KH 2-01
何度目かの金属音と火花が闇に溶ける。
ソラはキーブレードを両手に握り、肩を上下させていた。
【無貌の王】が軽いステップで後退する。無造作に振るう【無貌の王】のキーブレードはヒュンヒュンと鋭く風を切り裂いた。
「――――どうしたのかなぁ、光の勇者。俺を倒し、勝利を掴もうとはしないのかい」
「うるさい……!」
「余裕ってもんがないねぇ……それじゃあ……少しサービスをしてあげようか。んん?」
やはり無造作に、【無貌の王】はキーブレードを振り回した。空間にドス黒い鍵穴が現れ、【無貌の王】はそれを回す。
すると、上空にぽっかりと黒闇の大穴がねじあけられた。
その奥から見えるのは無数の眼光。無数の闇。無数のハートレス。
「慈悲だ。適当に落ちてきた分を倒し切れば見逃してやろう。我の前から蜘蛛の子のように散るが良い」
「ふざけるなっ……!」
「その勇猛さ、実に良い。ああ、素晴らしい。勇者。貴様のその強い心は私の胸にも感じ入るところがある。
お前は最高にして至上のマリオネットだ。――――さぁ、存分に踊るがいい、道化。動かぬのなら、まずはその靴に火を付けようか?」
にたりと笑う【無貌の王】。その前で、上空の大穴からひとつ、またひとつと黒い塊が落ちてくる。手足が生え、闇に映える眼光が一斉にソラを突き刺した。
歯噛みするソラをよそに【無貌の王】は歌う。バラード調の落ち着いた歌。指揮棒のようにキーブレードを振るい、それに応じるように周辺には音符が踊った。
――――なるほど。ソラは迫るハートレスの軍団に身じろぎしながら納得した。
【無貌の王】は戦いの場になど、出てきてはいないのだ。最初から本人もそう言っていたように。
だからこそ、その言葉には緩い。戦っているにもかかわらず、その挙動はどこかへらっとしている。
さながらここは劇場だ。役者が踊り、歌い、演じ、表現する場所。【無貌の王】にとって、この場はまさしく舞台なのだ。
ソラは【無貌の王】が演出する舞台の端役の一人に過ぎない。操り人形《マリオネット》と揶揄した理由はそれだ。それほどに――――眼中にない。
【無貌の王】は奇妙なほど、ソラという存在を――――勇者と特別視しながらも尚――――無造作なもの、差し障りないものと見なしている。
まるで、ソラ以外の勇者を――――それも、ソラよりも強いキーブレードの勇者を知っているかのような振る舞い。
なら、とソラは左拳を解く。俄然負けられない。ソラのこのキーブレードは、同時にリクのものでもあったもの。このキーブレードを蔑まれることは、ふたり同時に馬鹿にされているのと同義だった。
【無貌の王】を打ち倒す理由がまた一つ増えた。
そしてこの逆境。ソラはヘトヘトで、敵はわんさか。
――――しのごの言ってはいられない。
ありったけをぶちまける。まだ終わるわけにはいかない。
なぜなら――――切り札は未だ、この手の中に。
「力を……貸してくれ……!」
左手に握るのは、サラサ貝のお守りだ。しかしカイリから預かったものとは違う。この世界に来た際、あの黒ずくめの少女から渡された品だ。
出来るはずだ。そう念じ入る。彼女が渡したのはこれら二品。であるならば。
これをキーチェーンに見立て――――どうだ?
白いキーブレードが、ソラの手に収まった――――やった!
「へへっ……!」
右手のキーブレードを肩に置き、左手の白いキーブレードをまっすぐ伸ばす。
にじり寄るハートレス達の動きが止まった。このキーブレードの意味はよく理解しているのだ。
さぁ、反撃だ――――!
