Fragment4-1「届かぬ思い」
レプセキアの最奥に存在する大広間の長い長い玉座。
その玉座を、白布で素顔を隠した男が頂上を目指して階段を上っていた。
カツ、カツと音を鳴り響かせながら上り終えると、玉座で眠っている仮面をつけた一人の少女を見据えた。
「…………」
何かを堪えるように顔を俯かせ、ギュッと右手で左手を握りしめる。
そして、再び玉座で眠る少女を見る。
―――残念だけど、その願いは私でも叶える事は出来ない。
この世界に来て、どうにか眠っている少女と会話した内容が甦る。
それを一つずつ思い出しながら、男は目を伏せる。
「…どうして…」
吐き出される言葉と共に、再び少女の言葉が脳裏に過ぎる。
―――神だからと言って、何でも出来る訳じゃない。特に、あなたの願いはね。
自分の願いを叶えるのがどれだけ難しいか、そんなの嫌でも分かってる。
それでも、彼女の言葉を簡単には受け入れられない。
「これを、使ってまで…希望を見出したのに…!!」
さらに左手を握りしめる。
そうしながら白い手袋の下に感じる、小さな冷たくて硬い感触を確かめる。
もうない。でも確かに存在する、一つの温もりを。
―――でも、すごいわね。その指輪に篭ってる魔力…こうして『夢』で話す事も出来るなんて。
違う。これは、自分の力ではない。
いや、きっと相手もそれを分かっている。その上で、感心している。
この指輪に魔力を込めた人に。
―――良かったらさ、また話し相手になってくれない? 眠ってるだけって本当に暇でしょうがなくって。あ、その指輪の魔力尽きかけてるみたいだし、何だったら代わり用意するわよ?
本当に、心から楽しそうに笑うカミ。
ここで何とも言えない感情が湧きあがり、思わず歯軋りする。
そのまま、目の前の少女を金色の瞳で睨みつける。
「私の気持ちも知らないでっ…!!!」
一種の殺意が芽生えかけるが、それを抑え込んで左手の手袋を外す。
ある指に嵌めている銀色のシンプルな指輪。けれど、これはとても大切なモノ。
込められている魔力もそうだが…この指輪は何にも変えられない程、自分が自分である為の大事な思い出の品だ。
指輪をじっと見つめる事で気持ちを落ち着かせる。と、ここで不意に顔を上げた。
「――何のマネです?」
そう呟く男の頭上には、幾つもの勾玉が。
そして、下には銃を構えた機械兵士に何人もの心剣士、反剣士が彼に矛先を向けている。
こんな状況でも何処か平然とする男に、真後ろにいるアバタールが睨みつけていた。
「それはこちらのセリフだ。母に近づいて、何をする気だった?」
「何もしませんよ」「嘘をつくな」
即座に否定されてしまった。
男が肩を竦める中、アバタールはさらに睨みつける。
「お前、反乱を起こそうとか考えていないだろうな?」
アバタールの問いかけに、男は黙りこみ…――笑った。
「…そうだ、と言ったら?」
直後、彼に向って衝撃波や銃弾、炎や雷など様々な攻撃と魔法が襲いかかる。
どう足掻いても避けられないであろう怒涛の攻撃。しかし、男は笑いながら口を開いた。
「――『リフレクトウォール』」
「っ!?」
この呟きに、すぐ傍にいたアバタールの表情が凍る。
同時に、彼に魔法の障壁が包み込む。
次の瞬間、部屋全体を包むような大爆発が起こった。
部屋の中の爆煙が晴れると、負傷した人達に半壊状態の機械兵士の姿が露わになった。
「お、お前…!!」
そんな中、無傷で立っている男にアバタールは片膝を付いて腕を押さえながら睨みつける。
この視線を、男は受け流すようにして軽く笑った。
「私だって長く生きている身。ありとあらゆる状況は体験済みです」
蹲ってるアバタールに、男は手に闇を纏わせて一歩近づく。
そうして、首元にダブルセイバーの刃を突き付けた。
「さて、アバタール。今のあなたは傷だらけで、身動きも取れない状態…――この状態で彼女だけでなく周りに倒れている人達の『Sin化』を解いた上で傷を回復させたら、どうなるでしょうねぇ?」
にこやかに告げられる男の一種の脅しに、アバタールは息を呑む。
「そ、そんな事が――!!」
