Another the last chapter‐9
今では闇の中に隠れてしまった、遠い記憶。
シャオは眠りの中で、一つの夢を見ていた。
まだ戦う力も持たぬ幼い頃の自分と友達の、初めての冒険を…。
「…まってー!」
「もう、おそいわよシャオ! 早く、早くー!」
自分達の町にある、裏山にある洞窟の中。
ゴツゴツして薄暗い道を小さな足で走る先には、虹色に輝くプラチナ色の髪と黒い瞳の1つ年上の女の子が手を振ってる。
どうにか女の子の元まで走って肩で息をしていると、女の子の後ろで赤の混じった茶髪に青の混じった黒目の一つ年上の男の子と金髪に淡い緑の瞳をした二つ年上の男の子が話をしていた。
「けっこう奥まで来たけど、本当にかいぶつはいるのかな?」
「いるさ。イオンだって、うわさは聞いただろ?」
「もし、かいぶつがいたら、僕とフレクでつかまえられるかな?」
「出来るさ、俺とイオンなら」
そう言うと、金髪の男の子―――フレクは、赤い髪の男の子―――イオンに笑いかける。
「もー、『三人なら』でしょ? さりげに私を仲間はずれにしないでよ!」
「ごめん、エリーゼ」
そんな二人に、虹色に輝くプラチナ髪の女の子―――エリーゼが割り込む様に入ると、イオンが苦笑して謝る。
そう。この洞窟来たのは裏山に潜む怪物を皆で捕まえる為だ。大人達は危ないから入っては駄目だと言っているが、フレク達がこっそりと自分を誘ってくれた。
今回の計画を立てたフレクをシャオが見ていると、こちらに笑顔を作って頭を撫でた。
「そう言うわけだから、シャオ。かいぶつが出ても俺たちが守ってやるからな」
「う、うん。ありがと、フレク兄ちゃん!」
自分達より年上であるフレクに、シャオも笑顔を浮かべて頷く。
その時、洞窟の奥の方で唸り声のような物が上がる。暗闇から聞こえた声にシャオが怯む中、エリーゼは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせた。
「今の声、かいぶつ!?」
「イオン、エリーゼ! 行こう!」
「「うんっ!」」
フレクの掛け声に、イオンも一緒に頷いて奥へと走っていく。
同時に、シャオは一人その場に残されていった。
「あっ…お兄ちゃん、まってー!」
三人に追いつこうと、シャオも必死で走って後をついて行く。
だが、まだ小さい足では走るスピードも遅く三人との距離は広がっていき、しまいには石に躓いて転んでしまう。
それでも前を見るが三人の姿はもうそこにはなく、一人薄暗い場所に取り残されてしまった。
「お兄ちゃん…どこ…!? う、うえぇええん!!」
一人しかいない寂しさと、転んだ痛みでシャオはその場で号泣する。
それでも追い付こうと一歩一歩進んでいく。
やがて広い場所に出ると、後ろで低い唸り声が聞こえてきた。
「うぇ…?」
シャオが泣きながらゆっくりと振り返ると…――ボンヤリとした巨大な黒い影に赤い目が浮かんでいる。
赤い目はシャオを見回す様に右往左往に動かし、突然凄いスピードで迫ってきた。
「「「シャオっ!?」」」
それと同時に、誰かに抱かれて横に倒れ込む。
シャオが我に返ると、そこには頬に傷を負ったイオンが自分を抱え込んでいた。
「だ、だいじょうぶ…?」
「イオン兄ちゃん!?」
何処か辛そうに安否を尋ねるイオンに、シャオは悲しそうに叫ぶ。
そこから離れた場所で、エリーゼは揺らめく赤い目を睨みつけていた。
「よくもシャオを泣かせたわね! 『ファイア』!!」
本来泣かせたのは自分達である事を棚に上げつつ、エリーゼは小さな火の玉を赤い目に向けて放つ。
火の玉が当たると爆発を起こし、赤い目は悲鳴を上げた。
「どうよ、父さん譲りの魔法は!!」
エリーゼが胸を張っていると、黒かった影が実体を帯びて獣の様な姿に変化する。
こうして本来の姿を現したハートレスは、ギロリとエリーゼを睨みつけた。
「あれ…?」
「エリーゼ!?」
思わずエリーゼが固まっていると、フレクが叫ぶ。
