第三章 三剣士編第七話「大地の半神アレスティア」
まっすぐ森の奥へと進んで行った神無たちとは別の方向へ抜けたカナリアとアビス、対するは四属半神の一人アレスティア。
森を抜けた場所はどこも広大で殺風景な大地しかない。そんな中、既に二人は剣をそれぞれ抜き取り、臨戦態勢に変わっていた。
「……全く、ブレイズたちは血気盛んだな」
靡く艶やかな茶色の髪を払い、別の方で戦っている同じ半神であり妹たちの力の気配に嘆息した女性―――アレスティア―――に、白い骨の仮面の名残をつけた水色の髪をした血気盛んな眼光が特徴の少女――カナリアが戦意に満ちた声でからかう。
「人間を馬鹿にしているくせに本気を出したってか?」
「……そうだな。だが、加減してやるのはあくまで命をとらないまでだ」
そう言って、彼女は傍から隆起した岩石塊が砕かれ、黄金色に染まった矛槍を手に取る。
彼女の身に包んでいた気配が変わり、カナリアも言葉を噤む。
「参るとしよう」
そう言って、空いている片手で眼鏡を取り外し、虚空へと納める。そして、すかさず小さく構えを作り、一気に地を蹴飛ばして斬りかかる。
大きく振りかぶって、繰り出した薙ぎ払いはカナリアが受け止め、空中へと躱すアビス。受け止めた彼女に構わず、押し通そうと力を入れるが、
(――見目に違って力持ちだな――)
そのまま、押し通そうと考えを過るが空中から襲ってきているアビスの動きがある。アレスティアはすかさず、彼女は矛槍を引き下げた。
「はぁっ!!」
同時に、アビスの青色のレイピアの一突きを簡単に躱す。彼女は追撃せず、横へ避ける。アビスが移動して、カナリアの姿を捉えた―――今度は胸一杯に吸い込んで、こちらへ、
「―――ッオオッラァーーーー!!!」
爆音と衝撃波が共に襲い掛かる。
「!」
アレスティアは思わぬ攻撃方法に目を瞠ったが、そのまま吹き飛ばされる。
全身を壁にぶつけられたような痛みが衝撃波にはあった。
(思わぬ一撃、反省だわ)
矛槍と、自身の身体能力のよさからしっかりと地に受身を取り、体勢を調える。好機と見てか、カナリアはもう一度、先ほどの咆哮を繰り出した。
「ぬるい」
アレスティアは大地の『半神』。
真髄は周囲の大地を変異させ―――、
「守れ」
咆哮の衝撃を大地の壁で包み込んで、受け止めて、その表面から
「放て」
破裂と共に飛び散る石の飛礫が襲う。
「なっ!?」
「カナリア!!」
アビスは咄嗟に前に出て、青いレイピアによる素早い連続のつき攻撃で飛礫を防いだ。
だが、全てを斬りおとせず彼女の体を掠めたり、ヒットするものもあった。その痛みを堪え、飛礫がやむ。
「ライトニング・アロー!」
切っ先をアレスティアに向け、魔方陣が出現する。大小無数の蒼白い雷光の矢が一斉にアレスティアに降り注ぐ。
依然、変異した岩の壁に覆われているにも関わらず彼女はライトニング・アローを降り注がせた。
「おい、アビス……」
「大丈夫」
静かに自信に満ちた声で、返した彼女はレイピアを地面に刺し、
「ライトニグ・オーバーロード!!」
(――まさか!!――)
アレスティアは防御のために動きがとれずにいる。そんな中、雷撃の矢の雨を防ぎ、さらにはその矢を媒介に、新たな魔法へ転じられる―――その時、蒼白い雷光が爆発と共に閃光を放った。
大奔流の雷撃と光を唖然と見据えるカナリアに、アビスは注意の呼びかけをした。
「……カナリア、まだよ」
「え、でも」
『驚いたわ』
突然、声と共にアレスティアがいた場所から幾重にも隆起した岩が姿を現す。
「!?」
「――でも、まだまだ」
隆起した先頭の岩が砕け、中からアレスティアが立ち上がった。
矛槍の石突をつき、同時に彼女の周囲にある隆起された岩石群が一斉に大粒に砕かれていく。
「『巌岩の神衣』」
声と共に、岩石群はそれぞれパーツのように組み合わさり、構築されていく。
唖然と驚きに言葉を失うカナリアに、アビスはすかさず構築を阻止しようとアレスティアに攻撃を仕掛けた。
「蒼烈閃弾!!」
レイピアの一振りと共に、無数の青色の光弾が放たれた。だが、アレスティアは既に構築を終えていた右腕で光弾を防ぎきった。
