第二章 心剣士編第九話「正体/無轟の家」
(……神月まで、か)
仮面の女は神無、王羅と相手にしている最中に神月の敗北を悟った。残ったのは自分だけ。
これ以上の戦闘に無駄しかなくなった。だが、それに気付いていない相手は――。
「―――はぁぁっ!!」
眼前に斬りかかるは王羅、挟み打つように迫る神無にカルマは片手で衝撃波を放ち、吹き飛ばした。
「っ!?」
体勢を整え、地に着いた神無、視線を向けた頃には黒いドームのような結界が包み込んでいた。そして、その内側には王羅と仮面の女しか居ない。
その意味があまりにも危険で、危惧していた事を理解し、彼は叫んだ。
「王羅! 逃げろ!」
「くっ……!」
王羅は攻撃をやめ、バックステップで後退した。
「貴女だけでも連れて行くわ」
せめてもの足掻きの間合いも無駄に、王羅に闇を纏って出現した仮面の女は黒き異形の剣を振り上げた。
もう捕まったもの同然、と仮面の女は確信して、彼女を捕らえるべく勢いよく振り下ろした。
「さあ、終わりよ―――!」
「―――」
見斬った。
「!!!?」
繰り出した神速の一閃。それは王羅の『妖刀』―――いや!
「……それ、は…!!」
「僕は、時に二刀振るう」
王羅の右に妖刀、
王羅の左に聖剣、
二刀一閃は仮面の女を縦一文字に迸った。
「おのれ……」
「とどめだ!!」
斬撃の衝撃で、体勢を崩れかけた仮面の女に、追い討ちを仕掛ける王羅。
「今だ―――おっらあああああああああ!!」
結界が揺らぐのを尽かさず、神無の黒き大剣―――『魔神剣バハムート』が吼えた。
巨大な黒龍をかたどった巨龍の牙が結界を食い破り、王羅の元にかけつけた。
「……っ」
追い討ちを防ぎ、王羅を弾き飛ばした。神無は彼女を受け止め、敵を見据えた。
そして、結界が崩れ落ち、暗闇が消え、陽光が照らし出された。
「よくも……仮面を」
仮面が地に零れ落ち、仮面の女の素顔を晒した。空いた片手で顔を覆っていたが、ゆっくりと下ろした。
「な…!」
「……!」
素顔には一刀の斬撃の痕は無かった。だが、その素顔は紛れも無い女性。
澄みきった青の瞳が忌々しげに二人を見据えた。剣を振り払う。その衝撃波が二人へ迫った。
「はっ!」
王羅が両手の聖剣、妖刀で繰り出した斬撃が一閃、衝撃波を斬り捨てた。構えを惰らずに王羅は右の妖刀の切っ先を彼女に向けた。
「それが、貴女の……素顔」
「くっ」
素顔を晒された彼女は忌々しげに顔を怒りにゆがめた。だが、諦めたような顔で剣を虚空へ帰す。
「………戦力も殆ど無くなった今、戦う必要は無いわね?」
彼女背後から闇に拡がった空間が広がる。
「一旦下がるしかないわ」
「神月たちは……紗那たちに倒されたようですね」
「みたいだな」
ほっと胸を撫で下ろす二人。だが、まだ最低限の戦闘姿勢で彼女を見た。
「……戦力なんて、世界広し……また補うか、別のものに注ぐかは私の勝手。そして、貴方たちは私の元まで追いつけるかしら……?」
挑発染みた言葉に、神無は一歩前に出た。それを王羅に止められたが、構わず彼は笑みを浮かべた。
釣られた笑みではなく、受け流した笑みを。
「―――無論だ。てめえの顔、脳裏に焼きついた。ぜったい、世界の果てまで追いかける。そして、目論見ごと『潰す』」
「強気な言葉ね」
「何処へ行こうが、去ろうが、俺たちは何処までも探し出す。お前は絶対に許さない――――お前に『何が在って』もだ」
「!」
「顔も晒したんだ、名前も名乗れ。別に隠す意味もねえだろ?」
「……」
彼女は一歩、下がる。一歩迫って、神無は笑った。
