第二章 反剣士編第二話「アダム/竜泉郷」
「今の私の名前は『アダム』。まあ、刹那と呼んでも構いませんが」
「別にいいわよ。アダム、貴方がここに来たのはこんな報せを打ち明けに来たわけじゃあないんでしょう?」
シェルリアの問いかけに、笑みを納めたアダムは一息ついて、話を明かす。
「ええ。実は、『仮面の女』と言う人物が多くの心剣士、反剣士を捕らえて手駒に、その拠点を現在は神の聖域レプセキアに置いた」
「!? おい、レプセキアって」
「そう。半神たちが、レプキアが居た場所です」
「無事なのか?!」
「……とりあえず、ゆっくりと話します。その方が理解してもらえていいはず」
アダムはゼツたちに今回起きている事件を話した。
アダム自身も仮面の女に襲われたことがある。それは自身もまた強力な旅人だからだ。仮面の女は心剣士、反剣士、永遠剣士以外にも様々な世界を渡り歩く『旅人』を狙う。
彼は今後の行動をゼツたちに打ち明け、彼らにも協力を仰いだ。もちろん、ゼツたちは覚悟を決めて、協力を承った。
「―――兎に角、アイツが頑張っているんだ。俺も頑張らないとな」
「そうね。此処も狙われる可能性は在るかもしれない。警戒はしておくわ」
「ああ、任せる」
ゼツは席を立ち、シェルリアに歩み寄って彼女の頭を撫で、家を出て行った。
家を出た彼は、町を抜け、一目を避け、人気のない草原に足を運んだ。
「異端の回廊、開け」
左手に黒く染まった片刃の剣を握り締め、空間を引き裂いた。引き裂いた孔へと飛び込み、孔は傷を塞ぐように閉じた。
踏み込んだ場所は異界とも言える空間。先を示す道は無く、大きな足場と奥に扉だけが拵えているだけ。
「悪いが今は『館』は使う暇は無い、急がないと」
『異端の回廊』は反剣士が使える闇の回廊と言った具合の移動手段だ。『館』は言うなれば隠れ家的なものだ。ある程度の優れた反剣士はこの回廊で数週間は過ごす事が出切る。
扉は闇の回廊と同じく目的の場所へと通じている。だが、目的とした場所を『想わなければ』、ダメなのだが。
「『竜泉郷』……よし」
扉に手をかけ、深くその言葉を念じる。刹那――アダムの言うとおりならこの先に『竜泉郷』と言う世界があるはずだ。
「……」
意を決し、扉を開けた。扉の先は深い緑に生い茂った森だった。
だが、自然で出来た道が一本道となって先を示していた。そう、大きな古びれた館を。
「あそこにいるのか?」
ゼツは館に足を運んだ。道中、森の中には湖、それにまぎれるように源泉が沸いている。そこには動物も浸かっており、来訪者を見据えていた。
(竜『泉』郷といった具合か。……館には誰かいるといいが)
辿り着いた館は遠くから見ても古びているが、近くで見ると尚古びている。緑に侵され、蔦の模様が伸びきっている。
「ま、入るからいいか。しつれいしまーす」
扉を開けながら、声を上げたゼツ。中へと入ったゼツはこざっぱりとしたエントランスを見回した。
「――ほう、来訪者か」
エントランスの中央の階段を上がって直ぐ奥の扉が開いた。
姿を現した彼女は長い銀髪、紫の瞳、着崩した十重二十重の着物を着た幼い容姿をした小柄な少女。
(二人……一人目、か。名前はそういや聞き忘れたな。ま、いいか)
「おぬし、ここに何かようか? 此処には色々な効能のある源泉と自然に満ちた森、そしてこの館と私たちしかいない」
「あ、ああ。実はある人から『二人』に頼みごとが―――」
刹那、ゼツは左から迫った攻撃を黒い剣―――『アルトセルク』を抜き取って、刀身で防いだ。
だが、強く打ち込まれた一撃は彼を思い切り、突き飛ばし、壁に激突した。
「ぅ!?」
「これ、ゼロボロス! 入ってすぐの客人を横から殴り飛ばす奴がおるか!!」
「あー……いや、押し売りはお断り的な意味で」
