第三章 三剣士編断章壱 「裏切り者アバタール」
神の聖域レプセキア、第二島。
第二島はレプセキアの各島に配置されているずんぐりむっくりな丸みのラインをした機械兵士の製造工場として機能していた。
だが、仮面の女の指示で機械兵士の製造から別のものを製造に優先させた。
それは鍵の英雄の贋物。それは鍵の剣の模倣。それは戦の為の駒。
名前は『KR』。正式名称『キーブレード・レプリカ』。
「――KRはある程度そろえたようね」
百体ほど並び立つ鎧の騎士団を一望しながら、仮面の女――カルマは高台から口火を切った。
その背後、仮面をつけた淡い緑の衣を纏い、支え杖を持つ老人――ベルフェゴル、白衣に赤いジャージの仮面の青年――レギオンが居た。
彼女の言葉に、老人が一歩小さく前に出て、問いかけを返す。
「ええ、現在も製造をしておりますぞ。―――では、実戦でも投入するつもりで」
ベルフェゴルの質問に、カルマは仮面の内側で目を細め、KRたちを一望しなおす。
最低限の三属性の魔法(ファイア・ブリザド・サンダー系統)、様々な戦闘を記憶(インプット)させている。
「そうねえ」
カルマが取り出した水晶――先の梟型ノーバディの消滅で亀裂が起きて確認する事ができなくなっている――を見つめ、
「既に情報は素破抜いたし……場所は『ビフロンス』……30体ほど投入しましょう」
「構いません。たとえ、損傷してもデータが取れますし」
今度はレギオンが礼儀良く答えた。続いて、ベルフェゴルが杖を床にトンと突いて、発言の前触れを行う。
「――後、他の心剣士たちを連れて行くべきではなかろうかのう? いくら、KRの強みは数といえど」
「……クェーサーみたいに大損だけはしたくないわ。ま、直ぐに3人ほど新しく駒を手に入れたけど。
―――……よし、各々に『転移』の魔法を籠めた小道具を所持させて、追い込まれたなら此処に戻すと言う戦法で行きましょう」
「では」
「3,4人程度で充分。あくまでKRのデータを集めるだけ。KRが全滅したら、同じく此処に戻す。……アバタール、貴方が選んでおいて」
「……解った」
高台にある唯一の出入り口の傍で壁にもたれかかっている黄色の髪色に、群青の衣を纏った年―――アバタールが静かに頷き返し、出入り口の中へと消えていった。
彼の姿が消えていくと共に、カルマは再びKRの軍団を一望した。
「……」
「どうかしたのですか」
背後からでも感じ取れる何処か寂寥を漂わせた彼女を怪訝にレギオンが一声掛けた。
「――何も。引き続き、製造をお願いするわね」
カルマははっきりと言って、二人の間を通り抜けて出入り口へと入っていった。
残された二人は作業に取り掛かる前に、雑談を始めた。
「これほどの数が出来上がってもまだ作るのじゃなあ」
ベルフェゴルはやれやれと困ったような声色で、KR製造の協力者たるレギオンに言った。
二人は技術者や研究者と言った役割、経験した事があり、赤の他人で、此処で出会い、同じ仕事を任されたかなりの年の離れた同輩だった。
「そうですね。事実、数はまだまだ足りないようです」
「やれやれ…倉庫が空になるわい」
「凄い数でしたよね。ずっと溜め込んでいたんですか?」
「まあの……老人の暇つぶしの趣味じゃよ」
半神ベルフェゴルは序列では最初から数えた方が早いほどの古参で、司る権能は『構築』。物質を付加・装飾する事ができる。
例えると、石ころにベルフェゴルの『構築』の力を利用すれば、外見も硬質も全て変化される。
今回、KRの鎧の全ては彼が今の今まで厚めに集めた鉱石や素材の一切を利用したものだった。
「キルレストと言う同じ半神がおっての、同じく物作りが好きで、よくくれやったんじゃ。…もし、やつがいたららあの贋物(がんぶつ)キーブレードも少しはましなものになれたのじゃがなあ……」
老人は残念そうな声で永延とブツブツと呟きはじめる。
「……」
レギオンは苦笑の笑みを仮面の内側で洩らす。
彼が呟いた言葉はあくまでも自分たちが作り出したKRをより優れたものにしたい、心から洩れた呟きだった。それが作り手の願望なのだ。
「――そろそろ、製造に取り掛かりましょうか」
「……そうじゃな」
レギオンの声にはっと我に返ったベルフェゴルはわざとらしい咳を吐き、くるりと出入り口のほうへと足早に歩き出した。遅れて、彼もその後を追うように歩き出した。
アバタール、彼は仮面の女に協力する裏切り者の半神である。
司る権能は記憶。すぐれた記憶力で、忘れる事は無いに等しい。当然、それに見合った記憶量を有している。
だが、彼にとって『全てを記憶する』ことができなかった人物が数人居た。殆どが「膨大すぎて頭が割れそうになる」からだった。仮面の女もその一人だ。
「―――あれは大体半年以上前か。偶然、彼女に出会った」
目の前で眠りについている母、レプキアは仮面の女カルマのキーブレード『パラドックス』の能力『Sin化』により、洗脳される筈だったが、想像以上の抵抗の為に、洗脳を優先せず眠りにつかせる事で無力化に成功した。
それはアバタールが持つ三種の神器の一つ、勾玉『八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)』による術によるものだった。
しかし、彼女は眠りについている為に、返事はない。だから、アバタールは構わず話を続けた。
荒廃とした大地で、『偶然』、たどり着いてしまった場所。特別な武器の一つであるキーブレードが言葉通り『無数』に地面に突き刺された墓場の様な世界。
異質な雰囲気に、自身の高慢さでも冷ややかな怖気を感じた。長い人生の中で、これほど荒廃し、異様な寒気を感じたのは初めてだった。
「なん、なんだ……この世界はッ!?」
「――珍しいものが来たわね」
「!!」
振り返ると、そこには白と黒を基調としたコートを着た仮面の女性が立っていた。
「誰だ……お前はっ!?」
「私は―――いや、名乗る程のものじゃないわ」
そう言うと、虚空から切先が鍵状で金色の刀身をした得物を抜き取った。アバタールは知っている。
あれは紛れも無く、この墓地に突き刺さったものと同じ―――キーブレード。瞬時に、彼は翡翠に染まった長大の直刀を抜き取り、彼女と間合いを取った。
(朕は今、途轍もない存在に刃を向けている……!!)
