Another chapter3 Aqua side‐2
互いに武器を構え、二人が無言で対峙する。
そんなつかの間の静寂を破ったのは、青年だった。
地を蹴って走り込むと、ヴァニタスに近付き拳を固めた。
腰溜めにして殴るが、その攻撃はキーブレードによって阻まれた。
「ちっ…」
「その程度か?」
小馬鹿にしたようにヴァニタスが呟くと、青年を剣で振り払う。
どうにか身を低くして攻撃を避けると、拳を握りヴァニタスの懐に一気に潜り込んだ。
「『迫撃零掌』!!」
青年の拳に溜めた『魔力』を身体にぶつけると、ヴァニタスを大きく吹き飛ばした。
「ぐあっ!!」
防御出来ずに仰け反るヴァニタスに、青年は飛び掛る。
スピードを使ってヴァニタスの利き手である右腕を拳で殴り、さらには腹に向かって足で蹴る。
だが、足は怯むヴァニタスを通って向こう側まですり抜けた。
「なにっ!?」
「諦めろ」
青年がその虚像に驚いていると、上から声が響く。
見ると、ヴァニタスが頭上からキーブレードを振り下ろしていた。
「こっ…の!」
その攻撃を、どうにか青年は転がって避ける。
そのまま体勢を立て直すように肩膝を付いていると、ヴァニタスがキーブレードを構えて近付いていた。
「やっ、はぁ!!」
連続でキーブレードを振るヴァニタスの攻撃を、青年は必死で避ける。
そうしながら、青年は相手に気付かれないように足に力を溜める。
ヴァニタスの攻撃が終わった隙を見計らい、後方転回して倒立した。
「『双月斬脚』!!」
手を軸にして回転すると、脚を広げて周りに衝撃波を起こす。
この攻撃に近くにいたヴァニタスは巻きこまれるが、虚像を作り出し青年の頭上に移動した。
「――かかった!」
ヴァニタスが気付いた時には、青年は腕と膝を折り曲げてバネにする。
すると跳ねるようにして飛び上がり、両足を蹴ってヴァニタスに反撃を喰らわせた。
呻き声を上げてふらふらと立つヴァニタスに、青年は更に攻撃を加えようと間合いをつけた。
「くっ…闇に落ちろっ!!」
足元に闇を纏わせると、ヴァニタスは地面に潜り込んだ。
青年が思わず立ち止まっていると、足元から闇と共にヴァニタスが現れた。
「ぐぁ!?」
キーブレードで切り裂かれ、青年は上に吹き飛ばされる。
その間にヴァニタスは再び地面に潜ると、青年を続けて吹き飛ばしダメージを与えた。
「っ…!!」
「これで――」
痛みで怯んだ青年を、空中でヴァニタスが切り裂こうとキーブレードを振う。
その時、空中に浮いている青年が笑った。
「終わりは、どっちかな?」
次の瞬間、最初に見せた双翼を広げる。
すると、身体を捻りつつ黒の翼の羽を弾丸のようにヴァニタスに飛ばした。
「なっ…うぐあぁ!?」
予想もしなかった反撃にヴァニタスは残像も作る事さえ出来ずに攻撃を喰らってしまう。
地面に倒れるヴァニタスに、青年は片手と片足を付いて着地する。
その状態で、前に出会った『炎髪灼眼の少女』を思い浮かべながら意識を両足に集中させる。
彼女が教えてくれた魔法であって魔法ではない術―――『式』をその足に練り込む。
「『羅刹獄零脚』」
『式』で両足を強化し、一気に魔力を注ぐ。
直後、青年の両足に白と黒の炎が纏う。
これにヴァニタスが驚いていると、青年は膝を僅かに折って一瞬で懐にまで距離を詰めた。
「はや――!!」
あまりのスピードにヴァニタスが驚いていると、青年は手に魔力を纏った。
「『零斬』!!」
手を手刀にして上にあげると、ヴァニタスを一気に斬り裂いた。
ヴァニタスは呻き声を上げてよろめくと同時に、『零斬』で斬られたメットの一部が割れた。
「その顔は…?」
割れたメットの隙間を見て、青年が首を傾げる。
見えたのは、跳ねている黒い髪に金色の瞳。
顔を見られたヴァニタスは、すぐに割れた箇所を手で押えて走り出した。
「――くっ!」
「待てっ!!」
すぐに青年が追いかけるが、ヴァニタスは『闇の回廊』を使って逃げていった。
「逃げられたか…」
釈然としない呟きを放つと、青年は『式』を解除して両足に纏った炎を消す。
そうして一息吐いていると、後ろから足音が鳴った。
振り返ると、そこにはさっき助けた青髪の少女―――アクアが青年を見て首を傾げていた。
「あの…あなたは?」
アクアが聞くと、青年は苦笑を浮かべて自己紹介した。
「ああ。僕はゼロボロス、ちょっとした旅人さ」
「旅人ですか…?」
「はい」
青年―――ゼロボロスが頷くと、アクアが話を続けた。
「すみませんが、ここで怪しい人物を見かけませんでしたか?」
「怪しい人物…――仮面を被った少年の事ですか?」
ゼロボロスが聞き返すと、アクアが息を呑んで詰め寄った。
「ヴァニタスに会ったのですか!?」
「実は、たまたまここに降り立った時に倒れていたあなたが黒い仮面の少年に襲われていたんです。ついさっきまで戦ってて、どうにか引いてくれましたけど…」
ゼロボロスの説明が終わると、アクアは悔しそうに顔を俯かせた。
「やっぱり、ヴァニタスだったのね…」
そんなアクアの様子を見て、ゼロボロスの心に何かが湧き立つ。
興味心、と言う奴だ。
「――ねえ、僕も君に着いて行ってもいいかな?」
「え?」
突然のゼロボロスの言葉に、アクアは思わず聞き返す。
ある程度は予想したアクアの驚きに、ゼロボロスは笑みを浮かべて言った。
「言ったはずだよ、僕は旅人だってね。これからの君の行く先が気になるんだ」
ゼロボロスがそう言うと、アクアは困った表情を作って顔を俯かせた。
「お言葉は嬉しいのですが、私の旅にあなたを巻きこみたくはないんです」
「大丈夫、君の事に関しては手出しはしないよ。ただ、見てるだけでも構わないからさ」
困ったようにアクアは言うが、逆にニコニコと笑ってゼロボロスが答える。
どうあっても引かないゼロボロスに、とうとうアクアは折れたのか溜め息を吐いた。
「……分かりました。ですが、私の旅は危険です。何かあったら逃げてください」
「分かった…――じゃあ、よろしく。アクア」
そう言って、ゼロボロスはアクアに手を差し伸べる。
アクアも微笑むと、ゼロボロスの手を握った。
「こちらこそ、ゼロボロス」