Another the last chapter‐13
「しつこい…!!」
「進む度に大群が押し寄せるって…!!」
扉を潜り通路に出た途端に次々と現れるハートレスを、アクアとオパールが苛立ちを交えて倒していく。
それでも全員が協力してここ一帯の敵を全滅させると、ソラが不意に顔を俯かせた。
「…にしてもさ」
「どうしたんだ、ソラ?」
息を整えていたヴェンが振り向くと、ソラは俯きながら話し出した。
「俺達ってさ、クウとはそんなにいなかったけど…でも、未だに信じられなくて」
「あいつが闇の住人だって事か?」
リクが問うと、ソラがコクリと頷く。
周りが何とも言えない表情を浮かべていると、テラが同意するように頷いた。
「それは俺も一緒だ」
「テラ…」
不安そうにアクアが呟くが、テラは何処か真剣な目を向けた。
「分かってるさ。俺だって、マスターの教えを忘れた訳じゃない…――それでも、クウは今まで出会って来た闇に染まった住人と違って、本当に良い人だと俺は思ってる」
「そうです! クウさんは闇を持ってますけど、悪い人なんかじゃありません! 私を助けてくれましたし、守ったりしてくれたんです!! 信じてくださいっ!!」
「レイア…」
必死に叫びクウの事を庇うレイアに、アクアの意思が更に揺らぐ。
他の人も何も言えずに黙っていると、ゼロボロスが話しかけた。
「――アクア、僕が思うにクウは…いや、“彼ら”は自らの意思で闇の住人になった訳じゃないと思うんだ」
「どう言う事ですか?」
思わずアクアが聞き返すと、ゼロボロスが全員を見回した。
「君達は【神隠し】って知ってる?」
いきなりの質問に、カイリとアクアが目を丸くしつつも頷いた。
「えっと…人が突然行方も分からずに消える事だよね?」
「私も、話ぐらいは聞いた事ありますが…?」
「そう。その話はどう言う訳か見えない壁で隔てている筈の世界全土に存在している。その分、世界によっては諸説もいろいろあるけど…《人が消える》と言う事だけは既成概念として存在しているんだ」
ここでゼロボロスは言葉を切ると、説明を続ける。
「さらに、その消えた人が戻って来た場合の話も諸説はあるけど、ある一点だけはどの世界でも同じなんです」
「その、一点って?」
「普通の人では無くなる、と言った点だよ」
オパールの質問にゼロボロスが答えると、ヴェンが何かに気づいたのか目を見開いた。
「それって!?」
「…僕は、世界を渡り歩いていてたまにそう言った人を見てきました。調べた所、ハートレスから人に戻った者、実はノーバディになっていた者、別の世界に渡った者だったり、中にはあなた達のようにキーブレードに選ばれた者だったりもいました」
そう語りながら、ゼロボロスは今まで生きてきた分の記憶を辿って行く。
だが、先程のスピカ達の話を思い浮かべると軽く溜息を吐いた。
「ですが、さっきの話を聞いてつくづく世界は広いと思いました。中には、彼らのように闇の世界に呑み込まれた人物もいたのですから…」
「【神隠し】、か…まさに、その通りだな」
かつて闇に呑まれた経験のあるリクも、納得して頷く。
あの三人は光の世界を追い出され、闇の住人になった者達。そこを考えると、一般的に知られる【神隠し】の話とかなり類似してる。
「一つ、気になる事がある」
そんな中、今まで黙っていた突無轟が突然話に割り込んだ。
「クウは『組織』とか言う奴らの反対を押し切って闇の世界を抜け出したと言った。だが…」
「どうしてスピカとセヴィルがこの世界にいるのか、ですよね?」
ゼロボロスが無轟の言いたい事を代弁すると、ソラが首を傾げた。
「どう言う事?」
いまいち話が分かっていないソラに、ゼロボロスが詳しく説明した。
「クウはともかく、闇の世界から光の世界に戻るのは『組織』と言う人達にとって禁忌とも言える行為。なのに、あの二人がこの世界に戻っているのは変だと思わない?」
「そっか! あいつ、クウの事言えないくせに一方的に悪く言うなんて…!!」
「でも、本当に何でだろ…?」
ソラがセヴィルに怒りをぶつけていると、カイリが首を傾げる。
セヴィルがクウに冷たく接するのは、この世界に戻って来ていたから。スピカはクウを追いかけて来たと仮定するにしても、セヴィルの理由は思いつかない。
他の人も思考を巡らせる中、レイアは何かに気づいた様に顔を上げた。
「もしかして、“一年前”が…?」
「レイア、どういう事だ?」
「話はここまでのようだ」