「ちっ」
「っかああ――――ッ!!」
遅れて、カナリアも口から瞬く間に収束された破壊光『虚閃』を放射する。広範囲の虚閃で、本体諸共、他の未完成のパーツにダメージを与えようとした。
「無駄」
やがて、無傷のアレスティアの姿が岩に隠れ、岩石の塊を組み合わせ、構築して、形に象らせた『巌岩の神衣(げんがんのしんい)』による戦闘形態に変わった。
象られた姿は4本巨大な腕、ずんぐりむっくりなシュールなボディ、岩の顔に金色の炎が燈され、一見すれば可愛らしい。
「……ギャップ?」
『っふふ、馬鹿にしないほうが身のためよ』
岩の巨人の口が開き、鋭利な石の飛礫が放出された。その大きさは人一人潰せるほどの重量のある飛礫だ。
「――月夜を照らせ、『月華歌姫』!!」
瞬時に戦闘形態『帰刃(レスレクシオン)』を起動し、淡い水色の戦装束のドレスへとはやがわりし、迫り来る岩石飛礫めがけ、
「ッゴアアアアア―――――ッ!!」
破壊の咆哮『虚哮(ここう)』が、音波を突き抜けた衝撃波で飛礫を粉々に吹き飛ばす。アレスティアは巨人の上腕2つで叩き潰そうと振り下ろす。
「アビス、いきな!!」
「ええ」
「すぅ―――ッ、ッゥウウオオラァアアアアアア――――ッッ!!!!」
カナリアの『虚哮』に『虚閃』を合わさった技『虚閃轟謳歌(セロ・ファンファーレ)』が振り上げた右腕を消し飛ばす。アビスは振り下ろされた左腕に飛び移り、一気に巨人の本体―――アレスティアへと切り込む。
(この手の能力、本体に攻撃できればどうにかできる。問題は、何処に『本体(アレスティア)』が居るってことね)
「っと!」
アビスは咄嗟に身を低くし、繰り出された一撃を躱す。すかさず、自前の得物の青いレイピア『青ノ燐剣(ブルーフレア)』で天へと思い切り斬りあげた。
真下から真上に切り裂かれた『彼女』は崩れ落ちるが、既に周囲の左腕表面から顕れてきた土人形のアレスティアたちが矛槍を握り、襲い掛かってきた。
一息、呼吸を整えて、剣を振り払う。青く輝く燐粉が周囲にちりばめられていく中、アビスはにやりと笑う。
「爆ぜろ、『青の燐剣』!」
刹那、燐粉が一斉に強烈な発光と共に爆発を捲き起こした。この爆発に、アレスティアは巨人の内部で驚きを見せた。
『なに、っ!?』
既に右腕が消し飛び、今度は左腕も砕かれた。しかも、体のバランスが『急に』崩れてしまう。
巨人の片足がなくなった感覚が伝わる。意識を足元に向けると、地上の方で、右足を先ほどの咆哮ではなく、破壊の閃光によって破壊されたのだった。
「……デカブツ、覚悟しな」
カナリアも同じく、超高速からの移動手段『響転』からの回り蹴りが巨人の頭部にヒットする。破面の体表は『鋼皮(イエロ)』と呼ばれるほどに硬質の在る肌で、その差は各々違うのだが、帰刃状態のカナリアのスピードで加速された一撃は巨人の頭の全体的に亀裂を生じることになった。
「おらあああ!!!」
さらに、至近距離の破壊の咆哮『虚哮』が繰り出され、巨人の頭部は丸々、粉々に吹き飛んだ。
そして、巨人は音を立てて崩れ、倒れる。カナリアは宙に浮いたまま、崩れ落ちた巨人を睥睨する。
「やったか?」
遅れて、アビスがやって来て、カナリアに尋ねる。だが、彼女が返す間も無く、姿を現した巨人の残骸の中から先ほどより一回り小さめの岩石の大鷲が飛翔してきた。
二人の前に止まった大鷲の頭上にはアレスティアが金の矛槍を手に持ち、立っていた。
「――まさか、あの巨人を破壊するとはね」
「本体は無傷か。厄介この上ないな」
「まだ、戦うつもり?」
カナリアは倒した実感が薄いと感じていたのか、表情が険しい。その表情で呟いた傍ら、アビスは剣を構える。
「そうねえ……」
アレスティアは周囲の半神たちの気配を読み取る。既に戦闘が終わっているのか、『静か』であった。
「―――いいわ、戻りましょう」
アレスティアはきっぱりと言って、大鷲はアルカナたちのいる森へと飛んでいった。
「お、おい!!」
「……認めたの、かな」
呼び止める間も無く、彼女は去っていったために置いてけぼりを食らったアビスとカナリア。アビスは不安げに、そして、苦笑を交えて呟いた。