一切の感情を殺した無表情の、凍てついた双眸で唇を動かした。
「―――……カルマ」
「カルマ? それが名前か」
「喩え、顔を知り、名を知り、つれ攫われた仲間を奪い返しても……追いつくことは無いわ。追いつこうが、貴方たちは負ける。絶対に」
神無は構わず笑みを浮かべたまま、無言で返した。
仮面の女――――カルマ―――は開いた闇へと背を沈めて、去った。それを見届けた神無と王羅はやっと静かに剣を下ろした。
そして、最初の戦いは終わった。
神無たちは竜に戻ったヴァイロンの背に乗り、白き大地は粒子のように霧散した(撤退する間際、王羅とローレライが魔法を仕掛けて消滅させた)。奪われた仲間を取り返した。巻き込まれた者も救う事ができた。だが、まだこの事件は終わりすら到達していない。
「……終わったみたいね」
工場跡地。黒くのばした妙齢の女性、神無の妻ツヴァイは戻ってきた白竜、そしてその背に乗る彼らの帰還、彼女は微笑を浮かべて迎えた。
白竜は地に降り立ち、身を屈めた。背から降りてきた神無や、背負ってきた彼らの姿を見て、涙を潤めて愛しき、頼もしき夫を抱きしめた。
「お、おい!」
急な事に、珍しく夫は顔を赤らめて抱きとめた。
「お帰り……」
「……ああ」
震えた彼女の声に、柔らかな声で返した。
「どうする、皆……家じゃあダメよね」
「流石に重傷者とかいるしな……」
ローレライはアーファ、イオンに支えられながら立っている。その姿は全身を焼傷、身体に走った痛々しい斬撃の痕がある。
「ご心配は、無用ですよ」
「しかし……どうにか、できませんか」
ヴァイロンは主の無理を耐え切れずに神無たちに何処かで回復できる場所を求めた。
「……親父の家にでも寄るか」
彼が発した言葉に、ツヴァイは驚いた顔で振り向いた。
「あなた……あの家はもう使われていないはずでしょ?」
「ああ。でも俺の住んでる家よりは広いし、ヴァイロンの姿もばれない場所だからいいだろうし」
「……どこなのです」
ヴァイロンの目は本気だ。早く行動を起こしたい目だ。
「この跡地の近くにある場所だ。拓けた場所だから直ぐ見つかる。――行こう」
ヴァイロンの背に乗り込んだ一向は、再び、空を飛んだ。
そして、開けた場所は古びた家と館が存在していた。
辿り着いた一向は家に入った。家は人が住まなければ、みるみると衰える。だが、中身はまるでそのままな風体だった。
皆は内心、『この家は大丈夫なのか』と思いながら神無に視線を向けた。
「……此処見た目はボロイが中身はまるでそのままだぜ?」
神無はそう言って、自身の家と似ている広間に布団などを敷き、神月たちを安置させた。
「うそ…布団もボロボロになっていない」
「親父が俺の家に看護される時に言ってたな。
『この家には魔方陣が刻まれていて、内部のモノは老朽化しないそうだ』って……親父は以外と外の人間と知り合いが多いらしい」
彼の葬式の折、無轟の知己と名乗る者達が何人も足を運んできた。連絡一つよこしていないのに。
そんなことを思い出しながら、神無はローレライの容態を診た。
「……見たとおりの、深い切傷と火傷か。ケアルとか使っても無意味だな」
「ええ。あくまであれらの魔法は即効性の高いものですが、この傷には余り友好じゃないですね」
その隣で観察していた王羅がうなずいて、神無はツヴァイに振り向いていった。
「ツヴァイ、家にある包帯とか医療道具を纏めて持ってきてくれ。ヴァイロン、行き来の足、頼みたい」
「分かっている。だが……治せるのか、今はそれが気になる!!」
