第二章 心剣士編第八話「妖刀/天舞剣 」
「―――あら、クェーサーが倒されたわ」
「最強、ってのは取り消せば?」
眼前に迫った銃口の砲火を刀身で防ぎ、優美に躱す。
「……困ったわね。今の所、全員が解放されてしまった」
「神月は?」
「答える義理は無い」
攻撃を、砲火をかわす。
仮面の女は砲火だけを『反射』した。
「っと、そのキーブレード……厄介だな」
砲火を弾き落とした神無は嗤った。
王羅は彼女の言葉に胸中、歓喜した。
「クェーサーを倒したのは凛那……神無さん、さすが」
「親父の刀、親父と同じくらい『最強』だろうよ」
その目には何処か懐かしさを浸っている。神無は感じていた。
彼女の後姿は、父親に似ている。
あの非常識な態度も、何処か。
「……最強と最強か。どうだ、俺達の実力」
「そうね。まさか、此処で心剣士の戦力をそがれたのは予想外―――なら、二人を補充すればいい」
パチンと指を弾き、世界は沈黙する。
仮面の女を除いて、周囲の時間は止まった。神無の余裕の笑みも、王羅の希望に満ちた顔もそのまま止まった。
異空から姿を出した男女一組。一人は時間を司る半神アルガ、一人は空間を司る半神ティオン。
「酷い損失」
仮面の女は呆れるようにため息を仮面の下から洩らす。痛恨と感じたのはやはり、クェーサーだった。
極上の果実を掻っ攫われた気分、一度『Sin化』した者が解除された場合、同じく『Sin化』は不可能になる。
支配、洗脳を齎すキーブレード『パラドックス』の唯一の弱点だ。クェーサーを引き連れたのは彼女の実力が本物と戦った本人の実感によるものだ。
(この世界には強い者が大勢居るのね)
クェーサーだけじゃない、完全支配におかれたオルガ、菜月を倒す事は簡単なはずない。仲間同士と認識した者達なら、なおさら。
「――まあ、潜めておいて正解ね」
万能に極まった伏兵。仮面の女は笑みを零して、実行に移る。
「目覚めたらきっとショックでしょうねー」
「――――おう、そうだな。泣き出しそうだぜ」
「悪夢だといいのに」
「!?」
気付く刹那、伏兵たる従者の半神二人が切り伏せられる。
ありえない。この空間、更に停止した世界で――――!!
「おら、どうした」
「顔色が悪いですよ?」
切り伏せられた事で、時間は、空間は、世界は動き出す。
後ろへ大きく後退し、伏せられた二人に視線に向けた。
「……」
伏せられた二人は闇色の空間が引きずり込んた。
「――闇の回廊か」
追い討ちをかけずに神無が凄みを増した笑みで看破した。
「ああ、彼らは暫く『使えません』よ」
王羅がにこやかに『刀』を見せた。
先ほど振るっていた白き聖剣から、血色を帯びた刀を握り締めている。
「『邪痕』―――この刀にある程度力を注ぎ、斬りつければ能力を抑える事が出来ます。まあ、貴女にはききそうに無いですが」
「……切り札、という事ね」
王羅はにこやかに笑った。
彼女には不釣合いなまでに禍々しさを帯びた刀は『妖刀』と想う。
「それに、それだけじゃあまだ理解できないわね」
「ああ。だろうな」
神無は隠し持っていた『モノ』を取り出した。
銀に装飾された龍の意匠を象った指輪。
「これは『力』の無効化ができる。――ある程度だが、充分な効果が出来た」
「一気に追い込みましょう、神無さん」
「おうさ」
二人の闘気が高まった。
仮面の女は少し、侮りすぎたと後悔し始めた。
ここしばらくの自分の優越を反省。今はその優越をやめた。
「叩き潰してあげる、その余裕を」
異形の黒の心剣は禍々しく吼えた。
再び、神月戦。
「――っ!」
硬度を誇る指貫グローブ『シルヴァリエ』、ヴァイの装備したそれで神月の斬撃を弾き返す。
だが、防御の範囲、所詮は『手』。間違えば、余計なダメージを受ける。
「ヴァイ、下がって!」
紗那の一声と共に、ヴァイは後退する。
神月目掛けて桜花を纏った衝撃波が激突した。
「……っはあああ!!」
身に纏わり着く桜花の塊を神月は一対の炎と氷を宿した心剣を引き抜き、それを遥かに上回る破壊力で消し飛ばした。
「強い……!」
今の神月は一切の躊躇いが無い。
そう想った刹那、たち込める土煙から突っ切ってきた白刃の一突き、それを寸でで躱せた。
危うく刺し貫かれそうだった。一突き、更に連続に切りかかってくる。
「―――てっりゃあああ!」
「……」
