第七章 三剣士編第一話「結びつく絆 前編」
異空を進む箱舟モノマキア。彼らは聖域レプセキアを奪還、一旦、ビフロンスへと帰還する途上であった。
その中では様々な出来事が起きていた。
船内に在る一室。そこにはカルマによってSin化の呪縛を受け、操られていたものたちを療治し、安置する部屋であった。
多くの人間を収容した為、複数の部屋に分けていた。
何人かは彼らの様子を看ておく必要があると居座っていて、既に操られていたものたちも意識を回復し、彼らと親しげに会話するものもいた。
「心剣ではなく鎧、か」
そんな者達の一人、アレスティアは己で打ち倒した女性―――心剣士アルマの看護としてやって来ていた。
多くの心剣士が居る中で、彼女は異質の一つ。心剣ではなく『鎧』を身に纏うことこそが心剣のカタチであった。
「はい……まだ、完全なものじゃない……けど。まだ……まだ未熟」
ベッドに半身だけおきている彼女はビクビクと小さく震えながら話した。そんな彼女へアレスティアは微笑で返す。
「これから精進すればいい、きっと完全な形で御する日が来る」
「ありがとう……ございます」
穏やかな微笑みをした彼女にフォローされ、アルマは震えながらも笑顔を返して、アレスティアもそれで満足した。
「なかなか面白いな、心を鎧に…」
そんな二人の様子を入り口の傍の壁に背を預けて佇んでいた男――オルガが興味深く頷いた。
心剣士の武器は基本的に「剣」としての形を得る。例外あるいは意図的に違うことも出来るとは噂程度に耳にしていた。
心に形はない。使い手の心によって形作っていくのである。
「是非ともその心得を教授してほしいね」
「そ、そ、そん……な…凄い事じゃ……ない、です…」
興味深く頷いたオルガに話しかけられ、更に慌て、震えを増した彼女は顔を薄ら赤くしながら返す。
アレスティアとオルガはその様子に苦笑を含んだ表情を互いに見合い、小さく頷きあった。
基本的に個室で操られていた者たちは安置し、看護をすると決めた者達はそれぞれ二人一組で様子を看る事になった(片方は念のための監視と護衛である)。
だが、操られた者の中には既に船内をうろついている者もいた。
「へえー、凄い船だ」
「兄さん…勝手に動いていいの?」
船内の廊下を歩く男女―――リュウアとリュウカは双子の兄妹であり、同じく反剣士と心剣士の使い手であった。
リュウカの心剣は癒しの力もあり、彼の回復が誰よりも早いのは明らかであった。
兄たるリュウカは笑顔を浮かべて、やや心配な声で尋ねた。
「なーに、兄ちゃんが確りとしてやんねえとな! お前こそ怪我は深くないのか?」
「まだ痛むけど……寝込んでいるよりはいいわ」
「――そこにいたか!」
二人へ駆け込んできた悪魔を髣髴する容貌を重ねた青年――アガレスがやや息を切らして詰め寄った。
リュウカはあ、と小さく驚き、リュウアは先ほどの笑顔から困ったように、視線を逸らした。
「あ…アガレスさん」
「リュウカさん、まだ安静にしておかないと! リュウア、君もだ」
「いやー、俺の心剣ならこれくらい直ぐだし?」
「カルマのことも話して欲しいからね。自由行動はできれば話を窺った後でお願いする」
アガレスがそういうと、二人の表情は一層に深く強張った。無理も無い、と心中察した。しかし、彼は「悪魔」である。
「――お願いする」
短く、だが、はっきりと強く言って、アガレスは頭を下げる。そんな彼の態度を見かねたリュウカが兄へ視線を向ける。
妹の視線に察しているリュウアも強張った表情を薄めながらも何か考え込むように黙っていた。すると答えを見出したのか、ため息を吐いた。
「……アガレス、だったか。頭上げてくれよ」
ゆっくりとアガレスは応じて頭を上げる。そこには困った様子のリュウアとリュウカが見ていた。
「……俺ら、そんなに情報とか……持っていないぞ?」
「構いません。どんな情報も必要ですから」
悪魔とは思えないほども柔和な笑顔を浮かべ、リュウカはひとまずの詫びを入れた。
「ごめんなさい、面倒をかけてしまい」
「いえ。では、話の続きはリュウカさんの部屋でいいでしょうか。まだ安静にしておかないと」
「ま、俺の『ライフストリーム』で治してやれるけどな」
そう云いながらアガレスは二人と共に部屋へと向かい、そこで情報の収集を行った。
それは看護を任されたものらに与えられた指示だからでもあったから。
別の一室ではまた違ったことが起きていた。異空の光景を不思議そうに興味心身に青年―――ハオス―――が笑みを浮かべながら見つめていた。
彼はフェイトとカナリアが融合し、変異した特異な存在である。そんな彼を同室していた睦月、皐月、アビスはどこか物憂げに見据えている。
