第二章 心剣士編第三話「戦のはじまり」
一方、リビング。 王羅、刃沙羅、ローレライ、ヴァイロンたち旅人たちと、神無とツヴァイが明日での事を話し合っていた。
「で、どうやって空に向かうんだ。別に飛んでいけっていうならツヴァイとか俺も翼くらいは出せるが」
「その天には問題ないです。ヴァイロンは元々、竜なので運んでいきます」
神無の問いかけに、ローレライが礼節に答えた。そうか、と納得した彼は次の問題を口にした。
「じゃあ戦う面子は俺、王羅、刃沙羅、ローレライ、凛那、あとは紗那たちか」
「私はもうホント、戦線から離れすぎちゃったから足手纏いだから、足をすくわれるのも嫌だから此処で帰りを待つわ」
ツヴァイは苦笑を浮かべながら、皆に暖かい茶の入ったコップを用意して渡していった。帰りを待つ、と言う不安を抱き続ける行為なれど彼女は気丈に苦笑を浮かべたことで耐えていた。
「おう。みんなで行くべきか、少数で行くべきかは考えたが割り当てればいいさ。王羅と俺で仮面の女と戦う。
ほかの皆はアイツが連れているかもしれない操られたヒトたちを倒してくれ。保護すれば、洗脳をとく鍵にも方法が見つかるかもしれない」
神無はそういいきって、王羅たちに視線を向けた。何か意見があるという事があるか問いただしている。だが、先に凛那にいっておくことがあった。
「凛那、分かってると思うがなるべく…」
「殺すな、だろう? お前が言っただろう、鍵だと」
「ああ。頼む」
「なら意見させてもいいか? ――王羅、いいのかよ」
刃沙羅は王羅に尋ねる。彼女はにこやかな微笑で返した。
「私と神無さんで彼女と戦うことですか」
「そうだ。いくら、アンタの考えがあってもな……」
「もし、王羅に危機となったらその時は俺が全力で逃す。それで、また別の世界で逃げればいい」
「てめえ……」
苛立ち共に席を立ち、睨みすえる刃沙羅の鋭い眼つきにも表情を変えず、神無は答えた。
「俺を信じてくれ。最悪の事態になれば、俺が全力で王羅を逃がす」
「ちっ……」
彼の態度に参ったように座り込んで、黙り込むと王羅は神無に微笑みを返して、うなずいてくれた。神無は頷き返して、時計を見やった。
「さて、明日に備えてしっかりと寝るか!」
神無たちは明日に備えて、部屋に戻って眠りについた。
そして、神の聖域レプセキア。
とある広間にて。神月、菜月、オルガと他に操られた者達。そして、半神のティオンとアルガが呼び出した彼女を待たされていた。
「いつになれば来るんだ、彼女は」
「さあ。私にも」
神月の不安な呟きを返したのは白く装飾された黒服の格好をした銀髪をした女の麗人。
彼女の名前は「クェーサー」。仮面の女曰く「ここにいる心剣士の中では最強」の部類に居る強者だ。自分と同じように仮面の侵食具合が半分にまで留まっている。
「お前は心剣士の中で一番強いって言われているのに、なんで負けたんだよ……?」
「―――野暮よ、そんなの」
彼女は何処か憂いた目で追求をはぐらかした。神月も追求するのをやめて、待つことに専念した。ここにいるほとんどの者たちは操られている。意識はあっても、心を許しあえることは無かった。
菜月やオルガたちに会話をしても返事は薄かった……それはとても胸を苦しめている。そうなった理由は二人が仮面の女が尚も抵抗したから強い洗脳を施した所為だと言う。
(すまねえ……)
「―――遅れてすまない」
声の主――仮面の女は謝辞の言葉を述べながら、広間に入って来た。
全員が彼女に振り返り、集わされた理由を黙して伺っている。そんな視線が集った中、仮面の女ははっきりとした声で宣言した。
「今から1時間後にある世界へ向かいます。名はメルサータ」
「!!」
「王羅を今度こそ捕らえるため、手伝ってくださいね」
「―――――!!」
なんという事だ、―――神月は顔を俯かせて、愕然とした顔色を隠す。
「割り当てはもう決まっているのか」
俯いている神月の隣、クェーサーは質素に尋ねた。
