第七章 三剣士編第二話「結びつく絆 後編/神理とは」
「―――何か凄い笑い声が聞こえるわね」
時同じく、心剣士クェーサーは妹アトスの看護をしている途中で、別室から聞こえた睦月らの呵呵大笑に戸惑いつつ妹へと視線を向ける。
彼女は自分との死闘の末に敗北し、負傷している。既に処置を施した後ではあったが、なかなか目覚めない。
その目覚めを待つ、という我慢がそこはかとなく息苦しいものであった。
「……心配し、そして、不安なのね」
「! え、ええ」
一緒に看護に協力してくれた女性―――凛那が優しげに包みつつ、はっきりと云った。
そんな彼女と一緒にいるだけでクェーサーの鼓動は早く高鳴り、口早になってしまう。
「姉妹で旅人なのよね」
「ええ……妹は、反剣士だけどねっ」
「どうして、反剣士なんだ? 心剣士ではなく?」
「……私が、『引き抜いたからよ』」
恋しい彼女と会話していても、身に高鳴っていた鼓動が静まっていく、緊張からくる口早の言葉も平淡としたものになった。その雰囲気、様子から『しまった』と想った、が遅かった。
もう、その言葉に問わねばならないと、理解したからであった。
「なぜ…?」
「あの子は心剣を手に入れた私にあこがれた。私は何も知らないまま、引き抜いた―――反剣を引き抜いてしまった。暫くはこうして目覚めずに寝込んでいたわね…」
そっと頬を撫でるしぐさはどこかもの悲さを秘めて、自分の罪を見つめた。
「自分が招いた結果だって……アトスは赦してくれた、かな?」
「私には解りかねるな。ただ」
「ただ?」
凛那は真っ直ぐに炯々とした双眸を二人に向けている。凛然とした彼女の口が続きを紡ぎだす。
「長い月日、お前は一緒に戦ってきたのだろう? そして、アトスは手に入れた反剣を一言も悔いたり、悩んだり、お前へ文句なんて云わなかったはずだ」
「!!」
共に過ごしたことが無い筈なのに、一切を見透かした言葉は確信をつき、クェーサーを驚嘆させる。
確かにそうであった。クェーサーは心剣士として、アトスは反剣士として、才を磨く結果になったのに在りのままに受け入れていると。
「でも……結局は、私は2度も傷つけた……それだけが私には―――」
「姉……さん」
「!」
思い悩む姉(クェーサー)の言葉を掠れた妹(アトス)の声が遮った。閉じきっていた瞳が開いた。
安堵に驚きの表情が色混じっている姉は戸惑っていた。先の会話を聞かれてしまったのではという焦りが冷や汗となってにじみ出てくる。
「アトス……まさか、聞いてたりは…」
「姉さんはいつも、そう……」
戸惑う彼女へ、妹は力を振り絞って片手を姉の頬を撫で、優しげに微笑みを作った。
これは自分の責任でもあった。姉一人だけの責任などではない。姉は妹に対してでなくても責任感は強かった。
自分と戦ったのも自分の責任と想っての事だろう。
「―――えと…」
視線を凛那へと向けたアトスだったが、彼女の名を知らない。困る彼女へ凛那は片笑みを浮かべて名乗った。
「凛那だ」
「ああ、凛那…さん。貴女が姉さんを解放してくれたのね…?」
神妙な顔で頷くも、アトスは柔らかに、朗らかに笑う。
「ありがとう。姉さんを助けてくれて……」
「……」
「姉さん、一人で抱えないで…私は、もう許しているつもり―――だから」
「言うな…アトス」
はっきりとした姉の声がそれを阻む。だが、驚きはしなかった。その表情もいつもの凛然とした姉であった。
「これからだな、私たちは」
「うん…」
「―――」
お互いに見つめあい、強く頷きあったその姿に凛那は不思議に、安堵した。お互い分かち合っていても、理解し合えることは難しい。
凛那は静かに部屋を出、船内を散歩しようと、廊下でイリアドゥスと出会った。彼女はモノマキア船内をあちこち動き回り、情報を記憶したがっていた。
