第七章 罪業編第四話「白と黒」
その後、カルマは様々な世界を渡り歩いてきた。
その旅路の中で、王羅を初めとした『旅人』と交流を深めることもあった。彼女自身、無自覚ながらに旅を繰り返す中で何かを忘れようとしていた。
あの戦場の記憶を、今を生きようと忘れようと必死であった。無力さを呪っても詮無き事ゆえ。
しかし、ある男と出会い、その男の齎した情報によりその努力が刹那に消滅した。
「本当の神――ですって?」
仮面の下から漏れた声は愕然としたもので、話を打ち明けた男――アダムが話を続けた。
「そう。『本当の神』―――……色んな世界に神は居る、がそれらは何処にだって居る。『同じ神』が異なる世界に居ることすらある。
―――だが、彼女は違った。紛れも無く―――あれを人は「神」と呼ぶならそうなんだろう」
「……」
カルマは仮面の下、今、自分がどんな表情を作っているのか判断できない。途方も無い感情が全身を、思考を加速させている。
あの戦場の全ても『神の気紛れ』なのだろうか。そして、神はただその様子を見ていただけなのか。
言いようとし難い思惑が全身に圧し掛かった気分であった。
「名前は確か――『レプキア』だ。異世界『レプセキア』にいる」
「そう……すまないけど、此処で失礼するわ」
「ああ、またどこかで」
レプキア、レプセキア―――。その二つの名を記憶し、カルマはアダムと別れた。
そして、気がつけばあの戦場の場所へと降り立ってた。忘却へと忘れ去ろうとした場所に。
「……私は、私は――――」
崩れ落ちるようにひざを屈し、仮面が零れ落ちた。虚ろう蒼い双眸が無窮の空を見据え、彼女は仰いだ。
ただ、ただ、神を呪うしかないのか。神はこの世界を見ても何も懐かないのだろうか。
万物を平等に、『見下す』その様を。私はどうするべきであろうか。
ふと、アダムが話した情報の一つが脳裏に木魂する。
「この世には鍵剣(キーブレード)のほかに特殊な武器が存在するんです。
自身の心をが武器となった『心剣』、所有者に永遠の時間を齎す『永遠剣』、心剣の対極の存在『反剣』―――…。
これらを総じて『三剣』と呼ぶそうです。私も実際に見たのは心剣と反剣くらいですがね……永遠剣は極稀に所有者を選ぶため、成ろうにも成れない」
「三剣……」
それらの3つの力、『ゼアノート』により授かった知識、その身にあるのは人造キーブレード『パラドックス』。
「……レプキア、私は貴女を赦さない」
掠れた記憶が幾重にも思い返される。創造主マキア、彼女との思い出、その最後を、戦場を、戦禍を、喧噪を、殺し合いを、χブレードの騎士を。
その『神』の御座より引きずり落とし、断罪を下そう。そして、その御座に座す。
その御座より見渡す世界を見てみよう。マキアが夢見た世界はもっと見える筈だ。
「―――ん」
やっとの事で立ち上がった彼女は仮面をつけ、ふと視線の彼方に人が居る事に気がつく。
眼を凝らしたそれは上から下まで白い人物――こんな場所を訪れるなんて珍しいのだろうかと想った。
(こんな場所に人が……間違いなく『旅人』だろうけれど……)
ふとパラドックスを見やる。今までこの力を使う機は無かった。使っていた機会は戦争時、後は旅中で『面倒ごと』を凌ぐ程度であった。
決意の前に躊躇は薄らいでいる。まずはあの者から『Sin化』してみようと想った。
まずは駆け寄らず、闇の回廊で距離を縮める。白い衣装を纏った人物は周囲を見ながら歩いており、カルマは闇の回廊から出る。丁度、彼の背後から切り込める距離に。
(悪いけど、最初の一歩――ってね!!)
