第三章 三剣士編第四話「心剣世界」
ビフロンスからアルカナの手引きにより、心剣世界へとたどり着いた。
空は星々が煌めき、色とりどりの半透明の水晶を樹にしたてあげられた森が生い茂っている。
「すげえな、心剣か、『これ』…」
心剣士である神無は興味に満ちた目で、森を見据えている。
その問いに、王という名の管理者アルカナは答えた。
「ああ。心剣は時に消滅せず、こうして残る。形が剣でないのは『役割』がなくなったからだと思う」
「確信じゃねえのか」
訝った声で訪ねたのは変わらず神無で、眼差しは森に向けられている。
アルカナは此処に来た目的を忘れずに優先したため、歩き出した。皆も遅れてついていく。
「母が此処の管理に置こうと思って、私が立候補しただけさ」
「勝手に居座って問題ねえのか」
「此処に居を構えて、はや何千年もすぎた。……本当に何かいるのなら今更、だ」
アルカナは平淡に答え、森を進んでいく。神無を含めた、一行たちは彼の後ろ姿を見失わないようについていった。
やがて、森を抜け、視野が一気に広がった。森に囲いを抜けたため、目的地へと到達したのだった。
大きな教会のような館が聳える。既に外に多くの男女がアルカナたちを出迎えていた。
「待たせたな」
アルカナが彼ら―――『半神』に口火を切った。
だが、彼の返答より、多くの半神たちは別の者に視線を注いでいた。
神無たち人間たちへ。
「なるほどな。……『色々』だわ」
神無は浴びる視線に怖じ気ず、納得した。
ある者は敵意に見下した目で、ある者は疑心に見据えた目で、ある者は興味深く暖かい目で、ある者は淡々と清閑な目で、
文字通り『色々』の目で彼らを見ていた。
「……怖い」
「大丈夫。真摯でいけば解り合えるさ」
親愛する少年シンクの背後に回り込み、彼の袖をつかんではなさい少女ヘカテーを落ち着かせ、自身も呼吸を乱さずに視線を耐える。
「ふん」
シンクの父親チェルは鼻で一蹴し、固く腕を組んで睨み据え返した。
他から、その態度に苦笑を浮かべる黒衣の男性――ゼロボロス、十重二十重の着物を着崩したようにだらけた格好をしている少女――シンメイは率直に視線の怖気など気にもしない。
「俺等も似たようなもんだしな」
「そうじゃな」
自身らもまた、人とは違う存在。昔は確かに『見下していた』。
だが、今の両者はその態度はいっさい無い。
「本当に協力できるのかな」
「知らないわね。喧嘩なら買うけど」
「無理矢理でも手伝わせる」
不安な様子で視線を耐える金髪の白い鎧と衣装を着た少年――永遠剣士の一人、皐月と、拳を唸らせるように骨をならす白服の少女―――破面、カナリア、
静かで、しかし、暴力的な言葉で返した青髪の少女――永遠剣士の一人、アビスが言った。
残りの半神アーシャ、ディザイアはアルカナ同様、無言で口をつぐんだ。自分らで納得してもらえるはずは無い。
人間たちによって、納得させるんだと。
「話は聞いているぜ」
まずは神無が言った。
「戦って納得させるぜ?」
「それは我々の台詞だ」
視線をかえず、前に出た白いレーシングスーツに身を包んだ燃える赤の髪色をした女性が返した。
「我らにすら、及ばぬことを思い知れ」
彼女は赤色、青色いり混じった炎を渦巻かせ、その内より白に鍛え上げられた幅広の刀身の大剣を抜いた。
そのまま切っ先を神無へと突きつける。眼前に止まる刃にひるみもせず、凄みを含んだ笑みで返す。
「いいぜ?」
神無は視線をアルカナへと向けた。戦う場所を教えてほしかったのだ。
それを察して、やれやれと言った具合に肩を竦め、
「教会の先、森の奥を抜けろ。何も無い平原しかないから、他の者もそこで戦え。だが、殺し合うな」
最後にきつく言い放ったアルカナ。半神たちも神無たちも失うわけにはいかない。
この戦いはお互いを『理解し合う』為のものだ。
「全員で戦うの?」
シンクはおびえるヘカテーを落ち着かせたまま、彼に尋ねた。
