第二章 反剣士編第五話「龍神シンメイ/双龍の過去」
「ゼロボロス!!」
彼の目前に姿を現した銀髪、十重二十重の着物を着崩した少女――シンメイだ。
だが、既に攻撃がもうすぐ迫っている。
『馬鹿、前を―――』
「ふふ」
迫りくる光の雨に『気付いている』――彼女はいつもの艶美な微笑みを浮かべた。同時に彼女が光に包まれ、その真の姿を具象した。
『なにっ!!?』
全霊の攻撃『審判の光雨(ジャッチメント・レイン)』が降り注いだのに、割って入ってきた小娘に無力化された。
だが、その『小娘』は自分より遥か高位の存在である事を本能で悟る。そう悟ったと共に、蒼天は荒々しい雲海に染まり、雷鳴が轟き始める。
蠢く雲海の中から『シンメイ』の声がはっきりと、その姿の影が雷光で映った。
≪―――ゼロボロス、おぬしにはこの姿を見せたのははじめてじゃな?≫
『……はは、そうだったな』
雲海をつきぬけ、その姿を晒す。白く帯びた銀色の自身の倍もある東洋に伝わる胴長の龍。黄金に染まった炯眼が彼を見つめる。
彼は苦笑を浮かべ、シンメイを見据えた。
≪わらわはどうにも約束を守る通す気質じゃあないらしい。今から、わらわの独断で、邪魔させていただく≫
『くく、俺も……死にたくないって想っていた頃合だ。どうにも、お前と長くいすぎた』
腹の底から漏れ出す笑いにゼロボロスは活力を取り戻す。
『っゼロボロス!!』
二人は鎌首をゆっくりと動かし、ヴァイロンを見据えた。まだ、彼女は戦意を失っていない。
だが、ゼロボロスは彼女から逃げはしなかった。ただ、負けて死ぬ事をやめただけだった。
『ああ……安心しな。お前からは逃げやしねえ。ここでケリをつけるさ―――昔の俺と共々』
『はっ! 2体だろうと、構わないぞ』
≪わらわは何もせぬ。あくまでおぬしらの個人的な戦いじゃ。――だが≫
ゼロボロスに刺し貫かれた痛々しい傷痕が銀色の魔方陣が浮かび、消滅と共に完全に傷口は残らず消えた。
同時に、彼の中から力があふれ出す。
『シンメイ…』
≪これ以上の下世話はせぬ。さあ、しかとぶつかり合え≫
荒れ狂う天上を遊弋、二体を見下ろすシンメイ。ヴァイロンは内心、舌打ちを零し、もう一度、全霊の一撃で屠ると決意する。
ゼロボロスも同じく力を籠める。シンメイにもらった力をと共に。
『ゆくぞぉおおお!!』
ヴァイロンが具現化させたのは先ほどの黄金の槍。だが、一つではない。魔力を帯びた数百の黄金の槍の波濤がゼロボロスへと放たれた。
『―――『黒龍鎗魔』―――』
彼の眼前、赤い光を帯びた黒い巨大な円陣が出現した。
彼は勢いを殺さず、弾丸のように陣につっ込んだ。この円陣は嘗て、紫苑に取り付いて居た頃に知った『式』を応用し、『円陣を突き抜ける』ことで強化した黒炎を全身に纏い、絶大な破壊力を得る。
『っ!!』
数百の槍の弾雨を粉砕し、ヴァイロンへと激突した(その気になればぶち抜く事は可能だが、ゼロボロスにその選択はしなかった)。
『っ……かはっ……!!』
特攻による衝撃、そのままゼロボロスは加速に従い、共々突き抜けていった。
ヴァイロンの脳裏にはとある記憶が浮かぶ、共に在る黒龍、戦場の光景、根源たる彼の姿を、そして、己の敗北した姿を。
(負けるのか……また、負けるのか……!!!!)
