Another the last chapter‐21
「別…次元の…?」
「俺の、ノーバディ…!!?」
エンが放った言葉に、ウィドはもちろんクウですらも開いた口が塞がらない。
全員も思考が追いつかず呆けてる様子に、エンはさほど気にせずに頭を振った。
「やれやれ。こうなるから、極力顔を隠していたかったんですがね」
「なんで…どう、して…?」
そんな中、ようやくレイアが口を開き疑問をぶつける。
すると、エンは軽く息を吐いて全員を見渡してから説明を始めた。
「世界は外の世界を含め、自分達のいる所が全てではない。さまざまな選択により、分かれてしまう事からさらに多く存在する。そうして生まれたのが【平行世界】。と言っても、まったく異なる世界も中には存在しますが」
「【平行世界】…聞いた事があります。僕らの世界とは別の次元に存在する鏡の様な世界。またの名を【異世界】とも言いますよね?」
知識があったのかゼロボロスが補足を入れると、ヴェンが質問する。
「異世界…他の世界とは違うのか?」
「ええ、根本的に違います。僕達の住む全ての世界を一冊の《本》と例えましょう。例えば世界観や人物をそのままの設定で書くとしても、思想の違う人が書けば物語は人によって違う物語が生まれるし、まるで違う話にも変えられる。異世界というのは、まさにそう言った世界なんです」
「分かるような、分かんないような…?」
ゼロボロスの説明に意味があまり伝わっていないのか、ソラは混乱してしまう。
しかし、今は時間を掛けて詳しく説明している場合でもない。申し訳ないと思いつつも、ゼロボロスは話を進めた。
「話を戻しましょうか。あなたは、この世界とは理や歴史の違う世界から次元を越えてやってきた。それでいいですよね?」
「ええ。それはこの顔…そして、そこで呆けている奴を調べればいい」
そう頷くと、クウに向かって指を差すエン。
「つまり、あなたは…異世界のクウさんって事なんですか…?」
「そうなります。出来れば、認めたくないが…!!」
レイアに頷いて答えると、急に声を低くして唸るように呟く。
「結局…同じって事ですか」
突然聞こえた冷たい声に、一斉に振り返る。
そこでは、ウィドが再び剣を握りながらエンを睨んでいた。
「あなたが《クウ》だから…姉さんを傷付ける事に対して、何も感じてない訳ですか!! 姉さんより、あの子が大事って事かぁ!!!」
そう叫ぶと、一歩踏み出してその場から消える。
そうして後ろに回り込んで斬りかかろうとするが、読んでいたのかすぐさま振り向くと共に一気に剣の峰の方で動を薙ぎ払った。
「ぐぅ!?」
腹の部分に激痛が走ると共に、思いっきり吹き飛ばされる。
そのまま地面を滑るように倒れ込んでいると、エンは薙ぎ払った体制のまま静かに言った。
「勘違いして貰っては困ります。この世界のスピカと、私の世界のスピカは全くの別人だと理解してますから…――それにこのぐらいの攻撃、結婚の挨拶で決闘しあった時よりもまだ軽い方です」
「け、結婚!!」
「挨拶で決闘って!!」
「何か、目が輝いてないか…?」
即座にカイリとオパールが喰い付くのを見て、リクがボソリと呟く。
まさに女としての趣味全開で話を聞く体制に入る二人に、エンも何かしらの記憶が過ったのか何処か遠い目を浮かべた。
「スピカにプロポーズして、次の日にウィドに話した途端に襲い掛かって…三日三晩戦って説得したものだ」
「当たり前だぁ!! 姉さんと結婚するなど、神や世界が許しても私が許さんっ!!!」
「凄い執念だな…」
「ここまで来ると、私でもどうにも出来ないわ…」
もはやキーブレードを使った光の力でも彼の負を消せないのではと思う程のウィドの剣幕を見て、テラとアクアは口を引き攣らせてしまう。
少しずつ話がずれていく中、再びレイアが口を開いた。
