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番外・外伝夢旅人小説

夢旅人

INDEX

  • あらすじ
  • 01 番外第一幕
  • 02 番外第一幕 その2
  • 03 番外第一幕 あとがき
  • 04 外伝第一幕 神理の夢
  • 05 外伝第一幕 神理の夢 その2
  • 06 番外第二幕
  • 07 番外第二幕 その2
  • 08 番外第二幕 その3
  • 09 番外第二幕 その4
  • 10 番外第二幕 その5
  • 11 番外第二幕 その6改
  • 12 番外第二幕 その7
  • 13 番外第二幕 その8
  • 14 番外第二幕 その9
  • 15 番外第二幕 その10
  • 16 番外第二幕 その11
  • 17 番外 第三幕「クリスマスプレゼント前編」
  • 18 番外 第三幕「クリスマスプレゼント後編」
  • 19 KH 1-01
  • 20 KH 1-02
  • 21 KH 1-03
  • 22 KH 1-04
  • 23 KH 1-05
  • 24 KH 1-06
  • 25 KH 1-07
  • 26 KH 2-01
  • 27 KH 2-02
  • 28 KH 2-03
  • 29 KH 2-04
  • 30 KH 2-05
  • 31 KH 2-06
  • 32 KH 2-07
  • 33 KH 2-08
  • 34 KH 3-01
  • 35 KH 3-02
  • 36 KH 3-03
  • 37 KH 3-04
  • 38 KH 3-05
  • 39 KH 3-06
  • 40 KH 3-07
  • 41 KH 3-08
  • 42 KH 3-09
  • 43 KH 4-01
  • 44 KH 4-02
  • 45 KH 4-03
  • 46 KH 4-04
  • 47 KH 4-05
  • 48 KH 4-06
  • 49 KH 4-07
  • 50 KH 4-08
  • 51 KH 4-09
  • 52 KH 4-10
  • KH 3-06




    「…………あれ?」

     うつ伏せに倒れた瞬間、ソラの意識はハッキリとした。機能が凍結仕掛けていた体が嘘みたいに軽い。
     目をぱちくりとするソラの傍には――――ヒスイがいた。

    「これ……ヒスイが?」

    「そう。これが私の能力だ。『裏返す』力」

    「うらがえす……?」

    「リフレク。さかさま。反射。逆転。反転。革命。……呼び方はなんだっていい。
     とにかく、これで私は状況を『ひっくり返した』。凍りついた君を暖めたり、この箱庭の開放術式を使ってあのセキ・グレンを封印したりできる」

    「あいつを……封印していたのか?」

    「この箱庭の中にセキ・グレンを閉じ込めた――――までは良かったんだが、それだけでは破られそうだったから、念を押したんだ。
     封印を小分けにして、周囲の『魔』の一匹に与えた。一部を私にも移した。……私もこの場に封じられる羽目になったがね」

    「それが……あの状態?」

    「…………ハートレスが私達に影響されたのは不可抗力だ」

    「嘘を言うなよ、あばずれ」

     ヒスイの言葉を続かせまいと、セキ・グレンが口を挟んだ。
     息も絶え絶え、体は震えている。ソラの袈裟懸けの一閃はセキ・グレンの肩口から腿までを大きく抉っている。およそ口が聞ける状態ではない。
     それでもなお動けるのは、ひとえに彼のその特異性故だろう。無貌の王との共通項。人あらざる気配。

    「よくもやってくれたじゃあないか。この私を出し抜くとはな。
     だがアレのことは……私にも見えていた。アレの中から見ていたぞ。私の氷。お前の反転。
     ――――『それだけではない』。それ以外にもだ。あのハートレスには要素がある。あの剣。あの精神性。……ヤツだな? なにが不可抗力だ。全て貴様の掌の上だ!」

    「……そうでもない。ピースは用意できても、それが噛み合うかまでは、どう転ぶのかわからなかった。――――単に運が良かったんだよ。お前がこうも早々に退場させられることも含めて」

    「――――ッッッ!エーマ・ヒスイ!貴様ぁぁぁぁああああ!!」

     瞬間、セキ・グレンの足元が鍵穴の形に輝いた。
     氷の仮面が溶け落ちたセキ・グレンは鍵穴の中に怨嗟とともに呑み込まれ――――。
     最後には、小さな鍵になった。

    「お礼を言わないといけないね。ありがとう、ソラ」

    「……なんなんだ?」

    「ん?」

    「おまえも、あいつも……なんなんだよ! どうしてっ……どうしてそんなになれるんだ!? ビビだって、ハートレスのセキだって、今のセキ・グレンだって……心があったのに!」

    「……平気に見える?」

    「え?」

    「いや……私のことはこの際、どうでもいいこと。重要なのは常に未来だ」

     ヒスイは頭を左右に振った。戸惑うソラの肩を柔らかく撫でた。
     溶けていくような儚げな笑顔を見せる。それを見たソラの心が不安に揺れるほどの。

    「あなたが元の居場所に戻るには、呪いの芽を摘み取るしかない」

    「……どういうこと?」

    「呪いの芽。絶望の花。悲しみの実。その結実。――――最後の幻想、とも呼べるもの。
     あの子が願い、私が呪いに変えてしまったもの……この世界の中枢に寄生した幻想を、破壊しなくてはいけない」

