Another the last chapter‐12
セヴィルが鳥籠を斬った部分は、まるで幻影のように一瞬だけ掻き消えて元に戻る。
だが、攻撃が当たっていないにも関わらず中にいたスピカは苦しむ様に顔を抑えて蹲った。
「っ…!?」
「姉さん!? 貴様ぁ!!」
「セヴィル!! てめえ、何を――!?」
苦しむスピカを見て、ウィドとクウがセヴィルに向かって武器を構える。
そんな中、アクアはスピカに起きた異変に気付いた。
「何、あの破片みたいなの…!?」
よく見ると、スピカが顔を抑えた部分に白い破片のような物が現れている。
他の人も破片に注目していると、セヴィルが説明した。
「仮面の一部だ、『Sin化』のな」
「『Sin化』?」
聞いた事もない単語に、ゼロボロスが目を細める。
「『Sin化』した者は服従として仮面が付けられると共に洗脳され…ある人物の操り人形と化す」
「なっ…!?」
淡々と説明するセヴィルに、ウィドが顔を青ざめる。
この説明が本当ならば、スピカは操り人形になったと言う事に他ならない。
だが、セヴィルは軽く首を振ると巨大な機械を指した。
「と言っても、今はこの檻を構成している封印の魔法でスピカの能力と共に『Sin化』の効力も抑えている。そして、その効力であるエネルギーは…このハートレス製造装置と繋がっている。言いたい事、分かるか?」
「あなた…まさか…!?」
「なあ、どう言う事だよ!?」
アクアが声を震わせると、意味が分かってないのかソラが叫ぶ。
すると、セヴィルは今度は機械の後方にある壁の扉を指した。
「この装置を止めたかったら、この先に行って動力を止めてくればいい。その代わり、スピカは完全に自我を無くし、お前達の敵となる」
『『『っ!?』』』
この宣告に、全員に緊迫が張り詰める。
もし装置を止めれば、ハートレスはいなくなるがスピカは操られ敵になる。装置を止めなければスピカは自我を保てるが、この世界は闇に包まれる。
どうしようもない状況に立たせられていると、セヴィルは更に話を続けた。
「一つだけ忠告しておく。今は『Sin化』と一緒に能力を封じられているが、スピカは強い。簡単に勝てない事は…クウ、お前なら嫌と言う程分かってるだろう?」
「てめ…んで…!!」
どこまでも冷酷なセヴィルに、とうとうクウは怒りを爆発させた。
「何でそんな事出来るんだよっ!!? そんなに裏切った俺が憎いなら、俺だけ傷付ければいいだろ!!? スピカも、この世界の奴らも関係ないのに何でっ!!?」
胸に手を当て、今にも泣きそうな表情で心の底から叫ぶクウ。
そんなクウに、セヴィルは呆れたように溜息を吐くと顔を逸らして呟いた。
「――やはり、お前は子供だな。“あっち”の方が、まだ共感が持てる」
「さっきから何言ってんだぁ!!?」
拳を握り込み、怒りに任せて殴りかかる。
だが、クウの攻撃をセヴィルはキーブレードで受け止めた。
「一つだけ言っておく。俺は、今のお前を見て本当に失望した」
そう言って凍てつくような目で鋭く睨まれ、すぐ傍にいたクウは思わず身体を強張らせる。
「今お前が感じてる気持ちは…かつて、俺達が味わったものだ。クロの弟子として、お前はその全てを背負っていると思ったが…――とんだ勘違いをしたものだっ!!!」
大声で怒鳴ると共に、軽く打ち付けていた拳を弾き返す。
体制を崩されてよろめくクウを、セヴィルはキーブレードで思いっきり吹き飛ばした。
「ぐあっ!?」
「クウさん!?」
そのまま地面に叩きつけられるクウに、すぐにレイアが駆け付ける。
クウに『ケアル』をかける様子を一瞥すると、セヴィルはソラ達を見て言い放った。
「彼女か、世界か…――お前達がどちらを選ぶのか、見せて貰うぞ。キーブレードの勇者達」
