第一章 永遠剣士編第九話「アガレス・グシフォン」
「っ……熱」
吹き荒ぶ熱風を翼で直撃を防ぐアガレス。だが、既に翼は所々燃やされ、痛々しさを垣間見る。一方のリヒターは炎弾を乱れうちし、炎熱の波濤を繰り出し、一方的な攻撃を繰り出す。
「ちっ! お前がそうして必死に護っている間に下の奴らは逃げ果せたか」
「ええ。お陰で、此処からが本番になりそうです」
「……あ?」
彼の言動に、不快を吐いたリヒター。
アガレスの身に纏う雰囲気が次第に異なった事を悟った。
「では、此方も本気で貴方を押さえ込もう。これ以上、火災を起こされたくありません」
すると、彼は黒藤の刀身をしたサーベルに手を斬りつける。
自身の血を吸ったサーベルは怪しく鳴動を打ち始める。
「てめえ、何をした?!」
「……貴方の力は本物ですからね。こちらもそれなりの数が―――まあ、二人しか呼び出せないですが、充分でしょう」
「呼びだす」
「私は悪魔。魔は魔を呼ぶ。例え、死したものなれど、我が剣『魔天奏』の力をとくと味わえ―――いくよ、ハゲンティ、フェミニア」
優しげな声と共に、魔天奏の鼓動が最高潮に高鳴る。
「させるかあ!!」
リヒターは彼が何か仕出かすであろうと、直感し、巨大な炎熱球を召喚し、振り下ろした。まず当たれば彼は燃え尽きる。リヒターは阻止を実感したと想った瞬間。
「―――斬っ!!」
「はぁッ!!」
二人の女性。凛とした声と芯のしっかりとした穏やかな声と共に、炎熱球が両断、霧散した。
リヒターが刮目する視線の先には、何処からか現れたのは二人の女性がアガレスの傍に立っていた。
一人は微笑みを絶やさずに白のドレスを着た女性。もう一人は、禍々しさを帯びた麗しい銀の剣を手にした和を模した黒衣の女性。
「誰だ……何処から」
「私の魂、そして、『魔天奏』のなかに」
アガレスはそう答えると、二人の女性は彼にそっと身を寄せた。まるで深い愛を見せ付けるような。
「ねえ、アガレス。貴方の敵はあの男かしら?」
「おい、アガレスや。あれがお前の敵かえ?」
「ええ。なかなかに強い方ですから助力をと」
二人はくすくすとやれやれとそれぞれ笑い声をあげて、頷き返した。
「任せて、アガレス」
「そうじゃとも、アガレス」
「くっ、調子に乗るな!!」
リヒターが攻撃に転じた刹那、二人の女性は振り返り、構える。前に出たのは黒服の女性。
「どうせ、幻か何かだ! 消えうせろ!!」
リヒターはあくまでアガレスが呼び出した彼女たちを「幻術」の類としか想わなかった。
だが、一見だけのその判断が時に命取りとなる。
「――なにっ!!」
黒服の女が一閃、自身の背後から切られた感触に襲われた。
「斬られて尚、幻というかえ?」
「ぐ……小賢しい、なら、その根源を消すまで」
リヒターはフェミニアを歯牙にかけず、大元であろうアガレスに刀身に業火を渦巻かせて振り下ろす。
彼の傍、白服の黒髪の女性が余裕の微笑みを浮かべたまま、金色の十字杖を掲げる。
「私たちは『此処に在る』。それが、魂なれど……」
杖より光の壁が炎を押さえ込むと、そのうちから黒藤の衝撃波が炎諸共、リヒターを斬りつける。
「な……っ?!」
「これ以上、炎は起こさせるわけにはいかないもので」
背後、前より剣を構える二人、そして、一切の炎を打ち消した女。
リヒターは後ろへ後退を選ぶ。背後のフェミニアを押し抜ける。
「ちぃっ…! 逃すものか!」
「光よ!」
「フェミニア!」
別の声を聞き取ったアガレスは制止の声をかける。フェミニアはリヒターへ振り下ろした刃を下げ、間合いを取る。
免れた彼は紋章の刻まれた光の球体に包まれていた。
「お、お前は……リュウカ」
その傍らから姿を現した女性に驚きの声を上げたリヒター。その手には一切が水色の剣を握っている。
援軍と悟ったフェミニアはアガレスの元まで素早く戻り、身構えた。
「貴女はそのお方の味方ですか」
「……一応、ね。下手に戦って倒されるのは戦力をそがれる事になる。だから、もしもの時に救助できるように潜んでいた」
仮面をつけた女性――リュウカは質素に返した。どんな顔色でいっているのかは定かじゃない。
