番外第二幕 その2
そうして、エンらとも会話を終えて、再び、食事を堪能していった神無たち。食事を頂いてから数分後、部屋の明かりが一斉に消えた。
全員、戦いやら何やらと『慣れている』猛者揃いゆえか―――動揺の声すら出ずに、静寂が包んだ。
すると、広間の真ん中へとライトアップされる。そこにいる人物が姿を現す。
「――オホン。夫婦の皆様、今宵お越し頂き真に感謝の至り!」
大仰な音声を上げた人物――それは先ほど準備のため、姿を消したアダムだった。
先ほどまでの黒服とは違った明るい色のタキシードを身に纏い、彼は言葉を続ける。
「今回、皆さんを招いたのは両作者の意向! 夫婦とはなんぞや!? 愛とはなんぞや!? 契りを交わしたあなた達だからこそ知りうるそれを語り合えればいい!
――――と、いうことで。皆さん、よろしくお願いします」
最後の一声は完璧なまでの素の声だった。一同の肩がガクっとずっこけたのは言うまでもなかった。
瞬時に部屋の暗がりは消え、元の明るさへと戻る。様相もまた変わっていた。
料理の用意された机は全て取っ払われ、夫婦それぞれに用意された指定の席が代わりにある―――番組の様なセッティングであった。
そして、司会のアダムの席には更に何人かのゲストが座っている。
「お、お母様! …やっぱり来ていたのですね」
サイキがゲストの一人を見るや声を上げて驚き、やはりなと小さく本音を零す。
ゲストの一人―――神理イリアドゥスは娘の言葉に涼やかな表情で応じる。つまり、全く気にしてすらいない。
「あの時言った筈よ? 『まだ動き時ではない』って、まあ、楽しみにしていなさい」
「…凛那。お前までもか」
「暇を持て余していたらイリアドゥスたちに誘われたのだ。断じて個人の意思で此処には座っていないわ!」
神無の呆れた視線をそっぽうぃ向いて、彼女は動揺した声音で言い返した。
一方、愛刀そのものでもある彼女の言に、無轟は黙しているが、少しの複雑な表情を見せている。
「とりあえず、ゲストの紹介から。それから一言どうぞ。――ゲスト一人目、凛那さんです」
「…うむ」
呼ばれた凛那は先のやり取りに気疲れしたのか、短く頷くだけだった。アダムは構わず続ける。
「二人目はゼロボロスさんです」
「まあ、楽しくやろうや! ハハハ」
ゼロボロスは陽気な表情だけの乾いた笑いを零す。
「三人目はハオスさんです」
「皆さん、楽しい時間を共に」
言葉と共にハオスは礼節良く会釈する。
「四人目のゲストは、カルマさんです」
「どーも。たまにはこういうのもいいわよね」
けらけらと笑う彼女はいつもの白黒の仮面を外しており、素顔を晒している。
「最後のゲストは―――イリアドゥスさんです」
「よろしくお願いするわ」
微笑を浮かべて、ゲストの紹介を終える。パチパチとわざとらしい拍手が広間全体から響いた。
そうして、始まってしまった良くわからない企画に、巻き込まれ、改めてゲストの面子に、夫婦の何組は頭を抱えそうな気分だった。
「カルマ、何故、あなたがそっちなんですか!? 宿敵が目の前にいるのに!!」
思わず声を荒げて、エンは目的を共にしているカルマへと言い放つ。
言われたカルマは笑みを崩さずに、飄々と応じた。
「んまあ、此処じゃあそういうのは関係ないのよー。番外だし、戦うのは本編でゆっくり……楽しみにしているのよ」
小さく舌舐めりしたカルマの笑みと眼差しは蛇のように鋭かった。エンはその応じ方に剣呑しかでない。
ふと、気がつけば隣に座っていた妻のスピカから途方も無い殺気が溢れていた。視線の先は、カルマだ。
彼女は溢れんばかりの殺気をさっきからカルマへと叩き込んでいたのだ。勿論、浴びるほどの殺意に蛇の笑みは深まりを増しているだけだが。
「す、スピカ!? 落ち着け、カルマとは(本編以上に)深い関係はない!」
「……本当でしょうね?」
殺気だけでバハムートの形を作り出せそうな勢いをエンは必死に説いている。その様子にカルマは笑声を止めずに居られない。
