番外第二幕 その7
そうして、月華は美月と友達になった。
その後の彼女は美月のお蔭もあり、次第にもとの元気さを取り戻していった。
落ち込んでいた自分へ、温かい笑顔と抱擁をしてくる彼は嫌いにならなかった。うっとおしさも感じなかった。
そんな日々が過ぎたある日。
「元気になったね、月華。その性格が素だったかな?」
「もう。馬鹿にしないでよ!」
彼がレストランへ彼女を誘い、食事をしていた時の事だった。
愉快に話し合う二人に、いや、彼女にある人物たちが話しかけてきた。
「おう、月華じゃないか」
そう、神無だった。傍にはツヴァイが居る。
「―――」
月華は言葉を一瞬失い、あわてて応じる。
「神無? お久しぶりね」
「ああ、そうだったな。最近見かけなかったからな…心配したぞ。親御さんに聞いても「詳しくは言えない、元気だ」しか教えてもらえねえし」
「いろいろあってね…」
「……」
歯切れの悪い月華に怪訝を抱くも、冷徹な視線が静かに二人に向けられる。
その眼差しに気づいたのか、神無が問いかける。
「…何だよ、俺に何か?」
「君が神無か」
「ああ…?」
酷く冷徹な眼差しの主―――美月―――に、神無は小さく身構える。
剣呑とした雰囲気が漂い、誰も口出しできなかった。それほどまでに美月の威圧は凄まじいものだったのだ。
そうして、漸くといった感覚の末に美月は口を開く。
「はじめまして、私は美月と言います。実は月華さんとは結婚前提のお付き合いをしてまして。これからもよろしくお願いします」
綺麗な笑顔を浮かべながら、自己紹介され、神無は、いや、その場の一同はズッコける。
神無は苦笑いしつつ、その照会に応じる。
「お、おう。そんな仲だったか? 月華はいいやつだ。仲良くしてくれ」
「ええ。よく知ってますよ」
貼り付けた笑顔で応じ続ける彼に神無は仕方なく、この場を去ることを決意した。
このままだと、店に迷惑がかかる。急ぎ足でツヴァイを連れて去って行った。
それを手を振って見送る美月は、一息、ゆっくりと吐いた。
「―――――すまない、最初は責めるなと言ったのにも関わらず。
………気が付いたら、心の底から怒りが溢れてしまった」
申し訳なく言った彼は月華へと謝した。
月華と知り合う中で、美月も知らず神無らに対する怒りを募らせていたのだった。
そして、彼らを見た瞬間、爆発した。
彼女を傷つけた最低な男と、
彼女を絶望に沈めた下劣な女と。
「――しばらくの間はあの二人と逢わない方がいいな、私は」
呆れて困ったように美月は笑いながら言った。月華は黙って頷くしかなかった。
それでも、そんな風に想ってくれた事が心なしか嬉しかった。
そんな危うい日が過ぎ、二人の仲は親密になっていった。
どこまでも普通で愉快な事をして、普通に食事などをしていき、想いは募っていくばかりだった。
ある夜の事だ。美月が月華を呼びつけたのだった。
呼びつけられ、やって来た場所は例の場所―――そう、自分が一度は身を投げようとした建物の屋上―――だった。
引き返したくなりそうにながらも、足取りはゆっくりと確実に屋上へと上がっていく。
そして、屋上へたどり着いくと、そこには彼だけが待っていたように佇んでいる。。
「美月…どうして、此処なの?」
開口一番、問いただしたかったのはそれだった。
此処は今や、月華にとっては傷跡しかない場所だ。
美月は振り返り、彼女を見据えたまま、答えた。
「此処は、私たちが出会った場所。そして、『君が一度死んだ場所』だ」
「!」
「結果はどうあれ、君は此処で死んだも同じ。だが同時に、『新しい君が生まれた場所』にもなった」
「……」
滔々と語り続ける彼の言葉を遮れなかった。
そうして、彼は彼女の前に歩み寄る。
「私が出来る事は君と一緒に居て、笑いあったり、泣いたり、怒りあったり……まあ、君が幸せだと思える事をしていきたいな。
―――改めて、私と……付き合って欲しい。君と一緒に生きて、いきたいんだ」
彼が用意し、取り出した小さな箱には3つの指輪があった。一つはチェーンによるネックレスとなっていた。
不思議に想った彼女が聞きだす前に、彼はその指輪を彼女の首から提げる。
「この三つ目は『死んだ君』への、指輪だ。別に皮肉ではないからな嘗ての君も愛すると言う意味だ」
「…もう」
必死に言われては、こみ上げた感情も苦笑するしかなかった。
だからこそ、私を此処まで想ってくれる彼を受け止めれる。
「――大好きよ、美月」
受け取った想いを抱擁と返し、美月もしっかりと抱き返す。
それが二人の新しい、始まりになった。
「……お疲れ、月華」
「うん…」
記憶の再演により、二人は強く抱き合っていた。漸く、その終わりを迎えて、意識が覚醒した。
他の面々のような恥ずかしさは無かった。この過去は、二人にとって終わりであり、始まりだったのだから。
そうして、部屋を出て、さっさと席へと戻るや、神無とツヴァイがすごい勢いでやって来た。
「つ、月華! お前――」
「私のせい……よね」
「もう…お馬鹿さんたちねー」
駆けつけ、本当に申し訳なさそうにしている二人に、からかうように月華は言う。
求めているのは贖罪、謝罪の言葉ではない。そんなものは美月との日々に洗い流したのだから。
「ああなっちゃったけど、あたしには美月がいるわ。だから、気にしないでいいのよ。…あたしだって隠してきたわけだったし」
