番外第二幕 その8
近づくにつれ、声がよりはっきりと聞こえる。
「………」
扉を開け、無轟は小さく息を呑む。
異様の空間となっている広間には、黒髪の少女が一人だけで身を縮みこませて座っているだけだった。
部屋には何も無い。硬く冷たい石の床と壁―――先ほど通った罪人の部屋よりも酷な場所だ。
そんな部屋に少女が一人だけで居る、この異質を無轟は怪訝に想った。
『……姫だから、あの子かな?』
炎産霊神も興味深いものを見るように少女を見やりつつ、無轟に話し掛ける。
「そう、だろうな。……」
化け物の気配もパタリと途絶え、此処には自分らと彼女だけである事を感じ取ってから彼女へと歩み寄る。
ある程度近づいたその時、埋めていた顔がわずかに上がり、無轟を見た。
空虚、とも言える光の無い果敢無い眼で。
「―――誰?」
少女の誰何に無轟は歩を止め、淡々と名乗る。
「俺は無轟。……お前は此処の城の姫君、か?」
少女は虚ろな眼差しを背けつつ、顔を上げる。
「一応…かしら」
「では、お前の名前は?」
「……鏡華か」
無轟は応答の合間、思考を巡らせていた。
彼女の『異能』という力の正体、その力で城が在り続けている事、更には自分へと襲いかかってきた魑魅魍魎どもの元は一体どこにいるのか。
果てはなぜ、彼女だけは魑魅魍魎に襲われずにいるのか。
疑問を巡らせ、問いかけるべき質問を選んだ。
「―――お前は何時から此処にいるんだ?」
「……」
問われた彼女は酷く虚ろな双眸を彼へと向け、立ち上がった。
場の空気が変わりつつあることに炎産霊神が念話で話しかける。
『無轟、地雷踏んだんじゃないの?』
(そうかもしれない。だが、何も聞かないままでは何も解らないだろうよ)
『……』
炎産霊神は何処か呆れた様に自分を見たが、一向に無視して続けざまに問いかける。
「鏡華、この城にはお前だけしかいないのか?」
尚も空気が重く染まっていく中、彼の問いかけは続く。
「鏡華、お前の力は一体―――何なのだ?」
「―――――」
双眸の虚は変わらないが、その深淵に何かが浮かぶ。
彼女が口を開こうとした瞬間―――。
『――――――――― ッッッッ ――――――― !!』
部屋の天井を突き破り、それも二人の間を遮る壁の様にそれが咆哮と共に姿を現す。
禍々しい風体をした巨躯を誇る異形。頭部に生えた血の様に真っ赤な二つの角、瞳、開く口以外全てが黒に染まったソレが無轟を殺意の双眸で睨めつけてきた。
おぞましい殺気を前にしても無轟は平然と視線を合わせ、炎産霊神は興味深く感嘆の一息を零しつつ、表情に真剣さを混ぜて言う。
『…へえ。“鬼”ねえ。
この時代にそんなのが残ってるなんて―――生きた化石レベルだよ、アレは』
鬼。
この世界におけるこの存在は神代の時代に在り、現代においては全滅したと思われていたもの。
炎産霊神は比較的神の領域で埋まれども、現代に生まれた存在ゆえ記憶する限り、伝承の存在と思っていた。
しかし、その鬼が突如、自分たちの前に現れ、自分たちに殺意を向けている。
すぐ後ろにいる少女には目もくれずに、である。
(鏡華の能力は魍魎どもを従える支配の力、か?)
