第七章 罪業編第三話「開闢の英雄」
「―――……」
深い森の中で瞼を閉じていた双眸が開く。現へと揺り起こそうとしたのであった。
胸に手をやり、あの時の感覚を思い返そうとした。だが、そこに現れた気配を察して、動きを止める。
気配の方へと視線を向ける。現れたのは白を強調した衣装を身に纏う素顔を隠す青年―――エンであった。
「ああ、失礼」
先に目の前に現れた事に一言、詫びを言ってから続ける。
「貴女が行動の拠点としていたレプセキアを失ったと聞いてね。
勝手ながら発信機のようなもので場所を特定させました。世界が広いのですから、文句は言わせませんよ」
「なら、貴方も発信機つけなさいよ。今度は私が訪問してあげる」
「ははは―――かまわないとも」
乾いた余裕の在る笑い声をあげて、頷き返した。そして、深く生い茂る森を仰ぐ。
そんな彼の憮然とした態度にカルマは内心、気の晴れない様子で黙った。
「こういう場所で休みを取る、悪くは無い。―――ふむ」
深い森から差す木漏れ日を見つめて、少しの間の後に、ふと、エンは思い返すようにカルマに話を持ち出した。
「こういう場所でだと不思議に語り合いたくなるね……少しの合間、よろしいかな」
「……『時間が無い』んじゃないの?」
「なに、刹那に潰える命ではないさ」
「そう……なら、何か在る?」
カルマの許可を得たカルマは隣に腰掛け、話を持ち出す。
此処にいるとふと時間が緩やかな気分になった。そして、話題は――――。
戦争の後、χブレードの騎士いわく『崩界』に巻き込まれたカルマは何故か生き延び、荒廃とした世界に一人取り残されていた。
機械の体は長い孤独も弊害なく生きていける。暫くは荒廃とした世界で負傷した体が自然に治癒されるのを待った。
誰も居ない大地を巡り続けた。留まってもあるものは鍵の墓場だけ。それは巡っても同じであった。
「……どうして、私だけ……」
マキア・ゼアノートと『ゼアノート』たちの叡智の全てを持って造ったこの体だからだろうか、そう確信には至らないが納得しようも無い。
時間は永い。生存の答えではなく、先を行く道を切り開く方法を―――カルマは自身の疑念を捨て、治癒に専念した。
そうして、負傷した体は完治した。その合間にカルマは『闇の回廊』を会得した(『ゼアノート』の情報を憶えていった)。
「―――これを使えば、此処以外の場所へ……」
マキアがかつて懐いた羨望、果たせなかった夢をこの身に懐き、前に広がる闇を仰ぐ。
此処にはもう2度と来ない、そう胸に懐きつつ、闇へと踏み込んでいった。
最初へと辿り着いた異世界、常世に包んだ無人の領域。カルマは見聞するために歩き出した。
あの場所と似たように荒廃とした廃墟ぐらいしか目ぼしいものがないと諦めつきかけた時であった。常世には無い灯り、野営をしている集団がいたのだ。
野営の場所までやって来てみると驚いた様子でカルマに群がってきた。色合いは様々で、中には人間のような姿勢ながらも顔は獣の風体、あるいは獣の要素を持つ人間、普通の人間も混じっている。
「君……見ない顔だが、この世界の人間かい?」
群がりが分かれ、リーダー格の男性が驚いていながらも落ち着いた様子で話しかける。
カルマは不思議に想い、蒼い双眸を周囲に向けながら、最後に声にかけた男の問いかけに応じる。
「いえ、たまたま此処に来た」
「というと―――我々と同じ『旅人』か……」
『旅人』という言葉に疑問を懐きつつも、カルマは彼らの正体を窺う事にする。こんな世界で様々な種族の一団、何かがあるに違いないと。
「貴方たちこそ……此処で何をしているのかしら」
「ふむ…詳しく話すにもたって話すのはアレだ。テントに来てくれ」
男がそういうとカルマに群がっていた者達も散り初めていった。男の案内のもと、テントへ入る。
カルマが床へ座り、暖かいココアが注がれたマグカップを手渡す。
「いやはや、どこから話せばいいか。……まあ、つまるところ我々は居場所を求めて世界を巡っているものたちと想えばいい」
「居場所を?」
「それぞれ、故郷が異なるのだよ。『旅人』になったからとはいえ、異世界で憩えるとは思えない。
なら、『旅人たちが安心して住めるような世界』を見つけ、我々で作ればいい」
「……」
居場所を作る―――この一団はその信念の元に集ったものだという。全員が旅人、それぞれ異なる世界で生まれ育ち、異なる世界を旅することを選んだものたち。
