第二章 心剣士編第十話「斬る覚悟」
道場。神無が幼い頃から旅に発つまで無轟に剣を学ばされていた場所。
どうやら、ここにも『老朽化をとめる魔法』が施されているのか、内部は神無が覚えている昔の道場そのままだった。
「……懐かしぃーな」
神無は深く息を吸う。香りを吸う。
ここには自分、父親、開設すぐに父が無理矢理入門させた数人の弟子たちの汗、血、過去の収束された空間だった。
「此処は…」
「おう、凛那か」
声の主たる無轟の愛刀――人の姿を象った女性――明王凛那に神無は朗らかな笑みで振り返った。
「覚えが……ある。此処には……」
「だろうな。なにせ、お前はこの道場が開いている間はあそこに掛けられていた」
神無が指を指した場所は中央の最も奥にある掛け軸の下、刀を支える置物『刀掛け』の場所を指差していたのだ。
「……で、道場が終われば親父が自室に掛ける。ここも俺が旅に戻って、最後に親父と一試合終えたら使わなくなったな」
「だが、此処は無轟とお前以外にも何人かいたが、ある日、二人しか使わなくなったのは幽かだが憶えている……何故だ?」
「……」
神無の明るい表情が突如、暗がりに染まった。
驚く凛那は何か不味い言葉を行ったのかと言葉を詰まらせた。
「……」
暫くの沈黙、息を呑む凛那に神無はやっと口を開いた。
「―――親父は道場開いてすぐに何人か無差別にここに連れてきたんだ。俺と同年が多かったな…。
親父は剣道なんてまるで知らないけど、それでも、そいつ等は必死についてきてくれた。いい友達だったよ……でもよ」
……あいつ等は道を踏み外しやがった……
神無の表情、深い暗がりを染めたのは燃えるような憤怒の怒り。だが、何処か哀惜も混じっている。
「親父に鍛えられた弟子たちは強くなった。俺ほどじゃあないけどな? でも、俺が中学に入ってすぐにあいつ等は堕落した…」
「暴力、か」
「そうさ。強さの意味を履き違えた馬鹿だ」
神無は笑みを零した。でも顔は先ほどの、哀惜まじりの怒りのままに。
「あいつ等は2年上の剣道の先輩たちをぶちのめして、剣道部を乗っ取ったり、周囲の中、高校の剣道部とか、ある種『道場破り』みたいに押しかけた……札付きの馬鹿野郎どもになった。
そうなってからは道場(ここ)には足を運んでこなかった。親父は何もしなかったし、言わなかった。―――だが、あいつ等が剣道部以外の人間を傷つけた事を知った親父はあいつらをここへ呼び出し、破門した」
「だが、破門しただけじゃ無轟は済まさない人間だ」
「そのとおり、流石は親父の愛刀」
凛那は嬉しさに頬を赤らめた。神無は一息ついて、話を続けた。
「で、親父は弟子全員を此処で破門を言い渡して……あいつ等に適当に打たれた無名の刀を用意して、凛那(おまえ)を抜き取った」
『斬る事は即ち、斬られる覚悟が在る覚悟があることだ』
あの時の親父は今でも脳裏に刻まれている。
身に纏う闘気はまさに鬼といった具合に、溢れ出る怒気と無情の殺意で驕りすぎた弟子を完全に再起不能にした。……人って怒ると無表情になるってのはマジだったか。
地の果てに逃げ果てて、剣を握った途端、“何処からとも無く親父に斬られる”恐怖を植えつけ、怒りと殺意に当てられた弟子たちはとち狂ったように道場を逃げ出した。もう、二度と『剣を持つ』事は出来ない。いや、暴力すら出来なくなったかもな?
親父は一切、凛那で弟子たちを斬らなかった。精々、斬りかかっていたのを弾いた程度。
俺は、泣いていたな……。
「……」
「親父は刀を納めて、俺の頭を撫でた」
お前は偉いぞ。その剣は『覚悟』を持って、『罪を背負い』……振え。
「その一言は俺にとって最高の言葉だった。涙が止まらなかった、わんわんと鳴いたわー」
両手の掌で自身の顔を覆い、悲哀の態度を取る。だが、あまりにもわざとらしいのかそれを凝視するように見る凛那の視線をさとり、ポーズはやめた。
一息ついた神無に、凛那も一息はいた。
「……覚悟を持って振るえ、か」
「やっぱり人を斬る事に善悪関係ないんだよな。所詮、『罪を背負う』事だ。でもよ、そんな事で悩むくらいなら背負い続けてやるさ。
大切な人を護る為に斬った、その『罪』を俺は背負い続ける。親父もきっと背負い続けてきた筈だ……俺より、何十、何百倍にな?」
言葉の最後、神無は優しく微笑みかけた。それをよく知っているのは愛刀である凛那だけだろう。
「……で、その弟子たちはどうした。お前と同じ学校だったのだろう?」
「ああ―――気になるのか?」
「話の末路くらいは教えて欲しいものだ」
「ま、いいか。
あー確か……翌日には顔を見たが、おれの顔見ただけだ脂汗だらだら。しまいにゃ泡吹いて気絶と来たもんだ。で、その次の日には数人全員が別々に転校して行ったわ。
……今はもう知らないけどな。もう、二度と暴力なんて出来ない骨抜きの人間になっていることは間違いないな」
それを聞いた、凛那は呵呵大笑を上げた。
「あはは、ハハハハハ! 実に愉快だ。お前も内心、笑っているだろう?」
「ぷ……くくく、言わせるなよ。お前が追及しなけりゃ、真面目なままいたのにさあ!」