重く、鋭く踏み込んだ。魔法力との組み合わせで体を一気に加速。すれ違いざまに一番近いハートレスに一太刀を浴びせた。
周囲のハートレスは未だ反応できていない。キーブレードの柄からキーチェーンに握りなおし、二段目の踏み込み。ソニックの領域にまで達するソラのスピードを捉えきれず、ハートレスはキーブレードに切り裂かれ、黒い煙に散っていく。
瞬く間に【無貌の王】との距離が縮む。未だ歌い指揮する【無貌の王】まで5メートルを切った。
「いくぞ――――!」
二条のソニックが【無貌の王】の両肩を打った。
【無貌の王】の指揮と歌がぴたりと止む。キーブレードをがくりと落とし、二太刀を同時に見舞ったソラをじろりと見やった。
「急に元気になったものね。そのトゥー・ハンド……気に入らない。
それにわたしの情けに泥を塗るなんて……あなた、ちょっと礼儀ってものを知るべきなんじゃないの?」
「なにが礼儀だ……!人の心を弄んで!」
「――――弁えよ。小癪なだけの小童が、畏れ多くもこの我に礼を説くなどと!」
「偉そうにばかりして!それでも王様かよ」
「尊大、傲慢、いずれも余がこの夜の皇帝故に許されるものだ!貴様ごとき矮小さでその是非は問えぬと知れ……!」
「断る!」
「黙ってろ……ザコがっ!!」
【無貌の王】がキーブレードを振り下ろす。見えない釣り糸に引っ張られたように、上空の大穴からぬっとハートレスが顔をだした。
先ほどセキと一緒に倒したものより、更に大きい。
それも一体や二体ではない。同じ眼光が無数に覗いている。ソラは思わず後ずさり戦慄した。
「卑怯だぞっ……!」
「なにが卑怯だ。ここは僕の城だぞ?客人を迎え入れる用意を怠るはずはないだろう?
ユグドラシルを媒介とした9つの世界を結ぶ時空の裂け目だ。そのキャパシティは、かの『世界の心』に迫る」
「……違う!」
「ここまでやられて……まだ強がり? もうバカすぎー。
私としても、少し勇者君の引き出しと器量の狭さには呆れを通り越して憐れってゆーか痛々しいっていうかー……哀れすぎて、もー直視できませーん」
【無貌の王】がキーブレードを横薙ぎに払った。ソラに背を向けて去っていく。
薙いだのは【無貌の王】の空想の中のソラの首。それを合図にして、上空に控えた大型のハートレス達は我先にと身を乗り出した。長く太い腕がソラに伸びてくる。
飢えている。
ヒトに、心を奪うという行為に飢えている。
捕食という行為に飢えている。
怪物である前に、ハートレスもまた生物だ。心を食べるという生存本能に従って行動する生き物だ。
「――――でもな。俺にだってわかるんだ。俺にも知っていることはある。感じる心はあるんだ。だから知ってる。理屈じゃない。心が教えてくれている」
【無貌の王】は振り返らず、立ち止まろうとさえしない。鼻歌混じりに階段をのぼる。ソラから離れていっている。
それでもいい。
頭上から刻一刻と黒い指が迫ってくる。体をすっぽり覆い隠すような影が落ちてくる。
構うものか。絶対にこれだけは言わなければ――――!
「心は決して闇だけじゃない!世界だって、なんにだって……おまえにだって!光はあるんだ!絶対に!」
【無貌の王】は止まらない。ソラの声が届いていないはずはない。無視している。
「だから、おまえにだって俺は消せない……消させない!俺の力は……ここにある俺だけじゃないんだから!」
【無貌の王】は止まらない。ソラの声が届いていないはずはないのだ。もはや関心などないと断じている。
ソラは奥歯を噛み締めて――――。
右手の脈動に目を見開いた。
「えっ――――!?」
引かれるままにキーブレードを頭上に掲げた。黒い腕を縫ってキーブレードの先から放たれた光は上空の大穴の中心を捉えた。
一条の光が場に差した。ハートレスの腕を吹き飛ばす。黒の大穴を削り、闇の雰囲気を浄化していく。
「……さすが、世界の心のキーブレードといったところか。僕の作ったこのキーブレードも出来としては遜色ないレベルのはずだが……。
精錬に費やした時間が違うのだろうな。まぁ、所詮、食べカスは食べカスか。素材がクソじゃあ、一流もゴミしか作れない」
「おまえ――――!」
ようやく立ち止まった【無貌の王】は自分のキーブレードをペンのように回す。
手軽に扱っている。こんなもの、それくらいの瑣末なものだと言わんばかりに。
「何を怒る? 今度は許す。慈悲深く、どんな愚劣な物言いも大目に見てやる。
だからこの俺に意見をしてみろ。そのキーブレードに免じてな。さぁ、言えよ。なぜ、怒る?」
「人の心を道具みたいに!こんなの、王様がやることじゃない……!」
「何を言う。王とは愚民共を管理し、搾取し、使用し、そして守護するもの。
王冠を戴くのは愚民があればこそである。故に我は愚民を使い、我の力を示す。
――――王とは、ただひたすらに強く、賢く、偉大であれば……圧倒的であれば、それで良い」
「そんなの……ただの暴力だ!そんなの、王様なんかじゃない!『ただ冷血なだけ≪ハートレス≫』だ!」
「――――いかにも。それが、なにか?」
「なっ……!?」
「情に熱く、余裕ある協調の世界などただのぬるま湯に過ぎん。弱肉強食、食物連鎖――――そして盛者必衰。
あらゆる理がその冷徹さ、即ち強者の生存を重視することを是としている。
だが……それは真に是か? ――――これに関してはお前と意見も一致しよう。ただ一種が生き残った世界など無価値であろう。
では逆に、協調に生き、強さを捨て、牙と爪を折り、己を殺した世界は幸福か?闘争本能を捨てて置物のような生活を送ることが幸せか?