「もう船内の人間の記憶は覚え尽くしたのか?」
「そうね、だいたいは」
イリアドゥスは小さく笑んで、同道の誘いを出した。凛那は頷き、一緒に散歩を同行した。
一緒に歩く様、同道を共にするこの二人は、奇妙なまでに親しい間柄になっていた。
凛那は最初、イリアドゥスという神の存在、常人を逸した存在感に刺激されて、試合を申し出して、完敗。
イリアドゥスは、凛那というモノから変化した存在から興味を注がれ、その試合を受けてたち、圧勝した。
それからというもの、二人の関わりは不思議なほどに良好なものではあった。
「歩きながら話すのもいいけれど……ねえ、凛那。よろしければ私の部屋に来る?」
「お前の部屋……か」
イリアドゥスのために用意された「部屋」。用意されている事を凛那は知っている。
だが、誰もが彼女の部屋に訪れたり、語らう者はまだ少ない事も――イリアドゥスという未知数で、不可解な存在にどう接するか戸惑う者が多いことから――知っていた。
凛那は特に気にせずに彼女の部屋へと向かう事を了承し、そちらへと向かっていった。
「あ、母さま……と、凛那さまですか」
部屋の構造はどの部屋も白色基調の同じではあったが、広さも個人のものとして見ればと広い。
入るや、駆け寄ってきた半神ヴェリシャナが出迎え、凛那へ一礼した。
「偶然…廊下で一緒になってね。話をするなら此処でゆっくりとするものでしょう?」
「そうですね……ああ、飲み物を用意しますわ! 凛那さまもよろしいですか?」
「なら、もらうとしよう」
ヴェリシャナが二人に飲み物を用意すること数分、紅茶の注がれたティーカップ3つと菓子を載せた小皿2つを揃えて戻ってきた。
それを受け取った二人は彼女に礼を返し、彼女は嬉しげに顔を赤らめた。
「さて……貴女は私に何か聞きたいことでも?」
「単刀直入で言おう」
凛那は一口、紅茶を飲み、真っ直ぐにイリアドゥスへ問いかける。
「カルマのことをどう思っているのだ? 『神理』たるお前は」
「……ほう」
問いかけられたイリアドゥスの双眸が妖しく光を帯び、小さな微笑を彼女へ向けて強くする。彼女の傍にいたヴェリシャナが驚いた様子で凛那を見ていた。
「どう想うか。――アレは記憶を『集めて見た』結論から言えば……『セカイに害為す存在ゆえ滅ぼさざるを得ない』……な」
「滅ぼさざるを得ない? まるで妥当している物言いだな」
「……神理というものは、基本『善悪全てを許容する』ものだからよ」
神理イリアドゥスは困ったような眼を強張っている娘へ投げやった。笑みは小さな微笑に収まって、それを見たヴェリシャナは平常を取り戻す。
彼女は再び、凛那へと視線を向けなおして、その由縁を打ち明けた。
「私は神理。セカイから生まれ、全てを託された始源の存在。
―――世界を創り、壊し、維持し、セカイを管理する存在。
……世界も、世界も善悪あってこそ価値ある存在となるの。
私は神理。全てを平等に愛し、平等に滅すことも厭わない」
「……」
凛那の双眸に、表情に疑惑の色が濃くなり、じっと彼女を見据える。
イリアドゥスはその視線を気にも留めずに、淡々と続ける。
「でも、滅すなんて行為を下すの私がこの目で見て判断する。
カルマという存在がセカイを滅ぼし得る、この神理に成り代わろうとするに値されるかの存在か」
「……お前……」
「言った筈よ、私は『全てを平等に愛し、平等に滅する事を厭わない』」
優しく浮かべた無慈悲な神の笑みは畏縮させるほどの重圧を備わっていた。そんな重圧を凛那は乗せた菓子を大きく口に全て放り込んだ。
その突拍子な行動にイリアドゥスも傍に居たヴェリシャナも困惑するが、お構いなく彼女は菓子を咀嚼し、ゴクリと音を立てて、飲み込んで、最後に紅茶で口の中を整える。
