Fragment2「介入」
神の聖域・レプセキア。
中央の大きな島には大きな神殿があり、そこに住む原初の神は今は眠りへとつかされている。
そして、神殿の中には機械兵士の他に仮面を付けた人達が無機質に歩いている。
そんな廊下を、白い布で顔を隠した青年が歩いていた。平然と歩く彼を見て、一部の仮面を付けた人達から若干鋭い視線を送りつけられる。
洗脳され、逆らえないのはあくまで仮面の女だけ。彼女以外に関しては軽度の洗脳を受けている者は反感をこうして表に出す事が出来る。尤も、彼女の味方と認識している為襲う事は出来ないが。
「どう? 計画は順調かしら?」
割り当てられた自分の部屋の前で声をかけられ、青年は振り返る。
そこには、この世界を占領した人物でもある仮面の女が腕を組んで立っていた。
「ええ。まあ、それなりに。あなたの方こそ、また計画を近づけたそうですね?」
「ふふっ。さすが、情報を仕入れるのが早いわね」
永遠剣士の事を話すなり、女性は嬉しそうに微笑する。
この様子に、青年は肩を竦めて腕を組んだ。
「それにしても、また人数が増えて…どうも仮面をしていないアバタールと私達が異質に思えてきますね」
「しょうがないわ。仮面は『Sin化』の証でもあるのだし……何だったら、あなた達も仮面を付けてみる?」
「リリス達はともかく…私には通用しませんよ? この翼がある限り、ね」
そう言って右肩に触れると、背中に純白の双翼が現れる。
同時に白い羽が辺りに舞い散るが、少しもしない内に光となって消えていく。
まるで天使のような姿に、女性は呆れながら溜め息を吐く。
「よく言うわね。その気になれば、翼の効果を無くす事も出来るくせに」
「でも、『Sin化』と言うのは本当に便利ですね。敵を殺さすに味方にする事が出来るんですから」
「まあ、洗脳が解ける場合もあるのだけれど…便利と言えば便利な能力ね。あなたの嫌いな犠牲を生まずに済むんですから」
その言葉に、微かだが青年の指が動く。
それに気付いたのか、はたまた気付いていないのか、女性は青年に首を傾げる。
「でも、あなたのやろうとしている事を考えたら矛盾してるわよね。犠牲を生みたくないって割には、あなたの計画はあまりにも残酷ですもの」
「…否定は、しません。私はずっとその考えで生きてきました。それなのに、追い詰められた途端にこんな計画立てて…――本当に、腹立たしいくらいだ…っ!!!」
ギリィと歯を食い縛り、底知れぬ黒い怒り―――憎悪を全身から噴き出させる。
青年から溢れ出す憎悪に洗脳された人達はもちろん機械兵士でさえも恐れをなしてその場から逃げ出す、にも関わらず対峙している女性は平然として見ている。
やがてこの付近の人達がいなくなるのを見て、女性は口を開いた。
「私の計画に必要なのは、三つの心を司る剣。そして、あなたの計画に必要なのは、二つの対極の剣と一つの鍵」
その言葉に、青年は我に返ったのか憎悪を消して女性を見た。
「私は二つを手に入れたし…今から、あなたも二つ目を手に入れてみる? 『鍵』を連れて来るぐらい、あなたの力量なら出来るでしょう? で、あとはコレを使うから」
そう言いながら、女性は手を広げてキーブレード―――『パラドックス』を具現化させる。
しかし、青年は首を横に振って否定した。
「まだいいですよ。あなただって、いろいろ計画を立てている身。私もやる事があるんですから」
「あら? 例えば?」
「あなたが作っている『KR』。あれで改善点を一つ思いつきまして……今、その資料を作っている所なんです」
「改善点…?」
青年から発せられた単語に、女性は思わず低い声で聞き返す。
そんな女性に、青年はフッと笑いかけて腕を組んだ。
「その内、教えますよ。まだ理論だけで、ちゃんとした結果には至っていませんから」
「…いいわ、そう言う事にして置きましょう。その資料とやらも気になるし、頑張って作って頂戴ね」
「では、私はこれで」
女性にそう言うと、青年は部屋に入ろうとドアノブに手をかけて捻った。
「――“ソラ”」
「……っ!!?」
直後、青年の周りの空気が凍りついた。
青年を見ると、ドアノブを捻った状態で目を見開いて固まっている。
これを見た女性は、何処か呆れの混ざった視線を送った。
「やっぱり、気にしてるのね」