黙している彼女に、男は話を続ける。
「そうして、この世界に辿り着いた。人すらいないこの夜の世界なら我々の町が作れる―――そう想ってね。……でも」
「でも?」
「なかなか、物事はうまくいかない……ははは」
流暢にに語っていた男の口調が歯切れ悪く話した。
この世界は終始、夜に包まれている。それは限りなく闇に近く面しているからである――それが男の見解であった。
それのせいだろうか、ハートレスがかなりの数生息しており、弱小から巨大なタイプまで幅広い。旅人の中には戦闘経験のある実力者も多いがそれでも手を焼いている、と打ち明ける。
カルマも既にこの世界に辿り着き、彼らに遭遇するまで何度かハートレスの襲撃を受けていたがこれを軽く撃破している。
「……居場所を作りたい、けれどもハートレスがそれを邪魔をする」
「ああ。難しいが、やらねばならない」
「……」
カルマにとっては出会って間もない一団だ。だが、初めてであった異界の者達。
脳裏に刻まれたゼアノート術式にある『情報』を思い返し、不思議とこみ上げる奇妙な意思が唇を動かし、言葉を紡ぐ。
「ハートレスの出現をなくす方法はある」
「ほんとかい!」
男は心底驚いた様子で問いかける。カルマは少し戸惑いつつ、話を続けた。
「――まずはこの地域全体に特殊な魔法陣を刻む。後は魔力を循環させれば出現を抑える」
「その魔法陣、魔力を循環させるもの……詳しく聞いてもよろしいかな」
カルマは男に協力を約束し、彼ら『旅人』の陣地で暫く滞在する事になった。
魔法陣の製造、循環させる装置の作成を一手に担い、同時に護衛のように襲ってくるハートレスを蹴散らした。
これらの完成を果たすのに丸1年かかった。あくまで彼女は基盤を作っただけ。後々は彼らに託していた。
「この魔力を循環する装置―――これを何処におくかね。埋める?」
カルマの傍らにある透明な硝子の櫃を軽く叩く。その中には収められた煌く蒼色と紅色の水晶があった。
2つの水晶には膨大な魔力が込められている。これはカルマを初めとした多くの旅人たちの魔力をこの1年もの合間かかずに、微量に積み重ねたものだ。
そして、魔法陣の広大さは町を『想定した範囲』以上に刻まれており、この陣は『この世界に深く結びつけた』ことで並みの破壊でも消えずに発動していく。
ハートレスの出現の頻度は抑えられていることもあり、カルマの計画は成功したといえる。
「いや、カルマ……これらは建造した建物内に取り付けようと想うんだが、だめかね」
「別に。此処からは貴方たちで作り上げなさいよ」
旅人のリーダーたる男は苦笑を零しながら、そうして感慨の念を込めながら頷き返した。
彼女から漂う雰囲気もであって間もない最初の頃と違い、一年たった今では違っていた。
いつからか仮面をつけ始め、仲間から信頼を受け、時には笑い、怒り、涙する事もあった。仲間たちも男もそんな彼女を信頼し、奇妙な友情を築いた。
そして、彼女が言いづらそうな様子で「ある事」を打ち明けようとしていることにも気がついている。
「……カルマ、君は此処には居ついてくれないのだな」
男から問いかけられ、カルマは微笑みを零す。。
「ええ。貴方たちを手伝っていたのは私の気紛れ……もう私は此処に用は無い」
そういうと彼女の背後から闇が立ち上る。それは『闇の回廊』であった。
その言葉を聞き、背後に現れた闇の回廊を見て、男は頷き返し、感慨の思いを返す。
「君には何もかも与えてくれた。本当に感謝してもし切れない……。
カルマ、またいつか来て欲しい。たとえ我々がこの世を去った後でもこの町は存在し続ける。きっとよりより町に仕上げて見せよう」
「……ええ、いつかね」
込み上げて来る『それ』を抑えつつ、カルマは男に別れを告げて闇の回廊へと入っていった。
彼女を包んで闇は消える。見届けた男はその場に残された水晶の入った櫃を見つめながら、町の開拓を始める決意をより強めた。
後に『タルタロス』と呼ばれる町となり、旅人が行き交い、住み着くものになった。男は彼女の事を記録した。
剣を持って闇を裂き、知恵により開拓をなした『開闢の英雄』として。
■作者メッセージ
遅れての更新申し訳ない。
今回はカルマの旅路の最初、タルタロスの誕生裏話といった感じでうp
今回はカルマの旅路の最初、タルタロスの誕生裏話といった感じでうp