整えた彼女はため息のように息を零し、先ほど見せた困惑さの無いどこか呆れた様子で言う。
「なんというか、お前は凄いな」
「そう?」
そして、操作室。船の操作を担っているアイネアス、操られていた者達の情報を纏めているビラコチャと神無と王羅、
報告を窺いに集ってきた神月、睦月、アビス、ゼツ、アダムらが、最後に一人、イリアドゥスが同席していた。
「――って感じで、カルマは自らを餌にあいつ等を倒して操ったそうだ」
「……」
その手口に嵌められた神月は忌々しげに黙し、思いだした。神無はその様子を見かね、次へ続ける。
「だが、中には操られていなかったものもいた……確か、ヴラドって云ってたな」
吸血鬼の少女――ヴラド。第四島攻略時に彼女はSinの呪縛にも囚われず己の意思でアーファらに敵対していた。
改めて仮面をつけていなかった理由を問うた所、彼女はカルマに協力する事を条件にSin化を免れていたというのであった。
しかし、信服を得ることは難しかったという事で常時、Sin化したものを監視(および同伴)にリュウカが任されていた。
「結局はアバタールだけがカルマの信頼を得ていたってことか」
その場に居た半神達は、神無が口走った発現に表情を硬くした。しかし、母親たるイリアドゥスは平淡な様子で口を開く。
「神無、あの子はあの子で自分の道を貫いていったわ」
「!」
「私は最初から赦しているし、哀れむ事もしないわ」
無表情のままに彼女はそう言い放ち、半神達も固くした表情を崩す。仕様が無い、といった様子で。
ふと、王羅は気になることを想った。
「ね、ねえ。イリアドゥスさんって「記憶」を司っているんですよね」
「記憶を司る、というよりは「記憶」の力が高いだけで、私個人は「全知全能」に近い―――ああ、そういうことね」
王羅へ視線を合わせ、淡々と打ち明ける途中で彼女が言いたかった疑問を理解した。
「簡単に言えば、アバタールの記憶の力は私より遥かに劣化していたわね」
「そうだったので?」
声をあげたは半神ビラコチャ。察しがたい硬い表情に僅かな驚きを見せている。
イリアドゥスはひとまず頷き返してから話を続ける。
「大よその記憶容量が多すぎると大変な事になるからよ。私はそんな事はならないけど……ああ、失礼したわ。
話を戻しましょう。カルマは結局、何処にいるかは知らされていなかったのよね」
「ああ。アバタールの次くらいには信頼があったベルフェゴルの爺さんらも知らないって云ってたな。
……結局、また振り出しに戻ったのか」
嘆息を吐く神無、続いて王羅らも同じ気分であった。所在つかめぬ巨大な力を秘めた危険すぎる存在。
そんな中、変わらぬ表情を見せるイリアドゥスが一息、ついてから言った。
「――いずれにせよ、カルマは必ず動く。そして、私たちも同じように動く……つまり、『そういうこと』よ」
パン、と己の手と手を合わせ叩いた。すると、船内が全体的に一瞬だけ揺れ動いた。神無らは操作しているアイネアスへ視線を向ける。
アイネアスはやや朗らかに微笑んで、
「ああ、ビフロンスへそろそろ戻れる頃合なんだ」
と説明した。彼の前に浮かぶメインのモニターには異空の前景が映し出されていたが、次第に変化し始めていることが窺えた。
混沌とした風景から明確な風景に入っていく。いよいよと想う一同はひとまずの安堵に包まれる。
そんな中でもやはりイリアドゥスの表情は重く硬い。蒼天のような蒼い双眸はただ、じっとその様子を見つめていた。
■作者メッセージ
一先ず、カルマの過去、レプセキアからビフロンスへ帰還する途中の神無たちのシーンを第七章として書きました。
次回の8章はビフロンス帰還からになりそうです
次回の8章はビフロンス帰還からになりそうです