その言葉に、二人は理解したように笑顔を返す。
「……ああ」
「これからも仲良く、ね…」
「それでいいんですよ」
詫びの言葉ではなく、新しい一歩への言葉に、美月は微苦笑で応じ、月華が泣き笑いしつつ、受け止めた。
いや、最初から求めてもいなかったのだろう。月華はただ、理解してくれるだけで充分過ぎたから。
「では、次の組は―――無轟さん、鏡華さんでお願いします」
「わかった。行くか、鏡華」
「ええ」
採点が終わり、アダムの呼びかけに素直に淡々と応じて二人は舞台の部屋へと向かっていく。
その姿を神無が目だけ追うと、隣の妻から声をかけられる。
「あなた、そういえば…お義父さまたちの夫婦話とか聞いたこと無いの?」
「あー」
至極当然の問いかけに神無は申し訳なさそうに答えた。
「悪い、全然教えてもらってなかったわ」
そういって、ツヴァイは呆れたような眼差しをして二人の秘話を見る事に専念する。
神無は苦笑を小さく浮かべつつ、内心は不安でいっぱいだった。
両親は自分に己らの過去を話すことはまず無かった。話すことがあってもそれはごく端的に済まされてきた。
これから見る両親の秘話、そして、過去は神無の未知の世界でもあった。
不安な気分を呑み込む勢いで、双眸は真っ直ぐ両親へと向ける。
「――」
一瞬、両親が振り返って、我が子神無を一瞥したように見えた―――がすぐに振り向き直った。
そうして、息子の視線を背に、二人は部屋へ入っていった。
無轟と鏡華、この二人の大きな接点は同じ世界で生まれ育った者同士だ。
尤も、出会うまでは別々の場所で育ったわけだが。因みに鏡華の方が無轟よりも年上である。
無轟は少年のころに瀕死の中で、炎産霊神との契約で生きる活路を見出し、鏡華は戦禍に巻き込まれ、嘗ての城を異界化し孤独の時を過ごした。
二人が出会ったのはその異界化した城での事だった。炎産霊神と契約して、戦いで生活を賄い、旅をしている彼が通りかかった村で彼女の城の話を聞いた。
『かの姫はその異能が災いし、父親からは力だけしか見られず、母親からは化け物と見られ続けた。それでもかの姫は両親を愛していた。
しかし、そんな彼女を幽閉していた城は戦禍に飲まれて焼け落ちた。なのに、近くで見れば城は在りし頃と変わらず存在している。
けれども、そこに居るは魑魅魍魎の類だけ。姫の異能が城を甦らせ、魔を引き寄せている』
幽霊話か、と無轟はその時あきれ果てたが村人たちの様子は決して嘘を語っているものではなかった。
故に真実を確かめるべくその城の在り処を聞き、足を運んだ。
戦禍の傷跡が残るそこに、幽玄と城が聳えていた。
『本当に在るね…お城』
無轟の傍から契約した火の神・炎産霊神が火を巻いて姿を現して、聳えたつ城を仰ぎながら彼に話しかける。
当時、まだ少年である無轟は不相応なまでの冷静な眼差しでソレを一瞥しつつ、
「なら、この中には姫様か、魑魅魍魎か。どちらかだろうな」
『後者だろうねーアハッ』
炎産霊神は陽気に笑いつつ、姿を消した。おそらくは城の中から漏れている瘴気や殺気に愉しみにしているのだろう。
契約した身の上とはいえ、この無邪気な邪悪さはまだ慣れない。
が、立ち止まるわけにもいかず、無轟は城の入口へと堂々と足を踏み入れた。
瞬間。
「――失せろ」
『―――――――!!』
無数に襲い掛かってきた異形の有象無象が容赦なく灰燼に帰した。無轟は一撫で、まるで虫を払うようにしただけだのに。
今度は足元から這うように現れた異形どもを小石を蹴飛ばすように蹴り上げると、爆炎が逆巻き、異形を周囲諸共焼き払った。
炎産霊神と契約した事で彼は『炎産霊神の炎』を自在に操る事が出来た。一撫ですれば灼熱の刃が、一蹴りすれば爆炎の烈風が、敵を焼き尽くす。
入り口へと踏み込んだ途端のこれで、炎産霊神は再び姿を現し、その笑みを凶悪に深めて笑った。
『ハハハッ! まだまだ入り口なのにいっぱいだねェ! どんどん暴れよう!』
「それには同感だ。だが」
無轟は拳に炎を収束、壁へと炎弾としてぶつける。
しかし、炎弾によって火が城を燃やす事はなかった。炎は水面に吸い込まれるように消えた。
それを見た無轟は、立ち止まらずに歩きながら話を続けた。
「この城全体が普通の城じゃあない。異質なソレだ」
『確か此処にいた姫様が異能を持っていたんだよね。じゃあ、姫様がこの城の元凶?』
「知らん」
こうして歩いて進むだけで、いたるところから有象無象が押し寄せ、牙を剥く。
無轟は淡々と歩みを止めず、襲い来る有象無象共を灰燼にしていくだけだった。
「―――ん?」
無轟は聳える城を攻略するに至って、まずは天守閣へと足を進めた―――が、そこは蛻の殻だった。
仕方なく地上階に戻り、異形どもを焼き払う中で、ふと、声が何処からか聞こえた気がした。
周囲にはうっとおしいほどの魑魅魍魎が居るにもかかわらずだ。
「こっちか?」
声が聞こえた方向へと足を進めると、そこは地下へと通じる階段のようなものが在った。
『この下に、その声の主がいるのかな?』
「わからん。確かめるしかないだろう」
無轟は階段を下り、地下へとたどり着く。
そこは罪人や敵を捕らえる牢獄のある回廊だった。その回廊の最奥、扉のようなものが在った。
■作者メッセージ
無轟、鏡華の結婚過去です。以前投稿したものと殆ど同じですが、気にしない。