第二章 反剣士編第一話「黒羽の旅人」
「――サイキからアルカナが戻ってるって聞いてさ」
ゼツはにこやかに笑顔を浮かべながらアルカナの脇腹に肘を突いた。だが、一変して真剣な顔でアーシャたちを見た。
「レプキアたちの事は聞いているさ。俺も、皆でどうしようか考えていた。……考えた結果、他の世界に足を運ぼうかと想っている」
「……おい、それじゃあ砂漠にダイヤモンド見つける並みの無謀だろうが」
ゼツの言葉にディザイアの半分、怒りの含んだ低い声にも、臆することなく彼は問いだした。
「刹那を憶えているか、ディザイア」
「あ? ―――ああ、あの時の」
唐突に問われ、自分が半神の危険分子と恐れられ、長い間幽閉された異空間で遭遇した。ゼツの仲間たちと共にいた少年―――黒衣、黒い片翼、異質な雰囲気を漂わせた―――をディザイアは戦った記憶から思い出した。
「……おい、そいつがなんだ?」
「刹那はこの事件に詳しい一人だ」
話している彼以外の全員が驚きの、驚愕の眼差しで見ている。一息ついて、ゼツは答えた。
「アイツって『旅人』でさ、俺たちと別れた後、一人で旅していたときに仮面の女に襲われたそうだ。ソイツはキーブレードを使って人を操る事ができるようでな、ティオンとアルガを引き連れていたそうだ」
「二人が……」
「刹那はなんとか逃げ延びて、つい先日に俺に話してくれた。今はもう、タルタロスっていう世界に行っている」
「タルタロス…?」
「色んな世界の人間が作り出した世界だよ。だから、情報も集まりやすいだってさ」
「あればいいのですが…」
「そこは問題ないだろうな。刹那以外にも被害者はいるって言ってたし」
「じゃあ、刹那の帰りを待つしかないのですか?」
「そうだなー。俺も、今回の事件に加わりたいんだよな」
ゼツがここにやって来たのも彼らに許可を求めての事だった。刹那一人に無理をさせるわけにはいかない。
アルカナたちはゼツの頼みに答えを詰まらせていた。真剣に見つめる彼は答えを待っている。その視線に目を伏せて答えたのはアルカナだった。
「今回の件は……我々、半神のみの手で片をつけたい」
その答えに声を潜ませて、感情の叫びを上げる。
「―――ダメのかよ!? 俺たちだって、助けたいんだ! レプキアたちを!!」
「……少なくとも、私が許可しようともほかの半神が黙っていない。多かれ少なかれ、『人』を見下ろしている奴もいる」
「俺だって、レプキアと知り合いだ。頼む!!」
ゼツは座り込んで、4人へ深く地に頭を下げた。所謂、土下座だ。
「頼む……!!!」
「高が我々と知り合った程度、何故そこまでする」
アルカナは理解できな表情で頭を下げているゼツを見つめた。
「……ひたすらに『助け出したい』と言う想いだけではダメか?」
顔をあげ、異色の双眸がぎらぎらと血走っている。偽りのない瞳に語られる想いをアルカナは受け止めた。
「―――解った、半神たちには私が説得する。約束する」
「!」
「刹那とはすぐにでも連絡を取り合いたい。タルタロスの場所を教えてほしい」
「あ、待ってくれ。連絡ならこの『黒羽』を使えばいい」
立ち上がったゼツはズボンのポケットから黒く染まったこぶし大の羽根を取り出した。一見すれば鳥のものと同じだが何処か異質な雰囲気を漂わしている。
「あー、刹那〜、刹那ー?」
ゼツは羽根へと声をかける。
『……ゼツですか、どうしたんですか』
羽根から帰って来たのは声の主――刹那が応答した。
「今さアルカナたちと話をしてさ、どうにか協力はしてくれるみたいだぜ。
で、アルカナがそっちに行きたいって言っているんだけど」
『ああ、ありがたいですが別に来なくていいですよ。的を得たんで、ここで永遠剣士たちに情報を伺おうかと』
「そう……ちょっと待っててくれ―――アルカナ、刹那一人で問題ないだってさ。どうやら情報があったみたいだ」
「わかった」
「……で、刹那。おまえがそっちなら俺らは帰りを待つだけか?」
再び、刹那に問い尋ねたゼツ、きっと彼のことだからまだ必要な事を残しているはず。
『貴方が彼らに協力の許可をもらってから言おうと想ったものがもう一つ在ります。『竜泉郷』と言う世界に行って、そこにいる二人に事の経緯、協力を。もし、信用されなかったらこの黒羽と“王羅たちはメルサータにいる”といえば信じてくれますよ』
「竜泉郷? 王羅? メルサータ? ……おい、それ、どこ?」
『この黒羽に仕込んであるから“異端の回廊”を利用できる。問題ないよ』
変わらず、用意のいい彼だとゼツは内心呟きながら、声音を低くし応答した。
「……解った。早速行くわ。話しがついたら、また」
『うん。ありがとう、ゼツ』
「……ああ」
黒羽を再び、ズボンのポケットに入れたゼツは一息ついてアルカナに話を終えた。
