第二章 反剣士編第七話「語らい」
ゼロボロスたちが家に戻り、会議を終えて、寝るものは眠り、起きている者は暇を持て余すように各々、会話を静かに弾ませていた。
まず会議が行われていた客室。
客室には王羅と、その傍には赤紫色の鬼火のように灯火が浮遊している。会話の相手は凛那で自身の顕現した茜色の刀身をした刀『明王凛那』を彼女に触れさせている。
『ほお……話を聞く限りでは歴戦の名刀―――だが、疵(きず)の一切も無い美麗さ……!!』
「そこまで持て囃すな、恥ずかしい」
「はは、『彼』にとっては褒め言葉ですよ」
王羅は傍らにいる鬼火を見やって、笑った。
鬼火の正体は鬼才と呼ばれた刀匠『技月(あやづき)』老。
一生の全てを『ムラマサ』の製造に全霊をそそぎ、完成と共に死した。が、その魂はムラマサと共に憑依し、様々な持ち主の元に渡っていった。
だが、呪いが『うっかり』ついてしまったようで、所持者の生気を吸収する為に、挙句はゴミのように捨てられた。そんなところに、旅人の王羅が拾い出した。
「僕は心剣、ホーリーコスモスの力で不老なので、生気を食われることはなくなったんですよね。でも、危険な事には変わり無いので、心剣に近い『もの』に改造し、僕の一振りとして愛用しています」
「神無から聞いたが、カルマの折には何故それを最初から抜かなかった」
強力な切れ味、能力を封印する呪力を秘めた「心剣もどき」のムラマサの有能さを理解したうえで、問いただした。
『切り札は……というだろう?』
技月の低くも笑みの含んだ声に、凛那は王羅を見やった。彼女も同じく屈託無く笑っている。
「そういった所です。確かに、ムラマサを使えばカルマを退けることはできるでしょうが、やはりそれだけになってしまう。ですから、『確実にダメージを与える』時にこそ狙いを定めたんです」
恐らくカルマ自身も王羅を見縊っていた節があると確信していた王羅は窮鼠猫をかむように、見事に噛み付き、幸いにもカルマの名と、素顔を知りえたのだった。
『―――で、おぬしを作り出した者の名前は“伽藍”と言ったか』
「ああ。覚えがあるのか?」
「その人、病で寿命わずかな僕の体を別の『器』に移すことで僕は生き長らえたんです。いわば恩人です……旅人の間では『何でもやる、する、問題は自己責任』で有名なんですよね」
王羅は自身の起伏のある胸を当てながら、呆れるように言った。元々、彼は男性だ。
だが、移された『器』は女性のそれで、器を変えて直ぐの頃は酷い鬱々としていた事を思い出す。
「……無轟はそんな胡散臭い奴と知り合いだったのか」
「神無さんによれば無轟さんも旅人らしいですし、どこかでめぐり合ったのでしょうね。因果の交差路は伊達じゃないわけですか」
『ううん……―――伽藍という男にはワシにも覚えが在る』
「それは初耳ですよ?」
恐らく、長く共にする友人の王羅が首を突っ込んだ。
『奴は一時だけだが、わしの下で刀匠の弟子をやっていた。弟子とかはいらぬのだが、勝手に居座って、勝手に技術を盗んでいったわ』
「「……」」
二人は沈黙で、伽藍と言う男のふてぶてしさと恐ろしいほどの自由人っぷりに絶句した。
『―――だがまあ、盗んだ技術でお主を創り出したのならワシは刀匠として冥利に尽きるわ』
と、凛那の完成度の良さに納得するように満足げに笑った技月であった。
仮眠から目を覚ましたオルガと、ヴァイロンたちと別れたローレライは道場で二人きりの再会をしていた。
「まさか、お前が現われるとはな」
此処についてすぐには治療やら何やらで彼と会話はまるでなかったし、彼が勝手に距離をあけられた為に会話もはかどれなかったが、こうしてこの道場に追い込んだ。
そんな彼の言葉に、ローレライは苦笑を浮かべるように彼から一歩、間を取るようにさがる。
「……うらんでいますか、やはり」
「別に」
「え」
あっさりと返した刹那、ローレライの視界は上を向いていた。オルガが彼を投げ倒したのだった。
鈍痛と共に、理解するとオルガが顔を近づけ、にやりと笑った。
「今更、お前が顔を出そうと問題ないし。―――というか、やっぱり生きていたのか」
「な……」
「実は、あの楽士になりすましていた気がしていたとは思っていたんだが、ドンピシャか」
「っ……!!」
オルガは思い出すように呟いた。
ローレライは彼と最後に分かれる折、仲間の一人の身形で別れをしたが、勘付かれていたのだった。不意に冷や汗が出てきた。
