番外第二幕 その5
―――そして、彼らに詫びの姿勢をしていたイリアドゥスは頭を上げて、一先ずの話を続ける。
「次はアイネアスたち。お願いするわ」
呼ばれた二人は楚々と立ち上がり、
「まあ、私たちはそこまで深いものではないからね」
「自慢にもならないですけれど…」
別段の皮肉ではないが、アイネアスらは気楽な様子で言う。気楽な調子で舞台の部屋へとさっさと入った。
イリアドゥス、レプキアの力によって産まれた半神は全員が全員、人間のような血の繋がりは無い。
彼らは人間と同様に赤子から生み出され、幼年へ、最終的にはそれぞれ『適した外見年齢』へと成長する。
だから、ベルフェゴルのような老人から、シーノやヴェリシャナのような少年少女の外見年齢まで彼らはその姿を在り続けてきた。
そして、この二人に関しては、強いて端的に言えば、アイネアスとサイキの夫婦は他の組のようなものではなく、『産まれた瞬間から夫婦の半神』として存在している。
「――思えば、サイキとはずっと一緒だったな」
遠い過去、産まれた二人はシェルリアたちが居た世界で育っていった。
これは他の半神にも当てはまる事で、それぞれが持つ神性を高め、理解し、成長するためのものであった。
アイネアスらは更に特別な半神でもあった。レプキアにより、シェルリアたちの居る世界の神とも呼べる3柱の女神『オリジン』の因子を組み込んでいるのだ。
ゆえに彼らは、詩を謳い、その神性を顕現させることが出来る(アイネアスは謳う時のみ、サイキと同化し、謳い・発動が出来る)
そんな中、身体成長、精神成長を完了し、適した年齢外見に至った二人はこの世界のいくつかの問題に憂いを感じていた。
この世界は地上での生活ができず、3つの『塔』にそれぞれ文明を発展させていった事、限られた領域でしか生きられない、まさに狭き箱庭。
『想いを詩に変える力』を持つ『女性』たちの冷遇・不遇さ(3つ『塔』によってそれぞれ大きく異なるが)。
とある塔では『女性』たちの権威が高まりすぎて、種族間の差別が大きく問題になっている事。
限られた大地、種族間の多すぎる問題にアイネアス、サイキらは完全な第三者として憂い、ある決断を決する。
「『彼ら』の望む世界、安寧の大地へと導こう」
かくして、アイネアスとサイキは3つの塔の各地を巡り、『新たな理想郷』へと旅立つ『彼ら』を招いた。
無論、すぐに集ったわけではなかった。まさしく戦いのような日々を越え、二人の元に『彼ら』は集ってくれた。
半神キルレストの助力から箱舟モノマキアで『彼ら』を乗せ、異界の海で二人は詩を紡いだ。
想うは理想郷、願うは安寧に満ちた大地と世界。『彼ら』の願いと二人の想いを謳いあげた。
そして、誕生したのが『ビフロンス』。
「為すべきことを為す――とても難しいのですね」
完成した世界で、二人は心のそこからそう想った。
彼らは夫婦――愛し合うものたちの姿をその中で再認識した。
「――此処からの眺めはやはりいい、な」
ビフロンスを完成させ、町を造り、城を建てた中にある塔の頂きで、アイネアスたちは眺める風景を眺めた。
此処から眺める風景は全てを見渡せるから、二人はお気に入りの場所になっていた。
「はい…創ってよかった……本当に」
彼の言葉にサイキの喜びに震えた涙声に寄り添う。
そうして彼は感慨深く、話を続ける。
「彼らを知り、私は知った。これが愛することなのだと。夫婦というものの意味もそうだ」
最初から対として、夫婦として在った彼らでは気づけなかった真実。
「夫婦…」
「―――改めて、契りを交えようと思ってな」
そういって彼は懐に収めていたものを取出し、彼女に見せる。
「!」
それは指輪だった。金に鈍く光るそれを見せ、アイネアスは照れながら、言葉を続けた。
「愛する夫婦はこうして契りの証を渡す」
指輪を彼女の指にはめ、微笑を浮かべ、満足げに頷いた。
「……嬉しいわ、本当に」