「あの…前に、言ってましたよね。『あいつの所為』とか、『別れ』とかって…――それと、私達を襲った事、関係があるんですか…?」
これにより辺りに沈黙が過っていると、更にレイアは核心に迫るように言葉を紡ぐ。
「それに…ゼロさんも言ってました。異世界は、私達の世界の鏡の様なモノ…今の私達のように、あなたもソラさん達と会ってたんですか? だから…あの島を知っていたんですか?」
「――本当に、スピカと同じように勘が鋭い子だ」
エンはそう言うと、武器を下ろす様に体制を戻してレイアを見た。
「別の世界の私は、世界に数少ないキーブレード使いだった。と言ってもマスターを目指す訳でもなく、世界に闇が現れたら討伐すると言う単純な日々を過ごしていた。そんな時に、キーブレード使いであるあなた達六人と出会った」
そう言うと、エンはキーブレードを使うソラ達だけでなくカイリも指す。
これには本人達だけでなく他の人も驚くが、一つ矛盾点があるのにカイリは気づいた。
「え!? でも、ヴェン達って過去の人でしょ? 私達と一緒にいるのはおかしくない?」
「いえ。さっきも言った通り、異世界と言えども僕達の世界がそのままになってる訳じゃない。彼の世界では、あなた達六人は同じ時代に存在していたと言う事でしょう」
「異世界って、凄いんだな…」
相手の話が異世界である事を重点にゼロボロスが説明すると、ヴェンも驚きを見せる。
エンは代わりに説明してくれたゼロボロスに頷き、話を続けた。
「たまたま出会った私に、ある二人が声をかけて。それから交流が始まったんです。何かある度に押し掛けたり、無理やり連れて行かれたり…そんな日々の中で、同じ世界に居たスピカとも結ばれて…――ですが、一人の老人が全てを壊した」
「誰…ですか?」
恐る恐るアクアが聞くと、エンはハッキリと告げた。
「マスター・ゼアノート。奴が私達の平穏を壊した」
「「「「「「ゼアノート!!?」」」」」」
予想しなかった人物の名前に、ソラ達三人とオパールはもちろん、ヴェンとアクアも叫ぶ。
そんな中、テラは一人信じられないとばかりにエンに抗議した。
「ゼアノート!? バカな!? あの人はそんな事をする人ではない!!」
「テラ…」
テラの身の内を聞いていたクウは、何とも言えず悲しそうな表情を送る。
そして、エンもまたクウと同じ表情でテラを見ていた。
「この世界でも騙されていましたか…」
「騙される!?」
聞き捨てならない言葉にヴェンが叫んでいると、エンは静かに顔を俯かせた。
「この世界ではどうか分かりませんが、私の世界のゼアノートはキーブレードマスターであり世界を巡る探究者だった。そんな彼がある日兄弟子である私の師やマスターエラクゥスの元に訪れました。ただの里帰りと言って――…あの時胡散臭いと感じていたのに、好意を持って接触しただけで考えるだけに留まってしまったばかりに…!!」
歯を食い縛り、悔しさを露わにして地面を睨みつけるエン。
エンの見せる感情に覚えがあったのか、リクは脳裏に浮かんだ事を呟いていた。
「まさか…お前も、ゼアノートに騙されて…!?」
「そうです…私の他に、あなた達二人も《優しそうな老人》として接触してきましたけどね」
「「俺に!?」」
「でも、どうしてリクに!?」
リクとテラが驚いていると、意味が分からないのかオパールが問い質す。
「目的は単純。新たな『器』を育て上げ、その人物に乗っ取る事だったんです」
「うつわ…!?」
「早い話、彼の肉体は老いていたから若返りたかったんですよ。ですが、彼は闇に身を染めている。だから、強い闇を宿している私達三人が候補となった訳です」
アクアが絶句していると、エンが更に説明を付け足す。
「最終的に…どう、なったんですか…?」
