第七章 罪業編第二話「χブレード」
次なる戦場。それこそがカルマが見た最大にして、最終戦争――名を冠すれば『キーブレード戦争』であった。
その舞台はかつては国として存在していた場所であった。城も城下町も存在していたが、戦争の戦火により損壊した建物が目出って居る。
善も悪も、光も闇も、熾烈な意思と意思が混沌となって、戦場を塗り、染めていく。
かつて城が聳えていたその遥か上空に存在する巨大なハートの力、それはマキアが待ち望んでいたキングダムハーツであった。
カルマ、マキアもこの戦禍に立っていた。そうして、そんな苛烈な戦場に、一人の強大な力が光臨した。
「っ―――!?」
人工キーブレード、鎧で武装した兵士KRの指揮をしていたマキアは突如、現れた鎧騎士の目にも止まらぬ斬撃が体に走り、激しい痛みを噛み殺すように声を抑える。
鎧騎士はマキアが対峙していたキーブレードの使いたる騎士たちよりも異質で異様。神々しさとおぞましさを放つキーブレードを手に、騎士はそのフルフェイスの奥から笑い声を上げた。
「フハハハハハハハッッ――――!!!!」
「マキア!? 皆、時間を稼いで!」
カルマは、窮地のマキアを救出し、KRの指揮を下す。即ち、殿軍としてこの圧倒的な強敵から、激戦の戦場から離れようとした。
しかし、此処は総てが決しようとする戦場―――決戦の地なのだ。何処もかしこも超威力の魔法が剣戟、火花が飛び交っている。
混沌の中心であった。だが、誰もが先ほど現れた騎士の参戦が彼奴へと向けられ始めている。
先ほど居た場所から激しい衝撃音が轟く。同時にKRの気配が全て『消失』した。
僅かな時間稼ぎであったが無事に廃墟に潜り込み、負傷したマキアに治療の魔法をしようとした。――その時であった。
施そうとした彼女の手をマキアが強く掴んでそれを阻むようにしていたのだ。なぜ、唐突に拒むような真似をするのかがわからなかった。
「な、マキア様―――何を!」
「……カルマ。この傷なんて問題ないわ」
問いかけ途惑うカルマへ痛みに喘いぎ、蒼白な彼女であったが、生気を取り戻していた。傷口も塞がっている。
心配する必要はないと微笑で返し、同時に憂いの表情を創る。
ゼアノート術式の恩恵、それはマキアの傷を即座に修復することも可能な機能であった。しかし、マキアは自分の実力ではあの騎士に勝てない。
何より、彼女の歴代のゼアノートたちが求めに求めたものの情報と重なり、あれが『χブレード』であると理解した。
「―――おそらくこの体ではどうあってもあれには勝てないわ。術式の回復力でも、追いつかない」
「なら…」
「貴女でも無理よ」
身を乗り出し、進言したカルマの言葉を遮ったうえでマキアが断じた。
言い切られたカルマは肩を落とし、落ち込んだ表情を浮かべる。その様子をくすっと微笑んで、話を続けた。
「カルマ。それでも、本気でアレに戦いの挑みたい?」
「―――はい」
マキアを傷つけたものは許さない。それが例え最強無比の力を秘めた剣の使い手であろうとも。
覚悟を燃え盛る青い双眸を合わせ、マキアは対等になる策を打ち明ける。それを打ち明けることで彼女がどうするかは、既に知っている。
「……そう。なら、カルマ。私に刻まれたゼアノート術式、それをあなたに継承させるわ」
「!!」
「別に気にすることはないわ。この戦いで生き残れる気なんて最初からない。
そう………こんなクソったれた世界に生き続ける気も―――――ない」
翳りのある金に色めいた双眸、吐き捨てるように打ち明けたそれは、心からの本心であった。
ためらう必要がない。その決意の双眸を向けたからには自分にはそのようにしか応じれなかった。
カルマはマキアの覚悟を汲み取り、継承を了承した。
「―――わかった、手をかして」
差し伸べた戸惑う手を両手で包むように掴み、マキアの躰を染め上げていた術式が総て浮かび上がる。
漆黒の刻印が徐々にカルマの手を介して、注ぎ込まれていく。本来、人間同士で行われた儀式も受け継がれる方は身も狂うほどの激痛を味わう。
しかし、カルマの躰は人のものではない。マキアが自身の機械の器として創り上げたことから継承の件も問題なく継承されていった。
そして、すべての刻印がカルマの体中に浮かび上がって浸透するように薄らいだ。
「マキ、ア―――」
「あとは―――――……貴女の自由に、思う儘に、やりな―――さい」
途切れつつあるかすれた声で最後の言葉を紡ぐ。
