Fragment6‐1「鍵が奏でる戦い」
ソラ達がウィドの学者モードに巻き込まれて数時間が経過した頃。
神の聖域【レプセキア】の中央―――第一島の神殿の廊下で、一つの動きが始まろうとしていた。
「――キーブレードを持つ少年、ですか…?」
数時間前に帰還し、傷を治したクォーツが目を丸くしてある人物を見る。
情報を提供した、短い青い髪の赤い目の男―――フェン。そして、自分と同じように聞く側にいる腰まである長い茶色の髪に青の目に黒の眼鏡をかけた男性だ。
クォーツが聞き返すと、フェンは頷いて更に説明を続けた。
「ああ。【アウルム】が言うには、異世界から来たって言っていた」
「異世界…途方も無い話だな…」
スケールの大きさに茶髪の男性が呆れたように言うが、自分達からすれば今ここにいる場所も立派な異世界である。
そんな事を思い浮かべたがすぐに頭の隅に置き、クォーツはフェンに聞き返した。
「それで、その少年は何処に?」
「逃げられたよ…くそぉ! この俺をコケにしやがって!!」
その時の事を思い出したのか、フェンは苛立ちを露わにして壁を力強く蹴る。
こうしてフェンの八つ当たりの様子を見ていると、ふと茶髪の男性が自分達に背を向けて去っていくのが見えた。
「何処に行くのですか?」
「散歩だ。その内戻る」
それだけ言い、彼は廊下を歩いて自分達から去って行った。
さて、三人の話題になった少年―――シャオはと言うと、キーブレードライダーを戻し、別の地へと降り立っていた。
空は星空が広がっているのに、周りには不思議な空間が遠くまで広がっている。そんな空間に浮かんでいる小さな大地に聳え立つ一つの塔。
この未知の場所に、シャオは言い知れない不安が心に湧き上がった。
「…ここ、どこだろう?」
『トワイライトタウン』で夕日の空を適当に飛んでいただけなのに、いつの間にか変な場所に辿り着いていた。
ジャスへの抑え切れない怒りでスピードをハイにして運転はしたが、それだけで別の世界になんて辿り着けるものだろうか?
「適当に飛ぶんじゃなかったかなぁ…? でもジャスさんの伝言はムカついたし、あのオジサンからも逃げないといけなかったし…」
シャオがあれこれ言い訳を口にするが、意味がないと悟ったのか頭を振った。
「ええい、卑屈になっちゃ駄目だね! こんな時は情報を集めないと!」
そう言うなり、シャオは顔を上げる。
そこにあるのは、不思議な形をした一つの塔だ。
「まずは、この塔から調べてみよう。誰かいるかもしれないし」
シャオはそう結論を付けるなり、塔の中に入るために扉に向かって行った。
どこまでも続く階段を、シャオは上へ上へと一段ずつ足を動かす。
途中で小さな部屋があるものの、人の気配は感じられず簡単に調べてはまた先の階段を上がっていった。
再び扉が見え、シャオは呆れたように息を吐いた。今度もまた空っぽの部屋かなと思いつつ、扉を開く。
すると、予想に反して部屋の中には青いローブとトンガリ帽子を被った老人がテーブル越しに椅子に座っていた。
「そなたは?」
扉を開けたシャオに気づいたのか、鋭い目でこちらを見る。
突然の事に怖気づいたのか、シャオは身を縮めながらゆっくりと中へ入った。
「え、えっと…! ボクは、シャオです…」
「このワシに、何の用だ?」
「用って言うか、迷ったって言うか…」
頭を掻きながらシャオが苦笑いを浮かべていると、老人の目が何かを捉えたのか更に鋭くなった。
「――お主、異世界からの者か?」
「何でそれをっ!? ハッ!」
慌てて口を塞ぐものの、もう後の祭りだ。
思わず両手で口を押えて震えていると、老人は一息吐いて穏やかに言った。
「気にするな。それで、この塔に来れたと言う事はワシに何か用があると言う事だ。さて、聞こうか」
そうして聞く体制になるので、シャオは手を放し正直に言う事にした。
「――実は…」
元の世界で両親と喧嘩して家出した事。
知人の試験を受けて異世界にやってきた事。
ある世界で満喫していたら謎の敵に襲われた事。
この全てを話し終えると、老人はテーブルの上で手を組んで考え込んだ。
「ふむ…――この世界に異変が…」
「ボクは、それを解決しないと元いた世界に戻れなくなって……でも、詳しくは分からないからどうすればいいのか…」
シャオが顔を俯かせて呟いていると、老人はゆっくりとこちらを見た。
「お主の行く先はワシにも分からぬ」
そこで言葉を切ると、何処か真剣な目でシャオを見据えた。
「だが、【鍵】は知っているはずだ」
「鍵…」
老人の放った言葉に、シャオの脳裏に一つの物が浮かび上がる。
シャオは目を閉じるなり、ゆっくりと右手を伸ばす。
瞬間、手に光を纏わせてキーブレードを取り出す。これを見て、老人は満足そうに頷いた。
「シャオ、お主の持つ鍵がこれからの道を切り開くはずだ」
「…そうなんだ」
キーブレードを見ながら、シャオは笑みを浮かべると自分の師を思い出す。
剣術や魔法の特訓だけでなく、キーブレードを持つにあたってさまざまな事を教えてくれていた。
その時の事を思い出していると、シャオの脳裏に何かが閃いた。
「そうだ! お爺さん、ここ最近…――ううん。かなり前かもしれないけど、世界を揺るがす大きな事件って無かった?」
「ああ、あった。かなり最近の出来事だが」
「聞かせてっ!!」
テーブルに身を乗り出しながら問い詰めるシャオに注意もせず、老人は少し前の出来事を語り出した。
「キーブレードの勇者、ソラが仲間達と共に13機関を倒す、か…」
「何か、気になる事でも?」
「あ、ううん! ちょっとね!」
すぐさま首を振って否定すると、シャオは顔を俯かせながら一人の人物を思い浮かべた。
師匠の知人であり、自分の先生でもある銀髪の男性を。
(あの人の書いた本と大体内容が合ってる…――あれは作り話じゃなかったんだ…)
彼から聞かされた、キーブレードに関する一つの話。その中に、老人から聞かされた話が確かに存在した。
おかげでこの異世界の時期が分かったが、同時にシャオにある考えが過る。
(ここが本の内容通りなら…――この世界の、ボクの父さんと母さんは…)
そこまでシャオの考えが及ぶなり、すぐさま首を振って想像を追い払った。
そうして作った頭の空白にこれからの事を思い浮かべ、真っ直ぐに老人を見た。
「ありがとう、お爺さん。ボク、行くね」
このシャオの様子に、老人は何処か満足そうに頷いた。
それに返す様にキチンとお辞儀をし、シャオは塔を降りる為に再び入ってきた扉を開いた。
やがてシャオが扉の中へと入り、閉じられる。それをじっと見ながら、老人―――イエン・シッドは小さく呟いた。
「…それにしても、シャオと言う子供。妙な気配を漂わせていた…――同じであって、同じでない気配。あれは、一体…?」