しかし、フレクの叫びも虚しくハートレスはエリーゼに飛び掛かった。
「きゃあぁ!?」
ハートレスに吹き飛ばされ、壁際の所で倒れ込む。
そんなエリーゼに向かって、ハートレスは大きく息を吸い込んだ。
「こっちだ、かいぶつ!!」
だが、フレクが落ちていた木の棒を握るなりハートレスの足を力の限り殴りつける。
痛がる様子を見せぬものの、これにより標的を変えたのかハートレスはフレクに向かって何と巨大な火の玉を吐き出した。
「うわあぁ!?」
「フレク!?」
炎の中に呑まれたフレクに、イオンが叫び声を上げて立ち上がる。
すぐにフレクに覚えた回復魔法をかけようとすると、ハートレスは今度はイオンに向かって突進を繰り出そうとする。
これを見たシャオは、とっさに足元にあった石を掴んだ。
「え、えいっ!」
そのまま腕を振り上げ、ハートレスに向かって上に高く投げつける。
投げた石は上手くハートレスの顔に当たり、攻撃を中断させる。
それからハートレスは邪魔をしたシャオを睨みつける。睨んだ目があまりにも怖く、シャオはイオンから離れる様にその場から逃げた。
「シャオ!?」
「ダメだ、シャオ!?」
これを見てイオンとフレクが悲鳴を上げるが、シャオはもう聞いていなかった。
シャオは逃げようと必死で走るが、数秒もしない内にハートレスが高く飛び上がって回り込まれてしまった。
「ヒッ…!!」
突然前に立ち憚られ、その場でシャオは立ち竦んでしまう。
もはや恐怖で動けないシャオに向かって、ハートレスは無情にも鋭い爪を振り下ろした。
―――直後、ハートレスは横に吹っ飛ばされて壁にめり込む様に叩きつけられた。
これにはイオンだけでなく、回復したフレクとエリーゼも何が起こったか分からず目を丸くする。
だが、シャオはハートレスのいた場所に見知った人が立っているのに気付いた。
「おじさん…!?」
赤黒いジャケットのコートに、黒のズボンを着た黒髪黒目の男。そして、手には白と黒の翼を模ったキーブレード。
後に師匠となる人物は、両手でキーブレードを握りながら起き上がるハートレスを睨みつけていた。
「――さっさと、消えろぉ!!」
一歩踏み込むと同時に、ハートレスに向かってキーブレードを振るって白と黒の衝撃波をぶつける。
そうして甲高い悲鳴を上げるハートレスに、男性は更に懐に入って斬り込む。すると、ハートレスは全身に色を宿し反撃とばかりに男性の腕を爪で切り裂いた。
「っ!?」
「おじさんっ!?」
腕を切り裂かれた男性に、シャオは悲鳴を上げる。
しかし、男性は痛みを堪える様にハートレスを睨みつけた。
「この…デカブツがぁ!!」
キーブレードを片手で持つなり、ハートレスを真上に思いっきり吹き飛ばす。
そうして自身も翼を具現化させて飛ぶと、飛ばしたハートレスを次々と斬り付けていく。
やがて落ちていくハートレスに向かって、男性はキーブレードを投げつけた。
「『残光天翔翼』っ!!!」
キーブレードは翼の形となり、刃となってハートレスを切り裂く。それと同時に、辺りに白と黒の羽根が散っていく。
そしてハートレスが地面に叩きつけられると同時に、男性も着地してキーブレードを手元に戻し。
「――終わりだ」
一つの呟きと共にキーブレードを横に振り払うと、散っていた羽根が白と黒の光の爆発を起こしてハートレスを巻き込んだ。
光が収まり、ハートレスは完全にその姿を消す。男性はキーブレードを消すと、何処か冷めた目で近くにいたシャオを見た。
「フレイアとルシフのおじさん…うで…」
「そんな事はいい。それよりお前ら、こっちに来い」
心配するシャオをそっけなく突き放すなり、男性は残りの三人も睨みつける。
先程のハートレスとは違った怖さが湧き上がるが、三人は恐る恐るシャオの隣に立つ。
そんな子供達に、男性は屈んで四人と同じ目線に立ち…――優しく微笑んだ。
「――怖かっただろ…よく頑張った」
完全に怒られると予想していた四人は、男性の言葉にポカンと目を丸くする。