『だとしても、この城に引きこもる理由が解らないね』
窘めるように言った炎産霊神は怜悧に鬼から鏡華を見やる。その目には恐怖、怯えの色が在る。
しかし、その鬼を『見知っている』かのように、突然出現した事態への戸惑いが無い。
そして、鬼は相対した無轟を敵と認識したのか、咆哮を打ち立てながら、その剛腕を振り下ろしてきた。
「ッ!」
後ろへと飛びずさり、咄嗟に攻撃を躱す。だが、鬼は疾走し攻撃を繰り出す。
「―――」
『なんで鬼が現れたかは知らないけど……悪いね。無轟がお前には負けないんだよ』
迫りくる剛腕の一撃を無轟は迎え撃つように拳を振り放つ。
一見すれば無謀極まる愚行、だが神の契約で得た力により、拳に炎が纏われる。
拳と拳、双方の一撃が激突し、刹那の勝敗が決する。無轟の焔拳が鬼の拳をぶちぬき、打ち破った。
鬼は驚愕と共に叫び声をあげるも、逃げる事はしなかった。
尚も、彼へと攻撃を繰り出してきたのである。
「……」
無轟は怪訝に思うも、しかし躊躇わず応戦する。しかし、先のような一撃を繰り出さなかった。
手加減ともいうべき指一本を鬼へ向け、その拳が届く刹那、巨大な炎の放射が鬼を呑み込んだ。
炎に飲まれ、苦しみ悶える鬼はそれでも攻撃を続けたが、体が先に屈したのか崩れ落ちる。
全身を焼き焦がし、嫌な匂いが部屋に満ちる中、無轟は改めて鏡華を見る。
居竦まれているのか、動きが鈍い。しかし、無轟は構わず問いかける。
「鏡華。お前はこの鬼を知っているな? この鬼はお前を護る様に現れたんだ、お前が護られるだけの理由があるだろう?」
「……」
「全て、答えてほしい。でないと、俺はこの鬼を完全に焼却する羽目になる」
指先に炎を燈しながら、無轟は冷淡に催促する。
先の大火力を目にしては、彼女に抗する力などない。
鏡華は怯え、青褪めた顔で話をした。自分に纏わった全ての経緯を。
鏡華の打ち明けた過去は無轟が聞かされた話と大筋は合っていた。
父親からは力しか見られず、母からは化け物としか見られず、この城に生まれ育った時間は圧倒的にこの部屋だけなのだ。
その力は彼女を基点に『異界』を作り出すこと。異界は内部の因果を立ち、孤立させる。
焼け落ちたはずの城が在るのは彼女の力で『異界化』した事が原因だ。
そして、この中に居る鏡華は外部の影響を遮断されている為、飢えも遮断されている。彼女曰く、「数年はこの城に居た」。
「……この鬼は、あなたと同じように此処へとやって来た。でも、私を襲ったりしなかった」
ただ、居続けたのだ。
しかし、彼女に襲い掛かる魍魎を蹴散らし、時折この城にやって来る人間に魍魎たちを嗾けたのもこの鬼の仕業だった。
何度か彼女は鬼に問いかけた。『何故、此処に居てくれるの? 護ってくれたの?』と。
けれど、鬼の話す言葉は不可解なもので、困惑しただけに終わった。
鏡華はそれでも良かった。このまま誰も来なければ、半ば永遠にこうしていただけだから。
だが、此処に無轟がやって来た。来てしまった。彼女を護ろうとした鬼を焼き払って、彼女の前に立っている。
「―――炎産霊神、お前なら鬼の言葉も解るんじゃないのか?」
『え? 僕が?』
「お前くらいだろ、コイツに話が通じるのは」
否応なしに早くしろと無轟は炎産霊神に鬼に話し掛けるように言う。
鬼を全身焼き焦がしたが、見た目の程のダメージを与えたわけではなく身動きを止める程度に焼いたのだ。
炎産霊神は渋々と言った様子で鬼に近づき、まず様子を見る。