特に睦月は他の二人よりも重い表情を作っていた(カルマに操られ、フェイトとカナリアに再会することも叶わぬままにハオスと出会ったことが大きい)。
「ああ…不思議な光景だ」
「そう、だな」
睦月はやや重苦しく言葉を吐いて、相槌を打った。ハオスはそんな彼らの様子を察して、微笑を作った。
ふと、会話が途切れる。重々しい雰囲気が漂い、ハオスも、睦月らも何も言えずにいた。
さすがにこのままではいけないと想っている3人は必死に思考をめぐらせ、話題を切り出そうとした。
その時であった。軽いノックが3度鳴り、断りなしに扉が開いた。
「邪魔するぜ」
「返答を聞いてから入れ! ったく…」
構わず入ってきたのは黒髪黒衣の精悍かつ屈強な青年――ゼロボロスが入ってきた。遅れて、同伴してきたヴァイロンがやや怒り気味に注意してきた。
唖然としているハオス、睦月は少し険しい表情で二人を睨んだ。しかし、憮然とゼロボロスはその睨みを無視しつつ、ハオスへと話しかける。
「お前が確か、ハオスか。――なるほどねえ、確かに『似ている』ぜ」
「……ゼロボロス、さんでしたか。突然だけど…何か用で?」
「何、顔を見に来ただけさ。……にしてもだ。こんだけいるのに物音一つしないのも珍しいな〜」
最初の返しをハオスへ、次に睦月らに視線を向け、嫌味ったらしく云った。その言葉に睦月が反応した。
「何が言いてえんだよ!!」
荒げた声と態度が一層確信をついていた。皐月もアビスも驚きのあまりに宥めることも出来ずに居た。
そんな彼の怒声に怯みもせず、ゼロボロスは睦月を見下ろすようにやっと口を開いた。
「……奪還の後、ずーっと辛気臭すぎる顔、どうしようも出来ねえと諦めている顔していたからな。気になって来て見たら案の定…『これだ』」
ゼロボロスは睦月に呆れ、馬鹿にした眼を向けて言い続けた。勿論、二人の関わりは先の戦闘の序幕のみであった。
「てめえらの中で『答え』は決まっている筈だ。ハオスに対する接し方も……な」
「お前、わざわざそれを言うために?」
彼の言葉に驚き、声を上げたのはヴァイロンであった。この部屋に突入する手前、突然、「睦月らの部屋へ行く」と神妙な面構えだった。
そして、それがこういう意味であったと気づくのに、彼女自身も遅れていた。その言葉にゼロボロスは肩をすくめた。
「やれやれ――――さて、お前ら……どうする。ん、俺が居てもアレだし、失礼するわ」
「……は?」
「戻るぞ、ヴァイロン」
無理やり引っ張りながら彼は部屋を出て行った。扉を閉め、ヴァイロンは小声で問い詰める。
「ねえ、こんなんであの子ら何とかなるの?」
「問題ねえさ。――あいつらの現状が気に入らないから無理やり割って入ったんだからな」
「……」
傍若無人な彼の笑顔に、何故か胸騒ぎを懐きつつ、そっぽを向いた。
ああ、こいつはもう…と旧知過ぎる仲を怨めしく想いつつも二人して、静かに聞き耳を立てていた。
一方、突然やって来たゼロボロスから容赦なく叩きつけられていた睦月らは言葉を失っていた。その内心を、各々は思い至っていた。
(結局、僕もアビスもフェイトの状態…カナリアの覚悟を気づいてやれなかった。兄さんと違って、僕たちは傍にいたというのに…
いや、こうして悔いたら駄目なんだ。僕たちは)
(私たちは二人の幻影に悔い、謝り続けている、それが正しくもあり、間違っている)
(俺らはハオスと向き合ってすらいねえ……ずっと二人のことしか見ていなかった。目の前に居るハオスを見てやれなかった)
自然と、半濁していた思考が澄み切っていく。自分らの想う言葉が真実を突きさしている事に気がついた。
再び、意を決して彼らは彼を見つめる。自然と真っ直ぐに真摯に。ハオスは常変わらぬ笑顔を向けていた。
ハオスも想っていた。この視線こそかつて『二人』に注がれていたものだった事を。
「――私は一向に構わなかった……これも一つのケジメだと想っていた。でも、違う。これが正しい事なんだ、と」
「俺は…………ハオス」
「ん?」
何かを口走ろうと睦月は恭しく紡ごうとする。けれども、すぐにそれは紡がれた。
「よろしく頼む! これからな!!」
それはまさに太陽のような笑顔で、言い放つ。込み上げるものを応じるハオスも彼に笑顔で返し、頷き返した。ともに大粒の涙を零しながら。
皐月も、アビスも嬉しそうに笑顔を向け合い、互いに涙腺を緩んでいる事に気がついた。
ハオスも睦月もそれに気がついて、自然と笑い声が漏れていく。4人して笑い声を上げた。それを扉の前で聞き耳立てていた二人は安堵の笑みを浮かべあった。
■作者メッセージ
操られたものたちとの会話、あるいは和解の話を今回3,4話ほど利用する予定