何となく結末が浮かぶが、レイアが震えながらも敢えて聞く。
それをエンも感じたのか、何処か自傷気味に笑って答えた。
「選ばれましたよ…――私がね」
『『『っ!?』』』
薄々は気づいていたが、エンの口から改めて聞かされ全員は息を呑む。
ウィドや無轟さえも何も言えずにいると、エンは話を続ける。
「ただし、奴の目的はそれだけではなかった……奴はキーブレードにとって伝説の地、『キーブレード墓場』に赴き、私達を使ってかつてその地で起こった《キーブレード戦争》を再現し『χブレード』を生み出そうとした」
「キー、ブレード…?」
「違う。正確には…『χ(キー)』。《カイ》とも呼び、光と闇の交差や終末を意味する。純粋な光の心と闇の心。二つの衝突と融合により『χブレード』は誕生し、対となる《全てのキングダムハーツ》が現れる。奴は『キーブレード墓場』で過去の歴史を再現しようとしたんです」
ヴェンが呟くと、エンは指でなぞって空中に『χ』と言う文字を描いて説明する。
この説明に、テラが訝しる様に表情を歪める。
「純粋な…光と闇の心?」
「だけど、そんなのどうやって!? 人の心には必ず光も闇も存在する―――っ!?」
アクアが否定するように声を上げるが、途中である事に気づいて口を閉ざす。
いるのだ。闇なき心を持つ人物が目の前に。
「もしかして、カイリが…!?」
「だが、純粋な闇の心は一体…!?」
彼女と幼馴染であるソラとリクも、導いた答えに震えが走る。
しかし、二人の言葉にエンは顔を俯かせた。
「…そんな生易しいものなら、どんなにいい事か…」
「え?」
思わずクウが反応すると、エンは顔を俯かせたまま質問を繰り出した。
「光も闇も持たない心の持ち主…それは何だと思います?」
「光も闇も持たない心…?」
「そんな奴が存在するのか!?」
ウィドが聞き返すと、テラが信じられないとばかりに目を見開く。
だが、エンは軽く首を振って言った。
「いる。いや…誰でも最初はそうだった」
「最初は?」
思わぬヒントが出て、ヴェンは首を傾げる。
すると、これで分かったのかカイリが不安そうに呟いた。
「もしかして…生まれたての子供?」
カイリの出した答えに、全員は何となく納得してしまう。
確かに、まだ自我が発達してない赤ん坊は無拓な心を持っている。光とも取れる気はするが、どちらかと言うとまだ何も持っていないのがしっくりくる。
「レイア?」
と、ここでレイアが急に青い顔になって目を見開く。
思わずオパールが声をかけると、レイアは震える唇で言葉を紡いだ。
「エンさん…言ってたんです…――妻に…エンさんの世界のスピカさんに、子供が出来てたって…!!」
前にエンから聞いた話を伝えると、全員も息を呑む。
そして、この話が意味する最悪の結末が頭に過り、クウが恐る恐るエンを見る。
「まさか…!?」
「…そうですよ。奴は子供を身篭っていたスピカを人質にして、あの地に向かっていた…それだけじゃない!!! 彼女の光の部分の心を抜き取り、まだお腹の中にいた私の息子に闇を打ち込んで『χブレード』に仕立て上げたんだっ!!!」
憎しみの篭った叫びを上げて全てを語るエンに、誰もが言葉を失ってしまう。
「おかげで生まれる寸前の息子は剣となり、スピカは心を無くして死の淵に立つまでに衰弱してしまった!!! その怒りと憎しみに身を任せ、不意を突かれ…――あの男の心を宿されてしまった。あんな妄念に憑りつかれた男のな…!!!」
今でもその出来事が憎いのか、エンは歯軋りしながら目を鋭くして自分の手を睨みつける。
同じ顔だからか、同じ存在なのを感じてか、クウはどうにも他人事に思えずにエンを見ていた。
「その後…どうなったんだよ、あんた…?」
どうにか言葉を絞り出すと、エンは少しだけ落ち着きを取り戻す。
そうして怒りを鎮め、再び口を開いた。