第二章 反剣士編第六話「新たな関係」
「―――ッ」
暗い夢から目が覚めたヴァイロンは痛む半身を起き上がらせるが、込み上げる痛みより、敗北感が圧倒的に全身を乗りかかっていた。
「……」
周囲を窺うと場所は無轟の家、オルガたちが寝静まっていた。部屋の暗さ、窓の暗さから夜だと理解した。
「あ、起きた……よかった〜、うなされていた心配だったよ」
傍らにいる黒髪、異色の双眸をした明るい表情が特徴の少女――ヴァイはにこやかに安堵の微笑みを浮かべた。
そんな彼女に戦いの後、奴らはどうしたのか気になった。
「あの後……私は、どうなった」
「――君をここまで運んで、丸々1日を過ごした」
暗がりの中、姿を現した灰色のコートを着た若さの面を残した男性――ローレライが答えた。
ヴァイロンは先日まで包帯塗れの彼が普段の衣装で現れた事に驚きの表情を浮かべ、直ぐに消沈の思いで顔を俯けた。
「ゼ、ゼロボロスたちは……」
「――ヴァイ、手を貸してやってください」
ローレライは身を翻し、背中で答えた。物音を立てずに彼は部屋から廊下へと出て行った。ヴァイはヴァイロンの肩に手を回して歩調を支えた。
彼女は向かうべき部屋を知っているようで漸く、目的の部屋へと入った。和風の質素ながら広めで、部屋に低く立つ横に長い机の上に人数分の茶が注がれたお椀が置かれている。
そして、部屋に入ったローレライ、ヴァイ、ヴァイロン以外に、神無、王羅、ツヴァイ、凛那、残りは、ゼツ、シンメイ、ゼロボロスがそれぞれ座っている。
「……」
ヴァイロンはゼロボロス、シンメイの二人を敵意の目で見据えている。その眼差しを二人は意に介さないように熱い茶をゆっくりと啜った。
ローレライは直ぐに彼女の態度を察して、落ち着かせた。渋々と彼女はヴァイに力を借り、用意された座布団に座った。
沈黙から数秒、一先ずヴァイロンに3人の来訪の理由と情報の詳細を神無、ローレライが話して、話の区切りを見えたところで白髪の少女王羅が言った。
「――情報を交換し、お互いに倒すべき敵の正体がある程度見えてきた。仮面の女―――カルマ、それを取り巻く洗脳された人たち。集うべき場所『ビフロンス』……いよいよ、と言ったところですかね」
「まだ、だ」
神無はそれを断じた。
「……集合地がそこなだけだ」
「そうでしたね……急く気持ちが強すぎました」
王羅は少し顔を恥ずかしそうに、神無から視線をそらすように俯く。ため息、一つ。
隣で座っている凛那が彼女の肩をぽんと軽く叩いて、
「ビフロンスへは『全員』で向かうか」
「そこなんだよな」
神無が素っ頓狂に返した。
どうやら、ずっとそれを思考していたようで項垂れてるように頬杖をしながらゼツを見た。
「別に全員でいいと思う。だが、直ぐに向かうべきか、治療を終えてから向かうべきか」
「……」
ゼツはここでの戦闘の事を知らされていた。
負傷した面々とも挨拶を行い、内心、直ぐに向かうと言う答えを遠慮している。
(とはいえ、アダムにはどういったものか)
「―――録に負傷したものの回復を待たずに戦地へ赴くほど火急か?」
困ったように視線をローレライへ視線を鋭くした凛那に、彼はまだ完全回復していないため、見通されていることに苦笑を浮かべる。
そして、その問いをゼツに向けて、尋ねた。ゼツは懐からアダムの黒羽を取り出す。
「少し待ってくれ」
まるで携帯電話を使うように耳元にあて、通信を行う。
『―――ゼツか、もうメルサータってところかな』
「ああ。今、ビフロンスへ直ぐに向かうべきか話し合っている」
皆の視線がゼツに集う。その視線を逸らしながらアダムの会話に専念する。
