番外第二幕 その10
「……今思えばお前にしては凄い積極的な事だったな」
無轟らは記憶の再現を終え、元の座席へと戻っていた。今は採点の最中。
その間の自由な時間であったが、疲労感がどっと体に圧し掛かっている気分であった。
鏡華は愛想が薄い事が目立つが、それはあくまでも感情の制御が本人でも制御しきれない事が一因だった(神無が産まれた頃には改善された)。
「ええ。私にできる事なんて、あなたの役に立つくらいしかないわけだし。―――もちろん、こうして居る事も幸せと感じれる」
夫の言葉に、妻は読みがたい陽気さで言い返し、小さく笑いあう。その様子を息子も安堵しつつ見ていた。
「親父も、母さんもいろいろあったんだな」
「ああ。だが、お前が気にすることもないだろう?」
それは結局、自分自身の問題だ。我が子には関係ない。
だからこそ、二人は己の過去を決して否定せず、受け入れたうえで前を見据えていくことを選んだ。
「そうねえ。私もあの日以降は力も発現しなくなった」
原因はわからなかった。自分を縛りつけていた異能の力は、無轟との出会いの日以後からまったく具現化できない。
しかし、どうでもよいことになった。愛する夫と結ばれ、愛しい我が子を産み、育てることが出来た。
故にこそ、鏡華は満足げに言う。
「とても幸せだから」
「……」
無轟は無言ながらに、深い笑みを浮かべて返す。そうして、採点が終わり、いよいよ最後の二人へと出番が回る。
エンとスピカ。
複雑な、凄惨な過去をそれぞれ抱き、愛し合う二人の過去にこの場にいる全員が興味を抱いた。
「なあ、イリアドゥス。私たちは棄権でも――」
「駄目よ。エン、アガレスたちは特別にOKしたけど、これ以上の例外は無いわよ?」
エンは意を決して、企画者だろうイリアドゥスに談判の声をかけた。
が、それは行動を共にする協力者によって無碍にされる。一方の、イリアドゥスもその表情(えがお)に書いてある。
『 ダ メ 』
「―――…なら、実力行使でも!」
「んもうっ!」
エンは観念したか、武器たるダブルセイバーを取り出し、並々ならぬ闘気を纏いそうになった瞬間。
――高速のビンタが彼の頬に放たれていた。光を越える速さで。
「ぐぼ―――ァ!?」
エンの奇妙な声と共にビンタの一撃で吹きとばされ、ちょうどよく開かれた再演される記憶の部屋の中へとシュートした。
「あら、あなたったら。そんなに真っ先に入らなくてもいいじゃないの」
等と、平然と言い放ちつつ、スピカはくすくす笑って部屋へと入った。
その様子を見せられていた一同は内心一致の心の声を零した。
『かかあ天下だな(ね)』
と。
―――話を二人の入った部屋と移る。
エンとスピカの過去、その結婚の秘話が始まった。
「俺たち、結婚する事になった」
「―――は?」
開口一番、腐れ縁とも面倒な男とも思える彼―――エンこと『クウ』―――が結婚相手スピカと共に彼女の弟であるウィドにそう告げる。
ウィドは唖然茫然といった具合に表情を固まらせ、言葉を詰まらせる。どうにか視線を姉に向け、救いを求める。
きっと嘘だろう。何らかの記念日で「嘘をついて良いという日」が在ると知られている、きっとそれだろう、そうであれ。そうであってくれ!