その間に男性は一人一人の頭を乱暴ながらも嬉しそうに撫でていく。この様子に、イオンは思った事を呟いた。
「おじさん、おこらないの…?」
「確かに、お前らは言いつけを破った。それでも、お前らが無事なら俺は何も言わないよ」
そう言って男性は笑っていたが、急に遠い目を浮かべると後ろを振り返った。
「まあ…“あいつ”はそうもいかないけどな」
「「「「へ?」」」」
何が何だか分からず、四人もそちらを見る。
「おーまーえーたーちー?」
そこには、ハートレスよりも恐ろしいオーラを纏った青と白の服を着た自分達の先生が、仁王立ちしてこちらを鋭い目で睨みつけていた。
「ヒィ!?」
「ウ、ウィド先生…こここれは、シャオが洞窟に迷いこんじゃったから、俺たちでさがしてて…!!」
全身を震わせるイオンの隣で、フレクは全身に冷や汗を流して先生―――ウィドに説明をするが。
「フレク、後ろを向きなさい」
「で、でも…――分かりましたぁ…」
ギロリと一睨みされて観念したのか、フレクは怯えながら後ろを振り返る。
すると、ウィドはフレクを片手で持ち上げて脇に抱えると力の限り尻を叩き出した。
「いったぁ!!?」
「あんな目に遭ったと言うのに、よくそんな嘘が言えるものです!!! あなたの姉妹や他の子達から聞きましたよ、『三人で裏山の洞窟探検の計画立てて、怒られないようにシャオまで連れて行った』って!!?」
「きっと、ダイヤやガイアがバラしたんだ…!!」
「それにしても…すっごく痛そう…!?」
イオンとエリーゼは小さな声で会話しながら、ウィドの尻叩きで悲鳴を上げるフレクを見て顔を青くする。
やがてウィドの説教が一段落すると、フレクを脇に抱えたまま器用にイオンとエリーゼの襟元を掴んで拘束した。
「まったく!! さあ、帰りますよ!! 入り口であなた達の両親を交えてお説教したら、全員お尻ペンペンの刑ですっ!!!」
「あーん、ごめんなさーい!!」
「もうしませーん!!」
「それより、俺また尻たたきされるの!?」
「当たり前だ、馬鹿者がぁ!! 年下の従兄弟まで巻き込んだ上に、全部悪さを押し付けたんです!! あなたのお母さんもカンカンですからねっ!!?」
そう怒鳴りつけるなり、ウィドは三人を掴んだまま入口へと歩き出す。
同時に三人の悲鳴が辺りに響き渡る中、シャオは不思議そうに隣にいる男性を見た。
「おじさん、どう言うこと…?」
「あー…あいつら、洞窟行くって計画立てる際に怒られないよう、お前を使って言い訳をしようとしてたんだ。『シャオが一人で洞窟に迷い込んだから、自分達が助けに行った』ってな。まあ、その計画も全部フレイア達がバラしてくれたんだが」
やれやれと肩を竦めて説明すると、男性はポケットから『ポーション』を取り出す。
それを一気に飲んで腕の傷を治すと、シャオの頭に手を置いた。
「シャオ、分かっただろ? 騙されたとしても、悪い事をしたらこうして痛い目に遭う。今回はルシフ達が俺とウィドに話してくれたから良かったが…」
「うん…ごめんなさい」
素直に謝ると、男性は何処か嬉しそうに笑って手を差し伸べた。
「さ、帰るぞ。巻き込まれたとは言え、来てはいけない所に入ったんだ。お前も帰ったら説教が待ってるからな」
「うー、帰りたくないな…」
その時握った師匠の手は…とても大きくて、優しくて、温かかった。
師匠の事を何一つ知らなかった自分には、その手に憧れを抱いた。
怪物からボク達を救ってくれた手。この暗闇の道から光のある町へと連れて行ってくれる…何でも出来るとボクは思ったんだ。本当は、その手に今まで沢山の苦悩を抱えていたのも知らずに。
でも、知らなかったから師匠に弟子入り出来た。いろんな事を教わる事が出来た。そのおかげで、知る事が出来た…――【守る】と言うのが、どれだけ重くて大変な事か。
それでも、思いは変わらなかった。どんなに難しくても、どんなに辛くても大切な“あの子”を守ると決めたから。
…あれ? “あの子”って…誰の事だっけ…?