テラが問い返すが、無轟が話を終わらせる。
前を見ると、通路の終わりに辿り着いたのか白い扉が見える。
全員が扉を開くと、白い空間の中央に柱上の装置の核らしき部分があった。
「あれね!!」
アクアがキーブレードを構える中、ヴェンとカイリが顔を俯かせる。
「これを壊せば、ハートレスはいなくなる…」
「でも、そうなったらスピカさんが…」
この後の未来を想像してしまい、ヴェンはキーブレードを持つ手に力が入らず、カイリもやるせない思いが募る。
そんな二人に、アクアも揺らぐがあくまでも前を見据えた。
「…仕方ないわ。とにかく、皆でこれを壊すわよ!!」
「ああ…その後でどうにか逃げるしかないな」
「ウィドも納得してくれるといいけど…」
リクもキーブレードを構える隣で、ソラはキーブレードを握りつつも納得しない表情を浮かべる。
それぞれ別の感情を抱く彼らに混じり、ゼロボロスはスピカの話を思い返していた。
「異端者となって、世界を見守る存在か…」
小さく呟くと、自分の手を見つめる。
今でこそ人とは違う力を持っているが、元は唯の人間だった自分。だが、ある敵との戦いをキッカケに人では無くなると共に、世界を見守り光と闇のバランスを保つと言う宿命を背負った。そうでもしないと、心に出来た途方もない虚無感に押し潰されそうになった。
こうして自分の生い立ちを重ねていると、レイアが声をかけた。
「ゼロさん?」
「…何でもない。それより、行くよ!!」
今から8年前の事だ。世界が闇に呑まれた際、運よく別の世界に流れ着いた。
その世界では余所者である自分を、たまたま教会の神父が拾ってくれた。それから勉学や剣術など教えて貰い、3年前に成人になった時には教師として子供に教える立場になった。
そして、1年前。何が起こったかは分からないが、突然雪に包まれた故郷に戻れた。家族と生き別れになっていた事もあり、喜んで家に戻った。
なのに、戻って来た世界は闇に呑まれた影響か8年前と全く変わっていなかった。止まった故郷の時間と、自分が過ごした数年と言う時間のズレ。その所為で、両親には大人となった自分が分からず門前払いをされてしまった。
行く当てもない自分があの雪に閉ざされた世界で生き抜いてきたのは、偏にもう一人の家族である行方不明となった姉さんとの思い出が支えだった。
そして、今。ようやく姉さんに会えた。両親と違い自分の事をちゃんと分かるし、手を伸ばせば届く距離にいる。
なのに、どうして…!!
「どうして!! 恋人なら助けるのが当たり前だろぉ!?」
「てめえこそ大人のクセに、子供みたいに駄々捏ねてんじゃねえよっ!!」
お互いに拳と剣で攻撃を弾き合うなり、突然バッと間合いを取る。
そして、クウは拳を構えつつ闇の力を溜め、ウィドは風の力を溜めて突きの構えを取る。
「『へルズナックル』!!」
「『疾突』!!」
一気に近づいて拳と剣先をぶつけると共に、闇と風の力がその場で弾けあい二人は互いに吹き飛ばされた。
助けたいのは、一緒だ。
幼い頃に突如闇に呑まれ、そのまま闇の世界へと引きずり込まれた。
通常なら存在自体が闇に溶けるかハートレスになるかなのに、運よく闇による適性と力を手に入れた。だが、まだ子供だった自分がそんな力を手に入れてもまともに扱える訳がない。
『組織』に拾われてすぐに闇の力を暴走させ、他の人はもちろん自身も恐怖を感じた。そんな自分を助けてくれたのが、他でもないスピカだった。
まるで光の様な笑顔を見せ、俺の中の闇を払ってくれた。その時から、彼女を守りたいと思った。師匠の提案でセヴィルからキーブレードの継承を受け、何年も一緒に居る内にお互いに大切な存在になった。しかし、時が経つにつれて“闇の世界を出たい”と言う思いも生まれ…やがて抑え切れなくなった。
そして、11年前。『組織』から抜け出そうとした自分を見つけ、スピカが泣きながら引き留めた。
「行かないで」。何よりも大切な存在からそんな言葉を送られたのに、思いは止められなかった。彼女と過ごす日々よりも、最終的に“自由”を選んだんだ。
今までの仲間や顔見知りが敵となり、それでも力の限り退けて闇の世界から抜け出した。それから数年もの間当てのない旅をしたが、良かった事も悪かった事もいろいろあった。
それでも、スピカを忘れた事は一度たりとも無かった。もう二度と、恋人の関係に戻れなかったとしても…会いたいと思ってた。
でも…俺は、どうしてこんな事をしている?