そう言うと、女性は自分のキーブレードを見ながら話を続ける。
「彼は『鍵』。何時かは、計画の為に利用しなければいけない存在なのに…――まだ、しがらみから抜け出せないのねぇ…」
しみじみと語りかけていると、彼女に向かって風が吹く。
目の前には、いつの間にか布を外し素顔を見せた青年の顔が広がっている。
そして、首にはヒヤリとした冷たい感触。
「だから、どうしたと言うのです? もう用がないなら立ち去ってくれませんか? そうでなければ――」
「首が飛ぶかもしれない、って所かしら? ……いいわ、お喋りはこの辺で止めておきましょう。だから、あなたも武器を収めて頂戴」
その言葉に、青年は構えた状態で手に持っていたダブルセイバーを闇へと返す。
それから顔を白布で隠している間に、女性はその場から立ち去って行った。
「――はぁ、はぁ…!!」
二人が話していた先にある曲がり角で、神月は荒い息で呼吸しながら壁に凭れかかって座り込んでいた。
あの二人の会話を聞いたのは偶然だった。壁に背をつけて少しでも情報を得ようとずっと聞き耳を立てていた。
だが、途中から放たれたあの男から放たれた憎悪に必死で耐えられたと思ったら、仮面の女が襲われそうになったのだ。“洗脳”によって助けたい衝動を堪えなければ、確実に見つかっていた。
おかげで、男の素顔は見れずじまい。しかも、あの憎悪の中でも平然とする仮面の女。余計に敵となる二人に底知れぬ力があると実感させられてしまう。
神月は頭を抑え、どうにか気を静めて壁を支えにして立ち上がった。
「立ち聞きとは感心しませんね?」
「っ!?」
背後からかけられた声に、神月は距離を取って振り返る。
そこには、仮面の女と話していた男が立っている。
思わず身体を強張らせていると、男は肩を竦めて笑いかけた。
「そう警戒しないでください、取って食べるような趣味はありませんから」
「俺を、どうする気だ…!?」
「別にどうもしません。聞かれて困るような話はしていませんし」
それだけ言うと、男は元来た道を戻っていく。
本当に何の処罰もしない男に、神月は拳を握って口を開いた。
「そうか……だったら、一つ教えてくれ」
その言葉に、男は足を止めて振り返る。
了承の行動を取った男に、神月は一番の疑問を投げつけた。
「ソラが『鍵』って、どう言う事だ?」
昔、彼の父親から聞いた世界を共に救った勇者の一人であり、イオンの父親。
そんな彼を『鍵』と称するのは、一体何なのか。
この神月の問いに、男はただ笑って答えた。
「そのままの意味ですよ。では、これで」
「お前…“ソラ”って奴と、どう言う関係だ?」
去っていく男に、神月はさらなる質問をぶつける。
すると、再び男が振り返った。
「質問は、一つだけ…でしょう?」
「つぅ…!?」
直後、男から只ならぬ気配が発せられて神月は息が止まる。
身体中の神経と言う神経が停止し、僅かな身動ぎでさえする事が出来ない。
その間に、男は立ち去っていく。ようやく彼が視界から消えると、神月の身体を縛っていた感覚が消えてその場に盛大に座り込んだ。
「――くそぉ…!!」
神月は歯を食い縛り、悔しそうに床に拳を思いっきり叩きつけた。
その頃―――青年は何故か自分の部屋に入る事をせず、扉の前で立ち止まった。
「…都合がいい、のかもしれませんね」
それだけ呟くと、金色の目を横に向けた。
「クォーツ、いるのでしょう?」
この呼びかけに、彼の後ろから一つの闇が具現化する。
その中から、黒いショートヘアの髪と赤い目に小さい丸眼鏡を掛けている男が現れた。
【闇の回廊】を使って現れた男―――クォーツは、自身を呼んだ青年に問い掛けた。
「何ですか?」
「あの白髪の少年に、あなたのノーバディを使って監視させてください。ああ、今じゃなくていいですよ」
「…『Sin化』が解けた時、ですか」
彼の思惑に気付いたクォーツに、青年は一つ頷いた。
「彼の力量は凄い、ですが万が一と言うのもありますからね。勝負と言うのは、力や能力だけで決着が決まる訳ではないのですから…――そう、“あいつら”のように…」
「あいつら?」
何処か遠い目をしながら呟いた青年に、クォーツが聞き返す。
すると、青年は一息吐いて軽く首を振った。
「気にしないで下さい。では、頼みますよ」
