番外 第三幕「クリスマスプレゼント前編」
肌寒い空気、吐息は白く、天は灰染めの小さな、淡い雪を降らす雲が覆う。
普段通う商店街の人混みも、いつも以上の多さと賑やかさをしている。
その中で存在感を褪せない人物がいる。
長く伸びていながらも無作法にした黒髪、その巌の様な表情、泰然とした体躯、その身を黒衣に藤色の着物を纏った男性。
「――神無、寒くは無いか?」
男性――無轟は、肩車した我が子に声をかける。視線は上には向けず、真っ直ぐに歩を進めている。
我が子――神無は、きゃっきゃっと歓喜を現すように表情、動作に示して声に出す。
「うん! さむい!!」
「……神無、懐炉はどうした? 幾つも服につけただろう」
出かける前に、「寒いから温かくしたい」と駄々を捏ねた為、しぶしぶ懐炉を一度に数個、渡してしまった。
火傷を考慮して貼る箇所は自分や妻がしっかりと見た上でしたのだった。
「ああ、さっきのショッピングモールで「ばーにんぐそうる」って1つだけ残して全部外して捨ててたわよ」
無轟の疑問に、彼の右隣で離れずに歩み続けていた黒髪、黒を基調とした和装、
この空気の寒さ以上の冷淡な双眸を夫と同じ方向に向けたまま唇だけを女性は動かした。
その女性―――妻である鏡華の言葉に、無轟は小さく項垂れたがすぐに戻す。上の我が子に、
「一先ずは結果の寒さに反省する事だ。…町を出れば炎産霊神で暖めてやるからそれまでだが」
厳しく、直ぐに飴を与える。
――我が子神無はやったと嬉しく言う。約束の暖かみを前に、寒さもへっちゃらと嬉々として騒ぐ。
その様子に、妻も自分も小さく微笑を浮かべた、そうして、家族は人混みを通り抜け、街を出た。我が家は町を見護るような山が崩れた丘に在る。
人の足は此処まで自分たち以外は全くやってこない。まあ、そうなくては『コイツ』が現れない。
人の気配がおおよそ自分たちになってから見計らったように無轟の眼前に火炎が渦巻いた。
『――や、神無。寒かったでしょ、暖かめてあげるよ』
彼へと話しかける様に火炎は形を象って、神秘さを纏った少年となる。
少年―――炎産霊神に、肩車を解いてと頼まれ、降りた神無は彼へと駆け寄り、応じる。
「かぐつち! はやく、あたためてっ!」
はいはい、と言いながら炎産霊神は無轟たちを包むように球体の結界が現れ、一瞬で消える。
しかし、結界領域に居た無轟たちは外界の寒さを完全に切り離され、ちょうどいい適温になった感じた。
「ありがとう、炎産霊神。調整も最良よ」
『どういたしましてー。最初は大変だったよね、うん。熱の調整ミスったら………ねえ?』
「いやな事を思い出させるな。死にかけたんだからな、俺が」
炎産霊神の火の神性を利用したエコロジーな暖房結界領域を創り上げよう、と考えたのがそもそも神無の発案。
馬鹿馬鹿しいと呆れる自分に、悪くないわねと真顔で得心する我が妻、面白い、やってみよう! とノリノリになった炎産霊神。
その実験対象は、他でもない自分だった。
最初は灼熱サウナに放り込まれた気分だった。
練習を重ねて高温に設定された風呂に放り込まれた気分だった。
度重なる調整地獄の末に、今まさにこの適温領域を完成させたのだった。頑張ったのは炎産霊神じゃない。俺だ。
『はいはい、MVPは無轟だよー』
「えむぶいぴー!」
「………」
まあ、いいか。
我が子の笑顔でもうどうでもいい。
我が妻も微苦笑で俺を見ているし。
そうして、我が家へと戻り、再び炎産霊神の暖房結界領域で、室内を同様に暖めさせた。
便利だから―――と言うのは、半分本音。残り半分は、彼のストレス解消だった。
無轟と契約した火の神―――否、邪神の『炎産霊神』。邪神の位にあるのは、彼の過去に起因する。
彼は産みの母を焼き殺した。生まれ持った神性たる、己そのものともいうべき『火』によって。
その罪を、父親の神は死をもって償わせた。彼の剣が、息子の命を斬り裂くことで。
神をも殺す神は、邪悪な神と言う位(ランク)に『堕とされる』―――らしい。
ならば、仮にも炎産霊神を殺した父神もまた、邪神として『堕とされた』―――わけは無かった。
「最高位の神が(正しいのだから)、堕ちるモノも堕ちない」
―――炎産霊神は、そう嘲笑うように笑みし、その過去を忌々しく思い浮かべ、彼の神を憤怒に満ちた声で吐き捨てた。
そんな神と無轟は契約した。神の、否、邪神の気紛れだった。
神火の力を与える代わりに、ある条件を求めた。
―――熾烈な戦い続けて、暇を満たせ。それが最低の条件だ。