「……」
「まあ、今更お前を半殺しする気もないし、今回の件で助かったしな。―――という事で、これからもよろしく」
倒れたままの彼に、オルガは手を差し伸べ、握手を求めた。ローレライは剣呑としたまま、その握手を受け入れる。
コレも許されたことに入るのだろうかと内心、不安な表情を押し殺して、笑顔を浮かべながら握手を交わすオルガを見つめ、釣られて微笑んだ。
「じゃあ、そろそろ家に戻って寝るか!」
「ええ。まだお互いに完全回復していませんし」
二人は道場を後に、家へと戻っていった。
そして、リビング。
神無宅と似た雰囲気の場所で、ゼロボロスとシンメイ、神無とツヴァイはかつての旧知の好から会話を盛り上がっていた。
「いやはや、お前らが夫婦か。……存外、人の縁ってのは謎だなあ」
しかも、酒を用意して、感情の箍が外れやすくなっていた。4人とも何処か顔が赤くなっている。
ゼロボロスは神無夫婦を見て、にやりとからかうように言い、そして、笑った。
「んー? 何か文句あるのかよ」
「ふふふ、竜泉郷の秘湯にはまり、童になったおぬしがの?」
うっ、返す言葉を詰まらせて、わざとらしく咳をしてから言い返した。
「うるせえ。―――そういうお前らこそ、ずっとあの館で風呂ばっか一緒に入っているのか?」
「あー……まあそうだな。『一人で入れ』なんていうと泣き喚くは怒鳴るわ」
「うるしゃい!!」
「ッへぶぅ!?」
さらに顔を真っ赤にしたシンメイが神速のビンタでゼロボロスを叩く。叩かれたゼロボロスは床に激しく激突し、突っ伏す。
無残なその姿を神無夫婦は愉快に笑い、ツヴァイはシンメイの態度を見抜いている。だから、からかう様に彼女の柔らかい頬を指でつつく。
「ふふ、外見と精神年齢が『同じ』になってきたんじゃないの〜?」
「う、うー、う〜……っ」
彼女の言葉に、酔っているシンメイは叩くことを惑う。
流石にゼロボロスのように思い切り叩けずに、顔を赤めたまま机に突っ伏し、項垂れた。
「―――って、明日はビフロンスだったか」
にやにやと笑っていた神無は今更気付いたように酔いが覚める。だが、残る選択肢は寝るくらいだ。
ツヴァイもうとうとと眠りにかかっているが、彼の言葉は聞こえているようで困った笑みを浮かべた。
「じゃあ、寝ましょうか」
「ああ。そうだな…っと」
ゼロボロスを抱え、人一人が横になれるくらいの横長のソファーに横たわらせる。さらに、その懐にシンメイを横にさせ―――既に寝ている―――二人に毛布をかける。
これはツヴァイが意地悪っぽく考えたやり方。
「特段、問題ないわね」
「シンメイはまず落ちる気がするぜ」
「ふふ」
彼女はあえて返さずに部屋を出て行き、寝室へ向かった。神無はやや遅れて、部屋の電気を消して、彼女をおいかけた。
早朝、シンメイは高等部にやや痛みを感じながら目覚める。
「ううん……?」
気だるい体を動かそうとしたが、何故か動きが取れない。抱きしめられている奇妙な感覚、頭上から聞き覚えのある男の寝息が聞こえる。
怪訝に思いながら小さく顔を上げると彼の顔がすぐそこにあった。
ゼロボロスは眠っている間ずっと、シンメイを抱きしめながら眠りについていた。そのお陰でシンメイはソファーから落ちずにいられたが、この零距離は体験した事のないほどに近い。
「――――ッ!!?」
思考が完全にショートし、声にならない叫びを上げた。
遅れて、ゼロボロスもその声に覚醒し、自分が抱きしめているものを気付いた。
「な!?」
「こ、この……たわけええええええええええ――――ッ!!!!」
真っ赤に顔を染めたシンメイの怒声が、無轟宅の目覚ましとなった。
「なんだ? 五月蝿いぞ……―――ッッ!?」
そして、部屋に駆けつけ、真っ先に入ったヴァイロンは二人(まだゼロボロスは混乱のあまりに逆に強く抱きしめ、必死に抵抗するシンメイと一緒に言い争っていた)に絶句した。
同時に、『判別できない不思議な感情』に襲われ、一発だけ彼の顔を思い切り殴り飛ばした。吹き飛ばされた彼とやっと解放されたシンメイは同じ方向に伏せる。
「……」
言いようのし難い感情に何も言わず、ヴァイロンはリビングを出て行った。倒れているゼロボロスは殴られた頬を摩りながら深くため息を零した。
「なんで、こうなる」
「……し、知らんわ」
まだ高まる心臓の鼓動と顔の赤みを彼に見せないように身を縮める彼女を尻目に、ゼロボロスはもう一睡眠りについた。