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番外・外伝夢旅人小説

夢旅人

INDEX

  • あらすじ
  • 01 番外第一幕
  • 02 番外第一幕 その2
  • 03 番外第一幕 あとがき
  • 04 外伝第一幕 神理の夢
  • 05 外伝第一幕 神理の夢 その2
  • 06 番外第二幕
  • 07 番外第二幕 その2
  • 08 番外第二幕 その3
  • 09 番外第二幕 その4
  • 10 番外第二幕 その5
  • 11 番外第二幕 その6改
  • 12 番外第二幕 その7
  • 13 番外第二幕 その8
  • 14 番外第二幕 その9
  • 15 番外第二幕 その10
  • 16 番外第二幕 その11
  • 17 番外 第三幕「クリスマスプレゼント前編」
  • 18 番外 第三幕「クリスマスプレゼント後編」
  • 19 KH 1-01
  • 20 KH 1-02
  • 21 KH 1-03
  • 22 KH 1-04
  • 23 KH 1-05
  • 24 KH 1-06
  • 25 KH 1-07
  • 26 KH 2-01
  • 27 KH 2-02
  • 28 KH 2-03
  • 29 KH 2-04
  • 30 KH 2-05
  • 31 KH 2-06
  • 32 KH 2-07
  • 33 KH 2-08
  • 34 KH 3-01
  • 35 KH 3-02
  • 36 KH 3-03
  • 37 KH 3-04
  • 38 KH 3-05
  • 39 KH 3-06
  • 40 KH 3-07
  • 41 KH 3-08
  • 42 KH 3-09
  • 43 KH 4-01
  • 44 KH 4-02
  • 45 KH 4-03
  • 46 KH 4-04
  • 47 KH 4-05
  • 48 KH 4-06
  • 49 KH 4-07
  • 50 KH 4-08
  • 51 KH 4-09
  • 52 KH 4-10
  • KH 1-07



     ヒスイを抱いた黒ずくめの男は、城の縁石に乗り上げていた。
     彼の背後は高い高い壁の向こう――――落ちればひとたまりもないだろう。
     風は決して弱くない。彼のコートも、ヒスイの髪も大きくはためいていた。

    「……なぁ、もしかして、この子はお前の大事なヒトなのか?」

     黒ずくめの男からの問いかけに、セキは言葉を返さない。ただ、思い切り手をさしのばして答えとした。
     黒ずくめの男は答えない。深くかぶっていたはずのフードは風に吹かれ、ふわりと顔の半分を露出させた。
     青い双眸がセキを射抜く。それは意思が宿った目だった。
     世界の真実を見通すもにではない。世界を暴く能力はない。しかし、世界の清浄さを信じる力がある瞳だ。それはきっと、世界の閉ざされた扉を開く。

    「……君みたいな目を、俺はよく知っている」

    「俺みたいな目?」

    「ああ……よくわかった。あの場に来た時点で、君の興味は誰かから押し付けられたヒスイちゃんじゃあなく、別のものに移っていた。違うか?」

     黒ずくめの男は答えない。セキが一歩前に出る。黒ずくめの男はそれを許容した。

    「ヒスイちゃんをさらったのは君の意思じゃあない。命令だ。君はそんなものを捨ててあの場に残りたかった」

    「…………」

    「ヒスイちゃんに興味なんか、元からなかったんだ。そうしなければならないからそうした。それだけなんだろ?」

    「…………どうして」

    「どうしたってわかるさ。そのなぜか心惹かれる感覚は、俺にもわかる。君はあの場で、俺はヒスイちゃんだ。俺たちの違い、ただそれだけのものなんだよ」

    「こころ……ひかれる……?」

    「そうだろ?」

    「心……!俺にそんなものっ……!――――バカにするなッ!」

     堰を切ったように黒ずくめの男は身を投げた。セキの手をすり抜け、重力に引かれていく。
     落ちていく。離れていく。遠のいていく――――。

    「ぬぁあああああにっ!!」

     セキが高さに目を回したのとビビが後ろで声を上げたの、ほぼ同時だった。

    「にがしとんねんボケがさっさとおわんかぃいいいいい!!」

     笑っていた膝をあざ笑うようなビビの追突で、その意思によらずセキも壁から飛び降りた。

    「乗れ!」

     壁を走るビビが是が非もなくセキの服の裾をワイパーで掴み、一気に速度を上げていく。乗せる気など毛頭ないようだ。
     壁が軋む。爆音と白煙を置き去りにして、ビビはその瞬間、銃弾を越える速度で空を走った。
     落下する黒ずくめの男に到達する。左にヒスイを抱え、男は右手に武器を握る。