それだけ言うと、セヴィルは足元から『闇の回廊』を使ってその場から消え去る。
未だに閉じ込められているスピカを見ると、すでに仮面の破片は消えていて顔を俯かせている。
そんなスピカに、戸惑いつつもカイリが声をかけた。
「スピカさん…」
「――何をしてるの、行きなさい」
「え?」
突然言われた言葉に、ヴェンが聞き返す。
顔を上げたスピカの表情は、真剣そのものだった。
「聞いたでしょ? ハートレスを止める為には、この動力を止めないといけないって。分かったら早く行きなさい」
「だけど!! そんな事をしたらあなたは!?」
「私の事より、この世界の事を考えて。このままだと、ハートレスによって世界は消えてしまうわ」
「それは…あなたが犠牲になると言う事か?」
心配するカイリに、尚もスピカは先を促す。
この様子にテラが思った事を聞くと、スピカは何かを堪える様に顔を逸らした。
「…装置を止めたらすぐに別の世界に逃げて。私が私じゃ無くなるから」
「やっぱり駄目だ、そんなの!! きっと、何か方法がある筈――!!」
「我が侭言わないでっ!!!」
別の方法を考えようとソラが叫ぶが、スピカが大声で遮る。
思わず全員が黙り込んでいると、スピカはゆっくりと口を開いた。
「…確かに、あなたが言った通り方法があるかもしれない。だけど、考えている間にハートレス達がこの世界を消そうとしてるのよ?」
スピカの言う通り、今は自分達に与えられている時間が無いのだ。
だからこそ、ここで決断しなければならない。世界を見捨てるか、スピカを見捨てるかを。
「いい? あなた達は勇者なの。この世界を…――生きる人々を守り、救うのが使命なのよ? だから、行きなさい……大丈夫よ、私は死ぬ訳じゃないわ。それに、これは私の落ち度が招いた事だから」
「スピカ…お前…」
自分を犠牲にしてまで世界を救おうとするスピカに、レイアによって回復したクウは拳を頑なに握り込める。
他の人達も戸惑いを見せる中、アクアが静かに口を開いた。
「――テラ、ヴェン、ソラ、リク。行きましょう」
「アクアっ!?」
ウィドが悲鳴に似た叫びを上げるが、アクアは耳を貸さずに全員を見回した。
「彼女の言う通り、今こうしている間にもハートレスはこの世界を消そうとしている。私達の使命は、そんな闇から世界を守る事よ」
「その為に、スピカさんを犠牲にするんですか!?」
「…仕方ないわ」
レイアが泣きそうな顔で抗議するが、アクアは顔を逸らしてそう呟く。
このアクアの決断に、ヴェンは思いっきり首を横に振った。
「俺は嫌だっ!! 誰かを犠牲にしてまで、世界を救いたくなんてない!!」
「俺もヴェンと一緒だ!! やっと大切な人に会えたのに、敵になっちゃうんだろ!?」
「ソラ…」
ヴェンに続く様にソラも否定の姿勢を見せると、クウが何処か悲しそうな目をする。
しかし、そんな二人にリクは大声で怒鳴りつけた。
「二人とも、いい加減にしろ!!」
「悪いが、アクアとリクの言う通りだ。今ここで何とかしないと、沢山の人達が闇に飲まれてしまう」
「そうなればハートレスは増え、さらに他の世界に闇の脅威が迫る。そうなる前に、早く何とかするしか道は無い」
更に、テラとゼロボロスも正論を述べてアクアと共に先に行こうとする。
確かに、彼らの言う事は正しい。それでも納得がいかず、ソラは叫んでいた。
「何だよ、さっきから!! 皆はスピカの事何にも思ってないのか!?」
「思ってるに決まってるでしょ!? だけど、レオン達も必死で戦ってる!! やっと故郷に帰って来た人達は、また離れ離れになろうとしてるのよ!?」
ソラの言葉に耐え切れずにオパールが悲しそうに叫ぶと、唇を噛んで俯いた。