「そうか―――なら、私も半神たちと話をつけに行こう。アーシャたちも来るか」
「……ええ、みんなの顔を見たらちょっとは元気になるかな」
「俺は……いいのか」
半神たちの中では異端的な存在として認識されているディザイアは戸惑うように顔をうつぶせる。
その苦衷に、アイネアスは一息吐いてから言った。
「…少なくとも昔の貴方じゃあないでしょう? あ、私は此処にいます。――サイキを連れて行ってください」
アルカナは頷きで了承し、ゼツたちと共に部屋を出ていった。見送ったアイネアスは自分のデスクに腰を下ろした。
そして、引き出しから愛用の本を取り出して、待つことにした。
城下町の中にゼツの家がある。ゼツが住まう通常の家よりやや大きい二階建て。
戻ってきたゼツは1階のリビングで帰りを待っていたシェルリアたちがいた。
「あ、戻ってきたのね」
「うん。今からちょいと刹那に頼みごと頼まれたから外の世界に行く」
「……あれを【刹那】って認めているのねー?」
机に頬杖をして怪訝そうに見据える黒髪、ゼツと同じ異色の双眸をした女性――アナザは言った。
その言葉に、二人は言葉を詰まらせてしまう。
彼がやってきたのは今から遡る事、数日前。まだ事件の事情も知らない雨の日の事だった。
真夜中、突然に呼び鈴が鳴り響いた。リビングで転寝していたゼツは急に起き上がらせた。
「…? 誰だよ」
面倒ながらもなんども鳴り響く呼び鈴の音に意識を覚醒させながら、ゼツは鍵を開ける前に扉の前にいるであろう人物に尋ねた。
「どなたですか? 今、結構夜中なんですが」
「……急ぎのようで、開けてくれませんか」
「?」
声は低く聞き取りづらい。外の雨の所為でもあるが、一層警戒と怪訝の色を濃くした。
ゼツは片手に反剣を即座に出現できるように力を込めて、もう片方で扉を静かに開けた。
(!!)
扉を開け、外に居たのは全身を黒い衣装に染め、素顔を黒の包帯で隠した自分よりも大きな体格をした人物――恐らく男性―――だった。
包帯の隙間から見えた緑の双眸がゼツを捉えた。
「!! ……入れよ、拭く物は用意してやる」
敵意は感じない。だが、異質な眼光にやや怯んだゼツは黒装束の彼を家の玄関口に招いた。
玄関口で彼をとどめておき、ゼツはリビングの一つ向こうの右側にある洗面所に向かって大きいタオルを手に取った。
「ゼツ、誰かきたの?」
そっと声をかけたシェルリアの声に一先ず胸を撫で下ろし、顔には警戒の色を濃くさせた。
「顔は解らない。でも『知らない』わけじゃないんだ……妙な気分だ」
そうぼやきながら、シェルリアは彼と一緒に入って来た人物の元に向かった。
ゼツは黒装束の彼にタオルを渡す。受け取った彼はぬれた上着やズボンをふき取って、顔も包帯を解かないままふき取る。
「ありがとう」
「いや…まあ、上がれよ。暖かい飲み物を用意するから。シェルリア、頼むぜ」
彼女に濡れたタオルを渡して、自分は彼をリビングに案内して、椅子に座らせた。
テーブルの上には彼に入れた暖かいホットコーヒーがある。外が暗がりで見えなかったが、彼の口元は包帯からは開けられており、彼はほっとコーヒーを一口啜り、テーブルにおいた。
アナザや彼女の部下であった少女フィフェルも居合わせており、彼らの視線は黒装束の彼へと向けられた。
「――で、アンタ誰だ?」
ゼツの記憶の中に、こんな男との出会いも一切の覚えが無い。赤の他人なはず。
「……」
男は静かに包帯に手を取った。二人が見つめる中、ゆっくりと解いていく。
そして、解き終えた時、特に二人―――ゼツ、シェルリアの表情は唖然と、驚愕―――言いようのない衝撃が渦巻いて沈黙した。
「せつな……刹那なのか?」
ゼツが撃ち震えた声で問いただした。
目の前にいる彼は別れ際に見た少年ではなかった。その容姿はどこか少年だった刹那の名残はあるものの、一切が別物だった。
彼は静かに頷き、でも、困ったように返した。
「今の私は『刹那』であって、刹那ではない……解りますか?」
「見目がまるで違うから」
「ふふ」
シェルリアの冷淡な返しに、苦笑を浮かべた『誰か』。
「……憶えてるわよ、私」
彼女は刹那に育てられた過去がある。
絶望に塗れた自分を生きる意思のある人間に仕立ててくれた恩がある。
「貴方は『自分が誰なのか知らなかった』。記憶が無い……確か、『自分探し』にでもいったんだっけ」
「ええ。そこの所は詳しくは教えませんが、全てを思い出したんです。自分もね」
彼は微笑みを浮かべながら、もう一口、コーヒーを飲んだ。今度は全てを頂いて、受け皿に置いた。
■作者メッセージ
反剣士編スタートです。
反剣士編は2つのストーリーを繋ぎとめ、一つにする役割なのであちこち飛びます。
反剣士編は2つのストーリーを繋ぎとめ、一つにする役割なのであちこち飛びます。