ダメージを負っているにも関わらず、鋭い眼差しが彼へ向けられた。視線の威圧に驚きつつ、話し掛ける。
『 』
『 』
炎産霊神と鬼が交えている言語は神代の言葉。無轟も鏡華も全く解らなかったが、炎産霊神が会話を進めている以上、成立している様子である。
少しの会話の末に、炎産霊神は話を切り上げて二人に、会話の内容を言う。
『――鏡華。どうして君にこの鬼が固執していた理由だが……至極単純にいうと、君が憐れだったからだ』
「憐れ…?」
『…この鬼が僕たちと同じようにやって来たと言ったけど、違う。彼はずっと見ていた、君を見守っていたんだ』
「―――えっ?」
思わず問い返したのは、先の答えである憐れに意味を考えていたから不意をつかれたものだ。
所詮、その程度の感情で見られていた、まるで飼い犬か猫の気分だとうんざりしかけていた。
だが、炎産霊神の言葉に完全に瞠目し、驚いた。
『生まれてからずっと孤独な君を見続け、憐れだ、と想ったんだよ。だから、せめて今くらいは君を護りたかった―――そう言ってた』
「………」
反応による言葉が見つからない鏡華は沈黙でしか応じれなかった。
『無轟。鬼が君から頼みごとを受け取った』
そんな鏡華を一先ず置いてから、炎産霊神は彼の方へと振り向いて、言伝を言う。
「鬼から?」
『ああ。―――この子を救って欲しい、と』
そう言った途端、炎産霊神は炎を発現し、鬼を焼き払った。今度こそ灰燼に帰すほどの。
炎に消える鬼の表情は安堵に満ちていた。無轟に向けられた眼差しは託したと語っていた。
そして、鬼は最期に鏡華へと視線を向けるも間も無く灰燼に消え去っていった。
炎産霊神は口火を切る。
『―――情けは良い。後は自分を消すだけだ、と頼まれた。じゃ、後は頼むよ』
告げるべき事を言い終えたのか、炎を巻いてその姿は消える。
無轟は鬼が自分に託した想いを受け取り、鏡華を見すえて、口を開いた。
「鏡華」
「!」
自分を護ってくれた鬼はもう居ない。無轟の呼びかけに鏡華は完全に怯えきっている。
それだけで無轟は理解した。彼女の心は死んでなど居ない。
心は凍り付いている。無慈悲な過去が心を虚ろに染めていたのだった。
だからこそ、問いかけた。
「―――お前が望むままにしてやる。
生きたくないと望むなら、痛みも無い一瞬の内に灰燼に消そう。
生きたいと想うなら、俺は此処を去ろう。魍魎どもは全て焼き払ったからな、暫くは此処に居続けられる。
お前は、どうしたい」
「私、は……」
無轟は真っ直ぐ彼女を見つめる。
彼女の答えが導くまで、暫くの沈黙が部屋を包んだ。
そうして、鏡華は虚ろの眼から涙を流し、魂の叫びのような声を張り上げていた。
「――――……自由に、生きたいッ!!」
「そうだ。お前は自由に生きれる」
彼女を縛り付けていたもの、最初は両親、今は己自身だった。
鬼は、異能の力はそんな彼女の自由への第一歩を切り開く『扉』でもあった。
それらを押しのけ、開いた者にこそ自由に生きることが出来る。
無轟は小さく頷き、
「なら、まずはお前の異能の力を解くんだな」
「…私の力」
彼の言葉に、鏡華ははっきりと応じれなかった。
この力の操作は、実の所まったく手繰ったことが無かった。
無轟はその様子を見て、察した。
「そうか。扱い方が解らないか」
淡々としていながらも呆れた様子で呟いてから、
「―――痛いと想うが、俺に斬られろ」
「え―――ッ」
その言葉の意味を理解する間に、無轟は一瞬で彼女の眼前へと現れ、刀のように手を振り放つ。