鈍く消えないでいる後頭部の痛みを堪えながら、ゼツは殴ってきた男――『ゼロボロス』を見た。
彼は黒髪、血眼といっていい赤い瞳、引き締まった上半身を黒い装束で薄く纏い、濃紺のズボンを穿いた強面の青年を。しかも、彼の一撃は何一つ纏っていない素手による一撃だった。
そんな彼は少女に叱られながらも苦笑で流しながら、呆れた少女も階段を慌てて下りて、駆け寄って来た。
「おぬし、大丈夫か? すまんな、こやつは阿呆で阿呆で…」
「誰が阿呆だ? まあ、意識があるんだ。なかなかの実力者だな、お前」
ゼツを讃えながら彼は両手をズボンのポケットにつっ込み、笑う。さしずめ、推し量られていたようだ。だが、剣呑としている暇ではない。
仲間であるアダムの頼み事を果たさなければならない。目の前の二人が彼がいっていた人物であることは間違いない。
「……お、俺はゼツ。訳合って、ここにきたんだ」
「ふむ、話があるのか」
「なら、向こうで話そうぜ。『客人に床に座らせたまま話させる』のはダメだろ?」
「今更何を言うか」
少女は呆れたままため息を吐いて、肩を竦めた。
その呆れにかまわずゼロボロスはポケットから右手を抜き、彼に差し伸べて、ゼツはつかんで引き起こしてもらう。
そして、二人に連れられて、ゼツは客室へと入った。
「とりあえず、話す。信じてもらえなくても直ぐに信じてもらえるものは在る」
「構わず。ああ、名乗っておらなんだ…シンメイじゃ」
先にゼツが椅子に腰掛けたのを、二人が確認し、座る。
少女は名乗り忘れた為に、座ってすぐに彼女は自己紹介をすませる。そして、ゼツは二人が見据える中、一通り話を行い、話し終えたゼツは二人の反応を見た。
「……ふむ」
「仮面の女、ねえ?」
シンメイは彼に視線を合わせず思考をめぐらせ、ゼロボロスは机に足を乗せて、疑った赤い眼がこちらを見据えている。
ゼツは懐から『見せれば信じてくれる』とアダムが言った黒い羽根を取り出した。
「!」
「……触らせろ」
彼女は驚いた表情で黒羽を見つめ、ゼロボロスは机から足を下ろして黒羽を求めた。ゼツは拒否せずに彼に黒羽を渡した。
手に取った黒羽を見つめるゼロボロス。シンメイは視線を黒羽に追い、彼に本物か確かめさせている。
「……本物だな。『刹那』の黒羽だ」
「そうか。――信じざるを得ぬか」
「後、彼から『王羅たちはメルサータにいる』と」
「……王羅か、久しい名前じゃのう」
「――メルサータか。アイツがいる世界か」
各々、何か含んだ表情を浮かべ、反応はあった。ゼツは二人に協力を求めた。
ここにきたのはそのためでもある。
「頼みます、協力して欲しいんだ」
「……この黒羽、アイツと通じているんだな?」
「あ、はい」
「よし、刹那を呼べ」
一旦、ゼツに黒羽を渡して彼は刹那に対応を求めている。アダムならと想い、彼に連絡を繋げた。
『ああ、ゼツ。竜泉郷にはもうつきましたか』
「刹那。今は二人に話しているところだ。一応、お前の口で詳しいのを伺っている」
『わかりました。どちらかにまわしてください』
「解った」
黒羽をゼロボロスに渡し、彼は黒羽に話しかけた。
「よお、刹那。久しぶりだな……今回の事件はともかく何でメルサータだ? 王羅がいるだけじゃあ…」
『王羅も襲われた一人ですからね。彼女はメルサータにいる神無たちに助けを求めたんですよ』
「……お前、声が少し変わったな」
『目的を果たしたんですよ』
ゼロボロスは刹那だった頃に、彼の目的を知っていた。
『自分が何者なのかを探す旅』へ。
だから、彼から発せられた言葉に少し安堵の笑みを浮かべて、返した。
「そうか……そりゃよかったな。シンメイにまわす、詳しい事はアイツにいえよ」
『解った。ではまわして下さいな』