「出来ますよ? この翼は飾りじゃないんですから」
あっさりと言い切ると、背中に白の双翼を具現化させる。
幾つもの抜け落ちた羽根が光となって消える。その光景に思わず目を開いていると、男は話を続けた。
「あなたは“見た”のでしょう。彼女の『Sin化』だけでなく、時間・空間さえも私に効かなかった所を…この翼は、私に不利なあらゆる状態異常や変化から守ってくれる力を具現化した物ですからね」
そう。それが彼が仮面を付けていない理由。
彼はある場所で仮面の女―――カルマと交戦した。その時は、アルガやティオンを使って洗脳しようとしていた。
しかし、彼の強さは予想を超えた。大抵は力のある奴らでも逃げるのが精一杯なのに、彼は仮面の女とほぼ互角と言っていいほどの力で戦っていた。
さらに攻撃しても『Sin化』は効かない。時間や空間の干渉さえもままならない。さすがの彼女も本気で戦いを挑んだ。
結局、戦いは引き分けで終わった。それなのに、彼はこうしてカルマの仲間―――いや、『協力者』になった。
そうして自分の記憶を“引き出して”いると、男が付け加えた。
「ちなみに、リリスやクォーツなどにもその魔法をかけてます。彼女が何時気が変わって『洗脳させたい』なんて言うか分かりませんし」
「お前の言い分は分かった…!! だが、洗脳を解いたとしても朕だけでなくお前までそいつらに襲われ――!!」
「そんなの、すぐに逃げればいいだけの話ですよ。逃げられなかったとしても『リフレクトウォール』の効果は残ってますし、このくらいの人数余裕です」
「くっ…!!」
カルマと同じぐらいの戦闘力を秘めているのを知っているので、思わず歯噛みする。
アバタールが覚悟を決めていると、急に男が首元に付けている刃を放す。
そのまま武器を闇へと還元する男に、アバタールが目を丸くしているとクスリと笑いかけた。
「――まあ、軽い脅しはこれぐらいにしましょうか。反乱なんて起こす気はまったくないですし」
「本当か…!?」
疑い深い眼差しに、男は肩を竦めると後ろに視線を向ける。
アバタールが見ると、そこには男と同じように無傷の少女の姿があった。
何事もなく眠り続けている少女に言葉を失うと同時に、あの攻撃から守ってくれていた事を理解した。
「私と彼女は『約定』を結んでいるんです。それなのに破ってしまったら全てが水の泡になりますから…――『ホワイトウィング』」
手を上げると、アバタールだけでなく倒れていた人達に白い風が吹く。
癒しの風で全ての人達を回復させると、男は未だに片膝を付いているアバタールに軽く頭を下げた。
「では、これで失礼します」
そう言って、男は階段を降りていく。
回復した人々が武器を構えようとするが、アバタールが手を上げてそれを止めた。
「お前達、すまなかった。すぐに解散――」
その時、階段を降りていた男が足を止めてアバタールに振り返った。
「すみません、アバタール。一つ、伝言を頼んでもいいですか?」
「伝言?」
突然の事に、アバタールが訝しげに顔を顰める。
それに気を止めず、男は要件を述べた。
「私の事は《エン》と呼んで欲しい。そう彼女に伝えてください」
「エン…? お前はその名前では――」
「ええ、たった今思いついたものですよ。私の事は分かっているのでしょう?」
男―――エンの言葉に、アバタールは意図が分かったのかニヤリと笑った。
「なるほど…よく考えてみると、『奴』であって『奴』でない名前だな」
「もう一つ、意味はあるのですけどね…――では、失礼しますよ」
そう言って、彼は再び階段を降りて行く。
左手を隠すように、白の手袋を付けながら。
■作者メッセージ
今回の断章の話はあまりに文字数が多かったので、敵サイドとシャオサイドの二つに分けて投稿します。
尚、次に投稿するシャオの話はリラさんの『賑やか過ぎる日常』の番外編の内容もありますので、読まれた方がより楽しめると思います。
尚、次に投稿するシャオの話はリラさんの『賑やか過ぎる日常』の番外編の内容もありますので、読まれた方がより楽しめると思います。