「――と、これで異世界に関する注意事項は以上です」
誰もいなくなった薄暗い公園の中心で、ジャスは一通りの説明を終える。
そんな彼の目の前では、少年が眠たそうに目を擦っていた。
「意外と長かった……ふあぁ…」
「寝惚けてるのなら叩き起こすぞ?」
「あーっ!!? 起きてます、起きてまーすっ!!!」
呑気に欠伸する少年に、ジャスは青筋を浮かべながら拳を鳴らす。
これには少年もすぐさま意識を覚醒させると、ジャスが言った事を思い出しながら話し出した。
「とにかく、あっちではココとは別の昔のオジサン達がいるんだよね? ボクはオジサン達に会わないようにすればいいんでしょ? ついでに、世界に影響が出ないように目立った行動も控える…で、いいんだっけ?」
不安そうに首を傾げると、ジャスは軽く溜め息を吐いて腕を組んだ。
「まあ、重要な部分が頭に入っているならそれで構いません。別に会ってもいいのですが、くれぐれもあなたの正体がバレないようにしてくださいよ?」
「ボクの正体って言ってもなぁ…」
困ったように頭を掻く少年に、ジャスは再び頭を押さえる。
そして、人差し指を立てて再び少年に説明した。
「何度も言いますが、あなたは異世界にしてみれば貴重な…――それこそ《奇跡》に部類されるぐらいの存在なんです。本来ならば――」
「分かった、分かったよー。とにかく、早くその異世界に連れて行く切符頂戴!!」
ジャスの言葉を遮るように叫ぶなり、少年は手を伸ばす。
この少年の態度にジャスは怒りで肩を震わせるが、それを抑えるようにして眼鏡を掛け直した。
「…若干不安は拭いきれませんがいいでしょう。その前に一つだけ確認を」
その言葉に、少年は不満な表情を浮かべる。
そんな少年の様子に、ジャスはクスリと笑って手を伸ばす。
すると、闇を集めて黒の槍―――『ゲイボルグ』を形成し、少年に向かって構えた。
「あなたの武器と戦闘能力についてですよ。一応、あなたの事についてはお父上から聞いていますが念の為にね」
「むぅ……でも、あっちでは見境無くハートレスが襲って来るんだっけ。分かった」
そう言って頷くと、少年は垂直に手を伸ばす。
同時に、少年の手に光が集まる。
次の瞬間、純白のキーブレードが少年の手に握られた。
「――それが、あなたのキーブレードですか」
「うん。これがボクのキーブレード―――《メタモルフォーゼ》」
そして、腕をクロスさせる。
「そして…――これが、ボクだけが持つ力」
目を見開くと同時に、少年の身体が光り出す。
ジャスがそれを見ていると、少年を纏っていた光が弾けるように霧散する。
そうして光が消え去ると、少年はキーブレードと光で構成された長剣を握っていた。
「それが、あなたの能力強化である『モード・スタイル』と言う奴ですか」
何処か探るような目をするジャスに、少年は得意げに鼻を鳴らした。
「まあね。で、これで満足?」
「まさか。それだけではこのカードは渡せません、ハッタリの可能性だってある訳ですし」
「ハッタリって…!!」
少年が喰いかかっていると、ジャスはカードを懐に仕舞う。
すると、手に持っている黒い槍を少年に向けて構え直して睨み付けた。
「とにかく、このカードが欲しかったら僕に一つでも傷をつけてみなさい。その実力が本物だと証明出来るのであればね?」
「――いいよ…どうなっても知らないからねっ!!」
ジャスの言葉に、少年も双剣を構えて一歩足を下げる。
何時でも向かってこれる少年にジャスは僅かに笑みを浮かべ…すぐに表情を引き締めた。
世界も時間も全く異なる場所で、今繋がる為の試練が始まった…。
■作者メッセージ
夢さんの話が大幅に変わったので、私パートの断章も一から考え直しました。
と言っても、話の構成において重要な部分は出来るだけ変えないようにしています。(『KR』や神月の監視)その点においては、夢旅人さん本当にすみませんがどうにかフォローをお願いします(オイ
尚、次の断章は少年とジャスのバトル。の前に、アクア編を投稿します。
と言っても、話の構成において重要な部分は出来るだけ変えないようにしています。(『KR』や神月の監視)その点においては、夢旅人さん本当にすみませんがどうにかフォローをお願いします(オイ
尚、次の断章は少年とジャスのバトル。の前に、アクア編を投稿します。