第四章 三剣士編第二話「焦り」
「――それにしても、ここ数日……大した事象は起きていませんね」
銀が淀んだような灰色の長い髪の青年の風体をした男性――ローレライがメルサータの街中をもう一人の同伴者に話しかけるようにつぶやいた。
呟きを聞いた同伴者は黒髪に白い丈長のワンピースを着た女性――ヴァイロン。彼女は鋭い目つきを空に向けて、彼のつぶやきに相槌を打った。
「ええ。皆、先の雪辱を晴らそうと自主的に鍛錬を積んでいますし、何より、神無たちが出立して連絡が無いもの」
「そう……あちらから来るのを待つしかないですし―――こうして我々は買い出しを頼まれている……ふふ」
ローレライは隣で歩調を合わしているヴァイロンを見やった。
その視線を気づいた彼女は鋭い視線を彼に向ける。
「何ですか?」
「いや……普段の白装束から別のものを着ていると、不思議とね」
「……これは、ツヴァイたちに着させられたものですから」
「ふふ」
此処を訪れ、人を関わりを交える事で芽生えた調和。ローレライはヴァイロンの変化を喜ばしく思っていた。
「さあて、メモどおりに買出しを続けましょうか」
「ええ。さっさと帰りたい」
しかし、神月たちはそれぞれのメンバーが最低2人以上から外出できるという条件をつけた。一人で襲われた場合を考慮してのことだった。
今、ローレライとヴァイロンが二人で買い出しているように、他の者も無轟宅に居座らずにそれぞれ別の場所で行動をしていた。
イオン。
彼は菜月、ペルセフォネを引き連れて、町外れの工場跡地へと鍛錬の場として修練をしていた。
当初は一人で行動するはずが、外出条件を満たせずに悩んでいた。一人での修練は自身のキーブレード『マティウス』の力をより使いこなす為。
(……ペルセフォネはともかく、菜月さんまで来るとは)
「ん? どうした」
菜月は外出できないイオンを見かねて、同伴に声を上げた。同じくペルセフォネも彼に連れ添う形で――そうして、イオンは外出し、工場跡地にやってきた。
そして、彼はイオンの相手として剣を交えていた。
「いえ、何も―――っ!」
「っと!」
振りかぶった一撃を七支刀を模した心剣――五神剣『光陰』――の枝分かれた刃で受け止め、更に一気に絡めとられ、マティウスを天井へと放り上げた。
マティウスは粒子となって散り、間髪いれずに七支の切っ先をイオンへとつきつけた。キーブレードの使い手ならば、キーブレードを手放されたとしてもすぐにその手中に戻すことができる。
「―――取った」
「……参ったな」
イオンは降参の声をはき、その場に座り込んだ。自身の掌をぐっと握り、力の未熟さを憂いだ。
そんな彼に寄り添うようにペルセフォネが近づいて、
「大丈夫よ、焦っても強くなれないわ」
「その通りだ。お前の剣からは焦りしか見えなかったし」
「見える?」
菜月は『光陰』を空へ収め、イオンの額を指でつついた。
「……焦りは失敗を生む。それだけさ」
「……」
「今日はもう……帰ったほうがいいわ…」
「そうだな。イオン、戻ろうぜ。明日も付き合うからさ」
ペルセフォネがイオンを察して、変えることを促した。
菜月は朗らかに笑んで、イオンの肩を元気付けるように叩いた。
「……」
3人は工場跡地から無轟宅へ戻っていった。その間、イオンの顔には有耶無耶に迷いを隠しきれずにいることは2人は察して黙り続けた。
イオンたちが戻ると、神月が玄関口で待っていた。いつになく真剣な表情で「広間に来てくれ」と言って、家の奥へと進んでいく。
3人が広間に怪訝ながらも入ると、神月たちが座して待っていた。長机の上にはそれぞれ茶などを置いて、ほかには白い手紙が目立って在る。
「それで、何かあったんですか?」
座したイオンは神月に尋ねた。先ほどと変わらぬ表情の険しさのまま、彼は長机に置かれた手紙を手に取った。
「――親父たちから来た手紙。ほんの30分くらい前に突然来たんだ」
「ビフロンスという世界についたって事ですか?」
「ああ。俺たち以外にもカルマに借りがあるやつらも居て、共同戦へと運ぶ為にちょっと悶着があったと書いてある。
――まあ、どうにか共同戦が可能になった。今日の深夜、あっちからビフロンスへと連れていってくれるらしい」
すでに聞かされていた面々じゃないイオン、菜月、ペルセフォネは驚き、強張らせる。神月は続けて話した。
「此処にいるほとんどが戦えるほどまで回復した。皆、向かう決意はできている。イオンたちも行くか?」
「おいらは問題ないぜ。借りはきっちり返さないと! な、神月、オルガ?」
「ああ。まったくだ」
「そうだな」
オルガはにやりと笑って、うなずき返し、神月は先ほどの険しい顔色から小さく笑みを浮かべて返した。
そして、彼の視線がペルセフォネとイオンに向けられる。
「私も、戦う。これ以上、勝手はさせない」
「僕も……戦いますよ。役立てるかは解らないけど」
「……解った」
イオンの言葉に怪訝を抱いた神月だが、今問い詰めるのは止そうと静かに返した。
そして、話の区切りを見たツヴァイが立ち上がって、にこやかに言った。
「じゃあ、しっかりと食事を取って、鋭気を養いましょうか! 紗那ちゃん、ヴァイ。ついてきて、料理の手伝いね」
「はい」
「わかった!」
二人は返事をして、ツヴァイと共に広間を出て行った。残った面々はそれぞれ談議を始めたり、ツヴァイの手伝いに続いていった。
「―――なあ、神月よお」
「ん、どうしたんだ? 菜月」
隣へと座して声をかけた菜月に神月は視線を合わせた。
声をかけた彼は先ほどの陽気さと裏返ったように険しく、静かに問いかけた。
「参加するやつはなんとなくわかるけど、参加しねえ、のは誰なんだ? ……一人は、察しがつくけど」
「全員、参加だよ」
「そうか―――え?」
「母さんも戦うらしい。……クェーサーが練習相手になって、問題ないって太鼓判押された」
「……マジかよ」
「マジだよ」
神月の顔は困りきった様子で、母親、妹、父親、そして自分も参戦する戦いに不安を抱いた様子だった。
「一応、ヴァイと母さんには無理はするなって言ったけど……」
さすがの神月の気持ちも菜月は分からない訳でもない。
肉親が戦うということ、危険極まりない戦いにあまり巻き込むべきではないということ。
しかし、一存で否定しきるのはどうか、と菜月は言い、
「まあ…信じるのも、家族の特権だしさ。
それに……オイラも後で、黄泉に挨拶済ませておこうと思うし」
「お前…」
「なーに、きっちり済ませたいだけさ」