『……こちらもある程度連れて行ける。だが、直ぐに向かう必要は無いよ』
「そうなのか。でも、どうしてだ」
『幾ら戦える人が増えても、それが彼女を倒せるとは限らない』
「……そうだな」
『だから、ビフロンスには数名ほどそれぞれつれてきて欲しい。どうせ、半神たちとの問題もある……ある程度強い人を連れてきて』
「なに?」
『向こうで話す。直ぐに向かうなら数人を連れてきて欲しい。後日、全員をということで』
「解った。――じゃあ、向こうで待ってる」
『ああ、恐らく半神と対立してしまう恐れも在る。覚悟しておいてくれ』
「……」
無言の返しに、アダムは黒羽の通信を断った。
ゼツは黙りこくったまま、黒羽を懐に納めて、一息すって、吐いて、彼らに答えた。
「仲間から今後の事を教えてもらった。今すぐビフロンスに向かうことは向かうが、全員じゃなくて数人程度でいいらしい……が、この中で強い奴って誰だ」
ゼツの言葉に、ゼロボロス、シンメイ以外の彼らが視線を動かした。
凛那、神無、王羅がそれぞれ向けられた(神無は凛那、凛那は上の空、王羅は神無へ視線を向けた)。
「おい、凛那。なんで上向く」
「全員強いさ。だからだ」
「……とりあえず、アンタたち3人か」
ゼツはビフロンスへ向かう人数を想定した。自分たち(ゼロボロスとシンメイ)と彼ら3人。合計6人だ。
「――――……よし、他にはいないよな?」
一同は頷いた。ゼツも頷き返し、
「なら、神無さん、凛那さん、王羅さん、お願いします」
「ああ」
「問題ない」
「はい」
それぞれ了承の返答を受け取り、ゼツはほっと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、明日の朝にでもビフロンスへ向かいましょう。今日は鋭気を養うと言うことで
そうして、会議は終わって各々部屋を出始めた。
来訪客のゼツらは神月たちが眠る部屋に向かおうと立ち上がり、客室から出ようとした時、
「―――待て、ゼロボロス」
座り込んだヴァイロンがそれを制した。ゼロボロスは立ち止まって、彼女を上から見下ろした。
ヴァイロンはゆっくりと立ち上がって、ヴァイの助けも断った。
「話がある」
「おう。いいぜ」
彼女についていくようにゼロボロスは後を追いかける。勿論、先日の戦闘もあって不安になっていたゼツをシンメイがとめた。
「ちょ、いいのかよ」
「問題ないじゃろう。―――もう、自分の中で『ケリ』をつけたいんじゃ」
達観するようにシンメイは笑みを深め、ゼツは呆れるように彼らの姿を見つめた。家を出ていった。
外は家の明かりが無ければ暗がりに染まって周囲も窺えない。
ヴァイロンは漸く振り返ってゼロボロスに問いただした。
「―――お前は、何故私にトドメを刺さなかった」
何度も問い詰めたくなる。
自分を生かし、死を選んでいた彼が、あの龍神の事を思って拒絶した。そして、自分を打ち倒した。
それでも、彼は自分を殺さなかった。この手で屠らんとした、自分を生かしている。
「お前を殺したところで、誰か喜ぶか?」
「っ」
言葉を返す前に、身体が動いていた。
彼の首を絞めるように両手を伸ばし、つかみかかるが一切、彼は何もしない。
唯、睥睨にも似た赤い眼差しが彼女を射抜いた。その眼差しに不意に、首を絞める力が竦んだ。
「……俺は紫苑に倒されて、それが贖罪になるかと考えていなかった。生き延びて、お前の事を思い出して肉体を再生させた。お前に殺される事を望んだ」
「なら―――」
「――だが、結局。俺はシンメイの事を思った。アイツは俺と同じで孤独だった。経緯は話してくれなかったが、あいつも俺と同じ道を選んだんだろう。