カルマは理解した。マキアの躰に刻まれた術式が総てカルマに移り、先ほどの受けた傷、今までの肉体への負担が一斉に圧し掛かったのだ。
瞬く間にマキアは息絶え、その生に幕を下ろした。カルマはその亡骸をしばらくの合間だけ強く抱きしめ、ゆっくりと解いてから静かに横たわらせた。
「マキア……貴女の分まで私は受け継がれた使命を全うするわ」
彼女へ別れの言葉をいい、カルマは立ち上がる。視線はもう亡骸ではなく異質に輝く力の根源の場所へ。
χブレードの使い手たるマスタ―へと睨み据えていた。虚空より人工キーブレード『パラドックス』を手に取った。目指すはかなたの舞台へ。
戦禍渦巻く、その中心へと。カルマはマキアを受け継いで駆け出して行った。
しかし、彼女は気づかない。徐々に迫りつつある破滅の胎動、その響きすら。
「―――ほう」
χブレードの使い手たる騎士が無機質な感慨の言葉を洩らす。
数多に迫った騎士達を切捨て、自分へと襲うものが居なくなったと残念がっていた矢先に、先ほど逃げ遂せた二人の片割れが先ほどと違う雰囲気と気迫で戦場へと、我が前へと立ち上がったのだ。
成れば、かける言葉は無意味。その気迫一切を一身に受けながら、騎士は得物の柄を握り締めた。
絶対無比、無双なる剣を持つ己もまた唯一無二の無双。眼前に阻むそれを斬り、滅すだけであった。
「来い。お前は我が剣で一息に滅してやる」
「――――……マキア、私に力を」
全身に刻まれた『ゼアノート術式』の漆黒の刻印が呼応するように蠢く。溢れんばかりの力と魔力がパラドックスと己に蓄積、集束される。
それは余裕を持っていた騎士を、「本気で滅そう」という意思へと変化させるまでに強大で純粋な力たる異質。
まずは騎士が動いた。
「ォオオオオッ!!」
剛剣一閃、それに伴って放たれた強力な魔力の奔流が形を成して放射される。
迫る猛撃をカルマは臆せず、迎え撃った。
パラドックスの切っ先を向けた。迫った奔流が切っ先の寸前で制止し、反射する。
「!!」
夥しい力の奔流を撥ね返った攻撃を躱す間もなくその身で受け止める。
しかし、反射した攻撃を受けても鎧に、ましてや剣すら穢れが無い。カルマ自身も反射で倒せるほどの都合がいいわけはない。
騎士は宣告どおり、剣による撃破を狙った。一直線にカルマへと切り込んでいく。ただ一振り、無双の威力を上回る唯一の反撃は、極限の連撃。
「ォオオオオァアア―――ッッッ!!」
「ハアァッ―――――!!」
双方の攻撃の交差、カルマは騎士の攻撃、極限にまで繰り出した技に負担が圧し掛かってついに片膝をつく。
「………む、これほど……とは」
しかし、仰向きに倒れた騎士は薄汚い灰色の空を見つめながら、カルマの一撃、その敗北を理解した。
「終わった……――――ッ!?」
刹那、全身が激しく揺れる感覚に襲われる。そう、震度の大きい地震に遭遇したような、そんな激しい揺れを、自分は、全てが感じ取っている。
戸惑う中、胸にも激しい痛みが芽吹いた。困惑は深みを増して、意識が保てなくなっていく。
「―――だが、これで……『詰み』、に……なってしまった」
騎士の漏れた言葉、意外な言葉に意識をそちらに必死に向ける。この騎士はこの振動を理解している。何が原因で、何が齎すのかを。
倒れてもなお、掴んでいたχブレードをゆっくりと掲げる。異質な象徴たる鍵たる剣を。
それを視界に入れたとたん、痛みは更に増す。意識ももう、保てない。意識が闇に沈んでいく中、騎士は話し続けた。
「私がこの戦争で勝てば……『崩界』は回避したであろう。だが、もう……『世界を抑える意思』は無くなった。
世界の、終焉。世界は自殺する、世界が自己崩壊する選択――――それが、『崩界』」
言葉を零すやいなや振動が最高潮に達する。もはや戦争すら無かった。
しかし、そう感じる前にカルマは激しい謎の痛みに意識を失い、倒れる。
「――――――っ」
乾いた砂塵が凪ぐ音、無窮の時を眠り続けたような感覚の中でカルマは起き上がった。
呆けた双眸で周囲をゆっくりと見渡し、起き上がった。
混沌だった戦場は無く、廃墟も無く、人の気配も無く、まして命の気配も無い。
だが、カルマの視界に広がる光景はおぞましさを感じさせるものであった。
荒れ果てた大地に穿つもの――――それは、鍵。無数の鍵、鍵、鍵、鍵、鍵……あまりに異様な光景、未知数で不可知な存在に触れらて、声なき魂を抉る悲鳴をあげた。