一閃。鏡華の躰に傷が走り、鮮血が噴出す。痛みを感じると共に、意識は闇へと沈んでいった。
「――――」
その間際。彼へと伸ばした手が確りと握られ、崩れかかった躰は抱きとめる。
「……」
呼応するかのように城全体から激しい崩壊の音が聞こえる。無轟は彼女を抱きかかえ、全速力で城から脱出した。
「………」
扉を開け、無轟は小さく息を呑む。
異様の空間となっている広間には、黒髪の少女が一人だけで身を縮みこませて座っているだけだった。
部屋には何も無い。硬く冷たい石の床と壁―――先ほど通った罪人の部屋よりも酷な場所だ。
そんな部屋に少女が一人だけで居る、この異質を無轟は怪訝に想った。
『……姫だから、あの子かな?』
炎産霊神も興味深いものを見るように少女を見やりつつ、無轟に話し掛ける。
「そう、だろうな。……」
化け物の気配もパタリと途絶え、此処には自分らと彼女だけである事を感じ取ってから彼女へと歩み寄る。
ある程度近づいたその時、埋めていた顔がわずかに上がり、無轟を見た。
空虚、とも言える光の無い果敢無い眼で。
「―――誰?」
少女の誰何に無轟は歩を止め、淡々と名乗る。
「俺は無轟。……お前は此処の城の姫君、か?」
少女は虚ろな眼差しを背けつつ、顔を上げる。
「一応…かしら」
「では、お前の名前は?」
「……鏡華か」
無轟は応答の合間、思考を巡らせていた。
彼女の『異能』という力の正体、その力で城が在り続けている事、更には自分へと襲いかかってきた魑魅魍魎どもの元は一体どこにいるのか。
果てはなぜ、彼女だけは魑魅魍魎に襲われずにいるのか。
疑問を巡らせ、問いかけるべき質問を選んだ。
「―――お前は何時から此処にいるんだ?」
「……」
問われた彼女は酷く虚ろな双眸を彼へと向け、立ち上がった。
場の空気が変わりつつあることに炎産霊神が念話で話しかける。
『無轟、地雷踏んだんじゃないの?』
(そうかもしれない。だが、何も聞かないままでは何も解らないだろうよ)
『……』
炎産霊神は何処か呆れた様に自分を見たが、一向に無視して続けざまに問いかける。
「鏡華、この城にはお前だけしかいないのか?」
尚も空気が重く染まっていく中、彼の問いかけは続く。
「鏡華、お前の力は一体―――何なのだ?」
「―――――」
双眸の虚は変わらないが、その深淵に何かが浮かぶ。
彼女が口を開こうとした瞬間―――。
『――――――――― ッッッッ ――――――― !!』
部屋の天井を突き破り、それも二人の間を遮る壁の様にそれが咆哮と共に姿を現す。
禍々しい風体をした巨躯を誇る異形。頭部に生えた血の様に真っ赤な二つの角、瞳、開く口以外全てが黒に染まったソレが無轟を殺意の双眸で睨めつけてきた。
おぞましい殺気を前にしても無轟は平然と視線を合わせ、炎産霊神は興味深く感嘆の一息を零しつつ、表情に真剣さを混ぜて言う。
『…へえ。“鬼”ねえ。
この時代にそんなのが残ってるなんて―――生きた化石レベルだよ、アレは』
鬼。
この世界におけるこの存在は神代の時代に在り、現代においては全滅したと思われていたもの。
炎産霊神は比較的神の領域で埋まれども、現代に生まれた存在ゆえ記憶する限り、伝承の存在と思っていた。
しかし、その鬼が突如、自分たちの前に現れ、自分たちに殺意を向けている。
すぐ後ろにいる少女には目もくれずに、である。
(鏡華の能力は魍魎どもを従える支配の力、か?)