「一応、私は王羅を狙いに定める。ティオンとアルガは私の指示通り、「合図」を出した時に「狭間」から奇襲し時間停止する。それで王羅は確保できるわ。 貴方たちは王羅が連れている仲間や……メルサータには彼らの仲間がいるし、やってくるでしょうね?」
「そう、かもな」
「別に嘘吐くする必要は無いでしょ、私の頭の中には貴方たちの記憶を見たから」
「……」
アバタール。
奴が此処へ入ってきて直ぐに、俺達に『何か』したのは憶えている。それが記憶を見透かされていたのは些か怒りが込み上げる。
だが、その感情も洗脳の所為で薄らいでいってしまう。この場に居る仮面の女に操られている誰もがそうなっているのかもしれない。
「そこで戦えというのか…!」
「そう。抵抗はしないことね、あの二人のように「人形」になるわよ」
「……分かった、1時間後だな」
「ええ。此処に集合してね、皆」
静かに頷き返したクェーサーたちは広間を去っていく。神月もそそくさと後を追っていく。
「神月!」
それを見据える仮面の女は珍しく大声で彼を呼び止める。
神月は仮面をつけている方の顔で振り返った。
「自由になりたかったら――――殺されれば?」
「……!!」
その言葉を聞く意や否や、彼は反す言葉も無いまま広間を出て行った。
「ふふ、これで彼はどうせ戦うでしょうね。『自分を殺せ』といいながら―――さて、『KR』はどうなったかしら」
仮面の女は『闇の回廊』を開き、レプセキア第二島『製造所』へと指定し、入っていった。そして、通り抜けた先は製造所の広間だ。
幾つもの『KR』が起動されずに眠りについている。
「壮観ね」
並べられた未完成なKRの列にうっとりと、喜ばしげに呟いた。
「おや、来ていたのか」
しわがれた老人の声のほうへ振り返ると、仮面をつけた老人が杖を支えに歩み寄ってきた。名はベルフェゴル。
レプキアの半神の一人で、現在は仮面の女に洗脳を受け、此処でレギオンと言う人物と共に『KR』、『三神機』の製造をしている。
「気になったものでね。―――三神機はもう完成している? これが出来上がっていないとほかのKRたちの初期暴走が面倒なのだけど」
「うむ。『心』は埋め込んである、今から起動してみるかの」
「三神機が暴走する予想は?」
「今から試すのじゃよ。コレ全ては実験に限る」
ほっほっほと老獪な笑みと共に傍に設置してあるコントロールPCを駆動し、入力を打ち始める。
「ワシの予想じゃあ暴走はしないはずじゃがなあ」
ベルフェゴルの呟きと共に三神機の駆動音が聞こえる。仮面の女は静観して見届ける。
「……」
『―――』
駆動音が止まり、ゆっくりと一歩を踏み出した3体のKR。そして、フルフェイスの兜が上がり、モノアイの機械眼がキョロキョロと動き回り、周囲を確認している。
それは3体も同じ様に動き回り、やがて、確認終えて、最後に3体は仮面の女へと近づいていく。ベルフェゴルは息を呑みながら見つめている。そして、彼女の前に歩み終えた3体は静かにモノアイで仮面の女を見つめる。
『―――』
三体はモノアイを閉じ、フルフェイスの兜を下ろした。それ同時に忠誠を尽くすように手に持つレプリカキーブレードを片膝つくと共に、床に刺した。
『認識、完了』
「そう、成功のようね」
「――ふぅ、冷や汗が出たわい」
「じゃあ、あとプランはわかってるわね」
「うむ。此処におるKRにハートレスから抽出した『心』を納めるのだろう。それが出切るKRはいったい……おぬしの居た世界は何なのだ」
「知る必要は無いわよ」
そう言って、仮面の女は三神機たちと会話している。ベルフェゴルは追求せず、部屋を出た。KRの事は彼女の方がよく知っているからだ。
(レギオンが居ればきっと興奮冷めやらぬようじゃっただろうに。ああ、今は抽出作業か)
あれらが全て動き出し、仮面の女が本当に行動を開始した時、世界はどうなるのだろう。仮面の下で、老人は静かに憂いて、歩みだしていった。
いよいよ布告が告げられたメルサータの真昼。神無たちは紗那たちが特訓していた工場跡で待機していた。
