第七章 罪業編第一話「深き混沌の過去」
見知らぬ深緑の樹海の世界へ計画を実行する手前の暇としてやってきていた仮面の女性―――カルマは聳える樹に背中を預け、座り込んだ。
静けさの中には鳥の囀りや虫の蠢き、動物の足音のみで人の気配は無かった。そうして警戒を薄め、彼女は仮面の下、瞼を閉じた。
普段から眠気なんて起きない。基本的に数日は余裕で動けるが気がつけば自然と瞼を下ろして、「眠る」。元々、この体に「眠り」など不要であった筈。
血すら流れぬ冷たいもの――機械だ。
しかし、この身にあるのは偽りの心ではない、数え切れない何人もの心を『この中』に溶かし、『心』とした。そう、私を作り出した彼女は言った。
「―――」
それは遥か昔の記憶であった。どれほどの月日を遡るであろうか、遠い遠い過去は数える事すら無意味と想うほどに長い年月の起源へ。
『私』が目覚めた時、最初に眼にしたモノ―――それが彼女。長い銀色の髪、月の様な輝きをした金の双眸、黒い衣装を包んだ女性を。
「私がわかるかしら?」
不安の色を瞳に抑え、あくまで淡々とした声で女性が問いかけた。
目覚めた『私』は滑らかな口調で答えた。
「―――はい、マキア・ゼアノート」
そう答えを聞いた彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべ、ぎゅとカルマを抱きしめる。
『私』はまだ理解できなかった。心を埋め込まれても、未熟な精神ではとても。
だが、心のどこかから満ちる感情が、今はただ、彼女に抱きしめられていたいと想っていた。カルマは彼女が飽きるまで抱きしめられていた。
カルマが産まれた世界、そこは様々な世界を一つにしたような広大なる世界であった。様々な種族と異なる文明、色捲(いろめ)くほどに産まれたばかりの彼女には鮮烈、凄絶であった。
まだ平和だった頃、カルマは各地を廻っていたある女性と共に。そう、生みの親であるマキア・ゼアノートと呼ぶ女性と。
「―――やはり『資料』なんてものは存在しないわね」
各地を廻る、という冒険の実はマキアの研究の一環でもあった。しかし、カルマは気にせず彼女の助手として研究に加わっていた。
今、二人はある国で一番の図書館へとやって来ていた。そんな中、マキアが本棚を探す指先を止めて、ため息混じりに呟いた。古い歴史も一切が本となって残る訳ではない。紛失もあれば、人の手によっても改竄され、抹消される。
「マキア……此処にもなかったの?」
残念そうな顔をしながらカルマはマキアへと言い寄る。彼女は苦笑いを浮かべ、
「そんなものよ。…あったとしても、『参考』になれるかどうか……ああ、もうちょっとだけ探してみるわ。貴女も何か読んでいて。終わったらそっちにいくから」
。
「はい。わかったわ」
マキアへ微笑み返したカルマは、言いつけどおり本一冊を手にとり、椅子に腰掛けて読み始めた。
しかし、遠目で彼女を見据えながら、研究に関わる事で様々な知識を知り得たカルマは内心、彼女が探求している『モノ』の事を思い返した。
心
キーブレードとχブレード
キングダムハーツ
それらはマキア自身の探求、そして、『ゼアノート』の悲願でもあった。
マキア・ゼアノート。『ゼアノート』の名は受け継がれていくものであり、今に想えば、彼女は最後のゼアノートの名を受け継いだ女性だった。
『ゼアノート』。それは心を探求し、キーブレードとχブレードを探求し、キングダムハーツを探求する理(みち)を究めようとしたものたちの名であり、組織であり、刻印であった。
マキアの過去もまた各地を廻る中で教えてもらえた。彼女は元々、浮浪孤児で、生きる道すらなかった絶望の中で、奇跡的に『ゼアノート』を名乗る男に拾われた。
マキアの名もその『ゼアノート』により授かり、一心に『ゼアノート』の全てを学んでいった。そして、若くして『ゼアノート』の名を受け継ぐ儀式を経て、『マキア・ゼアノート』として生まれ変わったのであった。
これらは『血』で受け継ぐのではない。代々の『ゼアノート』が自分で弟子を、後継を見定めて、育て上げ、『ゼアノート』を受け継がせる。