シャオは眠りの中で、一つの夢を見ていた。
まだ戦う力も持たぬ幼い頃の自分と友達の、初めての冒険を…。
「…まってー!」
「もう、おそいわよシャオ! 早く、早くー!」
自分達の町にある、裏山にある洞窟の中。
ゴツゴツして薄暗い道を小さな足で走る先には、虹色に輝くプラチナ色の髪と黒い瞳の1つ年上の女の子が手を振ってる。
どうにか女の子の元まで走って肩で息をしていると、女の子の後ろで赤の混じった茶髪に青の混じった黒目の一つ年上の男の子と金髪に淡い緑の瞳をした二つ年上の男の子が話をしていた。
「けっこう奥まで来たけど、本当にかいぶつはいるのかな?」
「いるさ。イオンだって、うわさは聞いただろ?」
「もし、かいぶつがいたら、僕とフレクでつかまえられるかな?」
「出来るさ、俺とイオンなら」
そう言うと、金髪の男の子―――フレクは、赤い髪の男の子―――イオンに笑いかける。
「もー、『三人なら』でしょ? さりげに私を仲間はずれにしないでよ!」
「ごめん、エリーゼ」
そんな二人に、虹色に輝くプラチナ髪の女の子―――エリーゼが割り込む様に入ると、イオンが苦笑して謝る。
そう。この洞窟来たのは裏山に潜む怪物を皆で捕まえる為だ。大人達は危ないから入っては駄目だと言っているが、フレク達がこっそりと自分を誘ってくれた。
今回の計画を立てたフレクをシャオが見ていると、こちらに笑顔を作って頭を撫でた。
「そう言うわけだから、シャオ。かいぶつが出ても俺たちが守ってやるからな」
「う、うん。ありがと、フレク兄ちゃん!」
自分達より年上であるフレクに、シャオも笑顔を浮かべて頷く。
その時、洞窟の奥の方で唸り声のような物が上がる。暗闇から聞こえた声にシャオが怯む中、エリーゼは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせた。
「今の声、かいぶつ!?」
「イオン、エリーゼ! 行こう!」
「「うんっ!」」
フレクの掛け声に、イオンも一緒に頷いて奥へと走っていく。
同時に、シャオは一人その場に残されていった。
「あっ…お兄ちゃん、まってー!」
三人に追いつこうと、シャオも必死で走って後をついて行く。
だが、まだ小さい足では走るスピードも遅く三人との距離は広がっていき、しまいには石に躓いて転んでしまう。
それでも前を見るが三人の姿はもうそこにはなく、一人薄暗い場所に取り残されてしまった。
「お兄ちゃん…どこ…!? う、うえぇええん!!」
一人しかいない寂しさと、転んだ痛みでシャオはその場で号泣する。
それでも追い付こうと一歩一歩進んでいく。
やがて広い場所に出ると、後ろで低い唸り声が聞こえてきた。
「うぇ…?」
シャオが泣きながらゆっくりと振り返ると…――ボンヤリとした巨大な黒い影に赤い目が浮かんでいる。
赤い目はシャオを見回す様に右往左往に動かし、突然凄いスピードで迫ってきた。
「「「シャオっ!?」」」
それと同時に、誰かに抱かれて横に倒れ込む。
シャオが我に返ると、そこには頬に傷を負ったイオンが自分を抱え込んでいた。
「だ、だいじょうぶ…?」
「イオン兄ちゃん!?」
何処か辛そうに安否を尋ねるイオンに、シャオは悲しそうに叫ぶ。
そこから離れた場所で、エリーゼは揺らめく赤い目を睨みつけていた。
「よくもシャオを泣かせたわね! 『ファイア』!!」
本来泣かせたのは自分達である事を棚に上げつつ、エリーゼは小さな火の玉を赤い目に向けて放つ。
火の玉が当たると爆発を起こし、赤い目は悲鳴を上げた。
「どうよ、父さん譲りの魔法は!!」
エリーゼが胸を張っていると、黒かった影が実体を帯びて獣の様な姿に変化する。
こうして本来の姿を現したハートレスは、ギロリとエリーゼを睨みつけた。
「あれ…?」
「エリーゼ!?」
思わずエリーゼが固まっていると、フレクが叫ぶ。
しかし、フレクの叫びも虚しくハートレスはエリーゼに飛び掛かった。