「……急がば回れ」
神無は短く返し、ヴァイロンはツヴァイの手を引きながら家を飛び出した。すぐに竜になって飛んで行った。
「まあ、ケアルなんて魔法俺は覚えていないんだがな」
「道具を取りに行っている合間は僕が回復魔法で繋いでおきますね」
王羅はローレライの襤褸の上着を脱ぎ取り、全身にに回復魔法『ケアル』と時間と共に回復する『リジェネ』の刻印を刻む……融合魔法『リアジェル』を発動し、再生能力を上げた。
「……」
「よし、他の奴を診るか」
王羅は集中している。声をかけずに、彼は他の負傷者を伺った。
「お前は……」
「毘羯羅だ」
神無が次に診たのは刃沙羅の師匠、毘羯羅。無数の顔の傷、そして激しい打撲を思わせる頬、顎の痛々しい痣。
尚、答えたのは刃沙羅だけで彼女は眠っている。
「顔の負傷、あとは……」
黒スーツの下、白いシャツを取り、白いサラシで胸を隠した胴を見る。腹部には同じくらいの痣がある。
「腹だけか。だけど、たった3発で倒したのか。すげえな、お前」
「で、問題ないよな」
「ああ。後でツヴァイたちが道具を持ってくる。腹部には塗り薬を使えば直ぐに治る。……流石に骨は砕けて無さそうだな」
神無はもう一度腹部の痣の部分を触診で、再確認した。
……セーフだな。
「―――って、お前の方が外敵損傷は激しかったな」
神無は急いで布団をもう一つ敷いて、刃沙羅を投げ倒した。
「ぐぇっ!? お前…!」
「やっぱり見目通り、無茶しているなあ。おら、診てやるから、動くな」
そう言って、神無は刃沙羅の診察を開始した。
刃沙羅は全身に激しい切傷を走らせていた。出血も激しかった。
その後も、神無は負傷した全員の診察を行い、重度も調べた。そうしているうちに、ツヴァイたちは帰って来た。
神無は広間に全員要る事を確認し、彼らに負傷の報告と治療の報告を始めた。
ツヴァイ以外にも広間にやって来ていたのは金色の髪、赤色の瞳をした少女――黄泉とその母親、月華がやって来ていた。
「……よし、ローレライはこれで大丈夫だ。俺の治療と、王羅が施した『リアジェル』で数日経てば回復は終わる。刃沙羅にも治療と先の『リアジェル』を施したから同じくらいだ」
「し、師匠は…」
刃沙羅は横になったまま、神無に尋ねた。
「ああ。顔の痣は時間が、腹部は塗り薬で問題ないさ。―――で、オルガもかなり重傷だった」
上半身に無数打撲。
相手は確か、ローレライとアーファ。神無は追求をやめた。
「……オルガは持ち前のしぶとさと回復力があるから復帰は早いな。
―――というか、怪我した全員に『リアジェル』を施した。頑張ったな、王羅」
「はぁ……はぁ……少し、横になります」
王羅は荒い呼吸を繰り返しながら空いていた布団にばたりと横になった。
そして、数秒も経たないまま寝息を立てた。
「この家はちゃんと電気も水もガスも通っているから、暫くはここが拠点だ。食料もツヴァイと黄泉たちが買ってきてくれた」
「菜月……」
「大丈夫よ、菜月」
悲しむ娘に、母親たる月華は優しくなだめる。
「とりあえず、もう夜中だ。何か栄養のある奴でも作ってくれるか、ツヴァイ」
「そうね。皆そんなにがっつり食えないみたいだし、スープ系にするわ」
「んじゃあ、俺、隣の道場にいるから何かあったら来てくれ」
肩を鳴らしながら神無は広間を出て行った。
ツヴァイや『料理の出きる』ほか女性陣はともに部屋を出た。残りのイオンやアーファ達は神月たちの看護を集中した。
そんな中、クェーサーの看護をしていた凛那は静かに神無の後を追った。