ゼロボロスはシンメイに黒羽を差し出した。受け取った彼女は声をかけた。すでに彼らの話を聞いていた彼女はアダムの名を問いただそうとした。
「刹那…いや、あやつの話具合から別の誰かかの」
『アダム、それが本来の名前。まあ、どっちでもいいんですがね』
「ふふ。こだわりは無いのか」
『なにを今更』
その声音はどうでもいいように向こうは失笑まじりに即答の言葉を放った。
『――さて、二人には王羅たちの元に向かって、彼らを引き連れてゼツが住んでいる世界『ビフロンス』に集って欲しい。覚えがあるはず』
「そうじゃな。あそこの仲良し詩を謳う夫婦とよい宴をした覚えがある」
『そこで、僕のほうもある程度人を引き連れて、ビフロンスへ向かう。そこで事件を終わらせる戦いの詳細を明かす』
「……仕方ないのう」
息をついたシンメイは了承して席を立った。
「今から参る必要があるのだろう?」
『ええ』
「ゼロボロス、勿論来るよな」
「別に断る理由がねえし」
彼も快く了承した。ゼツは二人に礼し、3人は館を出る。
移動手段は異端の回廊を使おうとしたゼツにゼロボロスが遮った。
「俺に任せな」
先に前に歩き出した彼から異様なオーラが溢れだす。
「…?」
何をするのか、と思いながら凝視する彼にその隣で気にもしない目でゼロボロスを見据えたまま言った。
「何、あやつは普段は人の姿をしているが本来は―――」
彼女が言い切る前に、ゼロボロスは本来の姿を解放した。
溢れ出す黒色の焔に包まれ、巨大で引き締まったしなやかな体躯、全身は黒く体表は、硬度の強い竜鱗が鈍く照り、長い鎌首を空へあおぎ、一息の咆哮を打ち立てるその姿は――西洋に伝わるドラゴンやワイバーンに酷似している。
そして、鎌首を下げて深紅に煌めく眼差しでゼツを見据えた。
『よお、驚いたか?』
獣ともつかない不気味なうなぎ声と共に頭に伝わってくる声音は嬉々としたものだった。
唖然としたゼツは頷きで返した。その様子にゼロボロスは牙を剥き出し、捉え難いからかいの喜びを見せた。
そんな彼に呆れる『同類』のシンメイは一息つくように吐息をこぼす。
「ふぅ、ほれゼロボロス。さっさとメルサータに向かおうじゃあないか」
そういって合間にゼロボロスの額に飛び乗り、彼を注意し、催促た。
『おうさ。ゼツ、乗るんだ』
「あ……ああ」
ゼツもシンメイと同じように飛び乗って、緊張気味に座り込んだ。そんな様子に二人は内心、けらけらと笑い合った。
「それじゃあ参ろうか、メルサータへ」
『おう』
1度強く、翼を羽ばたかせ飛翔力を高め、2度目は地面を蹴り、空へと飛び上がった。その後は鳥と同じく翼を羽ばたかせながら空に『門』を開かせる。
「あれは?!」
「異界の海を普通に通るのではなくその『間』の空間を進む事の方が楽よ。『異空回廊』って名前よ」
説明している合間にもゼロボロスは門に飛び込んで、異空回廊を突き進んでいく。ゼツは振り返ると門は既に閉ざされている。
異空回廊の中はトンネルのように前と後ろ程度しか認識する空間は無い。だが、ゼロボロスは真っ直ぐ、『前へ』と羽ばたいている。
『この空間は普通にハートレスの大群が出てくるから面倒なんだけどな』
「え?! ちょっと、それって危険じゃないか! ……やっぱ、俺らの『異端の回廊』で」
「反剣士のみの通路も良いが、おぬしはわらわ等の実力を見定めておらぬからの。内心、疑っておる」
「…いや、そんなつもりは」
『あー、向こうさんからのお出ましダー』
ゼロボロスは棒読みしたように伝えると、ゼツは振り向いた。『前方』に無数の黒いシミが染めわたる。シミからは蠢く大小無数の黒い影――ハートレスだ。
だが、入ってすぐに出現する所にゼツは疑問を想い、呟いた。