アイツに救われ、その後、約束として『共にすむが、お前が現れれば、底でお別れ、俺は断罪』を選んでいた。……だが、俺は一緒にいる理由を勝手に考えていただけだった」
「……」
「俺は生きる事を選んだ。シンメイを一人にさせないために。お前の贖罪を捨てて、俺は生きる道を選んだ……トドメをさそう、刺さないの考えはもう面倒になった」
「ふざけるな! それでも紫苑の絶望を、リティアーラの傷を」
「俺はそれを一切背負ったつもりで、いる」
迷いの無い、真剣な表情で彼は打ち明けた。
「……」
「俺は今だに覚えているとも。俺が踏み潰した神殿の人間を、焼き殺した多くの兵士を、戦いすら出来ない老若男女すべてを。紫苑を支配し、斬り殺したアイツの仲間の顔を、アイツが愛した巫女も、お前も。
ずっと背負い続けて生きる。せいぜい、潰されない程度に気楽にするがな」
そう言って、彼はヴァイロンの手を振り解いた。彼女は漠然と、座り込んだ。
今まで積もり募った感情の波濤が彼女の瞳を潤い、涙腺を崩壊させる。
「……お前を許すつもりは無いからな……っ」
「ああ。お構いなく。勝手に死ぬまでうらみ続けてもいいさ。でもよ、それって辛いだろ。俺以上にさ」
ゼロボロスは同じ視線にまで腰を下ろし、哀れな眼差しを送った。
「たった一つの過ちだけで、一生分、うらみ続ける事で自分を保つ事は滑稽に見える。俺は、自分の行い全てを背負った。これ以上何か重荷を背負う事があっても、『別に問題ない』」
「!!」
「許すつもりがないなら、それでいい。だが、もう恨み続ける必要は無いぜ。―――さて」
彼は満面の笑顔を浮かべ、
「俺はゼロボロス。不思議な因果により、お前と再会した事―――心より嬉しく思う」
「っ……」
「ヴァイロン。あの後、リティアーラはどうなった」
「……酷く衰退したが、戦争を一切やめて、平和になった。それを見届けてから、私は旅に出た」
「そうか」
ゼロボロスは立ち上がって、身を翻す。胸の内より湧き上がるものを彼女に余り見せたくなかったから。
「……ゼロボロス」
「ん?」
声音が落ち着いた彼女の呼びかけに小さく顔を振り向く、
「私は、ヴァイロン。今はローレライの下、生きている」
彼女の表情、姿勢から自分に募らせていた怨嗟が祓われていた。その姿こそ、かつて見た白竜ヴァイロンの凛然な姿を見て、彼は笑みを浮かべた。
「……俺はシンメイに生きる価値を、お前はローレライに生きる意味を見出したわけか」
「その様だな」
彼は振り返って、互いに見詰め合って、数秒。
込み上げた笑みの感情が二人を笑い上げる。
「はははは……!」
「ふ、ふふふ……!」
そんな様子をシンメイは暗がりの中、玄関口の前で佇んでいた。もう一人、ローレライも様子を窺うように傍らに立った。
「――二人の因縁はやっと終わったようですね」
「そうじゃの。我々のお陰のようじゃ」
「時間はかかるが、きっと昔のように―――」
「昔の様な関係には戻れぬ」
「え?」
安堵するローレライの言葉を遮ったのはシンメイで、達観した艶美な金色の双眸が二人を見つめたまま、
「新しい関係にはなるだろうがの」
勝ち誇った笑みを浮かべてながら言い、彼女は二人の元に歩みだした。
わざとらしくゼロボロスの腕を組んで、ヴァイロンをからかう様に笑った。何故だか、シンメイの態度に怒りを覚えた彼女は鋭く睨んだ。
呆れるように腕を組まされているゼロボロスは、どうにでもなれといった具合に腕を組んだまま、この熾烈な闘争を放置した。
「やれやれ」
そんな愛おしい白竜の姿に、彼は苦笑を浮かべて、3人の元に歩みだした。