Another chapter5 Aqua side‐2
その頃、ウィドはと言うと―――
「――最後に、隠し味をいれて…っと」
そう言って、ウィドはなにやら怪しい物体を緑色の液体の入ったフライパンの中に入れる。
すると、ジュワァと嫌な音が辺りに響き、黒っぽい煙が立ち込める。
ここでフライパンの火を消すと、最後までやり遂げた表情で額を袖で拭った。
「今回の料理も、我ながらいいデキですねっ!!」
だが、この事を何も知らない二人が見れば『何処がっ!!?』と叫びたくなるような代物だ。
まず、フライパンの中身の殆どが緑色の液体で構成されており、未だに黒っぽい煙が立ち上っている。
しかも、煙は焦げた臭いではなく生モノが腐った臭い。それ以外にもいろいろあるが、すべてを語ると時間がかかるのでこの辺りで省かせて貰います。
満足げに出来上がった料理をスープの取り皿に盛り付けるウィド。そうして四人分の料理をテーブルに準備した所で、玄関のドアを見た。
「それにしても、三人ともどこまで行ったのでしょうか……折角の料理が冷めて台無しになってしまいますよ…」
もうとっくに台無しになってしまっているが、幸か不幸か、そんなツッコミをしてくれる者はここには誰もいない。
手を顎に当てて少しだけ考えると、ウィドは三人を探そうと玄関に歩み寄った。
「そうそう…これも、持っていきませんと」
急に途中で足を止めるなり、ウィドは近くの壁に立て掛けてあった一つの剣を手に取る。
それは少し前にこの世界で見つけた銀色のレイピア。一目見た時にこの剣から不思議な何かを感じ、今は自分の武器として使っている。
剣を腰のベルトの留め具に付けて軽く調節すると、ウィドは玄関のドアを開けた。
「ううっ…寒さが身に染みる…!!」
そんな年寄り臭いセリフを吐きながら、ウィドは両手で身体を抱きしめながら雪の中を歩く。
辺りを見回しながらルキルや、アクアとゼロボロスを探し首を動かす。
―――その時、近くにある木の上の方で空気を切る音が聞こえた。
「っ…!?」
その音に気付いてすぐに横に跳躍する。
同時に、自分の立っていた地面に積もっていた雪が衝撃波に当たって土と共に周りに飛び散る。
その光景を視界に入れつつ居合抜きの構えを取っていると、一人の男が木の上から飛び降りて着地した。
それは白いダボッとしたズボンに、裾が膝元にある緑の服を着ている。短い青い髪の赤い目をした男だ。
突然現れた中国風の衣装の男をウィドが睨みつける。すると、男はこちらに向かって剣先を向けた。
自分の持っている剣と同じ形をした、金色の剣で。
「あんたか、シルビアを持っているのは」
「あなたは、一体…!?」
警戒心を露わにするウィドに、男はただニヤリと笑った。
カァンと、雪の積もった木々の間を乾いた音が響く。
ルキルの持っている木刀が上に弾き飛ばされ、やがて雪の上へと落下する。
アクアはキーブレードを握ったままルキルを見ると、目の前で膝をついた後に両手を地面につけた。
「はぁ、はぁ…!!」
「勝負アリ、だね」
荒い息をするルキルに、ゼロボロスがジャッジを下す。
アクアはフッと笑ってキーブレードを消すと、ルキルに手を差し伸べた。
「大丈夫?」
「あ…ありがとう、ございます…!!」
息を荒くしながらも、ルキルはアクアの手を握って立ち上がる。
アクアとの戦いで疲労した身体をふらつかせつつ、飛ばされた木刀を拾おうと近付く。
そんな彼を見てアクアが微笑んでいると、隣に来たゼロボロスが囁いた。
「――どうだった?」
その問い掛けに、アクアは複雑な表情で顔を俯かせた。
こうして戦ったのは彼の為でもあり、あの世界であった“リク”なのかを確かめる為でもある。
アクアは顔を俯かせたまま、ルキルと戦って感じた事を口にした。
「…あの子と違って、テラの力は感じなかった。ただ…」
「ただ?」
「それに近い何かは感じたわ。テラの…――キーブレードと同じであって同じでない力……それが、彼の中にある」
「それって一体…?」
ゼロボロスが首を傾げた直後、何処からか爆発音が響いた。
曇天の空に多くの鳥達が飛び交う中、三人は音のした方向に目を向ける。
「今のはっ!?」
「あの方向は…!!」
ゼロボロスが驚いていると、ルキルが何かに気付いて音のした方向に走り出した。
「ルキル、待って!!」
「早く追いかけよう!!」
―――爆発が起きる、少し前に遡る。
男が近付き、握っている剣を素早く連続で振るう。
その攻撃をウィドは避けつつ、男が攻撃を終えるのを待つ。
最後に力強く剣を振るった攻撃を避けるなり、ザッと足を踏み入れ―――瞬時に男の後ろに移動した。
「――『一閃』っ!」
剣を引き抜き、横に大きく振るうように男の背中を斬りつける。
しかし、男はその攻撃を剣を逆手に持って防御する。
