外伝第一幕 神理の夢
セカイより生まれた最初の存在『神理』。
『神理』は世界を作り出し、セカイを管理する事を使命としていた。
生まれた『神理』は自らの力で幾つもの世界を作り出していく。世界には命が芽吹き、それぞれ異なる成長を遂げていく。
そうしていった中で、己の孤独を憂い、考えた。たった一人で世界を作り出すことの虚しさ。
やがて至った結論は自身の力の分け、権能を持つ半神を生み出す事だった。
そして、創造、破壊、維持と模倣という三柱の半神を生み出した。
創造の半神ヴァラクトゥラ。
破壊の半神アザートス。
維持・模倣の半神ヴェリシャナ。
彼らを名づけた時、神理は己の名が神理以外特に無い事に気付いて、改めて自称をする。
生じて起源の神イリアドゥスと。
そうして、三柱ら共に世界を創り、壊し、維持していく繰り返しを過ごしていく中でイリアドゥスは気付かずに居た。
…彼女のいたずらに繰り返す摂理に対する疑念と怒りを。
「――限界だ。俺はイリアドゥスを裏切る」
母に気取られないように彼女が僅かに要する眠りの時間を見計らって狭間の空間で夜の闇より深い黒髪の男――アザートスはそう口火を切る。
「何を言うんだ! 我々が母に叛逆する事はあってはならない!」
アザートスの言動にみがかった白髪の男――ヴァラクトゥラは反発する。
彼の傍ら、
「アザートス。一体何を考えているの? そんな事をして母様が嘆き悲しむだけよ」
怜悧に諭すように言う灰髪の少女――ヴェリシャナに言われてもアザートスの姿勢は揺るがない。
その目には確固たる意思で彼らに言い返す。
「何を考えているのはお前たちの方だッ!! イリアドゥスは何をした、我らに何をした!
徒に世界を創り、維持させ、挙句、捨てるように破壊させる! その中にある世界の命は、生命たちの悲鳴を聞いていないとは言わせないぞッ!!」
「……」
その言葉にアザートスを抑えていたヴァラクトゥラに陰りが過ぎる。
創りだした世界に芽吹く命たち、もっとすばらしい世界になるだろうそれらを、イリアドゥスはためらい無く言う。
「滅ぼしなさい」
「創り直しなさい」
「維持させなさい」
「模倣させて滅しなさい」
三柱に拒否権など無い。それに従い、滅ぼし、創り、維持し、模倣し、繰り返す。
アザートスはそれに疑問を抱いてしまったた。この繰り返しはいつまで続くのか。
脳裏に走ったその言葉が、ヴァラクトゥラの母に対する思慕を揺るがせて行く。
しかし、眼前に在る彼を止めようと己の意思は確固として言葉を紡ぐ。
「―――例え、永遠に繰り返そうとも……私たちは、イリアドゥスの半神。母に刃を向けるなど、出来ない」
「ふん。大馬鹿者共が…! 俺は唯一、イリアドゥスを殺し切れる力を持っている」
「!」
「……破壊の力。それが神理に通じない訳が無い。俺の全ての力を結晶化させたこの剣で、母を切り裂いてやる」
アザートスの胸元から輝きが溢れる。禍々しい赤い輝きであった。
それは柄のように伸びており、それをアザートスが引き抜くと全貌を露にする。
禍々しいまでの異様の刀身、一切が赤黒く染まりきったその一刀を。
「……本気なのか」
「本気だとも」
言うや、赤い結界がヴァラクトゥラ、ヴェリシャナを囲う。
「!!」
「アザートスッ!!」
「お前たちなら解ってくれると思っていた。少なくとも、母に対して掣肘する心は在ると思っていたのだがなァ……」
叫ぶヴァラクトゥラの声に剣を持たない片手で顔を隠し、悲しむように言うアザートスであったが、その口元は歪んだ様に笑んでいた。
「待て、待つんだ!!」
「お前らに大好きな母の骸をくれてやる―――」
言うやアザートスは狭間から元居た場所――イリアドゥスの居る神域へと戻っていった。
「くそっ!! はやく、戻らないとッ!!」
結界を打ち破ろうと力を練って繰り出しても微塵も揺るがなかった。
ヴェリシャナにはアザートス、ましてやヴァラクトゥラすら劣るほどに力が無い。
非力に座り込んで、打ち震えていたのだった。そして、最初の落日の終端が開かれる。
神域。
それは神の領域、イリアドゥスの寝床とも言うべき空間だった。
彼女はそこで眠り、目覚めて、数多くの世界を管理する。
そこへ、空間が歪み、一人の男が姿を現す。禍々しいまでに殺気を瞳に秘めたアザートスだ。
(急がなくてはな…ヴァラクトゥラが戻ってくる前に)
その手には自身の力で作り出した理すら破壊する最兇の剣があった。
そして、神域の主イリアドゥスは青い球体を頂きに置いた大樹の中に身を丸めて眠りに着いている様子であった。
「……」
目覚めていない、それだけを確認してアザートスは大樹へと歩み寄っていく。
「―――アザートス」
大樹を間近に、踏み出した瞬間。イリアドゥスの言葉がアザートスの動きを射止める。