しかし、我が姉は屈託無く頷き、その時見えた左薬指のそれが紛れもない真新しい指輪を見て、途方も無い衝撃に言葉を完全に失う。
「………」
「お前にはちゃんと言っておかないといけないからな……驚くのも無理ないが―――」
「キ、サ、マアアアアアアアアアア!!」
大きく吼えたウィドは掴みかかろうとしていたが、此処が家である事を理性が辛うじて押さえ、声だけが彼へと伸ばす。
二人はその吼えに、まったく動揺していない。スピカはやれやれと平然に、クウは冷然と話を続ける。
「…うるせえよ。スピカと話して、どうせお前の事だ。納得も了承もしてくれないだろうなあ」
「無論だ…!」
怒気を通り越した殺気に滾らせながら、ウィドは強く言い返す。
案の定の言葉に、クウは苦笑を一瞬浮かべ、直ぐに真剣な表情で話を切り出す。
「―――勝負、するか? 俺が勝てば結婚に納得も了承してくれ。お前が勝てば――な?」
「……」
ウィドは今すぐに直ぐに応じる事はせずに、一息つくように視線を姉のスピカへ向ける。
対して彼女は表情を変わらずに静かに言う。
「私が言っておとなしくならないでしょう? なら、これが一番手っ取り早いわ」
姉の言葉に、了承を得た弟は煮え滾る殺意を潜めつつ、声を抑えて言う。
「……姉さんがそういうなら―――わかった、クウ。30分後、『訓練場』に来い。そこでならいいはずだ」
「おうよ」
ウィドはその返事を受け取って、家へを出る。素早い足取りは訓練場に向かっていった。
そうして、クウは家を出た彼の気配が遠のくのを確認してから、傍に居るスピカに言う。
「まったく、シスコンも拗(こじ)らせると大変だな、おい」
「仕方ないわ。―――絶対に……負けないでよ?」
「当たり前だ。きっちり片付ける」
クウは戦意を静かに燃やしながら、スピカに笑いかけ、彼は出立の準備に取り掛かった。
訓練場。
そこはクウ、ウィドは此処で何年も切磋琢磨に、研鑽を磨き上げてきた思い出の場所でもある。
訓練場の地面や壁には自動修復される結界・魔法陣が機能しており、いかな激しい戦闘になっても修繕される。
更に、この場の中にいる限り、食欲などの感覚を遮断する事で何日も動き回ることが出来る。
ウィドがここを選んだのは、『彼との決着がすぐにつくはずが無い』と確信したうえでの措置だった。
「―――」
ゆえに、ウィドが持ち込んできたのは愛用のレイピアで充分だった。
「……丁度、30分。律儀だな」
踏み込んできた気配に視線を向け、やって来た彼――クウへと言葉を投げかける。
「まあ、な」
ぶっきらぼうに答えつつ、双方共に戦意に静かに燃やしている。
お互いにお喋りなんて好む気質ではない。だから、
「行くぜ!」
真っ向から戦う事を選ぶ。
クウが吼えるや、一気にウィドへと間合いを詰める。振り放った拳を鋭く、彼へと穿つ。
「――ふん!」
ウィドは身を翻すと同時に振り上げた剣に瞬間集束した風の塊を叩き込んだ。
クウはすぐさま防御を取り、風圧の一撃を耐えた。
「 」
防御を解くと視界に彼の姿がない。しかし、直感で頭上へと闇の塊の衝撃波を放つ。
放った衝撃波は頭上に舞うウィドの振り放った連続の風の刃が激突し、相殺し合う。
「っ―――ハァ!!」
一気に地上へと飛び込むようにウィドは攻めの勢いを落とさない。寧ろ、間髪いれずに上昇していく。
地上にいる彼めがけて風を纏う事で高速移動と共に剣を振り下ろし、余波が爆風となって周囲をもろとも吹きとばした。
「ちっ!」
斬りこみを躱しつつ、ウィドの繰り出した余波の爆風にあえて流されることで、彼との間合いを調整する。
「喰らい、やがれっ!」
両拳に闇の力を収束し、遠くにいるウィドへと打ち抜く。
放たれた衝撃波をウィドは素早い無数の斬撃で悉く斬り捨て、飛び退るクウへと突進追撃する。
「―――」
追撃のスピードを加速させ、一気に至近へと迫る彼にクウは翼を顕現する。大きな羽撃きと共に空中へと高く飛翔した。
「っと、あぶねえな!」
「ちぃっ!」
空中へと避けられたウィドは忌々しく舌打ちし、だが行動は変わらず怜悧に実行する。
飛ぶ彼へと先の風の刃の倍以上に多く、細かくした衝撃波の散弾を目がけて拡散させた。
怒涛の刃の雨を、空中にこれ以上居れば微塵に切り裂かれると理解した上で、全身に闇を纏い、強化、逆に接近する。
纏った闇が刃を弾かせ、隙をついたウィドに拳を抜き打つ。
「っ――」
「おらぁ!!」