彼女もその名を受け継ぎ、研究に探求し、没頭している。
「私にはこの理(みち)しかないもの」
―――それは過去を教えたマキア・ゼアノートはそこ果敢無くも諦観の色をした声と瞳でカルマに口走ったことがある。
全てを悲願果たせなかった先代の『ゼアノート』たちの為にと、カルマは思わず口にする。瞬間、彼女は噴出してケラケラと珍しいまでの高笑いを上げた。
驚き、戸惑うカルマにマキアは一息ついてから話を続けた。戸惑う彼女に対するマキアは母のように朗らかに見つめながら。
「まあ、貴女の言うとおり我が師である『ゼアノート』たちの悲願……弟子としては果たすべきであることは心の片隅にあるわね。
………達するのは私、識り得るもまた、私。『マキア・ゼアノート』しか到達しえないものよ。つまり、私は『自分の為』に探し求めているのよ」
マキアは冷笑を浮かべ、カルマをからかった。
そして、『ゼアノート』の総てを受け継いだ彼女は自身の才覚ともにその総ての一面である『恩恵』を授かっている。強いて名づけるなら『ゼアノート術式』とマキアは言った。
それは歴代の『ゼアノート』たちの叡智、技術、総てを後継に『受け継ぐ』ことで、研究を続けていこうと極めようとした。
時に強力な武器にもなり、身を護る強固な鎧となすが、それは、逆に言えば悲願果たせなかった彼らの積年の無念であり、それは体に刻み込まれる。
一度だけその証明のために、見たマキアの一糸纏わぬ姿。彼女が施した『不可視』の術式で『刻み込まれたモノ』を隠していた。それは刺青にも似た真っ黒な刻印が刻まれており、頭部から足の爪先に至るまでマキアはこう例えた。
「『恩恵であり、呪いである』」
「―――カルマ」
「!」
読みふけっていたわけでも、マキアがいた方を思い返しているうちに本人が不思議とした様子で声をかけた。
はっと気づいたが、面目もないカルマは視線を伏せながらに尋ねた。
「お探しのものは………」
「ここも駄目ね」
静かに、しかし、はっきりと言い切ったマキアはカルマが読んでいた本を手に取り、その表紙の名を読み取る。
「ふーん……『人間の神秘 こころとうつわとたましい』ねえ」
それは人間の要素足りうるモノ『体』と『心』と『魂』である。
体が無ければ心と魂は虚空へ消え失せ、心がなければ魂は繋ぎ止めず体に留まれず、魂が無ければ体は動かず心は育たない。
要素がかければそれは人にはなれないし生きてはいけない。
「随分と風変わりなものを、選んだものね」
「……」
「いいのよ。でも……私は『たった3つ』の要素で人間を語られるのも――――癪ね」
怜悧な双眸を本へむけ、適当な本棚に押し込んだ。
そうして、再び戻ってきたマキアは無言で図書館を去ろうとして、慌ててカルマがその後を追いかけた。
カルマが追いかける足音を背に、マキアは一人嘯く。
「私たち『ゼアノート』がとっくの前に『識っている』わよ」
しかして、日々を過ごしていく中、次第に世界の情勢は変異しつつあった。
光と闇、それは強大な力と力の衝突の兆しが幾度も発生している。カルマも既にこの衝突の渦中に居た。
「―――まずは、一人ね」
漆黒の光が石造りの町を彼方まで撃ち抜いた。
光を撃ち放ったのはカルマであった。人工キーブレード『パラドックス』の切っ先から。
一方、相対していた鎧騎士だった鍵剣の使い手は影の形も残らずに滅し去った。しかし、それでも鎧騎士の振るっていた鍵の剣が墓標のように突き立っていた。
この光景は何度見ている。使い手が死のうが、消えうせようが、墓標のように鍵剣―――キーブレードは存在し続ける。
墓標のようなキーブレードを睨み据えると遠くから声が聞こえた。そう、主の声が。
「ッらああああぁァァァーーーー!!」
主も―――マキア・ゼアノートもまた戦場に立っていた。そんな彼女をキーブレードの使い手と真正面から拮抗する以上の実力を発揮しているのは彼女の才覚と、『ゼアノート術式』の恩恵。
それこそ、人工キーブレード『』によるものであったからだろう。
必殺の一閃が鎧騎士の体を捉え、身を護る鎧ごと生身を両断して、騎士は地に倒れ、事切れた。