「あたしも、そうだったの…――10年前のあの日、両親はハートレスにされてあたしは一人別の世界に飛ばされた……もうあんな思い、誰にもして欲しくないのに…っ!!」
そう呟くと共に、オパールの目から涙が零れる。
故郷を大事にしている彼女でさえもスピカの事を思って葛藤しているのだ。ここにいる全員も、スピカの事をまったく思わない訳がない。
周りの空気が一段と重くなるが、それを振り払うようにアクアは口を開いた。
「……ヴェン、ソラ。あなた達はここに残って。私とテラ、リクで行くわ」
「アクア…」
悲しそうにヴェンが呟くが、アクアは何かを堪える様にキーブレードを握り締めてテラとリクを見た。
「二人とも、行くわよ。それと、戦える人は私達についてきて――」
周りを見回し、先に進む人達を募ろうとするアクア。
直後、アクアの横を衝撃波が通り過ぎた。
「――行かせない」
部屋中に響いた静かな声に、全員が注目する。
何と、ウィドが顔を俯かせながら剣を引き抜いてアクアに構えている。
様子のおかしいウィドに、レイアが茫然となって声をかけた。
「ウィド、さん…?」
「ずっと、会いたいと願っていた……それを、壊すと言うのなら…――誰だろうと斬るっ!!!」
剣を鞘に収めるなり、ウィドは揺るぎない目でアクアを睨みつける。
思わずアクアが身構えると同時に、ウィドが片足で踏み込む。
共に旅をしていたゼロボロスはそれが攻撃の予備動作だと分かり、気づいた時には叫んでいた。
「ウィド、止めるんだっ!!!」
だが、ゼロボロスの制止が耳に入ってないのかウィドはその場から消える。
すぐにアクアを見ると、とっくに後ろに回り込んで剣を引き抜こうとしていた。
「アクアァ!!?」
テラもそれに気付き、手を伸ばして叫ぶ。
しかし、ウィドは無情にも『一閃』を放ち、一気に斬り裂いた。
即座にアクアを横に突き飛ばしながら展開させた、クウの右翼を。
「クウさんっ!!?」
アクアの身代わりに斬られたクウに、レイアが悲鳴を上げる。
だが、クウはすぐに斬られた部分の翼を再生させると、振り返ってウィドを睨みつけた。
「…さっさと行け。こいつは俺が抑える」
「正気か?」
無轟が問いかけると、クウは少しだけ顔を俯かせ無言で拳を鳴らす。対するウィドも、憎々しげにクウを睨むと居合抜きの構えを取る。
何時戦いが始まってもおかしくない状況に、慌ててソラがキーブレードを取り出した。
「そんなの駄目だ!! 俺も――!!」
「いいから行けっ!!! スピカの思いを無駄にすんなぁ!!!」
「でも…!!」
ソラが近づこうとするなり、クウが怒鳴りつける。
これには思わず立ち止まっていると、スピカも負けじと声を張り上げた。
「お願い、早く行って!!! 彼の覚悟を察してっ!!!」
その言葉に、アクアが立ち上がりテラ、リク、ゼロボロスと一緒に先に進む。
すぐにウィドが止めようとするが、その前にクウが黒い羽根を投げて牽制にかかる。
クウが『フェザーノクターン』で足止めする間に、オパールとカイリと無轟も後を追いかける。ソラはキーブレードを握り締めながら悲しそうにスピカに頭を下げた。
「――ごめんっ!!」
そう言って謝ると、ヴェンとレイアと一緒に後を追う。
後に残ったのは、黒い羽根を剣で薙ぎ払うウィドと拳を構えるクウだった。
「邪魔するなぁ!!!」
「うっせーんだよ、シスコンがぁ!!!」
それぞれが怒鳴りつけるなり、拳と剣を同時に打ち付けあう。
こうして始まった二人の決闘を、スピカは居た堪れない気持ちで見ていた。
「クウ…ウィド…!!」
自分の為に暴走する弟、本当の気持ちを押し殺してでも止めようとする恋人。
どちらも大切な二人が戦い合う光景に、スピカは人知れず涙を流した。
「これが…あなたの望んでいた事だったの…!?」