「ああ。そうだと嬉しい」
他愛ない会話を交え、しばらく沈黙が包んだ。
そして、アイネアスは口火を切る。
「サイキ。実は、話したいことが他にもある」
「はい、何でしょうか……?」
口火を切った彼の表情は先の人の温かみに満ちた穏やかなものだったのが、今ある彼は冷徹のそれだった。
威圧すら漂う雰囲気にわずかにサイキは気押される。
その様子に小さく苦笑を浮かべつつ、話を続けた。
「ここを創って、ここでの日々を過ごしてきてずっと思い続けたことだ。―――この温もりは元居た世界の情勢では味わえないものだ。
それどころか、こうして結ばれる意味すら奪われてしまう―――此処へ集ったものたちの為にも、救い出さねばならない」
その吐露は彼の覚悟の意思そのものだった。サイキも清聴の姿勢を取る。
「……母を、同胞を裏切ってでも、救い出したいものが在る……いや、見出した」
「あなた」
「サイキ。私は此処で仲間を集い、あの世界を救うためにならどんな手も尽くして、穢す。そうなった手を、受け止めることが出来るかい?」
アイネアスは言うや、手を差し伸べる。その手を、サイキは躊躇うことなく祈る様に握りしめたのだ。
小さく瞠目する彼に、彼女は言葉を返す。
「当然よ。あなたと共にあるために、私が在る。―――私も一緒にあなたの為すべき事を果たさせて」
それが、アイネアスとサイキの―――戦いの始まりだ。
あの囚われた世界を救う、その一心を果たすために。
ミュロスが、イザヴェルが、多くの仲間たちが集った。
「あの世界を救うために」
その一心を果たすために。
「―――えーっと、以上ですね」
部屋はすでに元の白い部屋に戻っていた。
アイネアスとサイキも何処か遠くを見つめていた。それはあの塔から見た風景を見渡すようすと重なる。
しかし、二人は互いに見合って苦笑を交えてから部屋を出た。
「ほかの方々と比べるとアレでしたでしょう? いやはや」
「そういえば、あなた達…原作だったらラスボスポジの一角でしたね」
「ふふふ…まあ、あの時は大変でしたわ」
「お疲れ様、二人とも。戻っていいわよ」
「はい、失礼します」
神ゆえの奔放を気にせず、アイネアスは彼女の手を引き、席へと戻った。
そうして、彼らの採点を終えて、アダムは次の組を発表する。
「では、お次はディアウスさんとプリティマさん、お願いします」
「…うむ」
「大丈夫よ、ディアウス」
緊張気味に応じる老年の男性ディアウスと薄氷の女性プリティマが彼を支えつつ、さっさと例の部屋と移動した。
「……やはり、他の面々を見ると緊張してきたよ」
部屋へと入り、開口一番で彼は弱気に言う。それは普段の彼では見せない弱気さであった。
だからこそ、妻としてプリティマは薄氷の瞳と言葉に熱を籠めて言う。
「確りしなさい。ディアウスの妻として私は誇りなのだから」
「…すまんな」
ディアウスは申し訳なく頷き、次第に部屋の全貌が変わりつつある。
そう、嘗ての舞台へと。
ディアウスは老年の心剣士で、若かりし頃は元居た世界でも剣の腕前と雰囲気から『帝王』と称された。
しかし、そのオーラは他者を威圧するだけは無い束ね、導く王のそれでもあった。
だから、彼は旅人の集い――『旅団』を立ち上げた。『旅団』は行くゆく様々な世界で、平たく言えばボランティアだった。
そんな旅の中で、ディアウスはプリティマと出会った。しかしそこは苛烈な戦争が起きている世界で、あったが。
彼女も同じく旅人で在ったが、彼女は一人で旅する旅人だった。
『旅人』は基本的には一匹狼のようなものだった。一人世界を旅するもの。
『旅団』もあくまで利害の一致や、思想の一致によるものだった。
ディアウスたちはその世界での行動はとにかく戦争に巻き込まれた人々を助けることからだった。
非戦闘員を戦闘領域から逃がす、治療を行う―――できる限りのことを尽くしていた。
