第二章 反剣士編第三話「来訪/白竜」
タルタロス。
先の戦い―――仮面の女の仲間の一人であるアバタールとその手勢―――により、町は損傷の痕を残していた。
既に修繕作業を始めている場所もある。しかし、人の気配はとても少なかった。
「…」
そんな中、タルタロスの夜の闇に染まるように黒衣を身に纏った顔にも黒い布を巻きつけた男が街中を歩いている。
彼の姿を見たものは一目で「旅人だろう」と想ったが、今は彼に構う余裕は無いし、その異質な雰囲気に近づきたくも無い。
「随分と荒れているな……」
街中の破壊された様子を一通り見た彼―――アダムは広場の長椅子に腰を下ろした。
一応、街中に居た人間から幾つか情報を得ている。突然、町を攻撃してきた人間たちが居て、応戦したと言う。
「―――此処も攻撃を受けていたとは」
此処は彼女と縁が在る場所の一つだ。足跡を消そうとしたのかと、アダムは想った。
そして、聳える二つの塔を見た彼は向かうべき場所を決めた。
「ニュクスの塔にいるかな?」
この戦いに巻き込まれた『客人』達は。
その言葉と共に、彼の姿はどこかに消えた。長椅子には黒い羽根が一つだけ残されていた。
「――神の聖域、か…」
黒いロングコートを着た男性――チェルは椅子には腰掛けずに壁に凭れるように背を預けて組んだ腕を下ろした。
「信じがたいですが、ジェミニはそういいました。『ある』と思います」
白い装束に黒い袴を着た少年――フェイトは真剣な眼差しでチェルや他の者達を見渡した。
そんな中、塔の管理人である白服の紳士服を着た青年――屍(かばね)は書庫のデータベースからその名前に記載されているであろう本があるか調べている。
「……レプセキアというのがその聖域の名前なんですね」
膨大な本のデータを調べながら、屍はフェイトに尋ねた。フェイトは先の戦いで洗脳を受けていたジェミニから情報の話を続けた。
「その場所に、ジェミニ以外の洗脳を受けた人たちもいて、『神』と呼ばれている少女もいたそうだ」
「少女?」
聖域と呼ばれる場所で、『神』の称を持つものが見目が少女というのは驚きを見せた金の髪に白い鎧と衣装を身に纏った少年――皐月が言った。
フェイトは頷き返し、話を続けた。
「『神』以外にも子にあたる『半神』もいるそうだ。神は既に眠りにつかれ、聖域にいる半神は『ほぼ』手駒にされているそうだ」
「ほぼ?」
完全ではない隙間を縫うように首を傾げて尋ねたフェイトの部下でもある白服の少女――カナリアに彼は答えた。
「一部だけ逃げられたそうだ。……そして、ジェミニを操ってまで仮面の女がやろうとした一つの目的があったそうだ」
「?」
皆はフェイトの言葉に視線を向け、その目的に疑問を抱いていた。
フェイトは一息ついてから、その目的を打ち明けた。
「――ジェミニは『永遠剣』を創らされたそうだ」
「!!?」
最も驚愕したのは永遠剣士である皐月と、最初の永遠剣士である少女アビスだった。
動揺を隠せないまま、アビスは小さく身体を震えながら言った。
「確かに…ジェミニは私と同じく永遠剣を創ることができる。でも、『創る』ことは出来ても、問題は…」
「所持する事、振るう事」
フェイトは見透かしたように答えた。
これも、ジェミニから伝えた話の一部だ。彼女のことなら、そう言うことをいうであろうと彼は言っていたが見事に的得ていた。
「……ジェミニ自身もその事には驚いていたそうだ。だが、仮面の女は永遠剣を所持することができたそうだ。
唯、持つ事はおろか、振るう事も、意のままだ―――と」
「……」
アビスは沈黙で返した。
余りにも度肝を抜かれた真実に、頭の中で整理に必死になっているからだ。
そんな彼女の様子を察して、同じ永遠剣士の皐月が尋ねた。
「なら、『捕食』も行ったのですか」
永遠剣の最大の強みの一つ『捕食』。
それは様々な力を喰らって、己の力の糧とすることができる。
「捕食の所までは見せていないらしい。だけど、後で『色々と食べてみた』と言っていたらしいから捕食はしているそうだよ。
……で、屍さんは調べ終えましたか?」