だが、彼女が零した潜んでいる事に眉を動かしたアガレス。
「ほかにも居るわけですか……」
「まあ、此処を攻撃すると言ったのはあの人だけど、まさか此処までしろっていうのは規範外よ、リヒター」
「う、五月蝿い! 破壊しろといった、だから―――」
「あの人にそんな言い訳、言わないほうがいいわよ」
その瞬間、リヒターを包んでいた結界が光り、ぱっと消えた。その様子に驚く3人に、リュウカは嘆息を吐き出し、種を明かした。
「今、私たちの隠れ家に飛ばしたのよ。これ以上は耳障りだから。――さて、私も此処で失礼するわ。まだ倒された同胞がいるし」
「戦う気は無いのですか?」
その態度にハゲンティは構えを崩さないまま、問いただした。
「………私と兄に命じられているのは負傷した同胞を連れ戻すだけ。それ以外は無い」
そう言ってリュウカは3人に背を向けて光をまとい、去っていった。
「ふむ、久々の戦と想ったのにな」
「ええ。貴方ともっと一緒に戦いたかったのに」
「仕方ありませんよ、二人共」
残念そうにため息を吐くハゲンティとフェミニアの二人に、アガレスは宥めるように言った。
「この戦いはどうやら今回限りのものじゃあないですしね」
「またよんでください」
「お前の刃はこのフェミニアだからな」
二人の姿が次第に溶ける様に消えていき、小さな炎の魂がアガレスに戻った。彼、その剣の力により魂を同胞・従属として召喚できる力がある。
だが、戦いの後は相当の力は消費がつけの様に跳ね返るので、アガレスは地上へゆっくりと羽ばたかせながら腰を下ろした。
一方、永遠城。
皐月は城へと帰還し、アビスに状況を報告した。
今すぐにでも行動に出ようとしたアビスを皐月は抑えている最中だった。
「皐月! 睦月が危ないのに、何故!」
「……兄さんは、僕たち『永遠剣士』が狙われている事に危惧したんだよ。アバタールって奴は仮面の女と関わりがある。迂闊に僕達が前に出れば、その隙を突いてジェミニのようにつれ攫われる」
「そんなの、ジェミニは『此処』に居たのに……攫われたのよ!? 何処に居たって意味は―――」
「兄さんはそれでも、一人で戦おうとしているんだ……」
「…っ」
アビスは皐月を詰め寄って、説き伏せようとしたが、皐月は頑なに拒んだ。
彼にとって兄たる睦月は絶対の存在。それはアビスがジェミニに対しての存在と似ている。だが、皐月は兄を信じ、睦月は弟を信じ、帰還を命じた。
堅牢な意思を貫く姿勢の彼に、アビスは降参したようにぐっだりと項垂れた。
「……」
「―――ふぅ……流石に、閉鎖次元を出るのは骨が折れる」
『!!』
永遠城の虚空から聞き覚えのある声とともに手が空間を砕いてきた。砕かれた空間が崩れ落ち、うちより姿を現したもの。
「ふぇ、フェイト?! それに……」
「あ……」
フェイトがゆっくりと背負っていた人物を横たわらせて、アビスはすぐに傍に寄り添った。その顔をじっと覗き込む彼女は身体を震わせながら連れ出した彼を仰いだ。
彼が連れてきた人物―――ジェミニ・ソロモン・レーサムは全身傷だらけであるが、息はしていた。一方のフェイトは不思議と傷が浅い。
「フェイト……なんで」
「……皐月、睦月は絶対にジェミニを倒す事はできないと察していたから、僕が戦って倒した。それがジェミニの望みだ」
「速く部屋で治さないと……皐月、手伝って!」
「皐月はちょっと借りるよ。それはテウルギアたちに頼んで」
そう言うとテウルギアたちがあわてて、駆け込んできた。皐月とアビスのやり取りを割って入らないように静聴して隠れていた。
倒れている彼を丁寧に背負い、アビスと共に奥へと向かっていった。
「……フェイト、どうして僕を?」
「少し話をするか。外で」
永遠城正門前。
城から出たフェイト、彼につれられてきた皐月はそろそろ彼の話に訝った。
「そろそろ話してもいいんじゃない?」
彼に呼び止められて、やっと足を止めたフェイトは少し困った顔で言った。
「ああ。……まあ、話すだけ話そうか」
■作者メッセージ
9月までにはバトンを変えるつもりです。此処まで長くさせてしまったことが本当に悔やみきれない。反省しています