Sinの力を纏ったパラドックスで斬りかかった。瞬間、白衣の人物が身を翻し、両端に刃を備えた武器――ダブルセイバーで受け止められた。
「!!」
「……おや、突然さっきを感じたと思えば」
至近で相対してカルマは視認した。白衣に素顔を白い包帯で隠した声色、体格共に男であると判断した。
その異様な威風はどこか不気味さを漂わせていた。カルマは咄嗟に鍔せりを止め、間合いを取り直した。
白衣の男は追撃も身構えるようすもない余裕の様子でカルマと対峙している。
「……貴方、どうしてこんな所に居るのかしら」
「―――此処に似た場所に縁があったもので。……ああ、よく似ている」
男は彼方にあるキーブレードの墓標を見つめながら呟いた。カルマはふと想った。
似たような場所、似たような風景をこの男は知っていると。なら、一層とこの男を手に入れようと意思が芽生える。
カルマは静かに構えを作り直す。それを見た男はやれやれと嘆息に息を零す。
「……やれやれ」
「はぁッ―――!」
切り込んできた彼女はパラドックスを振り放つと軌道に沿い、同時に無数の漆黒のレーザーが放射され男へと迫る。
男はダブルセイバーを巧みに精妙に放たれたレーザーへ薙ぎ、あらぬ方向へと飛んでいった。しかし、構わず懐へと迫ったカルマの刃が走る。
その先手の一撃を再度、ダブルセイバーで受け止め、軽々と受け流す。
「勇ましいですね。……ふむ―――っ」
自分へと迫る剣―――それは鍵状の刀身をしたキーブレードであったが何処と無く違和感を理解した。
人工物のそれであると。問い詰める余裕は無かった。彼女の剣捌きは鋭く無駄が無い。隙間を狙い、切り込もうとする。
余裕は消えない。襲い来るのであれば消し去るだけである。
カルマの迫る斬撃を軽々と受け止め、反撃の仕上げへと移った。
「これで、どうだっ!!」
ダブルセイバーを振り上げ、一気に地へと叩きつける。刹那、黒い衝撃波がカルマを呑み、彼女は大きく空を舞った。
叫びを上げさせる間もなくその頭上、闇色の空間が開く。
「『カラミティ・レイン』!!」
開かれた闇より漆黒の刃が雨のごとく降り注ぎ、ズドドドッ、と音を立てながらカルマへと叩きこんだ。
そして、刃の雨が消えると共に彼女は地より墜ち、起き上がらずに倒れたままであった。男―――エンは何事も無かったようにくるりと翻って、この『あの場所』と似たようなこの世界の興味へと向け―――。
「―――ああ、服がボロボロじゃない」
起き上がった音、斃したはずの女の声、先ほどとは別物の異様に高まった力の鼓動―――。
それらの威圧を前にエンはダブルセイバーを握る手を強くしつつ、今度は振り返りざまに先ほど放った衝撃波『テラ・バースト』を二刀にして抜き放った。
しかし、その衝撃波は一瞬で霧散した。同時に自分が吹き飛ばされた。『反射』という事に気づく間もなく、追撃が来ていた。
彼の頭上から白色と黒色の交じり合った光刃を纏った剣を振り下ろしてきた。攻撃が届く刹那、その背に隠していた純白の翼で刃を受け止め、直撃を防ぐ。
振り下ろされた黒白の光刃を受け止め、その衝撃は地へとクレーターを生じるほどの威力であった。しかし、翼で身を包んでその衝撃をも防ぎ、起き上がって翼を背に伸ばしつつカルマのほうへと見やった。
「貴方、なかなかね。手間取ってしまうほどに」
襤褸に成り果てた身に纏っていたモノクロのコートを投げ捨てる。するとその身を一瞬、光に包まれ、粒子となって散ると既に新調された同じコートを纏っていた。
お互いに余裕然とした雰囲気を漂いつつも、戦いの覇気をより強める。そんな覇気をまといつつも、エンは皮肉って口走る。
「それはこちらの台詞ですよ。アレで倒れたフリしていても私は気に留めなかったというのに」
「そう、ご親切に……でも、貴方を『Sin化』すればこれからの行動に問題ないというもの」
カルマは不敵に笑い、この男(エン)の利用価値を決め、剣を空を切って気合を入れなおす。
彼女は刀身に『Sin化』の術を込め、彼は純白の翼を広げる。
先に動いたのはエンであった。翼を雄飛に羽ばたかせ、とてつもない速さで迫り、武器たるダブルセイバーを二刀流にした戦闘術に切り替えていた。
カルマは躱そうとせず、真っ向からこの先手の一撃を受け止めた。瞬間、そのエンの周囲の虚空から闇色の刀剣の切っ先が無数に射出される。
「!」