「こいつら、出てくると言うより…」
「そうじゃ。【此処】に入ってくる馬鹿者を襲うのじゃ」
「おい!!」
『喚くな喚くな。振り下ろされない程度にしがみ付いて居ろよ』
「それじゃあ、わらわも」
しがみ付くゼツと打って変わってシンメイは腰を上げる。銀色の扇子を拡げ、口元を隠す。
同時に、ゼロボロスの鎌首が振り上がる。彼は胸郭を一杯に吸いこみ、ハートレスの大群へと内なるものを放った。
『ウゥォオッラアアアアーーーーーッッッ!!』
黒い爆炎が一直線に大群に激突、即座に大爆発を引き起こした。
その圧巻にゼツは言葉をなくしていた。
「何、襲ってくるのであれば振り払えばよい。頭を使う意味も無いしの」
扇子を仰ぎながら清んだ顔色でゼツに言ったが、視線は今だに燃え盛るハートレスの大群に向けられていた。
だが、爆炎の中から数は激減したがそれでもこちらへと迫ってきている。
「ゼロボロス、全滅しておらぬではないか」
『ブランクだ』
「やれやれ。―――まだ炎は燻っておるのう」
残り火としてある炎に視線を向けた彼女は、扇子をそれに向けて、笑った。扇子の先端から白みを帯びた銀色の炎が燈された。
「炎の牢獄と参ろうか」
途端、銀色の炎弾を黒い残火に放ち、炎弾が残火に衝突すると大きく黒と銀の合わさった炎の塊となってハートレスの残党を焼き尽くした。
そして、炎の牢獄が燃え散ると完全に敵は焼却された後だった。あっけからんとしたゼツに一息ついて腕を軽く組んだシンメイはゼロボロスに視線を落として笑みを浮かべた。
「ふふん、どうじゃわらわの『銀炎花』は」
『おー、おー、凄い凄い。そら、いくぞ』
適当に自慢げな態度を取る彼女をあえて無視しながらゼロボロスは前へと進んでいった。彼の感覚でまだ『先』、先ほどの様な大群は襲ってくる可能性は無いわけではない。
ゼツは二人の実力を沈黙で納得し、メルサータへ向かう事を集中した。
「別にいいわよ。アダム、貴方がここに来たのはこんな報せを打ち明けに来たわけじゃあないんでしょう?」
シェルリアの問いかけに、笑みを納めたアダムは一息ついて、話を明かす。
「ええ。実は、『仮面の女』と言う人物が多くの心剣士、反剣士を捕らえて手駒に、その拠点を現在は神の聖域レプセキアに置いた」
「!? おい、レプセキアって」
「そう。半神たちが、レプキアが居た場所です」
「無事なのか?!」
「……とりあえず、ゆっくりと話します。その方が理解してもらえていいはず」
アダムはゼツたちに今回起きている事件を話した。
アダム自身も仮面の女に襲われたことがある。それは自身もまた強力な旅人だからだ。仮面の女は心剣士、反剣士、永遠剣士以外にも様々な世界を渡り歩く『旅人』を狙う。
彼は今後の行動をゼツたちに打ち明け、彼らにも協力を仰いだ。もちろん、ゼツたちは覚悟を決めて、協力を承った。
「―――兎に角、アイツが頑張っているんだ。俺も頑張らないとな」
「そうね。此処も狙われる可能性は在るかもしれない。警戒はしておくわ」
「ああ、任せる」
ゼツは席を立ち、シェルリアに歩み寄って彼女の頭を撫で、家を出て行った。
家を出た彼は、町を抜け、一目を避け、人気のない草原に足を運んだ。
「異端の回廊、開け」
左手に黒く染まった片刃の剣を握り締め、空間を引き裂いた。引き裂いた孔へと飛び込み、孔は傷を塞ぐように閉じた。
踏み込んだ場所は異界とも言える空間。先を示す道は無く、大きな足場と奥に扉だけが拵えているだけ。
「悪いが今は『館』は使う暇は無い、急がないと」
『異端の回廊』は反剣士が使える闇の回廊と言った具合の移動手段だ。『館』は言うなれば隠れ家的なものだ。ある程度の優れた反剣士はこの回廊で数週間は過ごす事が出切る。