その背後、拳を構え、一撃を打ち込んだヴァイが居た。
衝撃の余りに神月は造作も無く宙を舞った。
「危ない!」
「わぁっ!!」
ヴァイの頭上から巨大な虹の破壊光が放たれた。
神月は空中に舞ったが、直ぐに体勢を変え、虹の刀、虹の翼を具現し、ヴァイ目掛けて必殺の『虹天剣』を下したのだ。
「……相変らず、凄い威力」
「ええ……」
剣と拳を交えての戦い。
熾烈、悲壮の戦いは過酷だった。
二人の歩調、協調は問題なかった。だが、相手が悪い。覚悟をしていようと、相手は彼の兄、恋人だ。
神月の動きはヴァイの攻撃を殆ど理解している―――恐らく、幼い頃から鍛え上げられた同士の洞察か。
「―――紗那、このままだと」
追い込まれるのは自分たちだ。
だが、そんな二人に神月は再び斬りかかった。今度は灰色の長剣を手に。
「…くっ!」
紗那は心剣エクススレイヤーの力で、無数の分身体を出現させる。一斉に切先を、拳を、蹴りを繰り出した。
「―――」
神月は見抜いた。幻影の中の「本体」を。
「そこだ……!」
「なっ!!」
無数の分身体の攻撃を全て受け止め、本体の紗那へ力を籠めた袈裟、一刀の元に切りつけた。
「う……そっ……!」
「―――『死の灰陣(デッド・スティグマータ)』」
重く口を閉ざしていた神月は剣を下ろして言った。
紗那はその先刻と同時に彼と間合いを取った。確認の為に傷口を触る。
―――夥しく出血はしていない。でも、血は……止まらない、傷口は塞がらない。
「切り裂かれた傷口は決して塞がらない……そう、流れる血は限りがある。お前の命の限りが……!!!」
「っぅ……! 紗那さん、下がって!! これ以上戦ったら……」
「問題ないわ……時間が早まった。ケリをつければいい」
「……俺は本気だ。『死の灰陣』は確実にお前の命を奪う。もう一度、言う……! 俺は……………本気、……だ…!!」
神月の声に感情がこもる。身体もどこか小さく震えている。その様子に紗那は目を細め、微笑みを零した。
「本気は私も同じ。ヴァイも同じ。―――こりゃあ、意地と意地。……もう、私は覚悟しているの」
胸元に手を添え、独白する。
「覚悟、それは口にする事は誰にだって出きる。でも、それを果たす意思も要る。……神月、貴方に斬られて死ぬのも覚悟の上。出血多量で、死ぬのも覚悟の上」
胸元から光が放たれ始める。
それに驚くヴァイ。
「あれは……」
「そして、貴方を救い出すのも覚悟の上!!!」
光が消えて抜き取った一対の薄く美しい桃色の剣。
紗那が身に纏い、靡くそれは、まさに天女の羽衣。
「―――私の覚悟は心剣と為す。『天舞剣干将・莫耶』!!」
「……!」
紗那の纏う羽衣は紗那の体に巻きつき、『死の灰陣』による傷口を押さえ込んでいる。
「悪いけど、一撃。全力でたたきつけてあげる」
「……」
神月は静かに構えて、迎え撃つ姿勢をとる。
紗那はヴァイに視線をそらし、微笑みかけた。
「紗那……さん」
「大丈夫。―――直ぐ終わるわ」
紗那は動いた。羽衣が果てしなく延び、神月と自身の周囲を諸共囲った。
「さあ! 行くわよ、神月!!」
「……」
二人は同時に地をけりだした。
「「っはぁあああああああああああああああああっっっっ!!!!」」
そして、二人が交わる刹那―――。
「……紗那さん、兄ちゃん……」
ヴァイは息を呑んで、羽衣の結界を見つめていた(二人の声はきこえていた)。
「あっ……!」
羽衣の結界が揺ぐ。霞むように消えていく結界の中が見えてきた。
その様子がはっきりとした瞬間、ヴァイは絶句した。
「……」
倒れている素顔を晒した神月を膝枕で座っている紗那。微笑みを浮かべたまま、彼の頬をなでている。
「紗那…さん…?」
「―――ああ、ヴァイ」
やって来た彼女の気配に漸く反応した紗那は、どこか安らぎのある微笑みを浮かべたまま。
「兄ちゃんは……」
「……ヴァイ」
薄く瞳を開けた神月は口を開いた。ヴァイは気付いた。
彼の身体には大きく奔った二刀の一閃、紗那の体にも先の傷とは別の傷が腹部に奔っていた。
「死ねなかったよ」
怖かったから、と神月は笑った。それは目一杯に涙を流しながらの心の吐露だった。
「それでいいのよ」
紗那も神月に微笑みを向けた。死を覚悟していた事に二言は無かった。
「もう、大丈夫なの…」
「仮面は消えた。―――俺は、もう自由……かな?」