真昼になると同時に広大に浮かぶ島の様なものが出現した。島を見据えながら、先日の彼女の言った言葉を思い出す。
「舞台っていうのはああ言う意味か」
『皆さん、私の背に』
光を身に包み、巨大な白竜となったヴァイロンが催促する。
背に乗り込んだ神無たちを見送るのはツヴァイだけ。
「黄泉たちには菜月のことは伝えるわけには行かないからな……ツヴァイ、いってくる」
「ええ。あなたも、みんな、気をつけて」
皆で頷き返し、
『では、飛びます。しっかり掴んでいてください』
ゆっくりと羽ばたき始めたヴァイロンは一気に飛翔した。ツヴァイは島へと向かっていく彼らをじっと見届けた。 見えなくなるまで、見届けた。
それはまさに大陸の様な島。だが、足場しかない白い大地に仮面の女と神月たち操られた心剣士が佇んでいた。
「――さて、誰が来るかしら?」
「……」
「―――来ます」
クェーサーが短く言い放つと、彼らの視線の先の地面が蒼白い光で纏った白竜に貫かれ、消滅した。
そして、降り立ってきた白竜の背から続々と降り立つ神無たち。それを見た神月は言い切れない顔になった。
「っ……!!」
「来ましたよ」
やって来た彼らの中、王羅が口火を切った。
「そろそろ鬼ごっこも飽きたものでね。此処で捕まえようと想ったの」
「……私たちは此処で貴女を倒そうかと」
「ふふ! 強気ね。そんなにつれているからかしら」
「お互い様ですよ」
「―――そうね」
仮面の女が片手をすっと上げると、一斉に神月以外の操られたものたちがそれぞれ心剣、反剣を抜き取った。
「皆さん、覚悟は出来てますよね」
「勿論よ」
王羅の問いに真っ先に答えたのは紗那だった。気強い眼光が神月のみに向けられている。その視線に、彼は逸らざるを得なかった。
「とりあえず、バラバラで戦おう。混戦だけは面倒だ」
「それなら―――貴方たち、バラバラに離れて待ち構えていなさい」
すると、操られた彼らは剣を収め、四方八方に飛んで、駆け出していった。
「追いかけるわよ」
紗那は神月のほうへ駆け出す。
「待ってください、紗那さん!」
ヴァイも共に追いかけていく。
「師匠が居た。俺は向こうにいかせてもらう」
「ローレライ、私は…」
「刃沙羅を頼みます」
「心得ました。では、共に」
「気をつけろよ」
刃沙羅とヴァイロンは師匠――毘羯羅が飛んだ場所へと向かって行く。
「オルガはあたしが行くわ」
「では、私も同行します」
「はあ?」
「四の五の言わずに行きましょう」
アーファとローレライはオルガを追いかけていった。
「僕は菜月さんの元に行きます」
「…一緒に行く」
イオンとペルセフォネは菜月のほうへと駆け出した。
「神無、気をつけていけよ」
残る一人クェーサーの下へと向かっていった凛那はそういい残し、駆け出していった。 残ったのは神無と王羅、仮面の女だけだった。しばしのにらみ合いの末、仮面の女は笑みを零した。
「ふふ。これでいいでしょう?」
「おうよ。気前がいいな」
「王羅を護るのは一人だけかしら?
「ああ。俺の名は―――」
「神無。神月の父親でしょう?」
「!」
見透かされた事に驚く神無。それを見て更に笑い声を零した。
「彼らの記憶漁ったのよ。貴方もなかなか強い心剣士なですってね」 「そうか。なら、話は早い」
「ええ、行きましょう」
神無は黒く染まったクレイモアのような長剣を引き抜き、王羅は白く染まった剣を抜いた。
「見せてあげるわ。私が心剣士、反剣士、永遠剣士を操り、手に入れた力を!」
彼女は虚空より白と黒―――モノクロに分けられた大剣を引き抜いた。
「なっ!」
王羅は仮面の女が引き抜いたものに驚愕した。彼女は何度も王羅を襲ってきた―――その時はいつもキーブレード『パラドックス』だったのに。
だが、今彼女が手にしているそれは別のものだ。驚く王羅に、仮面の女は笑み声を漏らした。
「ふふふっ! 何を驚いているの、もう―――戦いは始まっているわよ」
黒々と染まった幅広の剣を握り締めた彼女は構えを取り、斬りかかった。