――――ナンセンスだよ、勇者。本能を消した精神は真に生物足り得ない。さりとて、強者重んじた際限ない闘争は、その果てに心を殺すことになる。 それは認めよう。
だからこそだ。だからこそ、この俺という王がいる。絶対のもと、明確に是と非こ境界線を引く。可能性に楔を打つ。管理され――――保護された自由を甘受する。
わたしハートレスだと言ったな、勇者。しかしどうだ。キミの弁野獣を放し飼いにしろという。
それは自由か?無法か? ……実に陳腐だ。空想に過ぎない。そんな熱い血潮、いっそ凍らせてしまった方が生きやすいとは思わないのか?」
ソラは絶句した。【無貌の王】の反論に心を打たれたから――――では、決してない。
【無貌の王】は、自分の過ちに気付いていない。心の自由を肯定しながら、民を意のままに統制し操り人形のようにする冷血さの矛盾に気付いていない。
――――それは、無貌の王の思い描く世界は、理想郷などではない。
ただひとり、無貌の王だけの自由と奔放のための箱庭《ユートピア》に過ぎない。その事実に、この無貌の王は気づいていない。
壊れている。【無貌の王】は壊れてしまっている。
そのくせ、普通の人間のように言葉を交わし、感想を述べ、怒り、許す。ヒトの皮をそのままに、その価値観、中身を余すことなく別の世界の住人に置き換えられたような――――そんな印象を受ける。
ソラはキーブレードを両手に握り、肩を上下させていた。
【無貌の王】が軽いステップで後退する。無造作に振るう【無貌の王】のキーブレードはヒュンヒュンと鋭く風を切り裂いた。
「――――どうしたのかなぁ、光の勇者。俺を倒し、勝利を掴もうとはしないのかい」
「うるさい……!」
「余裕ってもんがないねぇ……それじゃあ……少しサービスをしてあげようか。んん?」
やはり無造作に、【無貌の王】はキーブレードを振り回した。空間にドス黒い鍵穴が現れ、【無貌の王】はそれを回す。
すると、上空にぽっかりと黒闇の大穴がねじあけられた。
その奥から見えるのは無数の眼光。無数の闇。無数のハートレス。
「慈悲だ。適当に落ちてきた分を倒し切れば見逃してやろう。我の前から蜘蛛の子のように散るが良い」
「ふざけるなっ……!」
「その勇猛さ、実に良い。ああ、素晴らしい。勇者。貴様のその強い心は私の胸にも感じ入るところがある。
お前は最高にして至上のマリオネットだ。――――さぁ、存分に踊るがいい、道化。動かぬのなら、まずはその靴に火を付けようか?」
にたりと笑う【無貌の王】。その前で、上空の大穴からひとつ、またひとつと黒い塊が落ちてくる。手足が生え、闇に映える眼光が一斉にソラを突き刺した。
歯噛みするソラをよそに【無貌の王】は歌う。バラード調の落ち着いた歌。指揮棒のようにキーブレードを振るい、それに応じるように周辺には音符が踊った。
――――なるほど。ソラは迫るハートレスの軍団に身じろぎしながら納得した。
【無貌の王】は戦いの場になど、出てきてはいないのだ。最初から本人もそう言っていたように。
だからこそ、その言葉には緩い。戦っているにもかかわらず、その挙動はどこかへらっとしている。
さながらここは劇場だ。役者が踊り、歌い、演じ、表現する場所。【無貌の王】にとって、この場はまさしく舞台なのだ。
ソラは【無貌の王】が演出する舞台の端役の一人に過ぎない。操り人形《マリオネット》と揶揄した理由はそれだ。それほどに――――眼中にない。
【無貌の王】は奇妙なほど、ソラという存在を――――勇者と特別視しながらも尚――――無造作なもの、差し障りないものと見なしている。
まるで、ソラ以外の勇者を――――それも、ソラよりも強いキーブレードの勇者を知っているかのような振る舞い。
なら、とソラは左拳を解く。俄然負けられない。ソラのこのキーブレードは、同時にリクのものでもあったもの。このキーブレードを蔑まれることは、ふたり同時に馬鹿にされているのと同義だった。
【無貌の王】を打ち倒す理由がまた一つ増えた。
そしてこの逆境。ソラはヘトヘトで、敵はわんさか。
――――しのごの言ってはいられない。
ありったけをぶちまける。まだ終わるわけにはいかない。
なぜなら――――切り札は未だ、この手の中に。
「力を……貸してくれ……!」
左手に握るのは、サラサ貝のお守りだ。しかしカイリから預かったものとは違う。この世界に来た際、あの黒ずくめの少女から渡された品だ。
出来るはずだ。そう念じ入る。彼女が渡したのはこれら二品。であるならば。
これをキーチェーンに見立て――――どうだ?