だが、騎士の体はあっという間に光の粒子となって散り失せた。そして、キーブレードは墓標のように突き立つ。
「……」
戦の火種は拡散していった。
求めるままに欲望に支配された人間たちの闘争がキーブレード使いを使い、戦いあっていた。使い手たちも利用される事を承知で戦いあった。
光を護るために、あるいは同じように支配する為に。マキア、カルマはどちらかといえば支配する側であろう。
この戦闘も前哨戦に過ぎなかった。やがて大規模な戦争が起きる。その時、自分はこうして生きながらえるであろうか、と不安に想っていた。
「マキア、ご無事で?」
「ええ。そっちも?」
カルマが駆け寄り、その気配を察して、振り返ったマキア。二人を護る鎧は騎士たちのそれと同型ではなく、鎧に衣を組み合わせたものだった。
故に異質な存在であることはキーブレード使いから見ても歴然であった。だからこそ、此処での戦闘に巻き込まれた。
お互いの無事を確認しあった二人は戦火の後となった町を見渡す。あちこちから黒煙が立ち上り、太陽を暗く隠すような曇り空なのだ。そんな光景を眼に捉えながら二人は話を続けた。
「厳しい戦いになるわね」
「なぜ、そんな事を言うのです……?」
「――私たちみたいな付け焼刃のような使い手が倒せるキーブレードマスターなんて多く居ても結局、「上には上が居る」。
恐らく、その「上」に負けてしまうのではないかって想う時があるわ。もしもの時、貴女の役目を果たさせる事になる」
「……」
カルマが造られた理由、それは『マキア・ゼアノートの代替の器』、であった。
ゼアノート術式の恩恵と呪いは彼女の肉体に重く負荷を科すことに繋がっていた。彼女は恩恵たる叡智、技術の全てを代替の器の製造に注いで完成させたのがカルマだ。
脆い器より自身の全てを賭して完成させた器に期待を懐く。しかし、代替することによってカルマという人格は消えうせる。
「―――……覚悟の上、です」
「そうね。さあ、帰りましょう」
カルマの言葉を頷き返し、二人は荒廃とした戦場を後にした。
静けさの中には鳥の囀りや虫の蠢き、動物の足音のみで人の気配は無かった。そうして警戒を薄め、彼女は仮面の下、瞼を閉じた。
普段から眠気なんて起きない。基本的に数日は余裕で動けるが気がつけば自然と瞼を下ろして、「眠る」。元々、この体に「眠り」など不要であった筈。
血すら流れぬ冷たいもの――機械だ。
しかし、この身にあるのは偽りの心ではない、数え切れない何人もの心を『この中』に溶かし、『心』とした。そう、私を作り出した彼女は言った。
「―――」
それは遥か昔の記憶であった。どれほどの月日を遡るであろうか、遠い遠い過去は数える事すら無意味と想うほどに長い年月の起源へ。
『私』が目覚めた時、最初に眼にしたモノ―――それが彼女。長い銀色の髪、月の様な輝きをした金の双眸、黒い衣装を包んだ女性を。
「私がわかるかしら?」
不安の色を瞳に抑え、あくまで淡々とした声で女性が問いかけた。
目覚めた『私』は滑らかな口調で答えた。
「―――はい、マキア・ゼアノート」
そう答えを聞いた彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべ、ぎゅとカルマを抱きしめる。
『私』はまだ理解できなかった。心を埋め込まれても、未熟な精神ではとても。
だが、心のどこかから満ちる感情が、今はただ、彼女に抱きしめられていたいと想っていた。カルマは彼女が飽きるまで抱きしめられていた。
カルマが産まれた世界、そこは様々な世界を一つにしたような広大なる世界であった。様々な種族と異なる文明、色捲(いろめ)くほどに産まれたばかりの彼女には鮮烈、凄絶であった。
まだ平和だった頃、カルマは各地を廻っていたある女性と共に。そう、生みの親であるマキア・ゼアノートと呼ぶ女性と。
「―――やはり『資料』なんてものは存在しないわね」
各地を廻る、という冒険の実はマキアの研究の一環でもあった。しかし、カルマは気にせず彼女の助手として研究に加わっていた。