プリティマは決して彼らの行動を邪魔する事はしなかった。同時に言えば、彼女からも何もしなかった。傍観する立場にいたのだ。
「…なぜ、私が手伝わないといけないのかしら」
傍観され、耐えかねたディアウスの問いに彼女はこう返した。今思うとそれが二人の最初のキッカケでもあった。
彼女もその都度、傍観を徹し続けていた。そんな日々を過ごしていき、その真意はある日に知ることになった。
戦争が終わった。『旅団』の努力もむなしく救えなかった命は多かった。しかし、救えた命も少なくは無かった。
「――みんな、此処までよく付き合ってくれた。『旅団』は今日で解散する。
お前たちはもっといろんな世界を見て知ってほしい。世界は争いだけではないのだからな…」
唐突な解散の宣言を告げ、仲間だったものたちは惜しむように彼の下から去って行った。
そんな中でも、プリティマだけは傍観の姿勢を貫くように居た。
それを不思議に想い、彼は問いかけた。奇妙な同伴者に。
「なぜ、君はずっと私たちを見て来たのか。それほど、私たちは滑稽に見えたのかね」
その問いかけに、プリティマは薄氷の眼差しのまま返す。
「いえ、むしろ尊敬できるほどだったわ。ただ、それだけ」
「……そうか」
「こちらからも聞きたいのだけど、どうしてこんな世界に長く留まったの? 戦争のある世界なんて真っ先に旅立つべき世界なのに。
―――旅団の思想云々じゃない、あなたの真意を聞きたいの」
珍しく饒舌に問いかける彼女に、面白さを感じたがその真剣さに一先ず真面目に応じることになった。
ディアウスはそうまでした理由を、彼女へと打ち明ける。
「何、単なるお節介、自己満足だよ。元居た世界で少々ひどい目に遭い続けてな。
―――せめて、他の者らにはそんな目には遭わないで欲しかったが…所詮、個人やわずかな人数で為せることは少なかったわけだがな」
「……そうだったの」
「まあ、戦争は終わった。お前も旅人ならほかの世界へ旅をするんだ。
もっと素晴らしい世界はある。お前のその氷のような表情も溶けるだろうし」
「! ……煩い、好きでこんな顔になってないわ」
「―――ふ、ハハハ! そりゃあ悪かった」
言い返した彼女の様に、笑い声をあげて詫びるディアウスは少し考えて、
「んー、お前が良いのなら……私と共に旅をしてくれるか?」
「なっ」
「あーすまん! 調子に乗りすぎたわ!!」
流石に頼む相手を見て、彼は慌てて謝す。幾らなんでも都合が良過ぎると思っていた。いや、思われる。
ディアウス個人は下心などではなく、純に彼女との旅は粋に楽しめるものになると思っての誘いだった。
多くの人間と旅をしてきた彼は一人で旅するという選択を選びたくなかったのだ。それぞれ異なる性格の人間と旅する事は何事において新鮮だった。
申し訳なさそうに言った彼に、プリティマはその誘いに、
「―――良いわよ」
「……は?」
「貴方の誘いに応じると言ったのよ。ディアウス、私に世界を知ってほしいんでしょう?」
「……やれやれ」
彼女が伸ばした手に彼は呆れた様に言いつつ、嬉しそうにその手を握りしめた。
そうして、二人は共に旅をする事になり、互いに愛し合うようになった。
だが、ディアウスは最初は躊躇した。少々、歳の差が離れた彼女が自分を真に受け止めるのだろうか。
愛し合う中でそれは拭いきれないものだった。しかし、その躊躇いをプリティマは断じた。
「―――今更ね。あの時、『一緒に旅をしてくれ』って言われた時から、私は………こうなりたかったの」
その言葉だけで十分だった。ディアウスは躊躇いを捨てた。
その言葉と共に見せた熱の表情こそ、彼女と共にあって見たかった全てだ。
「そうか…なら、私は幸せ者なのだな」
心からそうつぶやき、彼女も微笑み返す。温もりに満ちた、笑みを。
■作者メッセージ
久しぶりの更新、申し訳ない。
アイネアス組、ディアウス組の結婚秘話です。
アイネアス組、ディアウス組の結婚秘話です。