白いキーブレードが、ソラの手に収まった――――やった!
「へへっ……!」
右手のキーブレードを肩に置き、左手の白いキーブレードをまっすぐ伸ばす。
にじり寄るハートレス達の動きが止まった。このキーブレードの意味はよく理解しているのだ。
さぁ、反撃だ――――!
重く、鋭く踏み込んだ。魔法力との組み合わせで体を一気に加速。すれ違いざまに一番近いハートレスに一太刀を浴びせた。
周囲のハートレスは未だ反応できていない。キーブレードの柄からキーチェーンに握りなおし、二段目の踏み込み。ソニックの領域にまで達するソラのスピードを捉えきれず、ハートレスはキーブレードに切り裂かれ、黒い煙に散っていく。
瞬く間に【無貌の王】との距離が縮む。未だ歌い指揮する【無貌の王】まで5メートルを切った。
「いくぞ――――!」
二条のソニックが【無貌の王】の両肩を打った。
【無貌の王】の指揮と歌がぴたりと止む。キーブレードをがくりと落とし、二太刀を同時に見舞ったソラをじろりと見やった。
「急に元気になったものね。そのトゥー・ハンド……気に入らない。
それにわたしの情けに泥を塗るなんて……あなた、ちょっと礼儀ってものを知るべきなんじゃないの?」
「なにが礼儀だ……!人の心を弄んで!」
「――――弁えよ。小癪なだけの小童が、畏れ多くもこの我に礼を説くなどと!」
「偉そうにばかりして!それでも王様かよ」
「尊大、傲慢、いずれも余がこの夜の皇帝故に許されるものだ!貴様ごとき矮小さでその是非は問えぬと知れ……!」
「断る!」
「黙ってろ……ザコがっ!!」
【無貌の王】がキーブレードを振り下ろす。見えない釣り糸に引っ張られたように、上空の大穴からぬっとハートレスが顔をだした。
先ほどセキと一緒に倒したものより、更に大きい。
それも一体や二体ではない。同じ眼光が無数に覗いている。ソラは思わず後ずさり戦慄した。
「卑怯だぞっ……!」
「なにが卑怯だ。ここは僕の城だぞ?客人を迎え入れる用意を怠るはずはないだろう?
ユグドラシルを媒介とした9つの世界を結ぶ時空の裂け目だ。そのキャパシティは、かの『世界の心』に迫る」
「……違う!」
「ここまでやられて……まだ強がり? もうバカすぎー。
私としても、少し勇者君の引き出しと器量の狭さには呆れを通り越して憐れってゆーか痛々しいっていうかー……哀れすぎて、もー直視できませーん」
【無貌の王】がキーブレードを横薙ぎに払った。ソラに背を向けて去っていく。
薙いだのは【無貌の王】の空想の中のソラの首。それを合図にして、上空に控えた大型のハートレス達は我先にと身を乗り出した。長く太い腕がソラに伸びてくる。
飢えている。
ヒトに、心を奪うという行為に飢えている。
捕食という行為に飢えている。
怪物である前に、ハートレスもまた生物だ。心を食べるという生存本能に従って行動する生き物だ。
「――――でもな。俺にだってわかるんだ。俺にも知っていることはある。感じる心はあるんだ。だから知ってる。理屈じゃない。心が教えてくれている」
【無貌の王】は振り返らず、立ち止まろうとさえしない。鼻歌混じりに階段をのぼる。ソラから離れていっている。
それでもいい。
頭上から刻一刻と黒い指が迫ってくる。体をすっぽり覆い隠すような影が落ちてくる。
構うものか。絶対にこれだけは言わなければ――――!