     ――――キーブレード。ソラと同じ。
     セキの呼吸が一瞬止まった。しかしビビはそれを許さない。
     一層加速ビビに引かれるセキは、もはや黒ずくめの男と対峙するほか道はない。
     右腕に沿うように炎を伸ばす。セキは狙いを絞り、スピードに乗って炎刃を、横一文字に振り払う。
     黒ずくめの男のキーブレードは炎刃を切りはらった。真横に走った一の文字はノの字のようにぐにゃりと歪んだ。
     戦いの立ち回りは黒ずくめの男にアドバンテージがある。この一度の剣戟はなによりも雄弁だった。

     ――――だが。
     黒ずくめの男の実力は、セキを片手間でいなせるほど、圧倒的な技量を持ち合わせているわけではない。

    「ビビ!」

    「はいやあああああああッ!!」

     ヒスイの体が黒ずくめの脇をすり抜ける。
     黒ずくめの男はヒスイに手を走らせる。セキは炎刃を伸ばし鞭のようにまっすぐ疾走させた。
     セキの炎の舌を黒ずくめの男はキーブレードで切り払う。十分だ。時間は稼げた。
     ビビは黒ずくめの男をぶち抜いて、ヒスイを車内に抱き込んだ。黒ずくめの男とセキを置いて――――。

     ――――。
     ――――。

     ――――堀に、落ちた。

    「ぬぁああああんでだあああああああ!!」

     絶叫するセキを尻目に、黒ずくめの男は城壁を蹴り飛ばした。重力を抜き去って風に溶けていく。
     もうセキの炎は間に合わない。弾丸の速度はとうに超えた黒ずくめの男を捉えるすべは、セキにはない。
     黒ずくめの男が着地する。そのまま堀に――――。
     降りない。
     脱げたフードがそよ風にはためく。隠れていた眼光が――――上空。セキに突き刺さる。

    「先に俺からどうにかするってか――――ッ!?」

     セキが奥歯を噛みしめる。震える指先を固く結ぶ。
     黒ずくめの男はキーブレードを掲げた。刀身が白い太陽の光を吸い、その剣尖は鋭く大気を研磨する。
     セキが拳を握り締める。オレンジ色の揺らぎが熱量を奥に滾らせ。

    「だぁあああああああんっ!!」

     セキの拳は――――黒ずくめの男を捉えられない。
     オレンジ色の閃光は石畳を大きくえぐる。砕けた石塊の雨が黒ずくめの男を一斉に襲った。
     瞬間、キーブレードは翻った。
     石塊が弾け飛んで灰になる。煤けた黒をキーブレードが切り開き、男の青い眼光がセキを突き刺す。
     刺突。男が一歩、大きく踏み込んだ。五体をフルスロットルで加速させている。
     セキも拳を握った。まだ炎は手の中にある。まだ炎は消えていない。
     炎の手を前に突き出した。たったふたつの関節が回転した。遅い。短い。ただ目の前に手を広げるだけの行為。
     しかしひたすらに工程が単純化されたそれは、最速と攻撃力を求めた男の刺突より、一瞬早く終端に到達した。
     手の内の炎が、吐き出された。
     最初はゴルフボール大だったそれは、刹那的な速度でバレーボール大にまで膨張した。
     そして。


     爆発。


    「ほら」

     堀に落ちた黒ずくめの男に、セキは手を差し伸べた。黒ずくめの男は躊躇した――――が、コートは水を吸ってどんどん重くなる。疲労も溜まる。体力もなくなっていく。立ち泳ぎが続かないのは明白だ。

