第一章 永遠剣士編第八話「イヴ」
エレボスの塔上空付近。
「喰らえぇ!」
白い翼を羽ばたかせ、皐月は光弾を無数に放った。だが、男は雷光を閃かせ、切り捨てる。
そして、紫電の光弾を鋭い槍のように連続にうち返した。
「ぐっ……!」
防御を構えたが、光弾の勢いは更に増し、打ち崩した。すかさず、男は皐月の懐にもぐりこみ、雷を纏った剣で攻撃してきた。
「『帝王剣舞』!」
「うわあああああ!!」
無数の連撃を直撃し、トドメの雷撃の衝撃波で皐月は地上へと落ちていった。
その姿を見た睦月は驚きと絶望の含んだ顔を浮かべ、
「皐月いいい!!」
「よし、アイツから捕らえるとするか」
助けに向かおうとした睦月に、無数の金に煌めく勾玉が星の軌道を描くように回転し、結界を展開した。
「っ、この! この!!」
包み込まれた睦月は自身の剣で切りつける。だが、結界は微動たりとも壊れる気配はない。その無駄な足掻きにアバタールは哀れな目で言い切った。
「無駄だ。ディアウス! 後は任せろ、そのまま、その塔に攻撃しろ」
「……解った」
アバタールの命令に男――ディアウスは頷き返し、雷弾をためて、塔へ攻撃を再開した。そして、動きの止められた睦月を尻目に、アバタールは落ちていった皐月をとらえに向かった。
皐月が落下した場所は市街の屋上だった。痛みに呻く中、アバタールはそこへ降り立った。
「さて、まずはお前か」
「くっ……!」
地に臥していた彼は焼き焦げていながらも必死に起き上がろうとしている。だが、すぐに地に突っ伏してしまう。
悔しさ、怒りの眼差しを彼に突きつけた。だが、アバタールは意にも介さないで剣を下ろしたまま、勾玉を召喚した。
「永遠剣士一人くらいなら、アイツも文句は無いだろうな」
「―――させないわよ」
「っ!」
女性の声と共に無数の糸が現れる。勾玉がアバタールを護る前に彼の身体を締め上げられた。
「っ! 誰だ?!」
「名乗る気は無いわよ」
そう言って、アバタールを思い切り、建物の壁の方へ投げつけ、打ち込まれた彼は小さな断末魔を吐き出し、地表へと落ちた。
「――ふう」
落ちた彼の姿を確認し、姿をあわした女性は倒れた皐月を起き上がらせた。
「あ……貴女は」
程よく伸びた青みを帯びた銀髪、妖しい赤の瞳をした黒スーツの女性は微笑みを浮かべて、
「イヴよ、はじめまして。
塔の防衛に向かっていたら、貴方がここに落ちてきたものだから助けに来たわ。危なかったしね」
「……ええ」
あと一歩、イヴの助力がなければ皐月はアバタールに捕らえられていただろう。それはつまり、ジェミニと同じ末路になる。
冷汗を拭い取り、皐月は上空を仰いだ。
「兄さんも危ない、行かないと……」
「でも、その様子だと上の敵は厄介ね」
イヴは翼を羽ばたかせようとした皐月に、質素に呟いた。それを聞いた皐月は少し反論できずに顔色を悪くした。
そんな様子に彼女は苦笑を零して、一応フォローする。
「ああ、責めている訳じゃないから。――なら、貴方はお兄さんを助けに行きなさい。
私が塔を攻撃している奴と戦うわ」
「え、でも……」
「ふふ、急がないとさっきの『悪たれ』も戻ってくるわよ?」
イヴ自身、あの程度では死なないだろうと見計らっている。彼が復活する前に、行動をとらなければいけない。
「解りました。兄さんを助けて、すぐにそちらを手伝いますね」
「ええ。お願いするわ」
皐月は一礼して、一気に空へと飛翔していった。同時に、イヴは壁をよじ登るように駆け上がっていった。
「兄さん!」
「皐月!? 無事だったのか!」
空へ戻ってきた皐月に驚いた睦月。どこか嬉しそうな顔を浮かべ、すぐに真剣な顔で話す。
「アイツはどうした」
「アバタールは今身動きが取れません。あの人のお陰で助かりました」
皐月が視線を落とすと、塔に攻撃を仕掛けていたディアウスに糸を巻きつかせて、阻止したイヴが居た。
「よし、じゃあさっさと解いてくれ」
「うん」
皐月は勾玉の結界を一閃し、破壊した。
「っと! 皐月。今からお前は一旦、永遠城に戻るんだ」
「え…どうして?」
「―――どうにも町の状況が掴めねえ。永遠城から状況を調べ上げくれ。其の後にでも此処に戻るなり、居座っても構わない」
睦月はアバタールの事、ジェミニの事を見据えて、彼とアビスの残った永遠剣士だけでも護ろうと想い、言った。
戸惑いを浮かべる皐月だったが、彼の真摯な思いに反論は出来なかった。
「……解ったよ。戻った後、調べ上げて、伝える。だから、その後……一緒に―――」
「いけ、もうきやがった」
皐月は頷き、永遠城へと羽ばたいていった。そして、睦月は再び、戻ってきたアバタールを見やった。