扉は闇の回廊と同じく目的の場所へと通じている。だが、目的とした場所を『想わなければ』、ダメなのだが。
「『竜泉郷』……よし」
扉に手をかけ、深くその言葉を念じる。刹那――アダムの言うとおりならこの先に『竜泉郷』と言う世界があるはずだ。
「……」
意を決し、扉を開けた。扉の先は深い緑に生い茂った森だった。
だが、自然で出来た道が一本道となって先を示していた。そう、大きな古びれた館を。
「あそこにいるのか?」
ゼツは館に足を運んだ。道中、森の中には湖、それにまぎれるように源泉が沸いている。そこには動物も浸かっており、来訪者を見据えていた。
(竜『泉』郷といった具合か。……館には誰かいるといいが)
辿り着いた館は遠くから見ても古びているが、近くで見ると尚古びている。緑に侵され、蔦の模様が伸びきっている。
「ま、入るからいいか。しつれいしまーす」
扉を開けながら、声を上げたゼツ。中へと入ったゼツはこざっぱりとしたエントランスを見回した。
「――ほう、来訪者か」
エントランスの中央の階段を上がって直ぐ奥の扉が開いた。
姿を現した彼女は長い銀髪、紫の瞳、着崩した十重二十重の着物を着た幼い容姿をした小柄な少女。
(二人……一人目、か。名前はそういや聞き忘れたな。ま、いいか)
「おぬし、ここに何かようか? 此処には色々な効能のある源泉と自然に満ちた森、そしてこの館と私たちしかいない」
「あ、ああ。実はある人から『二人』に頼みごとが―――」
刹那、ゼツは左から迫った攻撃を黒い剣―――『アルトセルク』を抜き取って、刀身で防いだ。
だが、強く打ち込まれた一撃は彼を思い切り、突き飛ばし、壁に激突した。
「ぅ!?」
「これ、ゼロボロス! 入ってすぐの客人を横から殴り飛ばす奴がおるか!!」
「あー……いや、押し売りはお断り的な意味で」
鈍く消えないでいる後頭部の痛みを堪えながら、ゼツは殴ってきた男――『ゼロボロス』を見た。
彼は黒髪、血眼といっていい赤い瞳、引き締まった上半身を黒い装束で薄く纏い、濃紺のズボンを穿いた強面の青年を。しかも、彼の一撃は何一つ纏っていない素手による一撃だった。
そんな彼は少女に叱られながらも苦笑で流しながら、呆れた少女も階段を慌てて下りて、駆け寄って来た。
「おぬし、大丈夫か? すまんな、こやつは阿呆で阿呆で…」
「誰が阿呆だ? まあ、意識があるんだ。なかなかの実力者だな、お前」
ゼツを讃えながら彼は両手をズボンのポケットにつっ込み、笑う。さしずめ、推し量られていたようだ。だが、剣呑としている暇ではない。
仲間であるアダムの頼み事を果たさなければならない。目の前の二人が彼がいっていた人物であることは間違いない。
「……お、俺はゼツ。訳合って、ここにきたんだ」
「ふむ、話があるのか」
「なら、向こうで話そうぜ。『客人に床に座らせたまま話させる』のはダメだろ?」
「今更何を言うか」
少女は呆れたままため息を吐いて、肩を竦めた。
その呆れにかまわずゼロボロスはポケットから右手を抜き、彼に差し伸べて、ゼツはつかんで引き起こしてもらう。
そして、二人に連れられて、ゼツは客室へと入った。
「とりあえず、話す。信じてもらえなくても直ぐに信じてもらえるものは在る」
「構わず。ああ、名乗っておらなんだ…シンメイじゃ」
先にゼツが椅子に腰掛けたのを、二人が確認し、座る。
少女は名乗り忘れた為に、座ってすぐに彼女は自己紹介をすませる。そして、ゼツは二人が見据える中、一通り話を行い、話し終えたゼツは二人の反応を見た。
「……ふむ」
「仮面の女、ねえ?」
シンメイは彼に視線を合わせず思考をめぐらせ、ゼロボロスは机に足を乗せて、疑った赤い眼がこちらを見据えている。
ゼツは懐から『見せれば信じてくれる』とアダムが言った黒い羽根を取り出した。