彼の頬へと剛拳がヒットし、大きく吹きとばされたウィドだが、地面へ倒れず、受け身を取って、返礼として、刀身に纏わせた竜巻を放射する。
放たれた竜巻を躱し、クウは追いかける様に駆け出した。
「こいつは、どうだー!」
纏った闇を羽の弾丸として無数に擲つ。
迫る弾羽をウィドは神速の斬撃と風を纏い、全て切り伏せ、防御した。
そうして、迫るクウへ、真っ向から斬りこむ。
「っ!」
スピードも、剣速もウィドが上である。素早く至近へと迫り、刃を振り放つ。
クウは翼でも、拳でも、闇を纏う事もせず、受け止める。
激しい火花を散らしながら、ウィドの剣刃を、受け止めた『それ』。
それこそが、クウのキーブレード『対極の翼』だった。
「―――いくぜ」
押し返して、剣を構える。
譲れない想いと決意を剣に秘め、闘志を高める。
「……来い」
それに応じるように、ウィドは剣を鞘に収め、構えをとる。風が周囲に集束していく。
そして、二人の闘争の意思が剣に顕れ、熾烈に、凄絶にぶつかり合った。
クウとウィドが決闘を開始し、3日が過ぎた。もっとも訓練場内での戦闘に時間は関係がなかった。
家で静かに待っていたスピカは二人の実力を考えて、そろそろ決着が付くだろうと目算を立てていた。
「―――迎えにいきますか」
時計を見やり、くすくすと笑みを零しつつ、席を立って、訓練場へと向かっていった。
彼女は勝負の決着に関してはクウには負けないでと言った。が、それでも特に拘っていない。
これはあくまでも子供同士の好き勝手な喧嘩、で見ている。譲れない想いをそれぞれ抱いて、ぶつかり合っているだけだ、と。
「……クウ……ウィド」
訓練場に辿り着き、状況を見るや、彼女は驚きの声を漏らす。
そこでは、クウとウィドが熾烈な戦いの末から、至極シンプルな殴り合いになっている。
武器も拾わず、野ざらしに放置。今は拳と拳の応酬―――二人は思いの丈を吐き出すように言い合っていた。
「――俺は、スピカを護る! 守り抜いてみせる! ソレくらいの覚悟はとうの昔に出来てんだよ!」
「黙れ! そんな大言、まだ吼えるか!!」
殴り、殴られ、それでもクウは諦めずに吼え、ウィドは頑なに叫ぶ。
双方の言葉に、スピカは深く理解していた。
クウは自分を愛してくれた数少ない理解者であり、大切な人であった。
ウィドは唯一の家族、自分を深く想ってくれるがゆえに、あれほどまでに彼の戦いを続けている。
二人の想いを、覚悟を知っているがゆえに、彼女はただ静かに見守る事を選んだ。
「俺の、想いを大言なんて―――言うんじゃねえ!」
「ぉぁあああああ!!」
絶叫と共に、繰り出された渾身の拳の一撃が交差し、躱す余力もなく直撃し合った。
踏ん張る力も出ず、ウィドも、クウも天を仰ぐように倒れこんだ。
そうして、スピカは殺伐とした空気が静まり、彼の下へと歩み寄ることができた。
「お疲れ様」
楚々と屈んで頬を優しく撫で、微笑みを返す。
その愛おしい声に、クウは笑顔で返して、荒い息の中で零すように言葉を吐く。
「ああ……ったく、本当に……疲れたぜ」
「姉さん」
背後から呼び声が聞こえ、スピカが振り返るとやはり、ウィドが立ち尽くしていた。
剣を杖のように支えて、崩れそうな姿勢を留めている。クウは落ち着いた眼差しで彼を見やる。
スピカは倒れている彼と視線を一瞬あわして、自分が出ると請け負う。
「――姉さんは、クウの事が……好きなのか?」
「ええ」
迷い無く、断言するように言った。
その顔を見据えたウィドは受け止めるように目を閉じ、ゆっくりと二人に背を向けて動き出す。
「ウィド…」
「一緒に居るべき時に……邪魔はしたくない」
そう呟いて、訓練場を出て行った。恐らく、町にある治療施設に向かったと方角で判断した。
「はは……アイツなりに空気を読んだんだろ。―――よい、っしょっと」
倒れていたクウは乾いた笑みと共に起き上がった。ふらつきがあるが、倒れこむことは無い。
スピカも立ち上がって、クウに話を続ける。
「あの子に認めてもらったんだから、しっかりしないとね」
「まあな」
クウは頷くと共に笑みで返し、スピカに視線を合わせる。
いつしか、お互いに顔が赤くなり、意を決して、彼は彼女へ――――。
■作者メッセージ
漸くの更新です。
クウとウィドの決闘シーンは長すぎず短すぎずをイメージ。
それでも短いと思ったのでしたら、申し訳ないです
クウとウィドの決闘シーンは長すぎず短すぎずをイメージ。
それでも短いと思ったのでしたら、申し訳ないです