「アハハ、これが俗に言う『ヤンデレ』かしら?」
「カルマァ! お前も煽るな!!」
「……大変そーだな、あっち(敵)も」
神無は勝手に修羅場っている様子に遠い目で呟く。ツヴァイも同感なのか、頷き返す。
「よお、アダム。とりあえずは語り合うだけなのだな」
そんな修羅場を尻目に、神無は追及を始める。こんな企画の内容を。アダムは頷き返し、説明を開始した。
「ええ。――ルールは簡単です、私が皆さん夫婦にいくつかの問題を出します。それをクリアして頂くだけ。
そうして、我々が失礼ながら『点数』を取っていく……それだけですよ」
滔々とアダムの説明を聞いた夫婦たちはそれぞれの態度でリアクションした。
「我々を採点か。いい身分だな」
参加者として厳格な雰囲気と共に険しさの色を強めたディアウスの一言、
妻のプリティマも薄氷の冷たさが増して侮蔑の様な視線を向ける。
勿論、その敵意の眼差しは他もそうだった。
「下らん、さっさと帰らせろ」
「うーん…そんなに自慢できるものも無いわよ?」
無碍の一言で切り捨てるチェルと聊か得心していないウィシャスも同意している。
「――つまらないからとりあえずバハムっちゃう?」
「しなくていい、しなくていい」
どうにか殺意を抑え、落ち着きを取り戻したスピカは怜悧に宣する。
本当にしかねない危険さからエンが乾いた声で、彼女を宥めた。
そんな参加者の不服な様子にアダムは肩を竦め、苦笑を零しつつ、取り敢えずの説明を続けた。
「ハハハ…皆さんのおっしゃる事もご尤も。
勿論、『点数』の評価はともかく、『点数』の最も高い夫婦一組には褒賞や景品を用意しています」
最後の言葉を聴いた夫婦らは耳をピクっと反応した、してしまった。反応を見て、笑みを深めつつ、アダムは畳み掛ける。
『褒章――――!? 景品――――!!』
「それら景品は――――いえ。あえて伏せましょう。優勝した組にだけ、そうしましょう」
ぐぬぬ、と一同は我欲のさまを歯噛みしつつ、アダムは司会を続ける。
「では最初の質問から。――――」
笑みを収め、アダムは最初の質問を投げかける。
「最初の問題は、夫婦の初め―――つまり、愛の告白ですね。それを各々お答えください」
開口一番、最初の問題たる内容を聞いた瞬間、夫婦たちは各々反応に困った。
戸惑いを隠しつつ、神無は再確認の声をかける。
「…気のせいかな。なんか、凄ェ事聞いてきたよな」
「だから最初の問題は『愛の告白を教えてください』ですよ」
笑顔で応じるアダムの言葉に、一同は早速、悔恨を抱くべきか自責する。
尤もこんな舞台に招かれた事自体が一つの悔恨ではあった。
嘆くも遅い。喚くも遅い。舞台に上がった以上、逃れ得ない―――!
「皆、我先じゃあないのね。―――指名するわ」
戸惑いを隠し切れず二の足を踏んでいる一同たちを見かねたイリアドゥスが嘆息と共に指差す。
指名されたのは、
「お…俺らか」
「早く片付くと喜ぶべきかしら。一番槍と嘆くべきかしら……はあ」
神無とツヴァイの夫婦だった。
二人とも諦めの色が篭った言葉を吐き、ツヴァイにいたってはため息を零している。
「此処は一番手のお二人の頑張りで盛り上げてください。では、こちらの舞台へ」
席を外した二人がアダムの舞台へと案内した。今居る広間の隣の部屋へと連れられた。何も無い部屋。家具も無い、そんな部屋へ。
此処で愛の告白の再演をさせる気なのか。と、神無はアダムに問いかける―――瞬間、部屋が何かの駆動音と共に全貌が変化する。
夜に包まれた我が家の二人の部屋―――そここそが神無がツヴァイに契りの告白をした場所であった。
「……どういう事だよ」
既にアダムは部屋に居なかったが、呟いた神無の言葉に応じるかのように彼の声が部屋に響く。
『説明しましょう。今居る部屋はイリアドゥスさんの『記憶』の権能、ベルフェゴルさんの構築による権能で施したいうなれば『記憶の部屋』。