今、二人はある国で一番の図書館へとやって来ていた。そんな中、マキアが本棚を探す指先を止めて、ため息混じりに呟いた。古い歴史も一切が本となって残る訳ではない。紛失もあれば、人の手によっても改竄され、抹消される。
「マキア……此処にもなかったの?」
残念そうな顔をしながらカルマはマキアへと言い寄る。彼女は苦笑いを浮かべ、
「そんなものよ。…あったとしても、『参考』になれるかどうか……ああ、もうちょっとだけ探してみるわ。貴女も何か読んでいて。終わったらそっちにいくから」
。
「はい。わかったわ」
マキアへ微笑み返したカルマは、言いつけどおり本一冊を手にとり、椅子に腰掛けて読み始めた。
しかし、遠目で彼女を見据えながら、研究に関わる事で様々な知識を知り得たカルマは内心、彼女が探求している『モノ』の事を思い返した。
心
キーブレードとχブレード
キングダムハーツ
それらはマキア自身の探求、そして、『ゼアノート』の悲願でもあった。
マキア・ゼアノート。『ゼアノート』の名は受け継がれていくものであり、今に想えば、彼女は最後のゼアノートの名を受け継いだ女性だった。
『ゼアノート』。それは心を探求し、キーブレードとχブレードを探求し、キングダムハーツを探求する理(みち)を究めようとしたものたちの名であり、組織であり、刻印であった。
マキアの過去もまた各地を廻る中で教えてもらえた。彼女は元々、浮浪孤児で、生きる道すらなかった絶望の中で、奇跡的に『ゼアノート』を名乗る男に拾われた。
マキアの名もその『ゼアノート』により授かり、一心に『ゼアノート』の全てを学んでいった。そして、若くして『ゼアノート』の名を受け継ぐ儀式を経て、『マキア・ゼアノート』として生まれ変わったのであった。
これらは『血』で受け継ぐのではない。代々の『ゼアノート』が自分で弟子を、後継を見定めて、育て上げ、『ゼアノート』を受け継がせる。
彼女もその名を受け継ぎ、研究に探求し、没頭している。
「私にはこの理(みち)しかないもの」
―――それは過去を教えたマキア・ゼアノートはそこ果敢無くも諦観の色をした声と瞳でカルマに口走ったことがある。
全てを悲願果たせなかった先代の『ゼアノート』たちの為にと、カルマは思わず口にする。瞬間、彼女は噴出してケラケラと珍しいまでの高笑いを上げた。
驚き、戸惑うカルマにマキアは一息ついてから話を続けた。戸惑う彼女に対するマキアは母のように朗らかに見つめながら。
「まあ、貴女の言うとおり我が師である『ゼアノート』たちの悲願……弟子としては果たすべきであることは心の片隅にあるわね。
………達するのは私、識り得るもまた、私。『マキア・ゼアノート』しか到達しえないものよ。つまり、私は『自分の為』に探し求めているのよ」
マキアは冷笑を浮かべ、カルマをからかった。
そして、『ゼアノート』の総てを受け継いだ彼女は自身の才覚ともにその総ての一面である『恩恵』を授かっている。強いて名づけるなら『ゼアノート術式』とマキアは言った。
それは歴代の『ゼアノート』たちの叡智、技術、総てを後継に『受け継ぐ』ことで、研究を続けていこうと極めようとした。
時に強力な武器にもなり、身を護る強固な鎧となすが、それは、逆に言えば悲願果たせなかった彼らの積年の無念であり、それは体に刻み込まれる。
一度だけその証明のために、見たマキアの一糸纏わぬ姿。彼女が施した『不可視』の術式で『刻み込まれたモノ』を隠していた。それは刺青にも似た真っ黒な刻印が刻まれており、頭部から足の爪先に至るまでマキアはこう例えた。
「『恩恵であり、呪いである』」
「―――カルマ」
「!」
読みふけっていたわけでも、マキアがいた方を思い返しているうちに本人が不思議とした様子で声をかけた。
はっと気づいたが、面目もないカルマは視線を伏せながらに尋ねた。
「お探しのものは………」
「ここも駄目ね」
静かに、しかし、はっきりと言い切ったマキアはカルマが読んでいた本を手に取り、その表紙の名を読み取る。
「ふーん……『人間の神秘 こころとうつわとたましい』ねえ」
それは人間の要素足りうるモノ『体』と『心』と『魂』である。