射出された刃を躱す事より、敢えて彼女は押し込むようにエンへと深く切り込む。さすがのエンもこの逆転の発想に押し込まれてしまう。
僅かに白い布の隙間に浮かんだ驚きに染まった金色の双眸にカルマはこの隙に攻勢を懸ける。その身に青白い闘気を具象し、渾身の一撃を打ち込んだ。
「真滅―――」
弧を描くように振り上げた斬撃、続けて片手を伸ばす。その掌に黒い影を纏った純白の光が集束、
「――輝煌閃!!」
瞬時に膨大な光線へと放射されたが、間一髪、エンは双剣で直撃を防ぎ、刀身に魔力を込めて弾き返した。
白い破壊光は周囲へ無数に拡散し、その威力は地面を吹き飛ばし小さなクレーターを複数作り上げた。
だが、カルマは続けて攻勢に出る。刀身に真黒の光を纏い、長身の刃を作り、武器のリーチを増加させる。
「はあああっ!!」
「っ!!」
繰り出された光刃を纏ったパラドックスと、エンは双剣からダブルセイバーへと戻して迎え撃った。刃と刃が激突しあう。
幾たびも剣と剣を重ね、斬り合い、剣戟火花を彩っていく。
「ファイガ!!」
エンは斬り合う刹那に魔力を凝縮した炎弾で牽制した。炎弾(ファイガ)を撃ち続けながら、翼を羽ばたかせ無窮の空へ飛び上がった。
そして、間髪居れずに次なる魔法を繰り出す。それは闇色が走り、カルマを囲うように刻まれた魔法陣であった。
「!」
炎弾は地面に刻まれた魔法陣の発動を気づかせない為の囮、そう理解する間も、身動きを封殺され、発動された。
発動した魔法陣から闇色の刀槍がカルマの周囲に現れ、一斉に突きたて、刺し貫いた。
悲鳴をあげる事も無く、彼女は崩れるように倒れた。エンは敢えて近づかずしてトドメを指すべく、掌に魔力を込める。
「――――」
狙いを定め、放つ瞬間であった。
未だにパラドックスを握っていた腕が動き、切っ先をエンへと向ける。その切っ先から黒いエネルギーが瞬間集束し、放射される。
タイミングは両者同時。魔法を衝撃波として放ち、漆黒の光線(具体的にはSin化の呪縛を込めたエネルギー波)が放たれていた。
両者の間でそれらは混じりあい、相殺され―――激しい衝撃波となって両者を吹き飛ばした。
「……しぶといですね、全く」
吹き飛ばされたエンは翼で難なく受身を取るが、予想以上のカルマの粘りに嘆息を混じらせた言葉を吐く。
先の高い魔法力を有するエンの発動させた―――敵の動きを魔法陣で封じ、敵へ闇の力を押し固めた刀槍の極刑―――魔法『ダークネス・ジャベリン』は確実に彼女の体を無数に刺し貫いていた。
だが、倒れながらも牽制の一手を撃ち返し、このまま力を使い果たすと――――。
(早々に退くべきだったか……或いは―――)
「―――あー、また服が襤褸ったわ」
吹き飛ばされ、倒れていた彼女はむくりと起き上がり、傷まみれの服を嘆く。
エンはその様子から服は傷を負っても彼女本人には何故か、傷が無い事を見抜いた。
「一瞬のうちに防御の魔法でも唱えましたか…?」
「いや、『教えてあげない』」
彼女の持つ『ゼアノート術式』は所有者を護る盾にも鋭き剣にも叡智の術にもなる力。
彼女の身を護るように『魔法』を無力化させ、エンの攻撃を防いだのだ。
「……続き、する? 私個人はもう諦めていいわよ」
「なら、お言葉に甘えましょう。まさか私と対等に戦うものがいるとは」
心底、想った言葉を吐き出してエンは立ち上がった。既にお互いの殺気は疲れ、失せている。
次にお互いに芽吹いたのは興味だ。お互い、勘繰り深く奇妙な距離感での会話が続いた。
そして、自然に己の秘めたる計画の表面を打ち明ける。そして、奇妙な発想をお互いに懐いた。
「どうします、ここはお互い―――『協力し合いませんか?』」
「あら、奇遇ね。そうね―――では、『協力し合いましょう』」
それが、エンとの最初の出会いの顛末であった。
■作者メッセージ
カルマvsエン…出会いがしらの殺し合いでお互いに知り合いました。
エンの技
『カラミティ・レイン』
敵へ闇の力で圧縮した刃の雨を降り注がせる。
『ダークネス・ジャベリン』
敵の動きを封じる魔法陣から闇の力で具現化した刀や剣、槍などで刺し貫く。
『ブリッツ』
純粋な魔力で固めた衝撃波を放つ。
エンの技
『カラミティ・レイン』
敵へ闇の力で圧縮した刃の雨を降り注がせる。
『ダークネス・ジャベリン』
敵の動きを封じる魔法陣から闇の力で具現化した刀や剣、槍などで刺し貫く。
『ブリッツ』
純粋な魔力で固めた衝撃波を放つ。