戦い続ける事、それが邪神の提示したものだった。
無轟はそれを受け入れ、契約する。
そうして、彼は炎産霊神の力を手に入れ、二人の奇妙な旅が始まった。
―――そんな炎産霊神は、なぜか未だに契約を切らずに無轟と一緒に居続けている。
無轟は、何度もこの疑問を抱いた事か。
戦い続けて、暇を満たせ――妻と結ばれ、子を持つ己に、何の文句も言わない。
あろうことか、我が子の友として接して来たり、こうして我が家の暖房器具の代行になったりする。
「……そういえば、クリスマスか」
無轟はリビングに用意されたソファーに腰掛け、思い出したように呟く。
町の賑わいも、そも、そのクリスマスに関するイベントによるものだった。
「そうよ、神無もプレゼント楽しみにしてるのよ」
鏡華は香ばしい出来上がった料理を食器で盛り付けて、出来上がった意味での声をかけたのだ。
既に神無も座って、必死に我慢してテーブルに並べた料理を見まわしている。
「プレゼント―――……」
思い出すように、無轟は復唱した。そういえば、あったな。そんなのが。
「……ま、私たちは関係ないわね」
子供の頃、お互いにいい思い出はないし、そんな風習も知らなかった。
無轟、鏡華もそうして席へと座り、いただきます、と食事の挨拶をして、食事を頂く。
「ねえ、とうちゃんは……サンタさんにプレゼントおねがいした?」
「? サンタ…? それは―――」
悪魔の名前か何かか、と口を滑らしそうになったが、すぐ隣の妻が鋭い視線で「それ以上変な事言うなら覚悟しろ」と。
言葉を詰まらせながら、ゆっくりと、
「誰の、事…か」
「えーっとね!」
神無はたどたどしい口調ながらも、必死に説明し始める(時折、妻がサポートしながら)。
クリスマスにいい子にしている子供にその子供が欲しいプレゼントを用意してくれること。
次の朝、枕元にはそのプレゼントが在る。まさしく、至福のそれである。神無の顔を見ればわかる。
「……」
ちらっと鏡華に視線を送る。物凄く申し訳ない、と慚愧に満ちている。
息子は説明と共に、期待しているのだ。
『自分にもプレゼントがもらえる』のだ、と―――!
WA、SU、RE、TE、TA!
(しまった。去年までは神無はクリスマスのク、の意味すら理解していない年頃だった。
くりすますって何って聞いてきたから『ただの祝い事だ、気にするな』で済ませていた。
待て、じゃあ、誰の仕業なのだ。
説明して、理解させたのか。
鏡華か? ――いや、我が妻なら必ずプレゼントの購入を今日の買い物ないし、彼女が密かに用意している筈だろう。)
では―――『誰』が、息子に吹き込んだ?
直感が、確信となって視線を何処となく我が子―――の隣へ、向けた。
そこには、常以上ににこやかに座って息子と戯れている――邪神が居た。
視線にわざと気づいた炎産霊神は笑みを浮かべたまま言う。
『そだよ。僕が教えたの。
なんで皆楽しく出歩いているの? なんで楽しげなの? ―――いやー、子供の純真無垢は邪神には眩いなーアハハハハハッ』
「…………」
やはり邪神だ。
彼の過去を知らされ、こいつなりに苦労していると思っていたが、やはり、こいつは邪神だ。
邪悪な笑みをけらけらとしながら、神無に話しかけた。
『明日が楽しみだねー』
「うん!」
同じ笑顔でも、こうも違うのか。
わなわなと震える無轟は注がれた酒を呑めず、静かに食事を続けた。
その深夜。無轟は寝間着の衣装ではない、外出用――それも異世界へ旅する為の専用装束を纏う。
腰に差した愛刀の柄に腕をかけて、玄関で靴を履こうとする。
家に纏った炎産霊神の暖房結界領域は既に解除されていた。
24時間営業とか勘弁、と言う奴なりの抵抗だった。
我が子が寝静まってからの、行動であった。
「―――無轟」
妻の呼び声に、彼はゆっくりと振り返る。
彼女は既に寝間着の衣装で、羽織る様に布を纏っている。
気付かないように支度をしたのだが――と内心苦笑する。
「どうするつもり?」
「……神無の欲しいものが、何なのかはわからない。だが、何もしてやらないのは―――ダメだろう」
妻の問いかけに、夫は父として答えた。その言葉に、鏡華は嘆息を零す。
「今じゃあ店も閉まってるわよ? 別の世界でも言って買い出すの?」
「……早朝までには戻る」
「ええ。気をつけて」
止めるつもりは自分には無かった。夫がこうして準備を整えていたのだ。
阻んでどうする。プレゼントはやってこない。
ならば、こうして何度も旅をする夫を見送る。帰るべき場所を用意し、守り続けるだけだった。