「いや。ブレイズのように『納得しない』ものだけでいい」
それは半神に向けられた答えだ。
半神たち全員が武器を構えたりしていない。中には笑顔で首を振り、大笑いするものもいた。
「ははは!! 馬鹿だねえ、そんなガキの喧嘩じゃないんだからさ」
大笑いする者、程よく焼けた肌に黒い髪色、全体的にふとましいながらも可愛らしさのある見目は40代後半の女性、セイクリッドが言い放ち、
もう一人、笑顔で首を振る者、艶のある金髪、流麗な容姿の女性、キサラも答えた。
「私は何より戦う力がありませんので。それに、貴方たちはただ者じゃあありませんですし」
「ふん」
納得しない者―――切っ先を下ろしたブレイズ―――は神無に鋭い視線を向けたまま、
「先に待つ。とっとと来い」
その身を赤と青の炎に包んで、上空へ飛翔し、森の奥へ飛んでいった。
「あらら。じゃあ、指定するわね」
飛んでいったブレイズを仰ぎ見ていた緑の髪色、見目は女学生を想起する学生服を来た女性が皐月を指定した。
「僕、ですか」
「ええ。私はシムルグ、待ってるわよ?」
シムルグはその身に風を纏わせ、ブレイズと同じ方角へ飛んでいった。
「指定する、か。それもいいだろう。おい、お前」
アルビノーレは槍の穂先をチェルに向けて、指定した。指定されたチェルはようやく腕を下ろした。
「俺か」
「ああ。俺の名前はアルビノーレ。来るといい」
アルビノーレは先の二人と違い、徒歩で歩き出した。チェルは気にもせず、シンクを見やって、
「いってくる」
「父さん、負けないで」
息子の優しげな喝に、チェルはまた鼻で笑った。だが、どこか嬉しげに唇を小さくつり上げた。
返答もせず、彼は歩き出したアルビノーレの後をついていった。
「貴女たちを指定するわ」
アレスティアがアビスとカナリアを指定した。
「へえ、二人でいいのか?」
カナリアが挑発の込めた言葉と笑みで返す。
だが、アレスティアは平然とした態度のまま言った。
「問題ないわよ。私を納得させて頂戴。我が名はアレスティア、四属半神として相手しよう」
「こっちもかまわない。全力で、従わせる」
「では、奥ではじめましょう」
アビスの敵意に満ちた双眸に、彼女は眼鏡のブリッジを押して小さく笑う。
3人はアレスティアを先頭に森の奥へと進んでいった。
「大丈夫でしょうか」
アーシャはやはり心配になった。ブレイズたちの実力を知り、神無たちの実力を見定めていない為だ。
最悪、死に関しては禁じた為、下手な殺生はしないはずだった。ブレイズたちは極めて弱者を殺す主義者ではないからでもある。
「少なくとも、戦えば解るだろう」
ディザイアは遠くから聞こえるであろう戦いの音を捉えようと、耳を澄ませていた。
神無たちがまず最初に森を抜けた。アルカナの言ったとおり、遮蔽物も草木も生えない大地だけしかない。
その大地に佇む二人の女性――ブレイズとシムルグがそれぞれの相手を見据えた。
「シムルグ、少し距離を空けろ。巻き込まれても知らないぞ?」
「…はいはい。じゃあ―――っと!」
「うわわ!?」
シムルグの相手――皐月の体が風に渦巻く。同時に、シムルグも風を巻き、ブレイズから離れるように飛んでいった。
勿論、彼を引き連れて。それを見届けた神無とブレイズは見据えあう。
「さて、始めるか」
闇色の粒子を固形化させ、虚空より黒に染まった大剣(クレイモア)を手に取る。
既に、ブレイズの手には先ほど突きつけた白い幅広の剣を持っている。彼女は白い剣に赤色の炎を纏わせ、構えを取る。
「私の名はブレイズ。――人間、名を名乗れ」
「っと、そうだったな……神無だ」
「いいだろう。精々、期待に答えてもらう!!」
踏み込んだ。
蹴りだしたと同時に炎が荒れ狂い、炎を纏った大剣が振り下ろされる。
「っらああ!!」
戦意の笑みを浮かべ、神無もその一刀を黒い大剣―――『バハムート』で斬り込んだ。
剣と剣の激突でブレイズが纏わせた炎が吹き飛ぶが、鬩ぎ合いの中、新たな炎が纏う。