「『雪華乱舞』!!」
ウィドが何も持っていない左手で鞘を握って近づくなり、その場で剣と鞘を舞うように振り回す。
だが、クウは一歩身を引いて攻撃を交わすと、足を振り上げた。
「おせぇよ!! 『ブレイズ・ローカス』!!」
そうして放った炎の衝撃波をぶつけようとするが、ウィドが即座に剣を逆手に持ち替える。
まるでクウに背を向けるように、剣を思いっきり振るった。
「『一閃・吹雪』!!」
「ぐぅ!?」
剣を振って作られた剣圧が、炎をも斬り裂いてクウに襲い掛かる。
間違ってるのは分かってる。スピカの弟であると確信を持った以上、ウィドとは戦いたくない。
スピカが望んだから? 世界が滅ぶから? キーブレード使いの使命だから?
それとも…俺自身が変わったから?
「『空衝撃・牙煉』!!」
「しまっ…ぬぐあぁ!?」
「クウゥ!!?」
考え事をしていた所為で僅かに反応が遅れ、ウィドの放った巨大な衝撃波に呑み込まれてしまう。
同時にスピカの叫びが響き、クウは傷だらけになりながらも顔を向ける。
今にも泣きそうな顔をして檻を握っている。けど、赤い瞳はしっかりと自分を見つめていた。
「分かったよ…スピカ」
小さく呟くと共に、抑えていた闇の力を湧き上がらせる。
誰よりもスピカを思っているウィドよりも、裏切った自分の方を応援してくれているのだ。ならば、もう戸惑うのは止めてやる。
クウの行動に気づき、ウィドが走り込んでくるが即座に手を振り翳した。
「『ダークブラスト』!!」
「こんなの――っ!?」
ウィドの前方に黒い球体を作り出すが、すぐさまウィドは後ろに跳んで距離を取る。
そうして球体が爆発すると共にウィドが前を見ると、クウが翼を羽ばたかせて躍り出ている。
今の魔法はフェイントだと気づいた時には、拳に闇を纏わせていた。
「『ガントレットハーデス』!!」
跳躍しながら思いっきり力を籠め、拳をウィドに向かって振り下ろす。
「がはぁ…!?」
「これで、落ちろぉぉぉ!!!」
あまりの威力にウィドが仰け反ると、クウは更に闇を纏った蹴りを放つ。
その威力に、ウィドは思いっきり後方へと吹き飛ばした。
「ぐああぁ!!?」
悲鳴を上げながら、ウィドは地面に叩きつけるように倒れこむ。
「はぁ…はぁ…!!」
荒い息をしながら、クウは背の翼を消す。
ピクリとも動かないウィドに、ニヤリと笑った。
「俺の、勝ちだな…さすがに、もう動けないだろ…」
とは言え、自分も傷だらけなので『ポーション』を取り出す。
そうして傷を治そうとした時、後ろに会った機械が大きな音を立てると急速に静まり返った。
「あいつら…やったのか」
機械が止まり、ハートレスも生み出されていないのを見て安堵の息を吐く。
そのまま視線を下に向けると、スピカを閉じ込めていた白い鳥籠が消えると共に顔を押さえ出した。
「う、あぁ…あああああああっ!!?」
「スピカ!?」
見ると、スピカの顔を覆うように徐々に白黒の仮面が構築されていく。
苦しそうに悲鳴を上げて仮面に浸食される様子に、クウは思わず駆けよった。
―――直後、クウの背中を細い剣が貫通した。
「―――ッ!!?」
突然襲い掛かった痛みに、クウは目を見開き声無き叫びを発する。
腹部を中心にクウに痛みが襲う中、ゆっくりと荒い息で背後を振り返った。
「ウィ、ド…!?」