「きゃあぁ!?」
ハートレスに吹き飛ばされ、壁際の所で倒れ込む。
そんなエリーゼに向かって、ハートレスは大きく息を吸い込んだ。
「こっちだ、かいぶつ!!」
だが、フレクが落ちていた木の棒を握るなりハートレスの足を力の限り殴りつける。
痛がる様子を見せぬものの、これにより標的を変えたのかハートレスはフレクに向かって何と巨大な火の玉を吐き出した。
「うわあぁ!?」
「フレク!?」
炎の中に呑まれたフレクに、イオンが叫び声を上げて立ち上がる。
すぐにフレクに覚えた回復魔法をかけようとすると、ハートレスは今度はイオンに向かって突進を繰り出そうとする。
これを見たシャオは、とっさに足元にあった石を掴んだ。
「え、えいっ!」
そのまま腕を振り上げ、ハートレスに向かって上に高く投げつける。
投げた石は上手くハートレスの顔に当たり、攻撃を中断させる。
それからハートレスは邪魔をしたシャオを睨みつける。睨んだ目があまりにも怖く、シャオはイオンから離れる様にその場から逃げた。
「シャオ!?」
「ダメだ、シャオ!?」
これを見てイオンとフレクが悲鳴を上げるが、シャオはもう聞いていなかった。
シャオは逃げようと必死で走るが、数秒もしない内にハートレスが高く飛び上がって回り込まれてしまった。
「ヒッ…!!」
突然前に立ち憚られ、その場でシャオは立ち竦んでしまう。
もはや恐怖で動けないシャオに向かって、ハートレスは無情にも鋭い爪を振り下ろした。
―――直後、ハートレスは横に吹っ飛ばされて壁にめり込む様に叩きつけられた。
これにはイオンだけでなく、回復したフレクとエリーゼも何が起こったか分からず目を丸くする。
だが、シャオはハートレスのいた場所に見知った人が立っているのに気付いた。
「おじさん…!?」
赤黒いジャケットのコートに、黒のズボンを着た黒髪黒目の男。そして、手には白と黒の翼を模ったキーブレード。
後に師匠となる人物は、両手でキーブレードを握りながら起き上がるハートレスを睨みつけていた。
「――さっさと、消えろぉ!!」
一歩踏み込むと同時に、ハートレスに向かってキーブレードを振るって白と黒の衝撃波をぶつける。
そうして甲高い悲鳴を上げるハートレスに、男性は更に懐に入って斬り込む。すると、ハートレスは全身に色を宿し反撃とばかりに男性の腕を爪で切り裂いた。
「っ!?」
「おじさんっ!?」
腕を切り裂かれた男性に、シャオは悲鳴を上げる。
しかし、男性は痛みを堪える様にハートレスを睨みつけた。
「この…デカブツがぁ!!」
キーブレードを片手で持つなり、ハートレスを真上に思いっきり吹き飛ばす。
そうして自身も翼を具現化させて飛ぶと、飛ばしたハートレスを次々と斬り付けていく。
やがて落ちていくハートレスに向かって、男性はキーブレードを投げつけた。
「『残光天翔翼』っ!!!」
キーブレードは翼の形となり、刃となってハートレスを切り裂く。それと同時に、辺りに白と黒の羽根が散っていく。
そしてハートレスが地面に叩きつけられると同時に、男性も着地してキーブレードを手元に戻し。
「――終わりだ」
一つの呟きと共にキーブレードを横に振り払うと、散っていた羽根が白と黒の光の爆発を起こしてハートレスを巻き込んだ。
光が収まり、ハートレスは完全にその姿を消す。男性はキーブレードを消すと、何処か冷めた目で近くにいたシャオを見た。
「フレイアとルシフのおじさん…うで…」
「そんな事はいい。それよりお前ら、こっちに来い」
心配するシャオをそっけなく突き放すなり、男性は残りの三人も睨みつける。
先程のハートレスとは違った怖さが湧き上がるが、三人は恐る恐るシャオの隣に立つ。
そんな子供達に、男性は屈んで四人と同じ目線に立ち…――優しく微笑んだ。
「――怖かっただろ…よく頑張った」
完全に怒られると予想していた四人は、男性の言葉にポカンと目を丸くする。