「!」
「……触らせろ」
彼女は驚いた表情で黒羽を見つめ、ゼロボロスは机から足を下ろして黒羽を求めた。ゼツは拒否せずに彼に黒羽を渡した。
手に取った黒羽を見つめるゼロボロス。シンメイは視線を黒羽に追い、彼に本物か確かめさせている。
「……本物だな。『刹那』の黒羽だ」
「そうか。――信じざるを得ぬか」
「後、彼から『王羅たちはメルサータにいる』と」
「……王羅か、久しい名前じゃのう」
「――メルサータか。アイツがいる世界か」
各々、何か含んだ表情を浮かべ、反応はあった。ゼツは二人に協力を求めた。
ここにきたのはそのためでもある。
「頼みます、協力して欲しいんだ」
「……この黒羽、アイツと通じているんだな?」
「あ、はい」
「よし、刹那を呼べ」
一旦、ゼツに黒羽を渡して彼は刹那に対応を求めている。アダムならと想い、彼に連絡を繋げた。
『ああ、ゼツ。竜泉郷にはもうつきましたか』
「刹那。今は二人に話しているところだ。一応、お前の口で詳しいのを伺っている」
『わかりました。どちらかにまわしてください』
「解った」
黒羽をゼロボロスに渡し、彼は黒羽に話しかけた。
「よお、刹那。久しぶりだな……今回の事件はともかく何でメルサータだ? 王羅がいるだけじゃあ…」
『王羅も襲われた一人ですからね。彼女はメルサータにいる神無たちに助けを求めたんですよ』
「……お前、声が少し変わったな」
『目的を果たしたんですよ』
ゼロボロスは刹那だった頃に、彼の目的を知っていた。
『自分が何者なのかを探す旅』へ。
だから、彼から発せられた言葉に少し安堵の笑みを浮かべて、返した。
「そうか……そりゃよかったな。シンメイにまわす、詳しい事はアイツにいえよ」
『解った。ではまわして下さいな』
ゼロボロスはシンメイに黒羽を差し出した。受け取った彼女は声をかけた。すでに彼らの話を聞いていた彼女はアダムの名を問いただそうとした。
「刹那…いや、あやつの話具合から別の誰かかの」
『アダム、それが本来の名前。まあ、どっちでもいいんですがね』
「ふふ。こだわりは無いのか」
『なにを今更』
その声音はどうでもいいように向こうは失笑まじりに即答の言葉を放った。
『――さて、二人には王羅たちの元に向かって、彼らを引き連れてゼツが住んでいる世界『ビフロンス』に集って欲しい。覚えがあるはず』
「そうじゃな。あそこの仲良し詩を謳う夫婦とよい宴をした覚えがある」
『そこで、僕のほうもある程度人を引き連れて、ビフロンスへ向かう。そこで事件を終わらせる戦いの詳細を明かす』
「……仕方ないのう」
息をついたシンメイは了承して席を立った。
「今から参る必要があるのだろう?」
『ええ』
「ゼロボロス、勿論来るよな」
「別に断る理由がねえし」
彼も快く了承した。ゼツは二人に礼し、3人は館を出る。
移動手段は異端の回廊を使おうとしたゼツにゼロボロスが遮った。
「俺に任せな」
先に前に歩き出した彼から異様なオーラが溢れだす。
「…?」
何をするのか、と思いながら凝視する彼にその隣で気にもしない目でゼロボロスを見据えたまま言った。
「何、あやつは普段は人の姿をしているが本来は―――」
彼女が言い切る前に、ゼロボロスは本来の姿を解放した。
溢れ出す黒色の焔に包まれ、巨大で引き締まったしなやかな体躯、全身は黒く体表は、硬度の強い竜鱗が鈍く照り、長い鎌首を空へあおぎ、一息の咆哮を打ち立てるその姿は――西洋に伝わるドラゴンやワイバーンに酷似している。
そして、鎌首を下げて深紅に煌めく眼差しでゼツを見据えた。
『よお、驚いたか?』
獣ともつかない不気味なうなぎ声と共に頭に伝わってくる声音は嬉々としたものだった。