『だとしても、この城に引きこもる理由が解らないね』
窘めるように言った炎産霊神は怜悧に鬼から鏡華を見やる。その目には恐怖、怯えの色が在る。
しかし、その鬼を『見知っている』かのように、突然出現した事態への戸惑いが無い。
そして、鬼は相対した無轟を敵と認識したのか、咆哮を打ち立てながら、その剛腕を振り下ろしてきた。
「ッ!」
後ろへと飛びずさり、咄嗟に攻撃を躱す。だが、鬼は疾走し攻撃を繰り出す。
「―――」
『なんで鬼が現れたかは知らないけど……悪いね。無轟がお前には負けないんだよ』
迫りくる剛腕の一撃を無轟は迎え撃つように拳を振り放つ。
一見すれば無謀極まる愚行、だが神の契約で得た力により、拳に炎が纏われる。
拳と拳、双方の一撃が激突し、刹那の勝敗が決する。無轟の焔拳が鬼の拳をぶちぬき、打ち破った。
鬼は驚愕と共に叫び声をあげるも、逃げる事はしなかった。
尚も、彼へと攻撃を繰り出してきたのである。
「……」
無轟は怪訝に思うも、しかし躊躇わず応戦する。しかし、先のような一撃を繰り出さなかった。
手加減ともいうべき指一本を鬼へ向け、その拳が届く刹那、巨大な炎の放射が鬼を呑み込んだ。
炎に飲まれ、苦しみ悶える鬼はそれでも攻撃を続けたが、体が先に屈したのか崩れ落ちる。
全身を焼き焦がし、嫌な匂いが部屋に満ちる中、無轟は改めて鏡華を見る。
居竦まれているのか、動きが鈍い。しかし、無轟は構わず問いかける。
「鏡華。お前はこの鬼を知っているな? この鬼はお前を護る様に現れたんだ、お前が護られるだけの理由があるだろう?」
「……」
「全て、答えてほしい。でないと、俺はこの鬼を完全に焼却する羽目になる」
指先に炎を燈しながら、無轟は冷淡に催促する。
先の大火力を目にしては、彼女に抗する力などない。
鏡華は怯え、青褪めた顔で話をした。自分に纏わった全ての経緯を。
鏡華の打ち明けた過去は無轟が聞かされた話と大筋は合っていた。
父親からは力しか見られず、母からは化け物としか見られず、この城に生まれ育った時間は圧倒的にこの部屋だけなのだ。
その力は彼女を基点に『異界』を作り出すこと。異界は内部の因果を立ち、孤立させる。
焼け落ちたはずの城が在るのは彼女の力で『異界化』した事が原因だ。
そして、この中に居る鏡華は外部の影響を遮断されている為、飢えも遮断されている。彼女曰く、「数年はこの城に居た」。
「……この鬼は、あなたと同じように此処へとやって来た。でも、私を襲ったりしなかった」
ただ、居続けたのだ。
しかし、彼女に襲い掛かる魍魎を蹴散らし、時折この城にやって来る人間に魍魎たちを嗾けたのもこの鬼の仕業だった。
何度か彼女は鬼に問いかけた。『何故、此処に居てくれるの? 護ってくれたの?』と。
けれど、鬼の話す言葉は不可解なもので、困惑しただけに終わった。
鏡華はそれでも良かった。このまま誰も来なければ、半ば永遠にこうしていただけだから。
だが、此処に無轟がやって来た。来てしまった。彼女を護ろうとした鬼を焼き払って、彼女の前に立っている。
「―――炎産霊神、お前なら鬼の言葉も解るんじゃないのか?」
『え? 僕が?』
「お前くらいだろ、コイツに話が通じるのは」
否応なしに早くしろと無轟は炎産霊神に鬼に話し掛けるように言う。
鬼を全身焼き焦がしたが、見た目の程のダメージを与えたわけではなく身動きを止める程度に焼いたのだ。
炎産霊神は渋々と言った様子で鬼に近づき、まず様子を見る。
ダメージを負っているにも関わらず、鋭い眼差しが彼へ向けられた。視線の威圧に驚きつつ、話し掛ける。
『 』
『 』