体が無ければ心と魂は虚空へ消え失せ、心がなければ魂は繋ぎ止めず体に留まれず、魂が無ければ体は動かず心は育たない。
要素がかければそれは人にはなれないし生きてはいけない。
「随分と風変わりなものを、選んだものね」
「……」
「いいのよ。でも……私は『たった3つ』の要素で人間を語られるのも――――癪ね」
怜悧な双眸を本へむけ、適当な本棚に押し込んだ。
そうして、再び戻ってきたマキアは無言で図書館を去ろうとして、慌ててカルマがその後を追いかけた。
カルマが追いかける足音を背に、マキアは一人嘯く。
「私たち『ゼアノート』がとっくの前に『識っている』わよ」
しかして、日々を過ごしていく中、次第に世界の情勢は変異しつつあった。
光と闇、それは強大な力と力の衝突の兆しが幾度も発生している。カルマも既にこの衝突の渦中に居た。
「―――まずは、一人ね」
漆黒の光が石造りの町を彼方まで撃ち抜いた。
光を撃ち放ったのはカルマであった。人工キーブレード『パラドックス』の切っ先から。
一方、相対していた鎧騎士だった鍵剣の使い手は影の形も残らずに滅し去った。しかし、それでも鎧騎士の振るっていた鍵の剣が墓標のように突き立っていた。
この光景は何度見ている。使い手が死のうが、消えうせようが、墓標のように鍵剣―――キーブレードは存在し続ける。
墓標のようなキーブレードを睨み据えると遠くから声が聞こえた。そう、主の声が。
「ッらああああぁァァァーーーー!!」
主も―――マキア・ゼアノートもまた戦場に立っていた。そんな彼女をキーブレードの使い手と真正面から拮抗する以上の実力を発揮しているのは彼女の才覚と、『ゼアノート術式』の恩恵。
それこそ、人工キーブレード『』によるものであったからだろう。
必殺の一閃が鎧騎士の体を捉え、身を護る鎧ごと生身を両断して、騎士は地に倒れ、事切れた。
だが、騎士の体はあっという間に光の粒子となって散り失せた。そして、キーブレードは墓標のように突き立つ。
「……」
戦の火種は拡散していった。
求めるままに欲望に支配された人間たちの闘争がキーブレード使いを使い、戦いあっていた。使い手たちも利用される事を承知で戦いあった。
光を護るために、あるいは同じように支配する為に。マキア、カルマはどちらかといえば支配する側であろう。
この戦闘も前哨戦に過ぎなかった。やがて大規模な戦争が起きる。その時、自分はこうして生きながらえるであろうか、と不安に想っていた。
「マキア、ご無事で?」
「ええ。そっちも?」
カルマが駆け寄り、その気配を察して、振り返ったマキア。二人を護る鎧は騎士たちのそれと同型ではなく、鎧に衣を組み合わせたものだった。
故に異質な存在であることはキーブレード使いから見ても歴然であった。だからこそ、此処での戦闘に巻き込まれた。
お互いの無事を確認しあった二人は戦火の後となった町を見渡す。あちこちから黒煙が立ち上り、太陽を暗く隠すような曇り空なのだ。そんな光景を眼に捉えながら二人は話を続けた。
「厳しい戦いになるわね」
「なぜ、そんな事を言うのです……?」
「――私たちみたいな付け焼刃のような使い手が倒せるキーブレードマスターなんて多く居ても結局、「上には上が居る」。
恐らく、その「上」に負けてしまうのではないかって想う時があるわ。もしもの時、貴女の役目を果たさせる事になる」
「……」
カルマが造られた理由、それは『マキア・ゼアノートの代替の器』、であった。
ゼアノート術式の恩恵と呪いは彼女の肉体に重く負荷を科すことに繋がっていた。彼女は恩恵たる叡智、技術の全てを代替の器の製造に注いで完成させたのがカルマだ。
脆い器より自身の全てを賭して完成させた器に期待を懐く。しかし、代替することによってカルマという人格は消えうせる。
「―――……覚悟の上、です」
「そうね。さあ、帰りましょう」
カルマの言葉を頷き返し、二人は荒廃とした戦場を後にした。
■作者メッセージ
前回のバトンタッチからの更新遅れて真に申し訳ありません
今回の第七章はカルマの過去がメインとなります。
今回の第七章はカルマの過去がメインとなります。