その部屋の中に居る二人の記憶を読み取り、記憶の光景を再現するものです。後は、この部屋でその『再演』をして貰うだけです』
「もうやるしかないのね……」
此処まで本格的な演出をされてはこちらも応じなければならないのだろうと諦観の意を込めてツヴァイは神無を見やる。
記憶の再現なのか、場の雰囲気なのか、何処と無く胸の内の鼓動が早まり、静かな高ぶりを憶えた。
そういえば、あの時もこの感覚だったと、思い出した。
(そう、あれは――――………)
神無と共に旅を終え、メルサータへと帰った彼は自分を無轟の家へと連れて来た。
両親の無轟らもツヴァイの居候を許してくれた。家族のように接してくれた二人に恩義を未だに忘れたことは片時も無い。
やがて神無がメルサータでおきた武闘大会で優勝を勝ち取り、手に入れた懸賞金で家を建て、ツヴァイは彼と共になった。
しかし、無轟の家で一緒に居る時間が長かった所為か、互いに恋人という感覚は薄かった。
けれども、二人だけの家、二人きりの部屋でいるだけで、味わう空気も何もかも違った。
そうして、二人の生活が慣れ始めたある夜。そう、あの夜だった。
「――ツヴァイ、まあ、話がある」
神無は自然な口調で自室を再現した部屋でなれた動きで座り、彼女を傍へ座るように言う。
「はい」
ツヴァイも同じく自然と動き、彼の傍に楚々と座った。
夜に包まれているものの暗さは言うほどではない。部屋へ月光が差し、薄暗い程度だ。
「こうして、お前と一緒になったのは本当に初めてだよな」
旅中では仲間が、故郷では家族が一緒に居た。こうして自分の家を持ち、彼女とだけの空間は、時間は、始めてだった。
御し切れない心の高揚―――改めて想う。彼女は、とても美しい女性であると。
旅を始めたばかりの自分の前に立ち塞がった凛然とした彼女、
奇異な巡り会わせで共に旅をするようになり、傍らにある彼女、
そうして、今―――心から愛しい彼女が眼前で見つめあった。
「……ツヴァイ」
「…はい」
互いに見詰め合うと薄暗い中でも赤さを見取れ、はにかんだ微笑を交える。
そうして、小さな笑い声の末、神無は覚悟を決した気迫と共に、この日の、この瞬間の為の、契りのものを差し出す。
「―――受け取ってくれ」
差し出したもの小さな箱。その箱をあけ、中に在ったのは契りの指輪。結婚指輪(エンゲージ・リング)であった。
指輪は銀色の意匠を称え、嵌め込まれた宝石は美麗な赤色、月光を浴び、静かに輝いている。
その指輪を見たツヴァイは小さく瞠目し、直ぐに感涙と共に表情を崩す。
「……うんっ……!」
「これからも、俺と一緒に居て欲しい。そう在って欲しい様に俺は努力する」
静かな、覚悟に満ちた言葉と共に彼女の指に結婚指輪を嵌め込んだ。真っ直ぐに見つめる眼差しを向ける。
「お前が俺の傍に居て、幸せと想う、その気持ちをあり続けていたいから。
――ツヴァイ。……愛している」
ツヴァイは涙を零しながら頷き返すことしか出来なかった。
そして、神無はその涙に笑顔を浮かべ、身を乗り出して―――――。
『はーーーーーい、お疲れ様です!!」
「「ッッ!!!?」」
気がつけば、自室ではない元の真っ白な部屋に戻っていた。アダムの声が無ければあの契りの夜の再演を続けていたことだろう。
今、神無とツヴァイは押し倒し、押し倒された密着の状態である。すぐに離れて、羞恥のあまりに顔を赤くする。
「お、おい! 『再演』って此処までするのかよっ!!」
さすがの神無もこの部屋の恐ろしさのあまりに慌てた怒声をあげた。
クスクスと笑い声交じりのアダムの声が返ってくる。
「ついでに、シーノさんの『夢』の権能によって再演の完成度を上げてますからね。気付かなかったでしょー?
あ、もう戻ってくださいね」
「…………」
「……戻りましょうか」
顔を赤くしつつ、ツヴァイは神無の手を引いて部屋を出た。神無も黙ってその手に引かれる。
引かれる手を、見る。指輪は今ではあの時の輝きは無い。鈍い光を帯びているものの、あの時の想いは在り続けていると信じている。