そこから暫く、二人は面を向き合って笑い続けた。
そして、食事の準備ができた事を伝えに(もう半分は笑い声に気になって)、ツヴァイがやって来たが、その姿に唖然としていた。
「どういうことなの……?」
無轟宅、広間。
トレイにシチューを運んできたツヴァイたちは目を覚ましている神月たちに食事を用意した。
みな、ゆっくりと食事している。起き上がれない面々は神無たちが二人一組で一人が上半身を起き支えて、一人が食事を与える。
「あ、アーファが作ったやつじゃないよな?」
美味しい香りを匂ったオルガは不安そうに献身的な彼女に尋ねた。
「ほー、もう30発は殴られたいか」
「……怪我人だよ、労わって……」
殴りかかろうとするアーファを制止したのはペルセフォネだった。
彼女はスプーンでシチューを掬い、オルガの口にスプーンを寄せる。
「ほら、大丈夫。美味しいよ…?」
「お、おう……うぐっ」
意を決して、オルガは一口味わった。
一般的なシチューの味だが、なんだろう暖かな味わいを感じる。
「うめえ」
「でしょ」
ペルセフォネが微笑みを返し、もう一度、スプーンで掬ってもう一口差し出した。
「はい」
「ああ、すまねえ」
そんな暖かな場景に明白なまでに羨ましい哀しみと怒りが間近、視線の先にいる。
悲しみの根源はイオンだ。彼が担当しているのは菜月で、黄泉と一緒に彼が支えを担っていた。
「……う、う、うッッ……うらやまけしからんっっ!!」
「涙を流すほどね…」
「イオン、泣くなよ……」
黄泉と怪我人の菜月にまで哀れみの目を向けられたイオンは歯を食いしばるように、顔を俯いた。
そして、直ぐ傍の怒りはアーファだ。
「こらっ! あ、アタシと言うものがいるのにぃいいい!!!」
「おい、揺らすな!? やめろ! 頼むううううう、傷が悲鳴を……!!」
「アーファ、どうして怒ってるの……?」
「ぁああああああああああああああ……!!!」
次第に泣き出し始めながらオルガを揺らし続ける。既にオルガは気を失ってる。呻き声しか漏れ出していない。
ペルセフォネも皿とスプーンをトレイに置き、彼女を宥めた。だが、余計にアーファが暴れるのは言うまでもなかった。
そんな様子は他の者にも見られている。
「……あいつら、馬鹿か?」
上半身包帯塗れの刃沙羅は呆れるように自力で半身を起き上がらせて、シチューを頂いている。その傍には王羅で困ったように苦笑を浮かべている。
「ふふ、いいじゃないですか。久しぶりの再会ですし」
「…そうだな」
「なんだ、お前も私が居なくて寂しかったか? ははは、可愛らしいな」
「うるせぇ! 何言いやがる、師匠!!」
「ほら、大声だしら傷が開くわよ?」
からかう様に行ったのは隣でツヴァイに支えられている毘羯羅だ。彼女は負傷箇所が少ない為、半身は起き上がれずともシチューをいただく事はできた。
呵呵大笑をする師匠に、恥ずかしげに怒る弟子の様子は知り合いでもある王羅にとっては微笑ましい、取り戻したかったもののひとつだった。
だが、そんな様子に構わず静かに食事を交わす二人が居た。
「……貴女が手伝ってくれるのね」
「ああ、でも自力で食べれるのだな」
クェーサーの相手は凛那だ。この二人は今回の戦いで特殊な関係を芽生えていた。負傷している彼女は食事を自力で頂いているが、支えているのは凛那だった。
「必ず、この礼は返すわ」
「ふふ……期待しておく」
「ローレライさん、大丈夫ですかー?」
「う……はい」
刃沙羅よりも酷い、ミイラ男の様な風体にされているローレライは月華に支えられながら、ヴァイロンに食事の面倒を見てもらっていた。
「無茶するからこうなるんです……気をつけてくださいよ」
「はは……これからはもうしないですよ」
苦笑を零しながら、ローレライはシチューを頂いている。月華はやさしく彼の背をさすっている。
「すみません」
「……」
「……」
一方、紗那とヴァイは兄の面倒を担っている。支えているのはヴァイ。
食事を与えるのは紗那だ。だが、今、二人は真顔のにらみ合いをしている。
「お兄ちゃん…?」
戸惑う妹に構わず、睨みあう。
「あ、あーーん……!!」
「…ああ」
ゆっくりとシチューを掬ったスプーンを近づける紗那。神月は口を空けた。次第に顔を赤くする両者に、妹は本音を胸中に吐き捨てた。
(………このバカップル………)
全員の食事を終え、時間はもう眠りにつく時間だった。
神無は他のものたちに布団を用意して、広間で全員就寝した。
(詳しい事は明日にでも話そう。明日、仮面の女―――カルマに関わる事をしらなければならねえ)
神無は眠りにつく前に、そう思いながら眠りについた。
歯車は高速で廻りだす。他の歯車と組み合わせ、激しい火花を撒き散らしながら大きな物語を駆動させていく。
■作者メッセージ
とりあえず、第二章心剣士編はこれで終了です。後は断章、反剣士編を上げるだけです。あとがきはブログであげますね。
ですので次のターンはもうちょっとかかります。すみません
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