    「寄生した……幻想?」

    「この世界は『はざま』にある。光と闇。生と死。空と海。昼と夜。幻と現。心と体。表と裏。そのあいだに引かれた境界線上の世界。
     それがここ。……そういう場所に居着く存在が、果たして一体どういうものなのか……おまえ、わかるか?」

     さっぱりわからない――――。
     【無貌の王】といい氷のセキ・グレンといい、もったいぶった言い方ばかりする。まるでこちらを試すような調子だ。
     特に【無貌の王】は心も大きく揺れ動いて、前に立つだけでも気が折れたものだが。
     ソラの沈黙を答えと解釈したらしい。ヒスイは口を開いた。溶けていきそうな儚い様子は、変わらない。

    「ここには本来『なにもない』。境界は超えるもの。越えられぬもの。『そのもの』に価値はなく、常にその先にあるものとの別離と邂逅を暗喩するもの。
     ――――故に。この場にいるべきものは『存在しないもの』。即ち、死者。魑魅魍魎。心を持たぬ……否、持たざるもの。
     この世界に『存在する意味を持たせたもの』を破壊する。それがおまえがこの世界から出る方法だ」

    「…………」

     ヒスイの言っていることは……難しい。話し方が固っ苦しいし、漢字が時々読めない。テツガク的な面もある。ありていに言って、よくわからない。
     けれど一点、理解できたことがある。
     この子の儚げな顔の意味だ。この子の哀しみ。それは――――。

    「――――よくわからないけどさ。俺がここから出る方法なら、聞いたよ。……その、あの子……あいつを倒せばいいって」

    「その通り。でも、それでもまだ完全じゃない」

    「え?」

    「心は鏡。世界はその線上に立った人間の姿を映し出し、溶け込ませるもの。それはやがて円環を成し、魂が輪廻するスピラに……本物の『世界の心』になる。
     既にあの子の願いもこの世界に焼きついてしまっている。世界に寄生する幻想を破壊できないのなら、結局おまえは呪いを受けたままになる」

    「……それ、もしかしてさ。俺にこの世界をぶっ壊せって言ってるのか?」

    「まさしくその通りだ。この世界を牛耳る【無貌の王】はこのカギで抑えられる。後はおまえの『呪い主』を倒して、ユグドラシルの『鍵穴』を閉じればいい。この世界の輪は閉じ、おまえは正しい場所に帰れるはずだ」

     そう言ったヒスイは視線を逸らした。表情が暗くなる。消えてしないそうな存在が、闇に染まっていく。
     ソラを呪ったのは、結果的に呪ってしまったのは――――あの黒ずくめの少女だ。たとえ変質させた元凶がこのヒスイであったとしても。
     彼女は泣いていた。願いが呪いに変わってしまった。そう言っていた。
     『ソラに会いたい』。この世界でそれを願ったのはまぎれもなく彼女だ。それは切実な願いだったはずだ。
     そしてヒスイはそれを叶えた。呪いに変えてまで。
     彼女の願いは呪いに変わってしまった。ソラは呪われた。
     ――――だとしても。
     ソラは自分の胸に手を置いた。そこから溢れるものをすくい取ろうとするように。

    「……いやだ」

    「なんだと……?」

    「例え呪いになってしまったとしても。最初の気持ちは願いだったんだ。俺はそれ信じたい。その気持ちは、ウソなんかじゃなかったんだって」

    「……ウソかホントかは重要じゃない。今だ。今この時の形が問題なんだ。この現状を打破する以外、物語は本来の未来に続かない。おまえが元の場所に帰ることはできない」

    「そのために一緒に破壊しろっていうのか? 願いを……心を」

    「そうだ。いくら高尚でも純粋でも切実でも……潔白であったとしても、おまえの邪魔なら切り捨てろ。世界を守れ。未来を守れ」

    「――――あの子は泣いてたんだ!」

     ヒスイの理屈を、ソラは感情で否定した。
     面食らったヒスイにソラが続ける。
     ――――こうなってしまって、ソラを呪ってしまって、彼女は泣いているのだ。
     後悔している。反省している。取り返しのつかない過去に傷ついている。
     彼女はこの世界の住人なのか。『心を無くした人間』なのか。
     ちがう。彼女には心がある。良心がある。

    「なら俺も、良心で応えたい――――」

    「世界は綺麗なだけじゃ救われない。大きいものより小さいものを優先する考え方では、その道を歩む先で、お前もいずれ泣くことになるぞ。時が閉じた闇の世界で」

    「ヒスイの言うことは難しくてよくわからないけれどさ。……さっきも言っただろ?
     俺に全部がわからないなら、俺は俺を信じて走り続けたいんだ。良心をね。それに、なにより、大きいだの小さいだのって価値を決めるのは――――俺だ。俺自身の心だ」

    「…………」

     それを聞いて、ヒスイは口を閉じた。
     悲しみの顔が、消える。
     弱々しくも、彼女は笑った。

    「裏切るなよ、その決意」

    「ああ」

    「ふん。シオンの見る目も確かだったようだな」

    「え?それって――――」

     あの子のことか。そう聞こうとしたソラの口を、視界の端の雷光が制した。

    15/07/13 22:40 夢旅人   

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