その間に男性は一人一人の頭を乱暴ながらも嬉しそうに撫でていく。この様子に、イオンは思った事を呟いた。
「おじさん、おこらないの…?」
「確かに、お前らは言いつけを破った。それでも、お前らが無事なら俺は何も言わないよ」
そう言って男性は笑っていたが、急に遠い目を浮かべると後ろを振り返った。
「まあ…“あいつ”はそうもいかないけどな」
「「「「へ?」」」」
何が何だか分からず、四人もそちらを見る。
「おーまーえーたーちー?」
そこには、ハートレスよりも恐ろしいオーラを纏った青と白の服を着た自分達の先生が、仁王立ちしてこちらを鋭い目で睨みつけていた。
「ヒィ!?」
「ウ、ウィド先生…こここれは、シャオが洞窟に迷いこんじゃったから、俺たちでさがしてて…!!」
全身を震わせるイオンの隣で、フレクは全身に冷や汗を流して先生―――ウィドに説明をするが。
「フレク、後ろを向きなさい」
「で、でも…――分かりましたぁ…」
ギロリと一睨みされて観念したのか、フレクは怯えながら後ろを振り返る。
すると、ウィドはフレクを片手で持ち上げて脇に抱えると力の限り尻を叩き出した。
「いったぁ!!?」
「あんな目に遭ったと言うのに、よくそんな嘘が言えるものです!!! あなたの姉妹や他の子達から聞きましたよ、『三人で裏山の洞窟探検の計画立てて、怒られないようにシャオまで連れて行った』って!!?」
「きっと、ダイヤやガイアがバラしたんだ…!!」
「それにしても…すっごく痛そう…!?」
イオンとエリーゼは小さな声で会話しながら、ウィドの尻叩きで悲鳴を上げるフレクを見て顔を青くする。
やがてウィドの説教が一段落すると、フレクを脇に抱えたまま器用にイオンとエリーゼの襟元を掴んで拘束した。
「まったく!! さあ、帰りますよ!! 入り口であなた達の両親を交えてお説教したら、全員お尻ペンペンの刑ですっ!!!」
「あーん、ごめんなさーい!!」
「もうしませーん!!」
「それより、俺また尻たたきされるの!?」
「当たり前だ、馬鹿者がぁ!! 年下の従兄弟まで巻き込んだ上に、全部悪さを押し付けたんです!! あなたのお母さんもカンカンですからねっ!!?」
そう怒鳴りつけるなり、ウィドは三人を掴んだまま入口へと歩き出す。
同時に三人の悲鳴が辺りに響き渡る中、シャオは不思議そうに隣にいる男性を見た。
「おじさん、どう言うこと…?」
「あー…あいつら、洞窟行くって計画立てる際に怒られないよう、お前を使って言い訳をしようとしてたんだ。『シャオが一人で洞窟に迷い込んだから、自分達が助けに行った』ってな。まあ、その計画も全部フレイア達がバラしてくれたんだが」
やれやれと肩を竦めて説明すると、男性はポケットから『ポーション』を取り出す。
それを一気に飲んで腕の傷を治すと、シャオの頭に手を置いた。
「シャオ、分かっただろ? 騙されたとしても、悪い事をしたらこうして痛い目に遭う。今回はルシフ達が俺とウィドに話してくれたから良かったが…」
「うん…ごめんなさい」
素直に謝ると、男性は何処か嬉しそうに笑って手を差し伸べた。
「さ、帰るぞ。巻き込まれたとは言え、来てはいけない所に入ったんだ。お前も帰ったら説教が待ってるからな」
「うー、帰りたくないな…」
その時握った師匠の手は…とても大きくて、優しくて、温かかった。
師匠の事を何一つ知らなかった自分には、その手に憧れを抱いた。
怪物からボク達を救ってくれた手。この暗闇の道から光のある町へと連れて行ってくれる…何でも出来るとボクは思ったんだ。本当は、その手に今まで沢山の苦悩を抱えていたのも知らずに。
でも、知らなかったから師匠に弟子入り出来た。いろんな事を教わる事が出来た。そのおかげで、知る事が出来た…――【守る】と言うのが、どれだけ重くて大変な事か。
それでも、思いは変わらなかった。どんなに難しくても、どんなに辛くても大切な“あの子”を守ると決めたから。
…あれ? “あの子”って…誰の事だっけ…?