攻撃が防がれた事に思わず歯噛みをするウィドに、男は弾き飛ばすと剣に淡い光を纏った。
「『霊封衝』」
その場で剣を振ると同時に、ウィドに向かって白い衝撃波が襲い掛かる。
突然の攻撃に吹き飛ばされる直前、剣先を地面に当てた。
「まだ…まだぁ!!」
吹き飛ばされると同時に、剣を振り上げて氷の壁を作り出す。
『氷壁破』を出して相手の妨害に使いつつ、どうにか体勢を立て直した。
「『青吼』!」
だが、今度は男の持つ剣から蒼い衝撃波が放たれ、氷に罅を入れて壊してしまう。
しかも、氷に当たった衝撃波は若干弱まったものの、そのままウィドに向かって襲い掛かる。
それを紙一重で避けると、ウィドは鞘に収めた剣を力強く抜いた。
「『風陣斬刀』!!」
引き抜くと同時に、無数のカマイタチが男に向かって襲い掛かる。
「ちっ…!」
男は軽く舌打ちすると、再び『青吼』を放って相殺する。
そうして、鞘に剣を収めるウィドを見てハッと笑った。
「あんた、意外と剣術すごいね」
「舐めないでください。これでも、ある程度剣術は身に付けていますから」
ウィドが言葉を返すと同時に、剣を勢いよく引き抜く。
間合いがあるからこそ、放てる技を。
「『空衝撃』!!」
居合抜きで放たれた衝撃波を、男に向かってぶつけようとする。
男はそれを見て、何と衝撃波に向かって手を翳した。
「『サンダーブラスター』」
男の掌から、扇状に電撃が飛び出して衝撃波を打ち消す。
予想していなかった攻撃に、ウィドは避ける暇も無く電撃を喰らってしまった。
「ぐっ…!?」
怯みつつも体勢を立て直そうとすると、突然身体中に痺れが走る。
どうやらあの魔法で身体が麻痺してしまったようだ。
思うように身体が動かせないウィドに、追い討ちをかけるように男は再び魔法を唱えた。
「『グラビティ・ヘビィ』」
すると、痺れて動けないウィドに魔法の煌きが包み込む。
急に身体が重く感じ、足で立っていられなくなって地面に倒れた。
「ぐぅ…!!」
地面に倒れ、呻き声を上げるウィド。
それでも必死で立とうとしていると、男が近づいてくる。
直後、剣を握っているウィドの右手を思いっきり踏み付けた。
「があっ…!!」
その激痛に負けてしまい、ウィドは剣を握る手を放してしまう。
男は足を退けて何も持っていない左手でウィドの剣を奪うと、ニヤリと笑った。
「さて、シルビアも手に入れたし…――ついでだ。こいつの『エサ』にしてあげるよ」
そう言うと、金色の剣の先をウィドに向かって突き刺すように構える。
身体が動けない状態で男が腕を振り下ろすのを見て、ウィドは目を閉じた。
―――同時に、何かが爆発する音がすぐ近くで響いた。
「ぐあっ…!?」
「えっ…!?」
その音と男の悲鳴に、ウィドはすぐに目を開ける。
目の前には男に奪われたはずの銀色の剣が落ちている。
茫然と見ていると、こちらに向かってくる足音が聞こえた。
「先生っ!!」
そう叫びながら、ルキルが焦りを浮かべて顔を覗き込むようにしゃがみ込む。
手には、悪魔の羽を象った剣―――【ソウルイーター】を握りしめている。
これを見て、ウィドは倒れながら目を見開いてルキルに注意した。
「ルキルっ…!? ここは、危険です…すぐに逃げて――!!」
「そんな事出来る訳ないだろ!! 地面に倒れて武器を取られてる状態でトドメを刺される所を黙って見てろって言うのかっ!!」
「しかし…!!」
どうにか反論しようとウィドが頭を働かせていると、ルキルは立ち上がって男を睨みつけながら言った。
「俺だって、先生を守れるかもしれないんだ…――“あの時”とは、違うから…」
最後に小さく呟くと、不意にルキルの脳裏に金髪の少女が思い浮かぶ。
守ると約束したのに、本当の意味で守れなかった大切と“思っていた”少女。
数少ない作られた記憶を軽く首を振って追い返すと、真剣な表情をしてウィドを見た。
「頼む。守らせてくれ」
このルキルの言葉に、ウィドは少しだけ何かを考えるとフゥと息を吐いた。
「――ルキル…言葉を間違っていますよ」
「え?」
「いい、ですか…? こう言う状況の時は――」
ウィドはゆっくりと剣を握り、痺れと重力でロクに動けない身体を起こす。
その時、ウィドに優しい光が包み込み、身体に自由が戻った。
二人が驚きつつも後ろを振り返ると、『エスナ』をかけたアクアがキーブレードを下ろして微笑んでいた。
「一緒に戦おう…――ですよね?」
「あなたは…!!」
「助っ人、参上しに来たよ」
ウィドが目を丸くしていると、ゼロボロスも翼を出して拳を握る。
さらにアクアもキーブレードを構えていると、男の目の色が変わった。
「キーブレード…てめえもか…」
何処か憎憎しげに呟くと、金色の剣を握り締める。
空気が変わるのを肌で感じると、ゼロボロスが声を上げた。
「来るよっ!」
この言葉にウィドとルキルも剣を構え、戦いが再開された。