全身、砂埃に塗れた酷い姿だ。顔色は無論、怒りに満ちた顔だ。
「よお、随分とボロボロだな」
「黙れ……! アヤツは……おのれ、逃がすものか……ディアウ―――ちっ」
睦月のからかいに怒りで吐き捨て、ディアウスに命令しようとしたがやめた。彼は今、イヴと交戦状態だった。
更にいえば、イヴの糸を駆使した柔軟な戦い方に彼は押されていた。
「……お前だけでもアイツの元に連れて行く」
「力尽くでか?」
「なら、手段をとればいい」
勾玉が無数、睦月の周囲に飛び交い、幾つもの魔法陣を刻む。
「!」
「さあ、アチラに行こうか?」
「―――おらぁっ!!」
右腕が巨大な砲身となり、一気に引き金を引いた。光弾は無数に枝分かれ、全ての魔法陣を打ち抜いた。
「!!」
「てめえの勾玉、一つ喰ったんでね……もうきかねえな」
「貴様ぁ!!」
「来いよ、てめえは俺がぶちのめす。そして、ジェミニを操った張本人の情報を洗い浚い吐き出せる!!」
睦月は先ほどの雪辱、ジェミニの敵を、怒りを、苦痛を想いのままにアバタールにぶつける。
アバタールも、自分に陶酔し、驕りの強い我のために彼の激情に共鳴するかのように力を込み上げて、挑みかかった。
一方のイヴはディアウスと交戦を開始。
柔軟な躯で彼の剣戟をいなし、強靭な糸で雷撃を打ち流し、打ち消す。雷の熱で糸を斬りおとし、構えるディアウス。
「おのれ……!」
優麗に躱す彼女に激しい怒りを吐き捨てる彼に対し、イヴは張り巡らせた糸を垂らしながらくすくすと笑った。
そして、焼き焦がれた塔を一瞥し、嘆息の吐息を吐いた。
「はあ……随分と暴れたものね。お陰で塔が黒焦げじゃないの」
「タルタロス破壊こそ、我々の命令」
「此処を壊すねえ……それはダメよ」
此処は居場所定まらぬもの達が流るる流転の地の一つ。
「私やあの人が腰を下ろせるようになった居場所なのよ。―――だから、此処を壊すと言うならこちらも全霊で止める」
「ほざけえ!!」
怒りの事も相まってか、ディアウスの全身が激しい紫電を帯び始めた。
それに呼応するように彼の鉄色の剣が光を纏う。
「消えうせろ! この一撃でなああ!」
イヴの背にはエレボスの塔が、そのまま彼は剣から紫電の雷砲が放射された。
それが彼女へと直撃する刹那。
『【夜のカーテン】、作動!!』
何処からか響いた青年の声に、イヴはにやりと笑った。
ディアウスが気付く時には繰り出した雷砲が『自分の方へと向かった』―――。激しい爆発と雷音が轟き、立ち込め上げた黒煙からぼろぼろの彼が地上へとおちて行くのを見た。
「ふん」
イヴは落ちていく彼の全身に糸を張り巡らせ、糸の元を掴んで落下を阻止し、ゆっくりと引き上げ、傍のビルの屋上に横たわらせた。
そして、エレボスの塔に振り向き、微笑みを浮かべた。
「ナイスタイミングよ、屍。さすが【夜のカーテン】ねえ」
『―――ええ。これも、貴女と彼らが頑張ってくれたお陰です』
屍は安心した声で返事をした。
エレボスの塔は防衛能力に特化された塔だ。その最たる兵器の一つが【夜のカーテン】だった。
発動すればエレボスの塔全体の防壁全てに【反射】の力を宿したバリアーを展開。砲撃などで攻撃した相手にそっくりそのまま跳ね返すのだ。
そして、【夜のカーテン】は連続に使用できないが、充電される間は防壁にバリアーが展開され、劣らずの防御能力を発揮する。
「私がわざと塔を背にしたのが功をそうしたわね」
怒りに身を燃やし始めたディアウスの攻撃を誘い込む為に、イヴはわざわざ塔の前に立ち、後ろに塔を置くことで逃れないブラフを用意した。
「さて、コイツをどうしましょうね」
自身の攻撃で敗北したディアウスは息こそしているものの意識は完全に無かった。
「……屍、コイツみたいな『妙な仮面』を付けた奴はほかにも?
『ええ。貴女が倒した彼以外にも現在、町を攻撃しているものが今の所、3名ほど。一人はニュクスの塔付近でアガレスが、残りはそれぞれ中央と南の居住区が攻撃を受けている。チェル、シンクたちがそれぞれ行動をとって向かっています』
「そう。厄介ね。居住区は塔並みに大変じゃないの。皆はもう地下に?」
『ええ。負傷者も多いようです』
「……解ったわ。私もチェルたちの元に救助する。屍はそのままエレボスとニュクスの塔の防衛を継続、もしもの時は【夜のカーテン】を」
『解りました。此処からなら彼――睦月の様子と援護もしてみます。では、気をつけて』
「ええ……」
内心、睦月の元へ向かうべきかと想ったが、タルタロスを護るのは自分たちだ。
「さて、いきますか」
ディアウスの身体に巻いた糸を更に巻き上げ、チェルたちの下へ駆け出していった。