過去、例を見ない圧倒的な異様の存在に『震えている』。剣を構えたまま、動きを取れないで居る彼に仮面の女は笑った。
「どうしたの? 腰が引けてるわよ」
「っ!! 黙れぇえ!!」
アバタールは半神の中で一番と言っていいほどの、傲慢・高慢の性格をしていた。人間を見下す。同じ半神のブレイズですら「限度を知らない」とあきれ果てられている。だが、その性格は自身の武器による証明が原因だった。
三種の神器だ。元来は半神キルレストが創り上げた3つの武器――剣・勾玉・鏡――で、レプキアに献上したのだが、彼女は丁重に断った。同時に、誰かに託そうと彼女は計らった。
そして、半神たちは一同、英断を彼女に委ねる。結果はアバタールだった。元々、優れた能力を備えている彼は特別な武器も無かった。彼女はそれを思って、特別に彼に渡したのだった。
「下劣な、人間風情が!!」
「……」
無言で返し、迫った彼の一撃を軽々と受け流す。だが、アバタールは無闇な追撃をせず、
「いでよ、『八咫鏡』! 貴様の全てを記憶させ―――っ!!?」
出現した人間大の鏡に映った仮面の女性。アバタールが彼女の記憶を読み込もうとした瞬間、膨大すぎて記憶する事をやめた。
「はい、おしまい」
鏡を軽々と飛び越え、中天からアバタール目掛けて仮面の女の一閃が放たれた。唖然とした彼は為す術なく、そのまま倒れた。
「――っ……」
目を覚まし、体に残る痛みを堪えながら起き上がったアバタール。周囲は先ほどの荒野ではなく、何処かの町の質素な一室。
「あら、目が覚めた?」
入ってきたのは先ほどの仮面の女だった。構えをとろうとしたが、彼女が制止の手を差し伸べた。
「待ちなさい。私は敵じゃないわ……ま、貴方の返事次第だけど」
「……何の、用だ」
アバタールはベッドに座りこんで、仮面の女を睨みえたまま、彼女の交渉を聞いた。彼の様子を見て、彼女も話を続けた。
「私と協力しなさい。そうすれば、『操ったり』しないわ。……何せ、私はコレから大それた事を起こす為に行動を準備しているの」
「大それた……こと」
「全ての世界をこの手で破壊する」
「……!!」
「――勿論、その後の保障はするわ。何せ『神に匹敵する力』で、全てを改める」
(コイツ……母を、殺す……気か)
「どこから、その自信が……」
「三剣。心剣、永遠剣、反剣を束ね、私のキーブレードで統べる。そして、究極の力の下に」
「朕が、それに協力するとでも!?」
「断るのならこのまま貴方を斬り捨てるわ。それか、操るか」
アバタールに、逃げ道は無かった。
負傷した体での全力逃亡による自信は粉々に砕かれていた。
「……」
「それに、貴方は普通の『旅人』でも人間でもない。何故なら、私を人間と『誤認』した。貴方はきっと、上位の何か……喋るだけ、話してくれるかしら」
既に、アバタールに口を噤む気力も無くなった。
自分の事をありのままに彼女へ話した。半神、神の聖域レプセキア、そして、母たるすべての始まりであるレプキアを。
聞き終えた頃の記憶は曖昧だった。酷く疲れて、そのまま眠りについた。翌朝、仮面の女―――カルマと行動を共にするようになった。
「朕は、母を、同胞を裏切った。……いつか、此処に来るであろうとも、朕は朕の選んだ道を進むとしよう。……朕は、せめて貴女にだけはと彼女に頼んだが、無理だった」
懺悔の声を、レプキアは眠ったまま聞いた。だが、返事はかえってこない。
「―――母よ、いかなる事が起きても強く生きられよ。朕は、裏切り者として同胞たる半神たちと戦う。彼女に抗うやつらと戦う。……朕には、それしか道が無いゆえに」
そう告げた彼は静かに階段を下りていき、部屋を出て行った。既に、逃げ道は無い。