    「怒ってないぞ」

     取って付けたようにセキが言った。
     黒ずくめの男は押し黙ってセキの手を取る。
     水を吸って、ひどく重い。セキの顔がぐにゃりとゆがんだ。

    「脱げっ……服脱げっ……!」

    「えっ!?いやっ……でもこれっ……」

    「今度は怒る……!っていうか燃やす!焼く!固ゆで卵にハードボイルドしてやっぞ!?」

     怒声――――というより涙声に近かったセキの言葉に、黒ずくめの男は一拍開けて同意した。
     そして、堀に黒い衣服が沈んでいく。

    「…………シャレオツな服だったな……」

    「結構着心地いいんだ。耐熱耐寒になってるし、正直着てると別世界に隔離された気分になる」

    「最高だな。俺も一着欲しい。しばらく熱い目にはあいたくなくってさぁ……」

     見ると、男を引き上げて息切れしているセキは、ところどころ焼け焦げていた。ぶすぶすと白煙を上げている部位さえある。
     無理もないだろう。最後の炎は出したタイミングといい完全に自爆覚悟の一発だった。
     それは、それだけ男をこの場で倒す、ないし行動不能にしたかったということである。
     事実、男は爆風の衝撃と水面に叩きつけられたショックで体はバラバラになりそうだった。
     コートのおかげで熱にはやられなかったのは幸いだった。もっとも、そのコートのせいで水中では死にかけたが。
     生身でこれを受けたセキのダメージは単純にそれ以上であるはずだが、疲労の色は男よりも薄い。炎を扱っている以上、ある程度の耐性ができているのだろう。

    「……あの子は?」

    「ビビが追っていったんだ。……ま、どうにかなっただろ」

    「信じているのか?」

    「さてね。でも、あいつはヒスイちゃんに関しては真摯だ。その一点、賭けるだけの価値があった」

    「……賭けであんな捨て身を?」

    「俺よりレベルの高いヤツ出し抜こうとしたら、そんなもん、運に任せるしかないだろ」

     やれやれとため息をつくセキ。その息もどことなく黒く煤けていた。
     男は自分の胸元に手を当てた。淡い緑色の光が風のように体を包み込む――――。

    「…………回復魔法……?」

    「ああ、悪いけど全回復」

    「ハナっから勝ち目なしか……あーあ、くそ」

     男がキーブレードを抜いた。セキを見下ろす。
     セキは石畳の上で大の字になって寝転がっている。口端は弱く上下している。

    「――――どうして俺を助けたんだ?」

    「……前から思っていたことだ。なんてことない。ただ、あの時それが確信に変わった、ってだけの話」

    「どういうこと?」

    「俺が、どーしようもなく『怖がり』ってこと……」

     なんてことない。またそう言って、セキは続けた。
     兆候は何度もあった。ピンチやプレッシャーを感じると体が震えてくる。思考が停止する。自分が冷たいものになっていく。
     ただ目の前の障害を、生命を狙うものを恐れていた。――――それだけだと、思っていた。
     けれど、違っていた。
     あの瞬間。生命を狙うものが視界から消えて、水柱が立って。
     震えは強くなった。
     危機は去った。にも関わらず、震えは止まらない。
     震えていたのは体ではなかったのだ。
     死が怖い。
     闇が怖い。
     強大な力が怖い。
     光さえも怖い。
     恐怖する。畏怖する。
     セキ・グレンは――――。

     心が弱い。

     己を取り巻く全てのモノが、怖いのだ。

    「さっきだってそうだ。俺はあなたを水に落として怖くなった。取り返しがつかなくなるかと錯覚した」

    「それで助けた?」

    「ああ、そうだよ。無駄だったみたいだけれどな」

    「……そんなことはないさ」

     男はキーブレードを光に散らせた。手にはキーチェーンだけが残っている。
     口を開けて何かを言おうとし――――なにかをためらった。肩をすくめ、頭を掻いて、やがてひとつ嘆息する。

    「なぁ、その……ビビ?一緒に探さないか?」

    「あなたはヒスイちゃんを狙っているのに?」

    「でも見つからなかったらお互い困るだろ?協力はそこまでだよ」

    「……じゃ、この協力は打算か?」

    「助けてもらったお礼だと思ってくれていい」

    「じゃ……月夜ばかりと思うなよ。俺は……セキ。セキ・グレン。みんなそう呼んでるしな。あなたは?」

    「……ロクサス。今はね」

    15/07/06 21:09 夢旅人   

    ■作者メッセージ
    以上。
    ヒロさんから頂いた小説を投稿させて頂きました。

    自分、夢旅人にとってはヒロさんは先生のような方であります。
    かつて別所の小説サイトで心剣小説作品を投稿する中でヒロさんの感想のインパクトがキッカケで知り合うことに。
    大きなご恩と多大な迷惑をかけてしまったことが自分にとっては心残りでした。
    こうして私自身この小説を読み、許可を得て投稿することも一つの恩返しになるかなと思っています。少々傲慢かもしれませんが。

    是非、ヒロさんの小説の世界に引き込まれてください

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