第一章 永遠剣士編第十一話「途絶/酷い奴」
ほんの数分前。
エレボスの塔にて。
「はぁ……はぁ……っ!!」
「おのれ……!」
睦月、アバタールは両者ともども激しい剣戟とのぶつかり合い、鬩ぎ合いで困憊の兆しがあった。
「しぶてえなあ、本当に…」
「八咫鏡!!」
睦月の放つ力の塊を砲撃にして放つ技『オメガドレイン』を巨大な鏡がそれを阻んだ。
「ちっ」
「そろそろ、締めだ」
無数の勾玉が睦月の周囲を飛び交う。
「!」
「お前が疲弊するのを待った甲斐がある」
抵抗する睦月に、アバタールは勝利を確信した笑みを浮かべた。
「くそ……!」
彼のいう事は癪だが事実だった。
両者疲労困憊と想ったが、奴はまだ余裕の笑みを浮かべている。睦月は悔しさを噛み締めたが、安堵しているところもあった。
(皐月は来ていないな)
ならいい。
最悪、『助けに来た』なんて正直、生温い手段は今回に限っては最悪の手段に過ぎない。
(ジェミニはどうなったかは気になるな)
「さて、戻るか」
アバタールと睦月の足元に闇色が広がり、沈んでいく。沈みゆく中、睦月は永遠城を見据えていた。
(すまねえな、みんな)
タルタロス、中央広場。襲撃者が退き、戦いが終わって、各々が集った。その中にはアビスも居た。
「……睦月とカナリアはどうしたんだ」
フェイトは普段と低い声音でチェルを睨んだ。彼にはカナリアの力の残滓がこびり付いていた。
「カナリアは、敵に斬られた……今、治療している。死んではいない」
「そう……場所はペスキスで捉えるとして―――睦月は?」
「敵が言っていた。『捕縛した』と」
「皐月は睦月に促されて永遠城で僕と居た、その間か」
各々、どうしようもないほどに消沈な顔色だった。すまない、申し訳ないと無念に満ちている。
フェイトはそんな表情を一瞥して、ため息一つで切り捨てた。
「僕たちの仲間の一人が操られて、襲撃者として加わっていた。
彼が言うには襲撃者の目的は『永遠剣士の捕縛』と『タルタロスの破壊』―――いや、『戦力の分断』だったわけ」
永遠剣士を効率よく捕らえる為に、この町を破壊の名目での攻撃で、各地に洗脳した心剣士、反剣士を配備する。
永遠剣士を捕らえる担当はアバタール。彼の勾玉『八尺瓊勾玉』には様々な能力を宿しており、捕縛の力も相当なものらしい。
「アバタールは彼が言うには『性格の難はあるが、実力は本物。長期戦で挑まれれば永遠剣士は疲弊し、捕縛される』と言うことだ。
だから、彼は一人で挑んだ。睦月は見抜いていたかは知らないけど、最悪の事態を恐れて、皐月だけでも逃したんだ。現に睦月だけしかつれ攫われていない」
「……」
「洗脳された心剣士・反剣士の奴らは仮に僕たちに敗れて、「洗脳が解かれた」場合は捨て置き、「使える」のであれば潜伏していた仲間が救出するという作戦で動いていた」
リヒターを救出したリュウカ、ディアウスも既に救出された跡だった。
「―――この戦いは正直言えば僕たちの文字通りの『大敗』だ。僕達は大切な仲間を護れず、君たちは大切な町と人々を護れなかった。
まあ、戦いなんて犠牲がつきものだ。……そっちで、死者はいるのかい」
フェイトの容赦ない事実の評価に否定できない皐月たち、チェルたち。
彼はアガレスに死傷者の数を問うた。問うたのは彼の使い魔たる蝙蝠が報告へときていたからだった。
「……奇跡的に、0です」
「そうか。良かった―――じゃあ、僕は『可愛い従属官』の見舞いに行くよ。何処で落ち合う?」
「そうだな……あそこが見えるか」
チェルが指差した場所はニュクスの塔だ。
「あそこで1時間後に落ち合おう。みんな、『悔いる』事は在るみたいだからな」
フェイトはその言葉に笑みで返した。
「僕は悔いてませんよ? むしろ、腹立たしいほどに『むかつく』だけです」
その言葉を言い切って、響転でカナリアの元へと向かって行った。その言葉に皆は沈黙でしか返せなかった。
誰も口を開かないまま、各々の行きたい場所へと歩き去る。皐月はその場に蹲った。
「兄さんっ……!!」
「……」
蹲る彼の傍、アビスも哀しい表情で黙した。滴る涙を必死に堪えて。
タルタロス病院一室。
フェイトはカナリアが休んでいる病室へと入り、彼女の傍に座る。カナリアは彼に視線を向けた。
だが、カーテンが僅かにしか開いていないからか、彼の顔が、久しく不気味に感じた。
「……戦闘は」
「終わった。結果は惨敗。睦月は奪われたし、君は重傷だし、町も結構被害を受けたし―――救いなのは『誰一人死んでいない』ことかな」
「……ごめん」
「誰も責められないさ。『お互い様』って事で」
「なんで、そんな楽観しているんだよ……! 仲間が」
「仲間が奪われた。なら、どうする」
ぐっと顔を近づけてきたフェイトは深淵に響くような低い声で問いただした。その無情の眼に、カナリアは身体を震わせて、答えを必死に呟こうとした。
だが、出来なかった。なぜなら、『思いつかない』からだ。震える彼女を見据えたフェイトはそっと顔を離した。
「別に悲しめば良い。自分の不甲斐無さを呪えば良い。つれ攫った奴へ怒りを抱けば良い。―――で、それで睦月は帰ってくるのかな? ねえ、帰ってくるのかな?」
「!」
「カナリア。僕はとっても『酷い奴』なんだろうって自覚している。別に気にしていないよ。元々僕達は罪深い存在。聖者のようになるつもりは無いんだ」
「でも、……でも」
「ほら、泣かない」
震える彼女は次第に涙を零し始めた。そんな小鳥を竜は優しく涙をぬぐってやる。
「仲間が奪われたのなら奪い返しに行けばいい。居場所を突き止め、救い出せばいい。それだけさ。睦月は実にその答えに忠実に動いていた」
「あ……」
確かにそうだった。睦月はアビスのように悲しみに狂わずに居場所を突き止めようと動いていた。
そして、フェイトが此処の場所を知っていたから、やって来た。当てもない、けど、何かあるのではと言う不確定な情報を求めて。
「さて、こんな所で寝ている暇はないし、僕の力を注げば再生は追いつくね」
「でも……アンタも結構力を―――ちょっ!」
「でもは言わない」
切り裂かれた胸元に手を押し付けて、フェイトは自身の力を彼女に流し込み始めた。
「それに、君と僕は何年来の共生共同の生活をしてきたと想う?
虚の時から君は僕の傍に寄り添っていてくれた……これからも寄り添っていてくれないと、僕が困る」
「……だったら、もうちょっと手を離して…………馬鹿」
羞恥に赤く顔を染めたカナリアの注意にフェイトは笑顔を浮かべて、断ると虚弾で殴り飛ばされた。