炎産霊神と鬼が交えている言語は神代の言葉。無轟も鏡華も全く解らなかったが、炎産霊神が会話を進めている以上、成立している様子である。
少しの会話の末に、炎産霊神は話を切り上げて二人に、会話の内容を言う。
『――鏡華。どうして君にこの鬼が固執していた理由だが……至極単純にいうと、君が憐れだったからだ』
「憐れ…?」
『…この鬼が僕たちと同じようにやって来たと言ったけど、違う。彼はずっと見ていた、君を見守っていたんだ』
「―――えっ?」
思わず問い返したのは、先の答えである憐れに意味を考えていたから不意をつかれたものだ。
所詮、その程度の感情で見られていた、まるで飼い犬か猫の気分だとうんざりしかけていた。
だが、炎産霊神の言葉に完全に瞠目し、驚いた。
『生まれてからずっと孤独な君を見続け、憐れだ、と想ったんだよ。だから、せめて今くらいは君を護りたかった―――そう言ってた』
「………」
反応による言葉が見つからない鏡華は沈黙でしか応じれなかった。
『無轟。鬼が君から頼みごとを受け取った』
そんな鏡華を一先ず置いてから、炎産霊神は彼の方へと振り向いて、言伝を言う。
「鬼から?」
『ああ。―――この子を救って欲しい、と』
そう言った途端、炎産霊神は炎を発現し、鬼を焼き払った。今度こそ灰燼に帰すほどの。
炎に消える鬼の表情は安堵に満ちていた。無轟に向けられた眼差しは託したと語っていた。
そして、鬼は最期に鏡華へと視線を向けるも間も無く灰燼に消え去っていった。
炎産霊神は口火を切る。
『―――情けは良い。後は自分を消すだけだ、と頼まれた。じゃ、後は頼むよ』
告げるべき事を言い終えたのか、炎を巻いてその姿は消える。
無轟は鬼が自分に託した想いを受け取り、鏡華を見すえて、口を開いた。
「鏡華」
「!」
自分を護ってくれた鬼はもう居ない。無轟の呼びかけに鏡華は完全に怯えきっている。
それだけで無轟は理解した。彼女の心は死んでなど居ない。
心は凍り付いている。無慈悲な過去が心を虚ろに染めていたのだった。
だからこそ、問いかけた。
「―――お前が望むままにしてやる。
生きたくないと望むなら、痛みも無い一瞬の内に灰燼に消そう。
生きたいと想うなら、俺は此処を去ろう。魍魎どもは全て焼き払ったからな、暫くは此処に居続けられる。
お前は、どうしたい」
「私、は……」
無轟は真っ直ぐ彼女を見つめる。
彼女の答えが導くまで、暫くの沈黙が部屋を包んだ。
そうして、鏡華は虚ろの眼から涙を流し、魂の叫びのような声を張り上げていた。
「――――……自由に、生きたいッ!!」
「そうだ。お前は自由に生きれる」
彼女を縛り付けていたもの、最初は両親、今は己自身だった。
鬼は、異能の力はそんな彼女の自由への第一歩を切り開く『扉』でもあった。
それらを押しのけ、開いた者にこそ自由に生きることが出来る。
無轟は小さく頷き、
「なら、まずはお前の異能の力を解くんだな」
「…私の力」
彼の言葉に、鏡華ははっきりと応じれなかった。
この力の操作は、実の所まったく手繰ったことが無かった。
無轟はその様子を見て、察した。
「そうか。扱い方が解らないか」
淡々としていながらも呆れた様子で呟いてから、
「―――痛いと想うが、俺に斬られろ」
「え―――ッ」
その言葉の意味を理解する間に、無轟は一瞬で彼女の眼前へと現れ、刀のように手を振り放つ。
一閃。鏡華の躰に傷が走り、鮮血が噴出す。痛みを感じると共に、意識は闇へと沈んでいった。
「――――」
その間際。彼へと伸ばした手が確りと握られ、崩れかかった躰は抱きとめる。
「……」
呼応するかのように城全体から激しい崩壊の音が聞こえる。無轟は彼女を抱きかかえ、全速力で城から脱出した。