一区切りに言い切ったフェイトは調べ上げている屍に視線を向けて尋ねた。
「……その名前に該当する本は無かった」
屍は椅子に座り、机に頬杖をついている。最後に零れたため息が重い。
「仕方ないさ。『神』なんて、そんなもんだ」
落ち込む屍にチェルは歩み寄って、その肩を優しくたたいた。
「―――ん」
頬杖していた屍が突然、席を立った。
その挙動に驚く一行に、屍は戸惑いを浮かべながら言った。
「……侵入された。ここに来ている」
「なんだと? 顔見知りじゃねえだろうな」
「無いね。このタルタロスに住んでいる人間全ての顔を覚えているんだから……君たちと同じ『外』からの客人だ」
即断で断じた屍は警戒の眼差しをチェルに向けた。
チェルは頷き、シンクに目でコンタクトして書庫に一つだけ通じる扉に左右から待ち構えた。
「……」
シンクは意識を集中する。確実にこちらへと迫る足音が聞こえる。チェルも同じく銃『イザナギ』を抜き、構えている。
やがて、扉の前まで足音が止まり、全員が息を呑んで静かに扉を見つめている。
「―――」
扉の前。
アダムは一人、佇んでいた。
恐らく『無作法』に入ったから警戒されているであろうと想いながら虚空より、唾が横長のまさに『十字架』を象った刀を手に取る。
「行くよ」
一振り。
扉に右袈裟を繰り出して、両断した。崩壊したのは扉のみで、壁は切り裂かれていなかった。
同時に、シンクとチェルがアダムの姿を認識してすかさず銃弾の雨をお見舞いする。
「やれやれ」
嘆息するように剣を振るわず、黒い双翼で身を包むように銃弾を弾き返す。
「っ」
チェルは攻撃を納める。
場所はニュクスの塔内部。ここでの戦闘は屍にもダメージを与えてしまうからだ。既に先の扉を両断された時点で屍は胸を押さえて苦しんでいる。
「……父さん」
「武器を納めろ、シンク。―――お前もな」
父が銃を納め、息子たるシンクも同じく銃を納めた。チェルは何より彼から明白な敵意を感じていなかった。
そして、黒い双翼が霧散してアダムは姿を現した。彼も同じく武器を下ろして、刀は霧散するように散った。
「――威嚇だけど、すまないね」
「何者だ」
「私はアダム。仮面の女の手のものによる戦闘があったと見受けられるからやって来た」
的を射抜かれた二人はアダムを書庫へと通らせた。
「…あの人も何か知っているのかな、父さん」
「さあな。……だが、今は集めるだけ集めるしか無いだろ」
アダムに遅れて、二人も書庫へと戻った。
その後、アダムと情報を交換し合い、アダムは用意された椅子に腰掛けて、今後の行動を伝えた。
ビフロンスへ集合し、そこから神の聖域へと向かうと言う通達を。
異空回廊内部。
異空間の通路を遊弋するゼロボロス。額にゼツとシンメイを乗せて、目的の世界『メルサータ』へと向かっている。
『――そろそろだな』
目的の世界の入り口を感じ入った黒龍はスピードを上げる。
『入るぞ!!』
彼らの視線の先、異空の壁に門が開かれ、その向こう側にはメルサータの空が見える。
「あれが……」
ゼツの呟きと共に、メルサータに入ったゼロボロスたち。異空の壁はゼロボロスたちが通り抜けたと共に閉じていった。
そんな彼らの来訪をいち早く気付いたのはヴァイロンだった。
無轟の家の外。
「―――ッ!!」
全身に伝わる『あの気配』。
「ど、どうした?」
洗濯物を入れ終えた途端に挙動のおかしい白いローブを着た女性――ヴァイロンに心配になって黒髪の少女――ヴァイは慌てて声をかけた
ヴァイの心配に気付いた彼女は苦笑いを浮かべて、心配するなと念押しした。
「大丈夫……ちょっとここを外すわね」
「うん。何処か行くの?」
歩き去ろうとした彼女に問いただした。立ち止まった彼女は振り向こうとせずに背を向けたまま答えた。
「ローレライに言って置いて下さい。『今こそ私の悲願が叶う時』と」
「え―――」
ヴァイの返事に構うことなく、本来の姿―――白竜となって蒼天の空を羽ばたいた。
唐突な行動、彼への言伝、それは別れを意味しているようでヴァイは直ぐにローレライの下へと駆け出していった。