色は青。蒼炎とも言うべき、赤き炎より燃える、焼き焦がす炎を。
「!」
神無はその蒼炎こそがブレイズの真の炎と直感、長年の戦闘で培った判断で読み取り、迫る一撃を押し返す為の一手を打つ。
「――ッ『黒塵旋龍波』!!」
一気に振り下ろしたと同時に、ブレイズを吹き飛ばす黒龍の塊が奔った。
蒼炎の一撃を防がれ、挙句に間合いを元の場所まで押された。
「……読んでいたか」
蒼炎の火の粉を振り払い、ブレイズが眼光を燃やし、彼を睨(ね)めつける。
神無は内心、先ほどの彼女らの怒り様や、見下し様から油断や慢心があったと思っていた。
だが、今対峙している彼女に怒りの気配はあれ、完全に見下す慢心はまるで無い。
「さっきの一撃、てめえの油断、慢心で喰らえると思ったんだがな…」
「ふん。舐めるな」
白い大剣を地面に突き刺し、その刀身に蒼い炎が点火される。
「見るからに戦馴れしている輩に、必要以上の加減は無用」
「……」
慢心、油断をしていたのは自分であったと心の中で反省し、静かに剣を下げ、
「―――っっしゃああ!!」
一気に逆袈裟に振り上げる。間合いがあろうと、攻撃を届かせる技は幾らでも在る。
神無が放った黒い衝撃波はやがて多首の黒龍となってブレイズに襲い掛かる。だが、一方の彼女は剣を地面に刺したまま、その柄を握っているだけだった。
「『蒼炎−顎−』!!」
一気に引き抜き、振り上げると、蒼炎に顕現された牙だらけの口が迫った多首の黒龍を食いちぎって、炎を散らす。
驚く神無に打って変わって、ブレイズは前に出た。空を斬る様に大剣を振り回す。だが、その変化は直ぐに訪れる。
「『蒼炎−旋乱−』!!」
ブレイズの周囲から炎を渦巻き、立ち昇りながら聳える―――まさに竜巻の如く、彼に迫る。
「う、おお!!?」
既に彼女の姿は蒼炎の竜巻に消えている。視界一杯に竜巻が迫ってくる。
神無は眼前の竜巻を対処しようと、バハムートを強く握り締める。神無の全身に闇色の靄が漂い、気迫となす。
「『轟闇』!!」
臆せず神無は竜巻に斬りこんだ。蒼炎の壁を切り裂き、中へと踏み込んだ。
だが、そこには誰も無い。ブレイズの姿が無い。
「な――」
「ハァッ!!」
竜巻の頂から、赤く燃え盛る大剣を振り下ろしながら、彼女は神無へと目掛けて大奔流の炎熱をぶちまける。
「くっ!」
周囲は蒼炎の竜巻の壁、頭上からは猛スピードで迫る炎熱の津波。
神無はバハムートを―――
「―――ふん」
蒼炎の竜巻は深紅の津波で内側からあふれ出し、散る。
津波は燃え続ける火の名残として燻っている。その中に、彼の姿が無ければ真に残念だとブレイズは剣を横に振り払う。
燻った深紅の炎が散り、そこにあったのは黒い丸―――、人一人を包み込むほどの大きさの黒い球体が焼き焦がされながらも存在していた。
「―――っおおおおっらあああああああああああ!!」
「!!」
突如、球体から黒龍が牙を剥き出してブレイズに臨みかかった。
すかさず、ブレイズはその首を刎ね飛ばし、追撃の炎熱の塊を球体へと放った。
球体に激突し、激しい炎に呑まれる中、今度は多首の龍が球体より突き破り、その頂に神無が乗っていた。
(特攻か? 無意味―――)
「黒針、放てェ!!!」
神無の怒号の号令、彼を乗せている首以外、全ての龍が一斉に鋭い針に変異する。
一斉にそれらが自分に向けられているのを理解し、怒号から遅れて蒼炎で振り払う。
「くっっ……!」
蒼炎で振り払った、何発かは彼女の体を刺していた。指された箇所から血が滲み、彼女の体を赤く染める。
「まだだぜ!!」
振り払って、追撃。一本首の龍の頂、神無がブレイズに特攻をしかけた。
ブレイズは剣を平に構え、衝突した。
「―――ッお、の……れぇ!!」
龍に押し飛ばされ、中天に無様に舞った彼女は憤怒の表情を浮かべ、彼を見下した。
龍は黒い闇となって神無の体に纏わり、黒い大剣を肩に担いだ。