「!」
反射的に歩みを止めてしまった彼は忌々しく大樹へ、イリアドゥスへと仰いだ。
実のようになっていた青い球体が開かれ、中から長く美しい黒髪、蒼天のような青い瞳、絶美の女性。
神理イリアドゥスが姿を顕になった。その彼女は眠りから目覚めてその眼差しを彼へと向ける。
「……その手に持っているのは?」
氷よりも冷たい、彼女の無表情。無情の眼光に、その重圧はアザートスですら身震いを隠しきれないほどの威圧であった。
その沈黙に、イリアドゥスは再度、問いかけた。
「答えなさい。『その手に持っているのは?』」
「ッ!!」
空間が歪み、今度は二人が飛び出てきた。アザートスに狭間に幽閉されかけていたヴァラクトゥラとヴェリシャナの二柱だった。
ヴァラクトゥラが全力で繰り出した攻撃が漸く結界を打ち砕き、脱出する事がかなった。
荒い吐息を整えながら、神域を見渡し、絶句した。
「いやあああああああああああああああっっーーーーー!?」
静寂を突き破ったそれは絶叫。上げたのは傍らに居たヴェリシャナ。
金切り声を上げ、二人の視線の先に悲鳴の根源があった。
深々と赤黒い禍々しい剣を手に突き刺している、震えているアザートス。
彼らの母であるイリアドゥスが呆然と、彼の刃を深々と突き刺されていた。
「―――……―――」
貫かれているイリアドゥスはゆっくりと突き刺さっている刃なぞり、アザートスの頬へ触れる。
それを払いのけようとせず、アザートスは身動き一つとれずにいた。
「どうして、なの―――」
イリアドゥスはその言葉を言うや、崩れ落ちた。同時に、アザートスは身動きが取れるようになり、倒れた母を見やった。
それに瞳に輝きは無く、生気も感じない。痛々しい貫いた刃の痕が残っていた。
この手で、果たしたんだという実感は沸かなかった。
「……」
「―――アザートス」
唖然としている彼へヴァラクトゥラが声をかけた。
彼の行為に激昂するべきなのに、沸きあがらないのである。
怒りが。悲しみが。絶望が。
唯、後悔と、虚無感だけだ。
それは、アザートスも同じであった。
さっきまで在った殺意も怒りも、何も無い。手に持つ剣ですら無価値のように放り捨てる。
「俺は、何をした?」
その愕然とした眼差しに、ヴァラクトゥラは淡々と言い切る。
「母を斬った。それだけさ―――どうするつもりだ、アザートス」
「……」
「私は母を守れなかった。でも、この心に去来するものはなんだろう……私にはわからない」
「俺は……俺は……」
「もう、どうすることもできないさ。私とお前ではね―――ヴェリシャナ」
「……?」
ずっと泣き崩れていたヴェリシャナにヴァラクトゥラは声をかけた。その呼びかけに反応する。
「私とアザートスは、大罪を犯した。母に叛逆した。―――償い切れない我が身を捨て、流転しよう。
永遠に背負うこの罪、許される許すものではないからこそ……こうするしかないのだろう」
すると、アザートスとヴァラクトゥラの姿がそれぞれの色の光になり、次第に形が変化していく。
光が収まり、ヴェリシャナはその変化した二人を見て、愕然する。
『―――ヴェリシャナ。お前の力なら、今の母を救えるのかもしれない。尤も、母が生きる気力を無くなって居なければの事だが―――』
『―――俺は、いつか全てを終わらせる破壊の力をもってこのセカイを滅そう。この償いは、俺が滅ぼされる事なのだろうな―――』
ヴァラクトゥラは虹色に色めく刀、アザートスは母を切り裂いた剣と同じ禍々しい赤黒い剣となっていた。
返す言葉も出来ずに、神域を突き破るようにそれぞれ別の方向へと空間を貫いて飛び立っていった。
何も言い返せないまま、ヴェリシャナは倒れているイリアドゥスへ歩み寄った。
「―――――」
「母、様」
やっとの思いで彼女へと声をかけることができたヴェリシャナは、間近で見る母の惨状を見つめる事になった。
虚ろに染まった蒼の瞳、かすかに漏れ出る吐息だけが正気を失わずにいたが。
「……私が、どうすれば―――……ッ」
押し潰さんとする絶望に、思考が止まりそうになりながらも必死に巡らせた。
そして、別れの間際に言ったヴァラクトゥラの言葉を思い出す。
『お前の力なら、今の母を救えるのかもしれない』
「私の力―――……」
去った二人と違い、強大な力も無い自分。
だが、自分の力もまたイリアドゥスから授かった力もまた、強大な力ではないのか。
それこそ、目の前に居る瀕死の母(イリアドゥス)という存在も、救い出せる事は出来るのだろうか。
ヴェリシャナは倒れている彼女を見つめながら、二つの力を高めていった。
■作者メッセージ
外伝はRe:開闢の宴本編を軸としたキャラ設定、ストーリーを片手間で作っていきます。