やがて、衝突着地した場所は無轟の家の近くの山だった。周囲は黒炎による余波により森は灰燼に、帰している。
そんな焦土と化した大地に降り立ったゼロボロスは再び、黒衣の男の姿に戻った時、焦土に倒れているヴァイロンも白服の女として戻る。
顔を小さく上げ、意識があると共に敵意の眼差しで彼に問いただした。
「…何故、トドメを……刺さない」
「教える気は無い。あの時は死を選ぼうとしたが―――やっぱ、やめだ」
「ふふ、当然じゃろう。おぬしは腰抜けじゃからのう」
既に少女の姿に戻っているシンメイは転移で彼らの下に現れた。その傍らにはゼツも居た。
「わしも同じでな」
「だろうな」
涼やかな笑みを浮かべ、ゼロボロスは倒れている彼女を引き起こした。
「竜なんだ、人の姿でも大丈夫だろ」
「受け……た、ダメージは相当……よ」
彼の支えを求めようとせず、直ぐに片膝をついてしまう。すると、遠くからこちらへ駆けつけてくる数人の人影をゼロボロスとシンメイは気付いた。
ヴァイロンもその数人がローレライたちだと理解した。だが、彼女の意識は既に暗闇へと落ちていた。再び倒れかけた彼女を、ゼロボロスは抱きとめた。
『ヴァイロン……』
『……』
語らねばならない。些細な事だが二人の因縁を。
黒龍と白竜の因縁は彼らが住んでいた世界より続いている。
住みし世界の名前は『リティアーラ』。人間以外にも亜人(獣人の別呼称)など多種多様の種族が生存しあい、二人はその世界では『双龍』としてリティアーラを守護していた。
だが、多くの種族の生存は平和的では無く、争いも多かった。酷い時は何十年もかけて国と国の戦争を繰り返しあい、また何十年の平和というなの虚僞の休息から争いの繰り返し。
ゼロボロスはそんな世界を憂い、祈りしかしない、平和を望み続けるヴァイロンを見限った(元より『双龍』に人間たち干渉する権利はなかった。あくまで世界の守護を司る偶像に過ぎなかった)。
『……人よ、終端の時が来た』
ゼロボロスは一人、世界に挑んだも同じだった。
全てが敵だった。最初の戦場は、自分が祭られた神殿と近隣の小国。神殿には独立した国家に等しい人口と兵力が存在したが、無情の暴君となった彼の足もとに及ばず黒炎と共に蹂躙されて小国諸共、撃滅した。
第二の戦場はこの報せを知ったヴァイロンと、戦争を繰り返していた2つの大国。最初の時と違い、対極の存在たる彼女が参戦したために苦戦を強いられたがコレを退ける。瀕死の状態、再起不能に追いやった。大国は小国と違って、充溢した兵力と兵器で追い込んできた。
だが、ゼロボロスはその程度では負けなかった。ここで倒れれば、世界はまた繰り返す。争いを。
『……人よ、終端の時は来た……ッッ!!』
辛くも2つの大国を焼き払った。神殿と小国と違い、無傷ではいかなかった。
深手を負った。だが、全てを敵に回した彼に休息などはなかった。
「皆! 剣を取れ! 魔龍ゼロボロスを討つ!!」
多くの人間、亜人たちを束ねる青年が居た。
名前は紫苑。彼は先の戦で滅ぼされた小国の生き残りだった。命からがら生き延び、直ぐに各地を転々としながら仲間を呼びかけ、集っていった。
そうして、彼らは国の境も無く、『ゼロボロスを討ち滅ぼす者』として結束し、仲間となり、身動きの取れないヴァイロンの加護の下、戦いを始めた。
『……』
ゼロボロスと紫苑たちの戦いは3度にも渡って続いた。
1度目、休息をする為にあえて全力で逃げた。休息の場は最初に滅ぼした神殿と小国。その間、禁忌として、『亡者』を蘇生し、一時のしのぎとした。
2度目、傷をある程度癒し、紫苑たちと交戦する。今度は自分以外にも亡者の軍勢がいる。あの時のヴァイロンの罵声は脳裏に焼き焦がされた。亡者の軍勢は紫苑の仲間の巫女に全て浄化されたが、亡者に倒された数が多かったのか彼らは撤退した。
3度目、決着を迎えた。だが、相手の数は10人も満たない人間たちだった。紫苑が言うには『戦えるものは自分たちだけだ』の事。ゼロボロスはそれに驕らず、全霊で挑んだ。だが、どこかで心が壊れていくのを感じていた。戦争の狂気に呑まれつつあった。
『……人よ……我、は……』
「僕の勝ちだ、ゼロボロス」
倒れかかったゼロボロスの鎌首の喉笛を幅広の大剣で突き刺し、薙ぎ払った。
噴出す夥しい鮮血を浴びる紫苑、それを見届ける仲間たち。血の雨が止んだ後、紫苑は剣を掲げた。勝利したのだ。
だが、紫苑はその時、紫苑ではなくなった。
『―――ッッッ!!!』
ゼロボロスは死する前に、紫苑に魂と精神を乗り移っていた。心身共に疲弊しきった彼は支配に抵抗できず、彼に屈した。紫苑は自らの剣で仲間を皆殺しにした。最後の一人、最愛の巫女を手にかけた時、彼女の声と共に支配から覚ます。だが、巫女は死んだ。
その死と果てしない絶望に、発狂した彼の所為でゼロボロスと紫苑の精神が『ごちゃ混ぜ』になり、どっちつかずの異端の存在『ゼロボロス』となった。白い片翼、黒い片翼は二人の証明だった。
そして、『ゼロボロス』は外の世界を行き来でいる事を知り、殺戮衝動(ゼロボロス)を内面に押し殺し、理性(紫苑)を宿して世界を去っていった。
ヴァイロンはやっとの思いで復活し、戦死者を弔い、ゼロボロスを追いかける決意を、殺す決意を再び燃やしたのだ。
その旅路の中、ローレライに救われ、彼の竜として一時を過ごす。彼も復讐に協力はしない代わりに共に歩んでくれる友になった。
(でも、結局、私は負けた)
メルサータでまさかの再会、今度こそ殺せると思ったのに。
(私より遥か上位の龍に邪魔されるなんて)
シンメイと言われた見目は小娘の『龍神』は自分とは違う世界の特異な存在なの妥当と想った。
(あと少しでゼロボロスを……でも、私は―――)