唖然としたゼツは頷きで返した。その様子にゼロボロスは牙を剥き出し、捉え難いからかいの喜びを見せた。
そんな彼に呆れる『同類』のシンメイは一息つくように吐息をこぼす。
「ふぅ、ほれゼロボロス。さっさとメルサータに向かおうじゃあないか」
そういって合間にゼロボロスの額に飛び乗り、彼を注意し、催促た。
『おうさ。ゼツ、乗るんだ』
「あ……ああ」
ゼツもシンメイと同じように飛び乗って、緊張気味に座り込んだ。そんな様子に二人は内心、けらけらと笑い合った。
「それじゃあ参ろうか、メルサータへ」
『おう』
1度強く、翼を羽ばたかせ飛翔力を高め、2度目は地面を蹴り、空へと飛び上がった。その後は鳥と同じく翼を羽ばたかせながら空に『門』を開かせる。
「あれは?!」
「異界の海を普通に通るのではなくその『間』の空間を進む事の方が楽よ。『異空回廊』って名前よ」
説明している合間にもゼロボロスは門に飛び込んで、異空回廊を突き進んでいく。ゼツは振り返ると門は既に閉ざされている。
異空回廊の中はトンネルのように前と後ろ程度しか認識する空間は無い。だが、ゼロボロスは真っ直ぐ、『前へ』と羽ばたいている。
『この空間は普通にハートレスの大群が出てくるから面倒なんだけどな』
「え?! ちょっと、それって危険じゃないか! ……やっぱ、俺らの『異端の回廊』で」
「反剣士のみの通路も良いが、おぬしはわらわ等の実力を見定めておらぬからの。内心、疑っておる」
「…いや、そんなつもりは」
『あー、向こうさんからのお出ましダー』
ゼロボロスは棒読みしたように伝えると、ゼツは振り向いた。『前方』に無数の黒いシミが染めわたる。シミからは蠢く大小無数の黒い影――ハートレスだ。
だが、入ってすぐに出現する所にゼツは疑問を想い、呟いた。
「こいつら、出てくると言うより…」
「そうじゃ。【此処】に入ってくる馬鹿者を襲うのじゃ」
「おい!!」
『喚くな喚くな。振り下ろされない程度にしがみ付いて居ろよ』
「それじゃあ、わらわも」
しがみ付くゼツと打って変わってシンメイは腰を上げる。銀色の扇子を拡げ、口元を隠す。
同時に、ゼロボロスの鎌首が振り上がる。彼は胸郭を一杯に吸いこみ、ハートレスの大群へと内なるものを放った。
『ウゥォオッラアアアアーーーーーッッッ!!』
黒い爆炎が一直線に大群に激突、即座に大爆発を引き起こした。
その圧巻にゼツは言葉をなくしていた。
「何、襲ってくるのであれば振り払えばよい。頭を使う意味も無いしの」
扇子を仰ぎながら清んだ顔色でゼツに言ったが、視線は今だに燃え盛るハートレスの大群に向けられていた。
だが、爆炎の中から数は激減したがそれでもこちらへと迫ってきている。
「ゼロボロス、全滅しておらぬではないか」
『ブランクだ』
「やれやれ。―――まだ炎は燻っておるのう」
残り火としてある炎に視線を向けた彼女は、扇子をそれに向けて、笑った。扇子の先端から白みを帯びた銀色の炎が燈された。
「炎の牢獄と参ろうか」
途端、銀色の炎弾を黒い残火に放ち、炎弾が残火に衝突すると大きく黒と銀の合わさった炎の塊となってハートレスの残党を焼き尽くした。
そして、炎の牢獄が燃え散ると完全に敵は焼却された後だった。あっけからんとしたゼツに一息ついて腕を軽く組んだシンメイはゼロボロスに視線を落として笑みを浮かべた。
「ふふん、どうじゃわらわの『銀炎花』は」
『おー、おー、凄い凄い。そら、いくぞ』
適当に自慢げな態度を取る彼女をあえて無視しながらゼロボロスは前へと進んでいった。彼の感覚でまだ『先』、先ほどの様な大群は襲ってくる可能性は無いわけではない。
ゼツは二人の実力を沈黙で納得し、メルサータへ向かう事を集中した。
■作者メッセージ
追記:10月17日。修正をしなおしました。