ、解った。頼んだぞ」
駆けつけた仲間の警備団が代わって担ってくれる事に感謝をしつつ、チェルは各地で攻撃を繰り返している「侵入者」に臨んだ。
ニュクスの塔付近。
「……あのデカイ塔でも破壊するか。一方はディアウスがやってるから、アレだな」
一方、巨大な炎弾を放っていた鎧の下に衣を纏った男――リヒターは燃え盛る剣を下ろして、やって来た気配を感じ取って見やった。
「そうはいきませんよ?」
蝙蝠に似た翼を羽ばたかせて、軍服――アガレスに似た衣装を纏った青年が現れた。そして、抜刀された黒藤色のサーベルの切先を男に向けた。
「ふふふ……ッハーハッハァ!」
彼の周囲に激しく燃え盛る炎が渦巻き始めた。そして、彼は傲慢な高笑いを上げる。
「邪魔するのなら、お前諸共、町ごと焼き払う!」
「っ!」
「―――こうして、剣を交えるのは初めだったね……!」
激しい唾競りの半ば、フェイトは険しい顔色でローレライの剣を受け流し、間合いを整える。
だが、直後、後退したフェイトへローレライは彼へ向けて、紫電の刃を無数はなった。
「!」
牽制の虚閃で打ち消し、更なる虚閃――『王虚の閃光』を繰り出した。それを受け止めるように光の塊を一閃、両断する。
「王虚の閃光を……斬った?」
「仮にも永遠剣士の祖、これ以上の加減は無用だ」
「っ……見抜かれたか」
「何故、加減をする」
フェイトは彼の問いに、言葉を積もらせた。だが、彼の実力を見積もれば仕方ないと判断した。
「……此処じゃあ話せない。もうちょっと特別な場所で話そう、そして、そこでケリをつけよう」
彼が懐から取り出したのは小さな匣だった。その怪しさに怪訝を抱く。
そして、一気に響転でジェミニの懐まで近づき、それを自身の「孔」に入れた。
「!!」
「―――」