「心は決して闇だけじゃない!世界だって、なんにだって……おまえにだって!光はあるんだ!絶対に!」
【無貌の王】は止まらない。ソラの声が届いていないはずはない。無視している。
「だから、おまえにだって俺は消せない……消させない!俺の力は……ここにある俺だけじゃないんだから!」
【無貌の王】は止まらない。ソラの声が届いていないはずはないのだ。もはや関心などないと断じている。
ソラは奥歯を噛み締めて――――。
右手の脈動に目を見開いた。
「えっ――――!?」
引かれるままにキーブレードを頭上に掲げた。黒い腕を縫ってキーブレードの先から放たれた光は上空の大穴の中心を捉えた。
一条の光が場に差した。ハートレスの腕を吹き飛ばす。黒の大穴を削り、闇の雰囲気を浄化していく。
「……さすが、世界の心のキーブレードといったところか。僕の作ったこのキーブレードも出来としては遜色ないレベルのはずだが……。
精錬に費やした時間が違うのだろうな。まぁ、所詮、食べカスは食べカスか。素材がクソじゃあ、一流もゴミしか作れない」
「おまえ――――!」
ようやく立ち止まった【無貌の王】は自分のキーブレードをペンのように回す。
手軽に扱っている。こんなもの、それくらいの瑣末なものだと言わんばかりに。
「何を怒る? 今度は許す。慈悲深く、どんな愚劣な物言いも大目に見てやる。
だからこの俺に意見をしてみろ。そのキーブレードに免じてな。さぁ、言えよ。なぜ、怒る?」
「人の心を道具みたいに!こんなの、王様がやることじゃない……!」
「何を言う。王とは愚民共を管理し、搾取し、使用し、そして守護するもの。
王冠を戴くのは愚民があればこそである。故に我は愚民を使い、我の力を示す。
――――王とは、ただひたすらに強く、賢く、偉大であれば……圧倒的であれば、それで良い」
「そんなの……ただの暴力だ!そんなの、王様なんかじゃない!『ただ冷血なだけ≪ハートレス≫』だ!」
「――――いかにも。それが、なにか?」
「なっ……!?」
「情に熱く、余裕ある協調の世界などただのぬるま湯に過ぎん。弱肉強食、食物連鎖――――そして盛者必衰。
あらゆる理がその冷徹さ、即ち強者の生存を重視することを是としている。
だが……それは真に是か? ――――これに関してはお前と意見も一致しよう。ただ一種が生き残った世界など無価値であろう。
では逆に、協調に生き、強さを捨て、牙と爪を折り、己を殺した世界は幸福か?闘争本能を捨てて置物のような生活を送ることが幸せか?
――――ナンセンスだよ、勇者。本能を消した精神は真に生物足り得ない。さりとて、強者重んじた際限ない闘争は、その果てに心を殺すことになる。 それは認めよう。
だからこそだ。だからこそ、この俺という王がいる。絶対のもと、明確に是と非こ境界線を引く。可能性に楔を打つ。管理され――――保護された自由を甘受する。
わたしハートレスだと言ったな、勇者。しかしどうだ。キミの弁野獣を放し飼いにしろという。
それは自由か?無法か? ……実に陳腐だ。空想に過ぎない。そんな熱い血潮、いっそ凍らせてしまった方が生きやすいとは思わないのか?」
ソラは絶句した。【無貌の王】の反論に心を打たれたから――――では、決してない。
【無貌の王】は、自分の過ちに気付いていない。心の自由を肯定しながら、民を意のままに統制し操り人形のようにする冷血さの矛盾に気付いていない。
――――それは、無貌の王の思い描く世界は、理想郷などではない。
ただひとり、無貌の王だけの自由と奔放のための箱庭《ユートピア》に過ぎない。その事実に、この無貌の王は気づいていない。
壊れている。【無貌の王】は壊れてしまっている。
そのくせ、普通の人間のように言葉を交わし、感想を述べ、怒り、許す。ヒトの皮をそのままに、その価値観、中身を余すことなく別の世界の住人に置き換えられたような――――そんな印象を受ける。
■作者メッセージ
ヒロさんのご許可を得て、頂いた続編の投稿です。